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ある少年が魔法使いになる話。

『昔々。あるところに、一人のお姫様がおりました。

そのお姫様は特別なお姫様でした。人の中で魔法を使えるのはこのお姫様だけなのです。

世界中の人々からお姫様は助けを求められました。

ですがお姫様一人では世界中を助けることなどできません。

そこでお姫様は自分の力を6人に分け与えました。

水、土、草、風、氷、火。

始まりの龍神たちと同じ力をそれぞれに与えました。

そして、お姫様と6人は世界中を旅して周りました。魔獣退治や龍神とのお話をしながら、いろんな国へ赴きました。

そうして世界が平和になった頃、お姫様と6人は別々の道を進みました。

そして魔法は世界中に広がっていったのです。』

 父が本をパタリと閉じた。僕は後ろを振り返る。

「お姫様が僕らにも魔法をくれるの?」

「そうだね。今、魔法が使えているのはお姫様が与えてくれたおかげだと言われているね」

「じゃあ、僕も魔法が使えるかな?」

 そういう僕に父は困った顔をして、頭を撫でてくれた。

「使えるようになるといいな」

「うん! そしたら、お父さんもお母さんもそれから、困ってる人みんな助けられるようになりたい!」

「あら。なんの話?」

 遅れて寝室へやってきた母の姿を見て、僕はベッドの上に立ち上がった。

「僕、魔法使いになる!」




 なーんて思っていた時もあったなぁ。

 少し一息つきながら、ぼうっと空を眺めた。今頃魔法を使って空を飛んだり、火を燃やしたり、雨を降らしたりなんてできると思っていたのに、そんなに世間は甘くなかった。

「ロアン! 何してるんだ! 早く荷物を運んでくれ!」

「今行くよー!」

 僕は父の元へと走った。積み上がった小麦粉の入った袋を荷車に積み替えていく。乗せられるだけ乗せると、空いた隙間に隣の農家から預かった卵を乗せる。もちろん運んでいる間に割れないように注意が必要だ。

「今日のはこれだけ?」

「ああ。頼んだぞ」

「わかってる。いってきます」

 小麦粉の袋が積み上がった荷車を、僕は力を込めて引いていく。

 僕は平民の生まれだ。父の家系は雇われ労働者が多く、母方の農家を手伝いながら我が家は生活をしている。祖父母たちが作った作物を両親が加工して、僕が配達している。下に二人弟と、妹が一人いるが、彼らも近場ものも配達をしたり、収穫の手伝いをしたりしている。

 汗だくになりながら重い荷車を引いていく。配達が進めば進むほど荷物が軽くなっていくのだけが唯一のいい点だ。ごろごろと荷車を引いていると、同じ年頃の男女がバタバタと走っていくのが見えた。黒を基調としたデザインの服は、どこの所属しているかが一目でわかる。

「王立魔法学園」

 彼らが走っていく方へと視線を向けると、どこか城に似た建物がある。あそこは魔法を学ぶために、魔力を持つものが集まる場所だ。昔憧れた場所でもある。知らなかったのだ。魔法が貴族の特権だったなんて。あの時は、いつかきっと自分も魔法が使えるなんて思っていた。両親が使えない時点で察するべきだったのに。

 稀に、平民の中からも魔力を持って生まれるものがいると聞いて、ほんの少し期待した。でも、僕は選ばれなかった。

 選ばれた平民たちを横目で見ながら、僕は荷車を引き続ける。これが僕の仕事だから。

「お届け物ですー。オズさーん! ロアンですー!」

 ドアをノックしなあがら叫ぶと、ドアの奥から物音がした。バタバタという音と共に、ドアが開く。髪が少しぐちゃぐちゃになっているメガネをした男が顔を出した。

「ごめんごめん。すぐに気づかなくて」

「いや、今日まだ早い方ですよ」

「ホント? ならよかった。今日もありがとう。相変わらず汗がすごいね。ちょっとゆっくりしていきな」

「そういうことなら、おじゃまします」

 僕はオズと共に小麦粉の袋を下ろすと、卵のカゴを持って遠慮なく中に入る。

「卵どこ?」

「あ、それはすぐ使うからカウンターに置いておいて」

 小麦粉の在庫を管理しているオズの横を通り過ぎ、もう一枚ドアを潜る。すると、誰もいない店の中へと繋がる。窓から日差しが差し込んで、埃がキラキラと舞って見える。

「今日は店開けないの?」

「今日は開けないかなぁ。昨日夜が遅くて」

「それで寝癖ついてんだ」

「うそっ!」

 入ってくるなり慌てて頭を撫でているオズを見ながら、カウンターの前に並ぶ椅子に座る。カウンターにいくつかの椅子と、テーブル席が2つ。でも、そこは椅子が上げられていて、今日は座らせる気がないとでも言っているかのようだ。

