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U.10「器」

イーコは言った。


「チュウネンさん……上太郎は、本当に助かるのか?」


「助かるとも。ただし、“適切な器”を用意できるならだ」


チュウネンは上太郎の寝ているベッドのそばに歩み寄り、袖から緑色の球を取り出した。淡い光が上太郎の体を包み込み、呼吸がわずかに安定する。


「私は治癒魔法も多少は扱える。だが、これは応急処置にすぎん。本当に救うには、“魔具人形”の制御方法と……新たな器が必要だ」


イーコは唇を噛んだ。上太郎の命がかかっている。迷っている時間はない。


「……わかった。僕、やってみる。器も……僕が作る」


その言葉を残し、イーコは本を抱えたまま家の奥の小部屋へ向かった。そこは彼が普段、道具の修理や研究を行っている作業部屋だった。チュウネンはその背中を見送りながら、どこか満足げに目を細める。


「ふむ……やはり適性がある。イーコなら、古代技術を再現できるかもしれん」


その声音には、上太郎を救うというよりも、イーコの能力そのものに価値を見出している響きが混じっていた。


イーコは部屋にこもり、古代技術書を机に広げた。ページをめくるたびに、頭の奥で何かが共鳴するような感覚が走る。


(どうして……こんなに自然に理解できるんだ?僕、こんな文字、見たことないはずなのに)


図面、魔力回路、制御炉の構造。どれも難解なはずなのに、まるで昔から知っていたかのように意味が流れ込んでくる。ページを読み進めるうちに、イーコはある記述に目を奪われた。


――古代魔具人形には、“空の器”として使える構造がある。


それは魂を受け入れるための“受容槽”を備えた特殊な構造で、化身の移し替えにも耐えうるものだった。


「……僕が器になる必要はない。僕が“作る”んだ……!」


震える指でペンを取り、理解した内容を紙に書き写し始めた。



その頃、チュウネンは上太郎の枕元に座り、低く呪文を唱えていた。


「……ふむ、化身の魔力が暴れておるな。だが、制御炉さえ完成すれば」


上太郎の体を包む光が強まり、苦しげだった表情が少しだけ和らぐ。


「安心するがいい、少年。お前の身体は私が預かっておく。イーコが“鍵”を開けるまでな」


その言葉は優しさよりも支配の色を帯びていた。



日が沈むまでイーコは本と格闘した。古代語の理論は単なる理屈ではなく、魔力の流れを“感覚”として捉える方法を教えてくれる。彼の手は次第に慣れ、紙の上には新型魔具人形ボディの設計図、必要な素材のリスト、同調結晶の調整手順が整然と並んだ。


だがそこには必ず「適合率」「暴走の確率」といった冷たい数字が付随している。古代の理論は理路整然としているが、同時に非情だった。


夜、イーコはランプの光の下で一つの結論に達した。


――新型魔具人形ボディは、上太郎の化身を受け入れる“器”として完成できる。


翌朝、イーコは材料を集めに町へ出た。古い金属加工屋、錬金術師の店、骨董屋を回り、必要な部品を揃える。帰路、彼はふと立ち止まり、自分の手を見つめた。


(もし僕が器になるなら……何を失うんだろう。でも……僕が作る器なら、上太郎を守れる)


家に戻ると、チュウネンは既に炉の基礎となる枠組みを組み上げていた。


「進捗はどうだ、イーコ?」


「材料は揃った。あとは……ボディの最終調整と、結晶の同調だけ」


チュウネンは頷き、箱から受容器の金属球を取り出した。


「これが“魂受容核”だ。お前の作ったボディに組み込めば……器として完成する」


イーコは深く息を吐いた。


「僕が器になる必要はない。僕が作った“魔具人形の側”が……上太郎を救う器になる」


チュウネンの目が細くなる。


「ほう……面白い。古代文明でも稀な発想だ。だが、成功率はお前の腕にかかっているぞ」


それはチュウネンの思惑通りだった。

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