第11話 初めての依頼はイノシシ狩り
ギルゼルド王国からの国外追放まで残り二週間と少し。
チカと一緒にダンジョンに潜って13層の攻略に挑めばフロアボスの討伐もできなくはないだろう。
とはいえ、チカは11歳とまだ幼い。
戦闘経験もないチカをいきなりダンジョンに連れて行くのは少し怖い。
ということで、俺はチカに簡単な冒険者の依頼を受けさせることにした。
自分の新しい力に慣れるのにも丁度いいだろう。
そして、依頼を探しに再び俺とチカは冒険者ギルドを訪れていた。
***
「こんなのはどうだ?」
ガルファルドに一連の流れを伝えると1つの依頼を紹介してくれた。
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【狩猟クエスト】 グレートボアの狩猟依頼
難易度:★★★☆☆☆☆☆
達成条件:体重5リル以上のグレートボアを三頭
期限:なるべく早く
場所:アルデルガルザの南西にある森
報酬:30グルゼ
【依頼主の情報】
名前:ハルド
職業:精肉店
連絡:アルデルガルザ・ランバスト通り・ハルドの精肉店
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グレートボアの狩猟依頼...。
難易度3は確か中級者クラスのはず。
まだチカには早いのではないだろうか。
「これ、結構難易度が高くないか...? 俺たち狩猟なんてやったことないし、もう少し簡単なやつの方がいいと思うんだけど」
「確かに普通なら初心者にこの依頼は紹介しないな」
「普通なら...? 何か考えがあるのか?」
「あぁ当然だ。グレートボアは身の危険を感じると敵に向かって一直線に突っ込む習性があるんだが、力がそれなりに強くてな。そのまま当たれば死ぬ奴も出てくるから★は3に設定しているんだ」
「ん...? それならやっぱり危ないんじゃ?」
「お前、チカちゃんをダンジョンに連れて行くんだろ? なら危険のない依頼を受けてもしょうがないじゃねぇか。戦闘に慣れさせるって意味ならある程度の危険はあるに決まってんだろ」
うーん...。
それはそうなんだが、やはり心配だ。
「そもそもグレートボアって見つけられるものなのか?」
「あぁ、その辺もチカちゃんがいれば問題ないだろ。獣人種のチカちゃんは鼻が利く。それに猫耳族なら周囲の気配にも敏感だしな」
そうなのか。
やはりガルファルドは詳しいな。
「わかった。その依頼を受けるよ」
「あぁ、ギルドマスター歴20年の俺が選んでやったんだ。その依頼は間違いなくお前の求める成長があるはずだぜ。ただ、いくら適正難易度で強いチカちゃんがいるとはいえ、狩猟依頼には危険が伴う。くれぐれも気を付けるんだぞ」
「わかってる。油断はしない。これでもダンジョン攻略やってたんだぜ?」
「まぁお前は生きて帰ってくるだろうな。でも、今回は1人じゃねぇんだ。そのこと忘れるなよ」
「当たり前だ。危ないと思ったらすぐに引き返す。いろいろありがとな」
「おう! 達成報告待ってるからな」
最期にガルファルドは俺とチカの背中をパンと叩いて送り出してくれた。
***
そうして俺とチカは、街から南西にある森に来た。
「チカ、グレートボアの気配わかるか?」
俺がそう聞くとチカは目をつむり、周囲を探りだした。
「...あ。あっちにいる...きがします」
「了解、行ってみよう。ちょっと待っててな」
俺は近くにある木に目印を打ち込んだ。
ガルファルド曰く、そんなに大きな森じゃないからチカがいれば迷うこともないだろうとのことだったが、念には念をだ。
「よし行くぞ」
そして、チカが先頭、俺がそれについていく形で歩き出した。
「あるじさま、こっちです」
「おう」
チカは思いのほか大丈夫そうだ。
体力面はともかく、普段からどもりがちで消極的な性格をしているから、もっと不安がると思っていた。
しかし、俺の杞憂に反してチカは先陣を切って森を突き進んでいる。
これなら、心配はいらないかもしれない。
気配を探ることができるなら、ダンジョンでもかなり危険が減る。
迷路のようなダンジョンでどこに魔物がいるのかわかるのは大きなアドバンテージだ。
俺は接敵するまでわからないからな...。
「あるじさま...いました」
