第百四回 山士奇
史進と山士奇が互いの実力を認めあった翌日。
史進は再び説得の為に街の門前まで出向こうとしていた。この行動は山士奇の義侠心に訴える効果はあるものと皆考えていたが、孔亮は朱武と先を読みさらに策を講じる。
「何! 今日は俺の武芸は必要ないと言われるのですか?」
史進が渋い顔をした。腕くらべを楽しみにしていた部分があったのだろう。孔亮が諭すように説明する。
「史進殿の気骨は山士奇殿に通じるとみました。それゆえに今日は彼の呼び出しのみお願いしたいのです」
「むう。それは構いませんが……呼び出してどうするのです? まさか孔亮殿が挑む気ですか?」
孔亮は一瞬きょとんとしてから笑う。
「まさかまさか。今日は武芸で勝負は致しませんのでこう呼び出していただきたいのです」
そして門前。史進が山士奇を呼び出し、彼も昨日と同じように得物を持ち馬に乗って門を開かせた。
「待っていたぞ! 今日こそ決着をつけようではないか!」
準備していたとばかりに史進に近づく山士奇。
「そうしたいのは山々なんだが、指示により今日はこれ(両刃三尖刀)で相手する事ができんのだ」
山士奇は驚く。少華山の賊はこの史進が首領だと思っていた。腕前に加えて度量も感じたからだ。そして知る者からは彼が感じた通り史進が首領で間違いないとの情報も得ていた。
(そんな男が指示に従って……だと?)
そして続けられた言葉に耳を疑う。
「我等の総意で貴殿を酒の席に招待したい。これを受けるか否か?」
いまだ一触即発の状況の中でこの申し様。当然周囲の者はその席で山士奇を排除する為の罠だと諌めた。彼もその可能性はすぐに思い至る。
「おやめください。これは敵の罠にございます」
「……そうかもしれんが……いや、もし罠ならまとめてひっ捕らえればよい」
言うが早いか史進に向かって叫ぶ。
「その申し出、受けよう! ……お前達は念の為守りを固めておけ」
「!? わ、若旦那様!」
周囲が驚いた時には山士奇は既に馬を進めていた。確証はないが己の中の罠ではないという予感を信じたのである。
そして史進に宴席の場へと案内されてきた。他の頭領が立ち上がり歓迎の意を示す。
「俺達も限られた物資で梁山泊へと移動しているのだ。簡素なのは勘弁してもらいたい」
「それはお構いなく。皆様、今日はこの様な席に招いていただきお礼申し上げます」
「さあさあ山士奇殿、貴殿はそちらの席へどうぞ。某は朱武と申す者」
山士奇は朱武に上座をすすめられる。
「お心遣い、ありがたく受け取りましょう」
折角自分を立ててくれているのだからここで断るのも無粋と考えた山士奇は上座に座った。隣は同年代に見える若者と史進だ。
「まずは山士奇殿。我等が他意のない証明をする宴に来ていただけた事、感謝致します。私は梁山泊の孔亮」
「梁山泊!」
その若者は孔亮と名乗り梁山泊に所属していると告げた。
「俺達は梁山泊を目指して進んでいるのだ。だから山士奇殿の住む街を通りたいだけで襲うつもりなどない」
史進が目的を話す。山士奇も梁山泊については知っている。
「梁山泊は最近勢いのある賊と聞く。合流させれば泣く民が増えるではないか。それを見過ごす訳にはいかぬ」
これは山士奇の本心。ならば民のためにも少華山の面々を通すつもりはないという。
「ふふふ。ならばこそ史進殿に貴殿を宴に誘ってもらったのです」
「……酔わせて罠にでもかけるつもりかな?」
「まさか。述べた通りこちらはただ誤解を解いていただきたいだけです」
孔亮は梁山泊が既に賊とは一線を画している集団である事をきかせる。が、当然山士奇には到底すぐに信じられる内容ではない。
「ふーむ。それが事実であれば確かに誤解と言えましょう。しかし申し訳ありませんがそれを鵜呑みにはできません」
それでも山士奇の対応は最初に比べ柔らかいものになった。
「そうでしょう。ところでそれはそれとして……」
