U.15「謎の少女、スガキ・テコイレィ」
イーコはここ最近、どうにも頭が重かった。理由は明白で、オーバーライドあの不可解な技術の正体が、
いくら古代技術書を読み返しても一向に掴めないからだ。魔具人形の動力を魔力以外に置き換える技術だという噂は聞くが、
肝心の仕組みはどこにも記されていない。古代文明の叡智をまとめたとされる書物にすら載っていないのだ。
そんなはずがあるか、とページをめくるたびに疑念だけが積み重なっていく。
「・・・・・・気分転換でもするか」
そう呟いて、イーコは森の湖畔へ散歩に出た。静かな水面と木々のざわめきが、少しは頭を冷やしてくれるだろう。
そう思って歩いていると、湖のほとりに小柄な少女が立っているのが見えた。杖を握り、何やら真剣な表情で湖面に向かっている。
(何してるんだ······?)
イーコはそっと近づき、少女の動きを観察した。少女は杖の先から細い光の糸魔法の糸を伸ばし、それを木の葉に結びつけている。
どうやら木の葉を餌にして魚を釣ろうとしているらしい。魔法で釣りとは、なかなか器用なことをする。
やがて魚が木の葉に食いついた瞬間、少女は素早く杖を引き、見事に魚を釣り上げた。
「おおっ......!」
思わず声が漏れた。
その声に驚いた少女は、盛大にバランスを崩し――
「きゃあっ」
派手な水音とともに湖へ落ちた。
幸い、すぐに岸へ這い上がり、怪我はなかった。しかし、釣り上げた魚は当然逃げてしまっている。
「なにすんのよ!あたしの魚が逃げたじゃない!」
少女はびしょ濡れのままイーコを睨みつけた。
「ご、ごめん······驚かせるつもりはなかったんだ」
イーコが素直に謝ると、少女はふんと鼻を鳴らしたが、寒さに震えているのが見て取れた。イーコは少女を家に招き、温かい食事を振る舞った。
少女は悪態をつきながらも、出された料理を夢中で食べた。空腹が満たされると、ようやく落ち着いたのか、イーコの問いに答える気になったようだ。
「で、君はどうしてあんなところに?」
少女はスプーンを置き、少しだけ視線を伏せた。
「・・・・・・企業から逃げてきたのよ。あたし、スガキ・テコイレィっていうの」
企業――この世界で強大な権力を持つ魔導研究組織のことだ。テコイレィは続けた。
マホー・チュウネンが、勇者の化身(上太郎の体入り)を研究素材にオーバーライド技術を完成させたという。その功績でチュウネンは昇進し、代わりにテコイレィは降格された。
研究担当を奪われた彼女は退職魔法を使って企業を抜け出したものの、転職魔法の詠唱に失敗し、行き場を失っていたらしい。
「企業戦士って大変なんだな・・・・・・」
イーコが呟くと、いつの間にか修練から帰ってきていたゼプシオンが、話を聞いていたらしく口を挟んだ。
「ところでよ、オーバーライドって結局なんなんだぜ?」
テコイレィは肩をすくめた。
「魔具人形の動力を魔力から別の力に置き換える技術よ。生きてる者なら誰でも素材になるけど・・・・・・人間の生命力が一番効率がいいの。
だから、いつの間にか人間が素材にされるようになったのよ」
イーコは驚いた。古代技術書にはそんな記述は一切なかった。
「当たり前じゃん。オーバーライドは企業の発明なんだから、古代技術書に載ってるわけないでしょ」
テコイレィはクスクス笑った。
イーコは決意を固めたように言った。
「これからチュウネンから上太郎の体を取り返したい。君の知識が必要なんだ」
テコイレィは一瞬だけ目を丸くし、それからにやりと笑った。
「面白そうじゃん。いいわ、協力してあげる」
ゼプシオンはそのやり取りを見て、次の物語の方向が決まったことで肩の力を抜いて一言つぶやいた。
「やれやれだぜ。」
こうして、イーコたちの新たな旅路は、思わぬ出会いとともに動き始めたのだった。




