表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

U.9「マホー・チュウネン」

上太郎が動けなくなってから数日が経った。上太郎の体は以前の戦闘から様々なところが損傷して自力では起き上がれない。今はイーコのいる家の隅のベッドに寝たきり状態だ。幸いなことにイーブン・カオスを倒してから企業戦士は他に現れていなかった。そんな時に一人の中年がイーコを訪ねてきた。その中年の格好はいかにも魔法使いというような長帽子にローブを纏った男だった。


「ここにいたのか」


中年が上太郎と出会ってから最初に言った言葉だった。その場に一緒にいたイーコは中年に上太郎のことを知っているのかと尋ねた。どうやら中年は上太郎ではなく、上太郎に固着したままの“勇者の化身”について何かを知っていたらしい。


「やっぱり反応している。」


中年がそうつぶやくと服の袖から小さな首飾りを出した。その首飾りは緑色の水晶のような球の形をしていたが、その中には勇者の化身に引っ張られるように確かに陰影を持った明かりが強弱をつけて点っていた。イーコはこれはなんだと中年につぶやく。


「これは魔力の放出量を検知する玉だ。」


中年はそういうと自身がここまで来た経緯を説明した。説明によると、中年は古代の遺物を収集する旅人だった。その道中で古代の技術で動く魔具人形があるというという噂を聞いて、 玉の反応を追ってここまで来たのだという。


「まさか人と一体化しているとはな・・・」


中年は首飾りの緑色の球を見つめながら、わざとらしく肩をすくめた。「このままでは身体がもたんぞ、少年」


上太郎は返事をする気力もなく、ただ浅い呼吸を繰り返すだけだった。イーコは不安を押し隠しながら、中年に問いかける。


「・・・・・・、上太郎を助けに来たの?」


「助けるかどうかは、お前たち次第だ」


中年はそう言うと、ローブの内側からもう一つの物を取り出した。それは古びた革表紙の分厚い本だった。表紙には見たことのない紋章が刻まれ、金属の留め具が錆びついている。


「これは、古代文明が残した“技術書”だ。ここにこのの魔具人形について記されている......らしい」


らしい、と言ったのは、中年自身がその文字を読めなかったからだ。


「だが、我々の誰もこの文字を解読できなかった。だから放置されていたんだが・・・・・・」


中年は本をイーコの前に差し出す。イーコは思わず息をのんだ。そして恐る恐るページをめくった。本の表紙に刻まれた文字が、まるで“知っている言葉”のように脳に流れ込んでくる。


(・・・・・・読める。知っている文字だ?)


ページを開くと、そこには複雑な図形と、この世界のどの言語とも違う文字列が並んでいた。しかしイーコには、それが自然に意味を持って理解できる。


「......これ、“魔力制御炉”の構造図・・・・・・?」


イーコが思わずつぶやくと、中年の目が鋭く光った。


「やはりな。お前には、古代文明の血が流れているのかもしれん」


その声音には、興味とそして別の何か、得体の知れない“欲”が混じっていた。イーコは本を抱えたまま、一歩後ずさる。


「あの......本当に上太郎を助けるつもりなの?」


中年は笑った。その笑みは、最初に見せた柔らかいものとは違う。冷たく、底の見えない笑みだった。


「助けるとも。ただし“正しい形”でな」


その言葉の意味は、まだイーコには分からなかった。だが、胸の奥に不穏なざわめきが広がっていく。


中年はゆっくりと本を開き、ページの一つを指でなぞった。そこには炉の断面図、魔力の流路、そして“宿主”と“器”を分離するための儀式的手順が図解されていた。言葉は古代語で書かれていたが、イーコの頭には自然とその手順が映像のように浮かんだ。


炉は単なる機械ではない。魔力を“精製”し、ある種の同化を逆転させる装置だ。だが同時に、宿主の一部を切り離し、別の器に移すことを前提としている。


「つまり、勇者の化身を取り出して別の器に移すということ?」イーコは震える声で言った。


「そうだ。だが注意しろ。古代の技術は万能ではない。誤れば宿主の命を奪う。あるいは、化身が暴走することもある。」


中年の言葉は冷静だが、どこか期待に満ちていた。イーコは上太郎の顔を見下ろす。彼の額にはまだ戦いの痕が残り、唇は青く、指先は冷たい。あの強靭だった身体が、今はただの人形のように脆く見える。


「それでも、上太郎を助けたい。どんな危険があっても。」イーコの声は強くなった。だが心の中では、もし失敗したらという恐怖が渦巻いていた。


中年はページをめくり、ある図に指を置いた。「ここだ。魔力制御炉のコアは“同調結晶”を必要とする。お前の血筋がそれを読み解ける。だが同時に、器を用意しなければならん。器とは、魔力を受け止めるための“容れ物”だ。人間でも、人工物でもよい。だが器の質が結果を左右する。」


