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【天龍寺船】

一三四二年九月、北畠顕信が栗原郡三迫で再び幕府方の石塔義房と戦った。しかし、幕府軍の援軍到着で敗れ、日和山城に退いた。これにより、多賀国府の北は、幕府優勢となった。

十一月、南奥州の結城親朝は北方の南朝方の暗転に頭を痛めながら、なおも北畠親房への支援を続けた。この月、親朝は関城に対し、二千疋の資金を送り、千疋が無事城内に運び込まれた。この事実は、親朝という将の義理堅さと、現実の非情さを後世に示してくれる。


 この年秋、博多から、一隻の船が出港した。

『宋船往来の事、その沙汰あり、元弘以後中絶、十ヶ年を経て興行せらる』(『天龍寺造営記録』、村井章介「日本の中世10 分裂する王権と社会」九一頁)

“元へ貿易船を派遣につき、沙汰があった。一三三三年以来十年ぶりである”

俗に天龍寺船と呼ばれる、元への貿易船の船出である。後段で触れる、天龍寺造営のための

この船は、日本を国際貿易の舞台に復帰させる一大契機となった。

 この英断を押し進めたのは、副将軍足利直義と天龍寺開山の夢窓疎石であった。十年ぶりの、日元貿易の利益の一部は、天龍寺造営の資金に充てられる。

『商売の好悪を謂わず、帰朝の時、現銭伍千貫文を寺家に進納せしむべく候』(九二頁)

“貿易船の赤字黒字を問わず、帰国の際には、銭五千貫を天龍寺に納めるように”

自らの船を、計画に捧げた海商至本しほんの商魂こそ称賛されるべきである。

直義と礎石の判断は、東シナ海の海商の活動を正しく国際化するものである。ひいては、

これを保護する北朝と幕府こそが「日本政府」であるという表明であった。


『四大有限なり衆生の軀、百億無辺なり諸仏の土』(九四頁)

“人の身は有限かもしれんが、世界は無限じゃ”

『金は滅磨すべきも心は替わる莫し。期す子の宴坐して八荒を超ゆるを』

“財貨は摩耗していくが、心は変わらぬ。座禅を通して、世界を見て来い”

天龍寺船には六十余人の禅僧が乗る。その一人の雲夢裔沢うんぼうえいたくが、師の笠仙梵僊じくせんぼんせんから、出立に際してもらった詩である。


愚中周及ぐちゅうしゅうきゅうも、その一人であった。

『冬明州に到る』(『大通禅師語録』六所収、九六頁)

“冬、天龍寺船は明州に到達した”

だが、日元貿易の再開には、大きな障害があった。

『大守鍾万戸、以て賊船と為し、舳艪数千、海上に防ぐ』

“太守オルジェイトゥが、天龍寺船を賊船とみなし、船数千が海上に立ち塞がった”

当時、明州では倭寇が活動していた。オルジェイトゥは倭寇鎮圧で都元帥に昇進した人物で、その彼から見て、十年ぶりの日本の官船到来は、俄かに信じがたいことであった。

『商主書を通じ以て陳ずるも、疑怒して已まず、愈いよ禁防を厳にす』

“至本殿が書状で説明したが、太守は疑い、いよいよ港湾の守りを固めてしまった”


 一三四三年、年が明けた。

『年を踰えて猶お岸に上るを許さず』

“年を跨いだが、まだ上陸が許されない”

愚中らは雨乞いをした。その成功により、ようやく船のものに一部の活動が認められた。

『貿易のみを許す』

“貿易のみが許された”

さすがにこれには僧達も顔色を変えた。このまま交易だけで、帰国となれば、元に渡ることができない。そんな中、愚中は意を固めた。

『潜かにここを過ぐる』(『愚中周及年賦抄』、九七頁)

“ひそかに(小舟で上陸し)、明州を素通りした”

夜陰に紛れての上陸だった。愚中は、世界を見たかったのである。愚中に同行した十一人のみが、明州を越えることができた。これが命懸けの行動であったことは、他から分かる。

『大鑑の徒弟十七人、師とともに謀りて別の舟に乗り、まさに岸に近づかんとして、忽ち厳兵の捉うる所となる』

“清拙正澄の弟子十七人は、師と共に別の小舟で岸に近付いたが、元兵に捉えられた”

オルジェイトゥは激怒し、十七人を一度に処刑してしまった。

船上に残った三十余人の僧は、やむなく至本らと共に日本への帰国の途に就いた。


 一三四三年夏、天龍寺船は帰国した。

『満船の官貨孰れか私商ならん』(『夢窓国師語録』、九三頁)

“船は、天龍寺造営の貨幣で満ちておる、そなたの功績は「私商」に止まらぬ”

疎石には分かる。至本は次の時代の扉を拓いてくれた。くだらない乱世の次にある。

至本は、国師(疎石)が寺の造営を口実に、刀を振り回す武士の次の時代に必要なものを育てている事に気付いた。それが自分達海商であり、愚中ら世界を知る若者なのだろう。

日元貿易は、この天龍寺船を機に再開された。日本は東アジア世界に復帰したのである。

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