命の恩人
「ゴホッ、ゴホッ!」
冬牙は目を覚ますと、魚の群れが視界を横切っていった。
魚……?ここは海の中なのか??
冬牙は海底に横たわったまま、左右を見ると大きな海藻が漂っていたり、大中小異なる魚がたくさん泳いでいた。所々に陽の光が差し込んでいるのが見えるが、少し薄暗かった。
冬牙は海中に潜っている感覚はあるのに何故か息をする事ができた。
不思議な感覚に少しの間思考が止まっていると、突然万里乃とヒュウナの事が脳裏をよぎり、勢いよく上体を起こした。
すると、海が波打っているかのような蒼い髪を持つ女性と目が合った。
「うわっ!?」
冬牙は驚いて声を上げると、女性も怯えたように近くの苔が生えた岩陰に隠れた。そして、岩陰からぴょこっと顔の上半分だけを出すと、冬牙の様子を伺った。
よく見てみると、蒼い髪の女性は左目に痛々しい切り傷を負っていた。
「もしかして、俺を助けてくれたのか??」
蒼い髪の女性は何も反応せず、じーっと冬牙を見ているだけだった。
暫く経って警戒が解けたのか、女性はゆっくりと冬牙に向かって泳いできた。その時、冬牙は驚きの光景を目の当たりにした。
なんと、彼女の下半身は青い鱗に覆われ、魚の尾びれのようになっていたのだ。
「にん……ぎょ?」
冬牙は思わず目を見張った。
蒼い髪の人魚は、少し距離を空けて止まると冬牙と一瞬視線を合わせてすぐに晒した。しかし、何か言いたげな様子だった。
すると、離れた場所から声が聞こえてきた。
「冬牙ー!何処にいるのー?」
「おーい!何処だー?」
万里乃とヒュウナの声だ。
「ここだ!」
冬牙は声のした方へ返事をすると、声に気づいた2人がこちらへ泳いで来た。
冬牙はふと視界を戻すと、そこに人魚は居なかった。
「良かった〜、無事で」
「てっきり俺達2人しか助からなかったと思ったぜ。こんなピンポイントに沈むなんて相当ツイてたぜ俺ら」
「いや、さっきまで人魚がここにいたんだ。もしかしたら、その子が助けてくれたのかもしれない」
「人魚だって!?ここは人魚の縄張りだったのか……」
ヒュウナは困った様子で腕を組むと、考え込んだ。
「何かまずいのか?」
「俺達は大丈夫だけど、お前がまずいな」
「なんで俺だけまずいんだよ」
ヒュウナはやれやれと首を振った。
「お前、人魚の生態を知らないのか?成熟した人魚は男を誘惑して海に引きずり込むと、溺れさせて食うんだぞ」
「人魚ってそんなに危険だったのか!?」
「惨過ぎる……」
万里乃は思わず口を両手で押さえた。
「人魚を見たのは一匹か?」
「ああ。蒼い髪で片目に傷がある人魚だ」
「片目に傷だって?もしかしたらそいつは……」
すると、万里乃とヒュウナが一点を見つめて固まった。
冬牙は恐る恐る後ろを振り返ると、岩陰から人魚が出てきてこっちに泳いで来た。
「冬牙!逃げて!」
万里乃は声を張り上げると同時に、冬牙の前にシールドを張った。冬牙は急過ぎて、その場で咄嗟に身構えた。
「まてまて、ビビらせちまって悪いが、そいつは大丈夫だ」
「へ?」
万里乃は拍子抜けした。
「片目に傷があるのが何よりの証拠だ。そいつは人魚の群れから追放されてる」
「追放?」だと?」
万里乃と冬牙は声を揃えてそういった。
「何で追放されたかは分からないが、その目の傷は追放される時に他所で男を誘惑できないように見せしめでつけられた傷だろう」
「酷い……」
万里乃は心を痛めた。
「言葉は話せないのか?」
「ある程度は話せるんじゃないか?」
「そうか。名前は何ていうんだ?」
冬牙は人魚に話しかけた。すると、人魚は暫くたって
「……ティナ」
と、冬牙と目を合わせる事なく、か細い声で答えた。
「俺達をここまで連れてきてくれたのはティナなんだろ?ありがとな」
ティナは俯いたまま顔を赤くした。
「本当にそうだったのか……。ありがとな」
「助かりました!ありがとうございます!」
ティナは恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、もじもじし始めた。
「ど、どう致しまして……」
か、可愛い!可愛すぎる!!