「簡単なのでいい?」

「いつもそう言って凝ってるの作ろうとするじゃん」

「今日は本当に簡単なものしか作れないよ。ちょっと待ってて」

 オズはカウンターの中に入ると、いつものようにエプロンをつけてフライパンを手に取った。

 オズはうちのお得意様で、定期的にそこそこの量を買ってくれるので両親にはありがたがられている。だがこの男は少し変わった男だった。初めて僕が配達に来た時目をまんまるにして、「君が配達屋さん?」と呟いていた。そうですと返すと、ものすごく頭を抱えて「これ食べる?」と卵のサンドイッチを出してきた。そこから毎回尋ねると、水をくれたり食べ物をくれたりしていた。徐々にメニューが増えていき、次第に昼食をここでいただくようになっていた。お金を取られるかと思ったが、そうでもなく、「僕の気持ちだから気にしないで」としまいにはカウンターに座らされる。もしかして、代金から引かれているのではと思ったこともあり、それとなく両親に聞いてみたが、そうではないらしい。何を聞くんだと眉を寄せられたが、ひたすらなんでもないと言って誤魔化した。というわけで、この昼食は両親には内緒である。両親が昼食を持たせてないというわけではない。干し肉が僕の内ポケットにある。でもせっかくなら、美味しいご飯をいただきたいじゃないか。

 そうこうしているうちに、美味しそうな匂いがしてきた。

「はい。全部ただ焼いただけだけど」

「これでも贅沢だよ」

 皿の上には、白いパンと目玉焼き、レタスにトマト、それからカリカリに焼いたベーコンが乗っている。家だったらこんなの滅多に出てこない。

「飲み物はどうする? 紅茶? 珈琲?」

「聞かなくったって、知ってるくせに」

 いただきますと頬張ろうとした僕は、一瞬固まる。いつものことなのに、わざと聞いてくるオズを軽く睨む。

「ごめんごめん。紅茶だね。苦いのがダメだもんね」

「いちいち言わなくていいからー!」

「僕としては紅茶飲んでくれる方が嬉しいけどね」

 笑いながら、オズはすでに沸かしたお湯を茶葉に注ぐ。淹れた紅茶を僕に差し出すと、カウンターの奥の椅子を引っ張って僕の前に座る。彼もここで僕と同じものを食べるのだ。

「最近はどうなの? 仕事は順調」

「順調も何も、見ての通り。毎日毎日同じことの繰り返し。変わったことといえば、多少筋力がついたぐらい」

 口にフォークを加えながら力こぶを作ると、オズがブハっと吹いた。

「いいねいいね。筋トレじゃないか! でもあまりムキムキになったら、僕ちょっとお付き合い悩むなぁ」

「どんなの想像してるんだよ!」

「そうなったら、街の警備隊からスカウト来るんじゃない?」

「だから一体どんな想像してんだよ!」

「顔はこんなに綺麗な方なのに、ムキムキって、ふふ」

 そう言って、オズは僕の顔を見て笑い続けている。

「綺麗って、男に言うもんじゃないだろう」

「いやいや、この世にはいろんな人間がいるものさ。男でも女よりも綺麗な人ってものいて、まあ、そう言う人がいると、周りが狂うんだよ。これは大変。まあ、ロアンの場合は絶世というより、普通に綺麗ぐらいだから大丈夫だろう。髪の色は茶色だから普通だとしても、一日中外にいるわりには肌も白いし、目の色素が薄いのもあってか、細目に見えるんだよね。そういうのが好きな人にはモテるよ」

「なんか、背筋に寒気がする」

 変な人に狙われると言われている気がして、ゾワゾワした。オズが言うと本当にそういうのが近くに居そうで怖い。

「おや。風邪かい?」

「いやいや、今の話のせいだよ。まるで貴族の物好きに捕まるみたいな言い方じゃんか」

「それは申し訳ない。安心しなよ、君よりも美しいものはこの世にたくさんあるから貴族はそっちに忙しいさ。せいぜい筋肉を育てるといい」

「笑うわりに筋肉つけさせようとするなぁ」

「いいじゃないか。あっても困らないだろう」

「それはそうだけど」

 ソーセージにフォークを突き刺しながら、ハァとため息が漏れる。

「筋肉よりも魔力が欲しい」

 オズは口元を緩めて、しょうがないなと言わんがばかりに僕の頭をぐちゃぐちゃに撫でた。

「ないものねだりをするぐらいなら、今できることをやっておくことをお勧めするよ」

「それもう聞き飽きた」

「うん。でも、僕は言うよ。君は君のできることを。そうして世界は回ってるから」

 この話をすると、オズの言うことはいつも決まっている。笑うことも、貶すこともせず、今できることをやりなさいと、彼はそう言って目を細めている。だから、僕もムキになることはなかった。その通りなのだ。ないものを欲しがったって、ないものはないのだ。ならばせめて今あるものに目を向けた方がいい。