「器って、何を用意すればいいの?」イーコは問い返す。


中年は本を閉じ、ローブの内側から小さな箱を取り出した。箱は黒檀のような木でできており、蓋には同じ紋章が刻まれていた。蓋を開けると、中には小さな金属の球が収まっている。球は冷たく、表面には微細な回路のような模様が走っていた。


「これが器の一つだ。古代の技術で作られた“受容器”。だが、これ一つで完璧に移せるとは限らん。宿主の一部を犠牲にする可能性もある。だが、器を人間にすれば、より自然に同化する。つまり、誰かが“器”になるという選択肢もある。」


イーコの心臓が跳ねた。人間が器になる――それはつまり、誰かの命を代償にするということだ。上太郎を救うために、誰かが自らを差し出すのか。あるいは、上太郎自身の一部を切り離して別の器に移すことで、彼は“完全な人間”として戻るのか。どちらにせよ、代償は避けられない。


「あなたは、これをどうしたいんだ?」イーコは中年を見据えた。


中年は目を細め、静かに言った。「私は遺物を集める者だ。技術を保存し、可能ならば再現する。だが、私は感情で動く者ではない。お前たちが選べ。だが一つ忠告しておく。古代の技術は“正しい形”で使われたとき、奇跡を起こす。だが“間違った形”で使えば、破滅を招く。」


イーコは本を抱きしめ、上太郎の顔に手を伸ばした。冷たい頬に触れると、彼の呼吸がわずかに乱れた。イーコの中で、幼い頃からの記憶と、上太郎と過ごした日々が一気に押し寄せる。彼が笑ったこと、怒ったこと、無邪気にふざけたこと(最近の話)。すべてが今、彼を救いたいという強い意志に変わる。


「僕が決める。上太郎を助ける方法を選ぶのは僕たちだ。あなたの言う“正しい形”が何であれ、僕たちが納得できる形でなければ受け入れない。」


中年は一瞬驚いたように眉を上げたが、すぐに薄く笑った。「ふむ。では、条件を出すがよい。だが覚えておけ。時間はない。勇者の化身はこのままでは消耗していく。放置すれば、上太郎の肉体は戻らぬまま朽ちていく。」


イーコは深く息を吸い、決意を固めた。「まずは、あなたが持っている本の内容を全部教えて。どんなリスクがあるのか、どんな器が必要なのか。僕たちでできることを全部やる。もし人を器にする必要があるなら、僕が考える。だけど、誰かを無理やり差し出すようなことはさせない。」


中年は本を差し出し、ページをめくりながら説明を始めた。炉の起動手順、同調結晶の調整方法、器の適合率、そして最も重要な“同化の逆転”の理論。イーコは一語一語を飲み込み、頭の中で図を描いた。古代の理論は冷徹だが、そこには確かな論理があった。成功すれば、勇者の化身は宿主から切り離され、別の器に移される。宿主は肉体の修復を始める。だが失敗すれば、化身は暴走し、宿主の精神を蝕むか、あるいは完全に消滅する。


説明が終わると、中年は静かに言った。「最後に一つ。お前が“器”を選ぶならば、その器は覚悟を持たねばならん。器は単なる容れ物ではない。化身と共に生き、時にその力を制御する責務を負う。お前たちがそれを望むなら、私は手を貸そう。」


イーコは上太郎の手を握りしめた。冷たさが伝わる。彼を救うために、どれだけの代償を払えるのか。イーコは自分の胸に手を当てた。鼓動は速いが、確かに生きている。もし自分が器になれば、上太郎は戻るのか。だが自分が器になれば、イーコ自身はどうなるのか。考えれば考えるほど、答えは見えなくなる。


窓の外で風が吹き、古い家の木枠がきしむ音がした。中年は本を閉じ、箱の器をそっと蓋に戻した。「時間がないと言ったな。決断は早い方がいい。だが、無理に急がせはしない。お前が選ぶなら、私は手伝おう。だが“正しい形”でな。」


イーコは上太郎の顔を見つめ、そして小さくうなずいた。まだ言葉にはしなかったが、心の中で決めたことがあった。どの道を選んでも、彼を一人にはしない。たとえそれが自分を器にすることを意味しても、たとえ古代の炉がどれほど危険でも、彼は上太郎を取り戻すために動くと誓った。


その夜、イーコは本を抱えて眠らなかった。ページの文字は彼の頭の中で踊り、炉の図は夢の中でも離れなかった。外では月が薄く光り、遠くで犬が吠えた。上太郎は静かに眠り続ける。彼の胸の上に落ちた月光が、かすかに震えていた。


上太郎の呼吸は弱く、時間は残されていない。イーコは本を握りしめながら、中年の真意を見抜こうと必死に思考を巡らせていた。中年はイーコの反応をじっと観察していたが、やがてローブの裾を払うようにして姿勢を正した。


「……名乗っておこう。私はマホー・チュウネン。古代遺物を追う魔法使いの旅人だ」


その名はどこか胡散臭く、しかし妙に耳に残る響きを持っていた。イーコは警戒を解かないまま、本を胸に抱きしめる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