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水滸幸伝~王倫・梁山泊にて予知夢を見る~  作者: シャア・乙ナブル
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第百六回 絶体絶命

今回は「むむむ」回です。

滄洲(そうしゅう)にある柴進(さいしん)屋敷(やしき)異変(いへん)は突然起きた。……だがそれは仕掛けた側からすればの話。夢で異変を察知(さっち)した王倫(おうりん)により派遣(はけん)された義弟の林冲(りんちゅう)と、それに協力する鈕文忠(ちゅうぶんちゅう)らの働きでその動きは直前で把握(はあく)されていたのである。



柴進は部屋で過ごしていた。いつもと変わらない日常。そこへ(あわ)ただしさを感じさせる足音が近づいてきた。


「柴進殿!」

「おお林冲殿。こんな時間にどうなされました?」

「すぐに屋敷を出る準備を。得体(えたい)の知れない集団がこちらに向かっているとの情報が入りました」

「え?」


突然の事に戸惑(とまど)う柴進。林冲は柴進の屋敷にいる食客(しょっかく)(ほか)、近くの農民などにも協力を頼み異変に対しての警戒(けいかい)姿勢(しせい)(くず)さなかった。それがいちはやく怪しげな集団の存在を(つか)む事に(つな)がったのである。


「そんな馬鹿な……しかしもしそうでも私がその者達にきちんと説明すれば事なく終わりましょう」


林冲は柴進にきっぱりと言う。


「柴進殿。我が義兄(ぎけい)王倫の推測通(すいそくどお)りなら今回の相手は交渉事(こうしょうごと)が通用する(やから)ではありません!」

「こちらには皇帝のお墨付(すみつ)きがあるのですぞ?」


柴進は誤解があっての行動か、もし本当にそうであっても狙いは屋敷や庭園(ていえん)だと思っているようだ。あくまで自身の希望に沿った結果を望んでいる。確かに相手の本当の狙いなど、柴進と林冲で言い分は違えど憶測(おくそく)でしかない。そこへ鈕文忠も駆け込んでくる。


「林冲殿。荷物と柴進殿を脱出させる準備が整いました!」

「うむ。柴進殿、彼について屋敷から脱出を!」

「何もそこまでする必要はないのでは……」


鈕文忠は二人の立ち位置を瞬時(しゅんじ)に理解した。


「柴進殿、まずはおはやく! 何もなければ戻ってくればよいだけです。相手もこんな時間に仕掛けてくるからには何か覚悟があると見るべきでしょう」

「り、林冲殿はどうなされるのか」

(それがし)は罠の利用と他の者との協力で柴進殿「達」が逃げる時をお(かせ)ぎいたす」


言うが早いか林冲は部屋を飛び出していき、柴進は鈕文忠に荷物と使用人が乗っている馬車へと案内される。


「お前達!」

「旦那様!」


使用人達は不安そうな顔をして柴進を見た。


(むむむ。確かにまずは人命を優先せねばならない時か)


「大丈夫だお前達。何事も無ければ戻ってくれば良いのだからな」


柴進は使用人に自分の不安を見せぬよう毅然(きぜん)として馬車に乗り込む。(あるじ)のそんな姿に使用人達も安堵(あんど)したのか後に続く。その様子を見て鈕文忠は感心した。


(ふーむ。さすがは天下に聞こえた大人物なだけはある。自分の行動で場の空気をおさめてしまった)


「では林冲殿達が奮闘(ふんとう)してる間にここを離れましょう」


柴進一行とその護衛組は先行(せんこう)して屋敷を離れる。


「行くあてはあるのですか?」

「はい。林冲殿から今日に備えて離れる場所も指示されております」


馬車からの柴進の問いに鈕文忠は答えた。林冲は王倫から渡された「逃」と書いてある青い袋を開けており、そこには屋敷から逃走した場合に向かう場所が示されていたのだ。


一方の林冲達は謎の集団の攻撃をよく防いでいたが、多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)。頃合いを見て柴進らと合流する計画になっていた。


(むむむ。こやつらの動きはまるで……)


「林冲殿! 西門が破られそうです!」

「林冲殿! 敵が屋敷に火矢を射かけてきましたぞ!」


次々と情報が飛び込んでくる。


(屋敷に火を放っただと? 狙いは屋敷ではなかったのか?)


襲撃者に対し一抹(いちまつ)の不安を覚えた林冲の判断は早かった。


「仕掛けた門内部の罠で多少の混乱もおきよう。我らも今のうちに南門から出て柴進殿達を追うのだ!」


……屋敷から上がった火の手はやがて天を()がす勢いとなり、その光景は離れていた柴進達の目にも(うつ)ることとなる。


「だ、旦那様! あちらを!」

「おお。あれはまさか!」


柴進は屋敷に火を放たれた事を(さと)衝撃(しょうげき)を受けた。彼は自分の周囲がそのような暴挙(ぼうきょ)に巻き込まれるとは思っていない。


「こ、ここまでの事をするなど……」


謎の集団に対し柴進への特権(とっけん)へ手を出した事が知れたらただではすまんぞ、という思いと共にあのまま屋敷にいればどうなったのかという思いもわき上がり思わず身を震わせる。


だが柴進の受難(じゅなん)はこれで終わった訳ではなかった。



「一体奴等はどういうつもりなのだ!」


それは林冲達が想定(そうてい)していなかった追撃(ついげき)をうけながらの逃走となっていたからだ。なんと相手は逃走者の痕跡(こんせき)を見つけ徒歩(とほ)の者を残し、馬に乗った者を向かわせてきたのである。


林冲達は少数。徒歩の者もいる上に背後から攻撃をうける事になってしまった。


「くそっ! もう少しだというのに!」


それでも林冲は少しでも多くの仲間を逃がそうと最後尾に(とど)まり奮闘する!


(これではまるで狙いは最初から……)


敵の一人を蛇矛(だぼう)で馬から突き落とす。


(だが柴進殿はすでに安全な場所へ移動しているはず)


義兄、王倫が示してくれた場所だ。そう、そこへさえ行ければ活路(かつろ)はきっと用意されているはず。


「皆! もう少しだ! なんとしてでもあの場所へ辿(たど)り着け!」


林冲は追いすがる敵を牽制(けんせい)しながら味方の脱出の為に全力を尽くした。


「よし! ここを越えれば脱出地点のはず……」


王倫に指定された場所は川岸(かわぎし)。すでに何らかの手が打たれていて柴進達は無事にここを離れているはず……だったのだが。


「!?」


柴進の乗った馬車はまだそこにあったままだった。


「な、何?」


林冲は動揺(どうよう)し馬車に駆け寄る!


「柴進殿はご無事か! 林冲にござる!」

「おお、林冲殿!」


柴進は無事だった。槍を持った鈕文忠が林冲に状況を伝える。


「林冲殿! この岸辺(きしべ)には脱出に関わりそうなものは何もありません!」

「そんなばかな!? 義兄上(あにうえ)の指示通りのはずだ!」

「しかし(げん)に!」


追っ手がすぐそこまで来ている中、林冲は馬車をまもる様に食客達に位置取らせ、自身と鈕文忠もその中心に移動した。追っ手と大河(たいが)(はさ)まれ林冲達は背水(はいすい)(じん)余儀(よぎ)なくされてしまったのである。

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