「ご馳走様。次の配達行ってく」

「うん。気をつけてね」

 店の裏口から出ると、ひらひらとオズが手を振って見送ってくれた。

 僕はそれに片手を上げて応じると、配達の続きに向かった。


 そんな毎日を繰り返していたある日。


「今日は、ちょっと多いな。こういう時にオズのところの配達あれば、頑張れるのになぁ」

 ごろごろと荷車を引きながら、そんなことをぼやく。オズは店をやってるのに毎日は開けてないようだった。開ければそれなりに人が入っているのか、不思議とつぶれず続けている。なんにしても、長くお客さんとしていてもらいたいものだという両親の意見に同意する。

 街の商店、貴族のお屋敷、時々やってくる隣町の行商人。

 順々にまわって配達する。半分以上配達し終えたところで、それは起こった。

 ここは城下町でもあるので、城の近くには貴族のお屋敷が多く存在している。そのため、貴族が出かけるときには平民の暮らす街中を通って、外へと向かう。だから貴族の馬車が通ることも少なくない。

 ごろごろと荷車を引いていると後ろの方から馬のかける音が聞こえてきた。荷車は邪魔になるので早めに脇に避けて通り過ぎるのを待つのが常だった。いつも通り、脇へと荷車を寄せる。ちょっと休めるしちょうどいいか。馬が来る方を見ていると、案の定馬車が一台やってきた。

 魔法があっても、人は空を飛ばないんだよな。

 貴族がこうして馬や馬車に乗っているのを見て、子どもの時に少しがっかりしたのをふと思い出した。

 魔法を使えるだけでも羨ましいけれど。

 貴族は魔法が使えて当たり前だと聞く。一体それはどんな世界なんだろうか。

 ぱかぱかと馬がゆっくりこちらに向かってきた。ガラガラと馬車が引かれている。

 ガラガラが、ラガラ

 聞き違いだろうか。何か変だったような気がする。

 僕はじっと馬車を見た。すると、こちらから見て左前の車輪が少し曲がって見えた。

「あれって」

 疑問に思うのも束の間、目の前には舗装されていない窪みがあった。まずいと思ったときにはもう動き出していた。

「止まって! そこの馬車止まってください!!」

 声をあげた僕に気づいた御者が、顔を顰めた。

 そんなこと顔したって、仕方ないじゃないか。

「いいから早く止まって! でないと」

 だが、御者は僕のいうことを聞く気がなかった。そして、事故は起こるべくして起こったのだ。

「なっ!」

 御者は声を上げたがもう遅かった。窪みにはまり、傾く馬車。馬車に引っ張られ興奮して暴れる馬。叫び出す街の人々。

「だから言ったのに!」

 こうなったら警備隊に任せるしかない。馬車の中にいる人を助けるべきなんだろうけど、貴族にどう接していいかなんてわからない。首が飛ぶのはごめんだ。さっきの件も警備隊にうまく説明しないと、下手したら捕まってしまうかもしれない。このまま混乱に乗じて逃げればよかったのに、暴れた馬が女の子へと突進していくのを見たらできなくなった。僕は馬よりも先に女の子の前に来るとその子を抱えて馬を避けるように転がった。

「大丈夫?」

 声をかけると、涙目で頷いている。よかった。

 そうこうしている間に、警備隊がやってきた。御者の怪我は大変そうだったが、貴族の人たちはそこまで大事には至ってなかったらしい。横転している馬車の中に向かって声をかけている警備隊の姿を見て、少しホッとする。

 女の子の親が駆け寄ってきたので、女の子を引き渡す。ペコペコと頭を下げてるが、気にしないでと手を振った。

 今のうちにこの場を離れようと思ったが、それよりも警備隊の方が早かった。そらそうだよな。事件を片付けるのはおてものもって言うし。

「君!」

「僕ですか?」

「そう君だよ。止まれと、叫んだと聞いた。なぜだ」

 強面の警備隊の人が僕を見下ろしている。がっしりとした体型で、今の僕とは比べ物にならない。警備隊にスカウトなんてされるわけないよオズ。と内心思いながら、警備隊の人を見上げた。