冬牙は思わず顔が緩んだ。
それに気づき、空かさずヒュウナは冬牙をおちょくった。
「おい、なんだその間抜け面は……もしかして惚れちまったのか?」
「ば、バカ言え!」
「ふぅーん、図星か。男は単純だなぁ〜。な、万里乃」
「うん……」
万里乃はどこか浮かない表情で返事をした。
「あーっと、それでこっからどうやって岸に上がればいいんだ?」
ヒュウナは何を察したのか急に話題を切り替えて、ティナに話を振った。
「……ここからだと、10分ほど息を止めて泳いで行けば水面に出られますよ」
「10分!?それじゃ死んじまうだろ」
冬牙は唖然とした。
「流石に俺も無理だな」
「私はそもそも泳げません……」
万里乃は申し訳なさそうな顔でそう言った。
ヒュウナは思わずため息をついた。
「困ったな、このままじゃ一生ここにいる羽目になるぞ」
「誰かに知らせて迎えにきてもらうか?」
「流石にここは分からないだろ」
「そうだよな……」
冬牙の提案は即却下された。
「あの……こんな時に申し訳ないんですが」
そんな冬牙達の様子を見ていたティナが突然口を開いた。
「どうした?」
「……ひとつ……たった一つだけ願いを叶えてくれませんか?」
「俺にできる事なら何でもいいぞ」
「い、いえ……私がお願いしたいのはそちらの精霊使いさんの方です」
「え、俺か?願いの内容にもよるけど……」
ヒュウナはまさか自分が指名されると思わず、つい自分を指差した。
「……私を精霊として仲間にしてくれませんか?」
「なっ……」
ティナの申し出にヒュウナは言葉を失った。
「おいおい、精霊使いはモンスター使いじゃないぞ」
空かさず冬牙はティナにそう言った。
「いや、人魚はモンスターじゃない。俺と一緒で大精霊だ」
「え、そうなのか?」
「ああ。だけど、大精霊が別の母体に乗り換えるのは命と隣り合わせなんだ。もし失敗すれば消滅してしまう」
「なんだって……」
「そんな……」
冬牙と万里乃は思わずティナを見た。
しかし、ティナはそれを分かっていたのか落ち着いていた。
「いいんです……。私はずっと1人で悩んでいました。
人魚として大精霊になった筈なのに、どうして人魚としての本能に嫌悪感を感じてしまうんだろうって。
群れの皆んなはそんな私を白い目で見て、ある日突然、群れから追放しました。
何も悪いことをしていないのに、ただ他人と違うだけなのに、どうしてそうな事をするんだろうって今までずっとそればっかり考えていました。
今思えば私はずっと1人だった。
だから、地上にいる大精霊達が羨ましかったんです。
もし私が地上の大精霊になっていたなら、一人ぼっちになる事もなかったと思うんです。だから……」
ティナは真っ直ぐな目で冬牙達を見た。
「だから、それが命と隣り合わせだとしても、願いに少しでも近づけるなら、私はその希望に全てをかけたい!」
その言葉にはティナの強い思いがこもっていた。
「……分かったよ」
ヒュウナはティナの覚悟が伝わったのか、了承した。
「出来る限りの事はする。分かってるだろうけど、相性が合わなかった時はそれまでだ」
「分かりました。ありがとうございます!」
ティナは笑顔で涙ぐんだ。
「冬牙達は俺達が見えないところで、俺がいいって言うまで待機してくれ」
「わかった」
「頑張ってね」
万里乃はティナにガッツポーズをすると、冬牙と共にその場から立ち去った。
ヒュウナは目をつぶると、憑依が解けてヒュウナ姫に戻った。
「初めましてティナさん。私の精霊から事情は聞きました。今までとても辛かったでしょう、出来る限り力を尽くして貴方を救い出します」
「ありがとうございますっ、よろしくお願いします!」
ティナは今までの辛い過去を思い返して大粒の涙を流しながらそう言った。そして、両手を組んで目を閉じると、ヒュウナ姫に身を捧げた。




