最新のゲーム機
ゲームテスターのバイトに採用された冬牙はその後帰宅し、会社から貰った説明書を確認していた。
勤務時間は午前12時からだが、迎えのバスが来る乗り場には午前9時に集合するようにと書いてあった。どうやら勤務先は今日の面接会場とは別の所らしい。
それにしてもバスに3時間も乗って何処に連れていかれるんだろうか。下手したら他県にいけるぞ。
説明書を一通り読んだが、勤務先については一切かかれていなかった。持っていくものも特になく、携帯やカメラ等は情報を漏洩防ぐ為に一時預かりされるとの事だった。
そして、食事は会社から弁当がでるらしい。
勤務は明日から。冬牙は目覚ましをかけ、不安とワクワクが交じった不思議な気持ちのまま眠りについた。
初出勤当日。
久々の早起きに少し寝坊してしまったが何とか5分前には集合場所に着いた。
こんなにダッシュしたのは新入社員の頃以来だ。
始めの頃はそんなにゲームをしていなかったけど、あるゲームを始めたきっかけで朝活というものをするようになってからは、寝不足ではあったが遅刻する事はなかった。
集合場所にはバスが5台並んで停まっていて、既に先に来ている人から乗車していた。
冬牙が乗車したのは5台目のバスだった。
中に入ると、全ての窓のカーテンが閉められていて、窓自体にも外が見えないように真っ黒のシートが貼られていた。
バスの運転手から奥から詰めて座るように促され、冬牙は右側の窓側の席に座った。
「お隣、失礼します」
そう言って冬牙の隣に座ってきたのはなんと、あの時のセーラー服の女子高生だった。
「ど、どうぞ……」
彼女はスっと座ると、すぐに鞄から本を取りだし読み始めた。
表紙には医学書と書かれており、本からは大量の付箋がはみ出していた。
この子、医療系の仕事を目指しているのか?
それにしても勉強熱心だな。
そんな子でもこういうバイトするなんて意外だ。歳上として、なんだか自分が情けなく思えた。
その後特に女子高生と話す事はなく、冬牙は持ってきたワイヤレスイヤホンを付けてもう一度眠りについた。
冬牙達が乗ったバスは集合時間から15分程過ぎたくらいに出発した。
何となく気配で目を覚ますと、バスが目的地に着く頃だった。その証拠にバスのアナウンスが鳴り響いた。
「もうすぐ目的地に着きます。荷物の忘れ物等ないよう、お気をつけ下さい」
バスが停車するとすぐに乗降口が開き、中にスーツを着た男が入ってきた。やけにガタイがいい。サングラスをかけているからか、威圧感が凄い。
「お待たせ致しました。ご案内致します」
バスから降りると蒸し暑い空気が顔に張り付いてきた。周りは木が生い茂っていて、すぐにここが山の中だと分かった。
バスが停っている所からすぐの場所にはとても頑丈そうな巨大な鉄柵の門がそびえ立っていた。
その隙間からはコンクリートでできた二階建ての施設が見えた。
それはまるで軍事基地のようだった。
門の前では先程バスに乗ってきたガタイのいい男が警備員と話していた。その警備員はもう1人の警備員に合図をすると、轟音と共に鉄柵がゆっくりと上がり、門が開いた。
「それでは皆様、私についてきてください。くれぐれも勝手な行動はとらないでくださいね」
冬牙達はぞろぞろと門をくぐり、施設の中に入った。中に入ると受付嬢がカウンターの向こうに2人並んで立っていた。そして、おはようございますと、冬牙達に笑顔で一礼をした。
受付嬢達を過ぎ、大きなホールにたどり着くと、そこには人数分の机と椅子が丁寧に並べられていた。
各机の上には丁寧に畳まれた真っ白な制服と南京錠が付いた箱が置いてあった。
「今からこの制服に着替えていただきます。男性の方はここで着替えて頂き、女性の方は更衣室にご案内致します。そして、こちらの箱は貴重品いれになりますので携帯やカメラ、鍵や財布等を入れて下さい。相性番号を決めてから南京錠を掛けるよう気をつけてくださいね」