「車輪が片方浮いていたので、危ないと思って」

「どこのだ」

「向かって左側の前輪です」

 僕がそう言った途端、後ろに控えていた別の警備隊の人が調べに走った。するとすぐに戻ってきて、強面の人に耳打ちをした。

「どうしてわかった?」

「ですから、浮いていたので」

「見えたのか?」

「見えました、けど」

 見えたらいけなかったのかと声が尻すぼみになる。強面の人にじっと見つめられ、背中から汗がダラダラとこぼれ落ちる。こんなことで捕まるぐらいなら声なんてあげなきゃよかった。

「そうか。……捜査協力感謝する」

 用は済んだとばかりに、強面の人は馬車の方へ戻って行く。

「え。あ、はい」

 僕の返事は彼に届いたのか届いてないのかわからないままあ、彼の方を目で追った。馬車から助け出された貴族の人たちが別の手配された馬車に乗り換えている。

 ああ、よかった。生きてる。と思う間もなく、僕は貴族の人たちに釘付けになった。

 緑色?

 二人の貴族の人たちは全身がすっぽりと緑の色に覆われている。ゆらゆらとそれは揺れながらまとわりついているような感じだったが、貴族の人たちはそれに困った様子もなく、周りの人たちも不思議がる様子もない。

「なんだろう、あれ」

 魔法を使える人はやっぱり違うんだろうか。貴族街の方へと戻っていく馬車を見ながら僕はポツリと呟いた。

 首を傾げながらも残りの仕事を終えた。

 気持ちが落ち着かないからか、いつもより早く終えてしまった。身体がどんどん先にいくような感覚だ。

「あんなことあったからだなきっと」

 空になった荷車をごろごろと引いていると、オズの店が目に留まった。どうやら今日は開けているらしい。僕はポケットを探る。貴族のお屋敷に配達した際、執事から少しチップをもらっていた。ちょっとだけならいいかな。僕は荷車を店の壁に寄せると、ドアを開けた。

「おや、珍しい。君が表から来るなんて。今日はお客さんかな?」

 オズの声に、なんだかホッとして顔を上げる。

「な、んで?」

 僕の目はおそらく真ん丸に見開いていただろう。

 赤色、いや白色?

 さっきの貴族の人たちに見えていたようなものが、オズにも見える。モヤモヤっとしたものが、オズにまとわりついている。それに、さっきの人たちよりずっと濃い。

 でも今まで何も見えなかった。一体、僕の目はどうしたんだ?

 僕が困惑している間に、オズは僕の目の前にまできていた。すぐ目の前からかかる声に、肩がびくりと震えた。僕と目が合うと、オズがじっと僕を見つめている。僕? それとも目を覗き込んでいる?

「なるほどねぇ。おもしろことになってるね」

「お、おもしろい?」

 僕が繰り返すと、オズはニコリと笑った。

「そ! 君、魔力が見えるようになってるよ。僕を見て驚いたのもきっとそのせいだよね」

「魔力が、見える?」

「僕がいつもと違って見えてるんでしょう? どう見える?」

 いつもの調子で話しかけるオズに、首を傾げながら返答する。

「どうって、赤色に見えるけど、白色も見えるような、もやもやに包まれてる」

「なるほどなるほど」

 うんうんと一人納得して、オズは店の入り口へ行くと開店から閉店へと看板をかけ替えた。そしてカウンターの内側へ入ると、「まあかけなよ」と僕を座るように促した。

「さて、今日何かあったかな?」

「何かって、さっき」

 水を差し出され、それをぐっと飲み干した。それから馬車の事故があった旨を話す。

「そこで、貴族の人が緑のモヤモヤにまとわりつかれてて、でも誰も気にしないし、気のせいかと思ったんだけど」

「そっかぁ」

 オズはさっきからずっとニコニコと笑っている。それがなんだか不気味で気持ちが悪い。しかも、どうして平民であるはずのオズが赤い色をしているんだろう。

「オズは、魔法が使えるの?」

 僕の質問に、「知られてしまっては仕方がない」とどう見ても仕方がないようには見えない様子で、カウンター越しに前のめりに僕に近づいた。

「ロアン。君のその目は、魔法によるものだよ」

「ま、ほう」

「君がずっと欲しがっていた力さ。誰かがかけたんじゃない。君自身の力によるものさ。君には魔力があったってことだ。遅咲きだけどね」

 僕はポカンとオズを見つめる。オズは面白いものを見ていると言わんばかりに、肩が少し震えている。

「君の夢は今叶ったと言うわけさ。ようこそ、こちら側へ。新しい魔法使い殿」

 オズがカウンターに肘をついて、目を細めてこちらを見ている。


 僕は、どうやら魔法使いになれるらしいです。

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