始まりを、目撃する
「あっははははは!」
突然の奇声じみた笑い声に、教室中の注目が集まった。
しかしそれがクラス一クールな男で通っている相川彰だった為、皆何も見ていなかったかのように、目を逸らした。
「兄ちゃん、笑いすぎ」
「いや、これは笑わずにいられるか」
数人で一つのスマートフォンを囲んで、楽しそうに騒いでいる。
「それにしても、葉月さんだっけ?こんな素晴らしい動画撮っておいてくれてどうも」
「とんでもない!コウジくんはヒーローですから、その勇姿を記録するのは当然の事です」
「あっはっはっはっは!」
「全然勇姿じゃねーし......」
ヒーローには突っ込まないのか、と相川彰の隣の席の男子生徒は思ったが、ちらりと彼らを盗み見て、ため息をついた。
確かに、ヒーローと言って差し支えない容姿をしている。
相川彰も涼しげな顔立ちでモテそうではあるが、コウジ君とやらは体つきも逞しく、精悍さが加わってナントカ王子とでも呼ばれていそうである。
まあどちらにせよ、二人ともイケメンということだ。
だがナントカ王子君は、いかにもスポーツ大好きな脳筋タイプだろう。どうせ。
「本当、歴史に残る新入生代表挨拶になったな」
驚きのあまり、声をあげそうになった。
「えー、相川くんの弟、新入生代表だったの?すごーい」
「頭いーんだねー」
それまで遠巻きに見ていた女子生徒が、すかさず話に割り込んでいた。権威に群がるメス豚め。
それにしても、ナントカ王子のくせに勉強も出来るなんて、チートか。
「や、そんなことないっス。たまたま運が良かったんですよ」
ここで謙虚キター、とこっそり毒づいた。それ嫌味ですか。頑張ってガリ勉してる秀才の立場が無くなるだろーが。
メス豚達が、可愛い可愛いと黄色い声を上げるのも耳障りだ。
「いえいえ、実力です!」
上背のある男二人に囲まれて見えないが、さっきから太鼓持ちのような女もイライラする。
アニメ声出しやがって、どーせ勘違いブリッコな女に決まってる、というかそうであって欲しい。
だがそんな期待は裏切られた。いい意味で。だってリアル天使がいた。
何だそのツインテール、ガチで似合うなんて反則だろう。おい、小柄な体でぴょんぴょん跳ねるな、萌え殺す気か。
ただ、一回だけでいいから、お兄ちゃん、と読んで欲しい。
「お兄さん、良ければこのめでたき動画を家族の皆さんでご鑑賞ください」
惜しい、もう一声!
「駄目だ」
「ひゃあっ」
安直にキャー、とか言わないのも好ポイントだよ天使ちゃん。
「おい、ファンの子に乱暴するなよ」
「ふ、ファンじゃねーし!」
何だツンデレか?更にスペック盛るのか、いい加減にしろ。
「歴とした彼女だ!」
あーリア充爆発しろ。周りもキャーキャー五月蝿い。
ちっ二人して顔真っ赤にしやがって。何だその初々しい雰囲気は。手を繋ぐにも大騒ぎしそうだな。兄貴とは違って随分純情そうだ。
いつのまにか周りが祝福ムードに包まれている。何これヒーロー補正?王子パワー恐るべしだな。
まあ俺だって拍手の一つもやぶさかではないぞ。その代わり、お兄ちゃんって呼んでほしぃ。
「あー、コウちゃん、久しぶり」
そんなほんわかムードに水を差す女が現れた。
義長さゆり。いつも人の輪の中心にいないと気がすまない、いけすかない女だ。服装からビッチ臭がぷんぷんしている。
はっきり言って、俺はこいつがあまり好きではない。
去年は何故か俺の席の前になる事が多く、奴の短いスカートがヒラヒラと目障りでしょうがなかった。
ある時奴は、消しゴムを無くしたか忘れたかした事があった。その時俺が親切にも予備をくれてやったにも関わらず、名前何だっけと宣ったのだ。あれは許せない!でも後から返せとも言えなかった!だってリア充通りすぎて実はDQNだったらどうするんだ!
「おーい、どうしたのさ」
「コウジくん?」
彼は、傍目にも分かるほど真っ青になっていた。周りの皆が不思議そうに見つめる中、俺だけは真実を見通していた。
王子君、君も義長さんが怖かったんだね。