「お、凄いなチカ」
「...とうぜんです」
お、チカが強気なことを言うとは。
でも目が泳いでる...。
自信ありげに見せるにはまだまだかな。
「ど、どうしますか?」
「そうだな...」
俺は近くの草に身を隠しながらグレートボアを観察する。
見た感じ、あのグレートボアは5リル以上あるだろうし狩猟対象だろう。
ガルファルドの説明によれば、グレートボアは身の危険を感じるとこちらに向かって突進してくるということだった。
来る位置がわかっていれば、おそらく俺でも倒すことができる。
だが、今回の依頼の目的は狩猟ではない。
あくまでチカの戦闘訓練なのだ。
「チカ、やれそうか?」
「は...はい...」
チカは先ほどとは違い、自信なさげに答えた。
さすがに怖いか。
そりゃそうだ、グレートボアはチカより小さいとはいえ大型犬くらいのサイズはある。
けど——
「よし、やってみろ」
壁を乗り越えなければ成長はない。
「ふぅ...」
チカは覚悟を決めたように息を吐くと俺たちが隠れていた草から出て、グレートボアに近づいた。
片手には短剣が握られている。
一応、ガルファルドからグレートボアの狩猟方法については教えてもらったが、それをチカが実践できるかどうか...。
チカは短剣を下げ、腰に付けた袋から1つのナイフを取り出した。
「えいっ」
そして、チカはナイフを投擲した。
可愛い掛け声に反して、ナイフはメジャーリーガー顔負けの速度でグレートボアの牙に当たり、一部を削り取った。
——ブォォオオオオ!!
驚いたグレートボアが雄叫びを上げる。
「いいぞ、チカ」
そう、これこそがガルファルドに教わったグレートボア狩猟の第1ステップ。
まずはグレートボアにかすり傷を与えて、襲われていると認識させる。
そして、第2が——
「う、うぁあああああ!」
——!!
叫び声を上げたチカにグレートボアが気づいた。
第2ステップは敵の存在を認識させること。
「これもクリアだ」
あとは、倒すだけ。
これもチカであれば問題ないだろう。
「あ...あ...」
しかし、チカは短剣を構えずに動かない。
「え...?」
おい、何をしてるんだ。
早く鞘から剣を抜いて構えないと...。
——グォォォオオオオ!!
そして、グレートボアが突進を始めた。
「あ...あ...」
やばい——
「チカっ!」
俺は突進するグレートボアがぶつかる直前にチカを抱いて、射線から離脱した。
——ドゴンっ
標的を外したグレートボアは正面にあった木に頭をぶつけて気絶している。
「大丈夫かっ! どうした?」
ガルドフの傭兵を倒したチカであれば、あんなイノシシくらい相手にならないはず...。
俺ですら倒せるレベルなのに——
「ご、ごめん...なさい...あるじ...さま」
そう言って、チカは泣いていた。
「...っ。大丈夫、一旦ここから離れよう」
そう言って、俺はチカを抱えて撤退した。
***
「どうした...? 怖かったのか...?」
——コク
チカは手で涙をぬぐいながら小さく頷いた。
「そうか...。チカ...ダンジョンにはグレートボアよりも強くて怖い魔物がたくさんいる。あれを倒せないなら...」
チカの足は今でも震えている。
確かにただのイノシシでもチカから見ると怖いのかもしれない。
けど、魔物はもっと獰猛で凶暴だ。
これではダンジョン攻略など到底できない...。
「こ...ころすの...こわい...です」
チカは自分が持っている短剣を見つめて言った。
「......っ!」
俺は言われて、この世界に来て初めて魔物を殺した時のことを思い出した。
それはダンジョン一層にいるゴブリンだった。
アニメやラノベで見ていた通り、人間の子どもくらいのサイズで緑色の肌をした、耳のとがった魔物だ。
その時の俺は毒矢をゴブリンに打ってから、短剣で心臓を突き刺し、とどめをさした。
今でも鮮明に思い出すことができる。
毒で苦しむゴブリンの息づかい...短剣を刺した時の肉の切れる感触...鼻にまとわりつく血の匂い...。
どうして忘れていたんだ。
生き物を殺す...それは日常の境界を踏み越える行為だったはずだ。
たくさん傷つけられてきたチカにとって、他の生き物を傷つける、さらには殺すという行為は、俺たち以上に踏み越えがたい境界ではないのか?