簡単な説明を受け、女性達は更衣室に移動した。
面接の時は1人しかいないと思ったが、意外と女性の人数が多かった。
面接は何日かに分けて行われていたようだ。
冬牙は制服に着替え始めた。
つなぎだからすぐに着ることができた。
ゲームをするのになんで制服に着替えないといけないんだ。これも付属品の1部なのだろうか。
全員が着替え終わり、女性達は再びホールに戻ってきて指定の席に座った。
「それでは皆様、これからいよいよ作業場に移動して頂きます。貴重品は責任をもってお預かり致しますのでここに置いたままでお願いします。まずはこの列から移動します」
冬牙は1番最後の列だった。その列には女子高生もいた。
「それでは最後の列の方、こちらへどうぞ」
冬牙達は立ち上がると、案内人についていった。ホールを出てすぐにエレベーターに乗り、地下に連れていかれた。
そこは壁も床も真っ白で長い廊下が果てしなく続いているように見えた。まるで病院だ。
「ここから順番に一人ずつ部屋に入って頂きます」
冬牙は制服の女の子よりも先に呼ばれ、黒文字で739と表示された札が壁にかけられた部屋に案内された。
中に入るとそこは3畳間程しかなく、酸素カプセルのようなものが縦に設置されていた。
これって本当にゲームなのか?あの札は実は被験者番号で俺達は今から何かの実験に使われるんじゃ……。
嫌な予感が脳裏を過ったと同時に部屋のスピーカーからアナウンスが鳴り響いた。
「それでは業務を開始しますので今から指示通りに作業を行ってください。まずはカプセルの扉の真ん中あたりをタッチして扉を開いてください」
冬牙は恐る恐る扉の真ん中に触れた。ウィーンと音がするとゆっくり扉が開いた。中はマッサージチェアーのようなものが置いてあり、内壁にはヘッドホンとVRが一緒になったヘッドセットがかけてあった。
「扉が開きましたら、椅子に座って頂き内壁にかかっているヘッドセットを装着して下さい。次の指示はそのヘッドセットから流れます」
本当に大丈夫なのか。ヘッドセットを装着した瞬間実は電気が走ってお釈迦なんて事ないだろうな……。
恐怖は益々大きくなっていき、思わず固唾を飲んだ。
すると、149号室347号室480号室……739号室と冬牙の号室が呼ばれた。
「体調不良や不備等がございますでしょうか??もしそうであればスタッフが対応致しますので部屋の中に設置してある呼び出しボタンを押してください」
冬牙は急かされたような気がして焦って椅子に座ってしまった。
すると、自動でカプセルの扉がしまった。
座ってしまった……。
少し後悔したが、カプセルを出るわけにもいかずヘッドセットを被った。
耳元でカタコトで話す声が聞こえてきた。
「ソウチャクガカンリョウシマシタ。リラックスシテクダサイ。データヲトリコンデイマス。リラックスシテクダサイ。データヲトリコンデイマス……」
目の前では真っ暗な画面に白い小さなキューブ達が波打つように動いている。
なんだ……最新ゲームって個室タイプのVRゲームか。悪い方に考え過ぎだろ俺、ずっと家にひきこもってるからネガティブな方向に考えてしまうんだよ。
冬牙はふぅーっとため息をついて、深く深呼吸をした。
「ゲームデータートドウキガカンリョウシマシタ。ソレデハテンソウヲハジメマス。イッテラッシャイマセ」
よし、始まるぞ……。
不安が晴れた瞬間、ワクワクが増してきた冬牙はそれを抑えきれずに口角が上がっていた。
ピコンっと音がしたかと思うと、次の瞬間、
目の前が急に眩しくなって思わず目を瞑ってしまった。
次に目を開けた時には、目の前に青々とした草原が辺り一面に広がっており、少し涼しい風が顔を掠めて行った。
冬牙にとってそれは映像を見ているのではなく、紛れもない現実の世界だった。