孔亮は話を変え都で権勢を振るう高俅について述べる。特に禁軍師範達への仕打ちは詳細に聞かせ、山士奇も高俅への嫌悪感をあらわにした。
「噂は聞いた事が。私も武を志す者として禁軍師範の方々には一度稽古をつけて貰いたかったものです」
孔亮は待ってましたとばかりに話題を振る。今まではここまで誘導する為の布石だったのだ。
「史進殿と山士奇殿は見事な一騎打ちを披露されましたな。あれで感銘を受けた者はそこの陳達殿を始めこちらにも多い」
「全くお見事でした」
陳達が言うと謙遜する山士奇。
「いや、史進殿の腕前には本当に驚かされましたぞ」
史進もすかさず反応する。
「何を言われる。山士奇殿こそ。失礼だが師はどなたか?」
山士奇は答えようとしたが、それはその場にいる初めて口を開いた男に遮られた。
「史進。彼は独学だ」
「なんと」
「!?」
史進は色々な師について学び腕を磨いてきた為独学という言葉に驚いたが、山士奇もまた一度きりの史進との戦いの中、第三者の立場でそれを見抜いたこの男の眼力に驚く。
「そ、その通りで。失礼ですが貴方様は……」
「俺の先生だ。山士奇殿紹介しよう。言うのもなんだがすごいお人だよ」
「持ち上げすぎだ史進。失礼、私は王進と申します」
「!?」
史進が自慢気に紹介した。山士奇の目が開かれる。
「まさか……今話に出ていた禁軍師範の?」
「元、です。今は梁山泊を目指すただの旅人ですよ」
山士奇は王進の前に進み出て拝謁の礼を行う。
「この山士奇! 王進殿にお会いでき感激の至り!」
同時に史進が指示に従うという相手に納得がいく。
「元禁軍師範の王進殿が史進殿の師とは」
「この史進、荒削りな部分はまだありますが、武の才に関しては天賦のものがあると言えます」
史進は師が口にした内容に感激する。山士奇もその言葉に異論を挟まなかった。
「感じました。それに加えて師が王進殿であるならばあの腕前も納得するしかありません」
「いやいや貴殿の才も匹敵しておりますぞ。史進の他にもそんな人物とお会いできるとは思いませなんだ」
山士奇が感極まっている様子を確認した孔亮。内心では笑みを浮かべていた。山士奇に王進の存在を認識させれば、今までの説明に説得力を持たせられると予測していたからだ。
その読み通り彼は一転してこちらの言い分を素直に信じる様になっている。王進は人格者でもあるので、そんな人物が嘘までついて自分達を襲撃するとは思えないし、思いたくないのであろう。孔亮と朱武が山士奇に仕掛けた心理戦は、彼がそれと気付く事なく二人に軍配が上がった。そしてこうなると話が早い。
「王進先生。折角ですので山士奇殿に一手稽古をつけて差し上げては?」
孔亮の願ってもない一言に山士奇の目が輝く。期待に満ちた目だ。そして王進も梁山泊の孔亮の言葉とあっては無視できない。それにそれは王進自身も興味のない話ではなかった。孔亮も兄と別行動をしている間に経験を積み、言葉巧みに人を動かす術を身につけようとしていたのである。
「私の様な者でよければ喜んで。史進の糧にもなりましょう」
禁軍師範の肩書きは伊達ではなかった。まだ若い山士奇を王進は経験の差で翻弄したのだ。若さに任せた攻め気質な山士奇相手に終始受けに回り、決定打を与えさせず焦りと疲労で動きが粗くなった隙を突いて彼を地面に打ち倒した。
「まるで先生と初めて出会った時の俺みたいだ」
史進が昔を思いだす。
「ま、参りました!」
王進は史進と山士奇の共通点やそれぞれの欠点を挙げながら先程の一戦を振り返る。二人は真剣な表情で王進の話に聞き入った。感銘を受け満足した山士奇は完全に疑いを晴らしその場で面々の通過を了承する。
「明日皆様で来られれば門を開けて通過をお見送りいたします」
山士奇はそう言って自分の街へと帰って行く。
史進達も姿が見えなくなるまで見送ったが、その間も名残り惜しそうに何度もこちらを振り返る山士奇の姿が皆の心に残った。