それをこともなげに『あれを倒せないなら』だと...?
何を言っているんだ俺は。
——パンっ!
「え...あるじ...さま...?」
俺は自分の顔を両手で思い切り叩いた。
「ごめん、チカ」
俺が間違っていた。
命を奪うことの重さ。
それをチカに教えもせずに、いきなり獲物の前に立たせてしまった。
これは完全に俺の不徳だ。
「チカ、お前の...殺すのが怖いって気持ちは正しい...と思う」
「え...?」
「俺だって最初は怖かった。殺したその日は一日中、殺した魔物の感触が手から消えなかったし、ずっと命を奪った罪悪感が消えなかった」
「...あるじさま」
「けどな、この世界じゃ当たり前にそんなことが起こってる。人間と魔族は戦争をして、魔物が人を殺し、人が魔物を殺す。さっきのグレートボアだってそうだ。俺たちが殺すことで依頼主のハルドさんがお肉にして、皆に食べてもらう。俺たちだってこの前の帰り道にお肉食べただろ?」
「はい...」
「そうやって、命を奪って、奪われてを俺たちは繰り返して生きているんだ。でも、だからって殺すことに慣れる必要はない。というよりも、慣れちゃ駄目なんだと思う...」
そう、俺はこの世界に来てから幾度となく魔物を殺してきたことで慣れてしまっていた。
この依頼を紹介したガルファルドもこんなことは意識の外だっただろう。
「...」
「チカは俺のために一緒にダンジョンに潜ってくれるって言ったよな?」
「はい...あるじさまの...おやくに...たちたい...です」
「それは凄く嬉しい...本当に。チカがそう言ってくれたおかげで俺は気持ちが楽になったし、1人じゃないんだって思えた。ありがとう」
「...い、いいえ...」
「でもな、俺とダンジョンに行くってことは魔物を殺すってことだ。ダンジョンでは魔物を殺さないと、自分が死ぬことになる。そして俺は勇者だ。魔物を殺して、魔族を殺して、皆を助けなきゃいけない」
俺は勇者としてこの世界の人間を救うために戦っているなんて大層なことは言えない。
けど、魔物に殺される人を減らしたいと思っているのも事実だ。
「チカはなんのために戦う...いや、殺すんだ?」
これからもチカが俺と一緒に戦うと言うのなら、これは自分で答えを見つけなければならない。
「わ、わたしは...あるじさまと...ずっといっしょにいたい...です」
「うん...」
「...だ、だから...あるじさまには...いきてほしい...です。もう...あるじさまが...けがをするの...みたくないです」
「うん」
「だから...わたしは...たたかい...ます」
「うん」
チカの言っていることは、つまるところ俺と一緒にいたいから魔物を殺す、俺を守るために殺す、そういうことだろう。
それは酷く独善的で、自分勝手な考えだと言われるかもしれない。
俺はこの言葉を肯定することはできない。
けど——
果たして、生き物を殺すことを正当化する言葉なんてあるのだろうか。
殺したことから目を背けずに向き合うことこそが、命を奪ったものの唯一の責任の取り方なのではないか。
そして、俺はそれができていなかった。
いつの間にか命を奪う重さを忘れてしまっていた。
だからこそ、俺が間違ったからこそ、チカには同じような間違いを犯してほしくはない。
「チカの考えはわかった。そのうえで俺と1つ約束をしよう」
「やくそく...?」
「あぁ、約束だ。命を奪った時は、こうして手を合わせるんだ」
そう言って俺は両の掌を合わせて拝むポーズを取った。
チカもそれを真似して手を合わせる。
「その場でできなくなくてもいい、落ち着いて家に帰ってから思い出してやってもいい。けど、命を奪ったことについて考える時間を取ろう」
俺には命を奪うことを正当化できる答えなんかない。
けど、俺の知っている最大の敬意と責任への向き合い方を示す行為がこれだった。
「わかり...ました」
「じゃあ、もう一度いけるか?」
「はい...」
そうして、俺たちは再びグレートボアを狩るため森を歩き始めた。
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