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【脱線十二・二条河原の落書】

 一三三四年八月、京の二条河原に落書が出現した。その落書に曰くi。

『比比都ニハヤル物 夜討強盗謀綸旨 召人早馬虚騒動』(「悪党の世紀」三五一~三五三頁)

“この頃都に流行る物 夜討ち・強盗・にせ綸旨 逮捕者・早馬・から騒動”

『生頸還俗自由出家 俄大名迷者 安堵恩賞虚軍』

“生首・還俗・自由出家 にわか大名・浪人者 安堵・恩賞・から出動”

『本領ハナルル訴訟人 文書入タル細葛 追従讒人禅律僧』

“本領離れた訴訟人 訴状を入れた細づつみ 追従・讒言・禅律僧”

『下剋上スル成出者 器用堪否沙汰モナク モルル人ナキ決断所』

“下克上する成り上がり者 有能無能の詮議なく 漏れる人なき(雑訴)決断所”

『キツケヌ冠上ノキヌ 持モナラハヌ笏持テ 内裏マシハリ珍シヤ』

“着なれぬ冠・朝服姿 なれぬ笏を手に持って 内裏に出仕とはこっけいな”

『賢者カホナル伝奏ハ 我モ我モトミユレトモ 巧ナリケル詐ハ』

“賢者顔した伝奏は 寵臣面で威張れども そのたくみな腹芸は”

『ヲロカナルニヤヲトルラム 為中美物ニアキミチテ マナ板烏帽ユカメツ』

“愚か者にも負けている 御馳走責めに満足し うすっぺら烏帽子をしおらせて”

『気色メキタル京侍 タソカレ時ニ成ヌレハ ウカレテアリク色好』

“我がもの顔の京侍 夕焼け小焼けにたそがれて 浮かれて歩く色好み”

『イクソハクソヤ数不知 内裏ヲカミト名付タル 人ノ妻鞆ノウカレメハ』

“いくばくなのか数知れず 「内裏拝み」とお出かけし 人妻なのに男遊び” 

『ヨソノミル目モ心地アシ 尾羽ヲレユカムエセ小鷹 手コトニ誰モスエタレト』

“よそ目に見ても心地悪し 尾羽根が折れたえせ小鷹 皆が腕に乗せるけど”

『鳥トル事ハ更ニナシ 鉛作ノオホ刀 太刀ヨリオホキニコシラヘテ』

“狩りは全然できません 鉛づくりの大刀 太刀より長くこしらえて”

『前サカリニソ指ホラス ハサラ扇ノ五骨 ヒロコシヤセ馬薄小袖』

“これみよがしに差している ばさら扇の五本骨 広輿(につく家来は)やせ馬・薄小袖”

『日銭ノ質ノ古具足 関東武士ノカユ出仕 下衆上﨟ノキハモナク』

“(裏では)毎日質屋通い 関東武士の粥腹出仕 上も下も腹すかせ” 

『大口ニキル美精好 鎧直垂猶不捨 弓モ引ヱヌ犬追物』

“大口袴で着飾れど それでも鎧は捨てきれぬ (公家は)弓も引けずに犬追物”

『落馬矢数ニマサリタリ 誰ヲ師匠トナケレトモ 遍ハヤル小笠懸』

“落馬矢数に勝りたり 誰に師事する訳でなく ひとえに流行る小笠懸け”

『事新キ風情也 京鎌倉ヲコキマセテ 一座ソロハヌヱセ連歌』

“こんな流行はじめてだ 京・鎌倉をかき混ぜて 少ない面子でえせ連歌”

『在ヽ所ヽノ歌連歌 点者ニナラヌ人ソナキ 譜第非成ノ差別ナク』

“あちらこちらで連歌会 判者にならぬ者はない 家業でないのに連歌会” 

『自由狼藉ノ世界也 犬田楽ハ関東ノ ホロフル物ト云ナカラ』

“自由狼藉の世界なり 犬田楽は関東を 滅ぼした物と言いながら”

『田楽ハナヲハヤル也 茶香十炷ノ寄合モ 鎌倉釣ニ有鹿ト』

“田楽はなお流行中 お茶やお香の寄合も 鎌倉ばやりのものなのに”

『都ハイトト倍増ス 町コトニ立篝屋ハ 荒涼五間板三枚』

“京でますます大人気 町ごとに建つかがり屋は ぼろぼろ五間に板三枚”

『幕引マワス役所鞆 其数シラヌ満ヽリ 諸人ノ敷地不定』

“幕引きまわした役所ども その数知らず充満し 庶民の住みかはどこいった”

『半作ノ家是多シ 去年火災ノ空地トモ クソ福ニコソナリニケレ』

“作りかけの家これ多し 去年の火災の空き地こそ 家建てられる恵みなり”

『適ノコル家ヽハ 点定セラレテ置去ヌ 非職兵杖ハヤリツツ』

“たまたま残る家々は 武士にとられて置き去りに 百姓の武装が今流行る”

『路地ノ礼儀辻ヽハナシ 花山桃林サヒシクテ 牛馬華洛モ遍満ス』

“路地の礼儀辻々になく 花を楽しむ心なく 牛馬都に充満す”

『四夷ヲシツメシ鎌倉ノ 右大将家ニ掟ヨリ 只品有シ武士モミナ』

“天下を鎮めた鎌倉の 頼朝公の言いつけで 秩序を守った武士達も”

『ナメンタラニソ今ハナル 朝ニ牛馬ヲ飼ナカラ 夕ニ賞アル功臣ハ』

“狼藉者に今はなる 朝に牛馬で田を耕しながら 夕に賞ある功臣は”

『左右ニオヨハヌ事ソカシ ナセル忠功ナケレトモ 過分ノ昇進スルモアリ』

“今や珍しい事もない たいした忠義や功もなく 過分の昇進おめでとう”

『定テ損ソアルラント 仰テ信ヲトルハカリ 天下一統メツラシヤ』

“失脚してはならないと 上のご機嫌窺うばかり (これで)天下一統とは笑わせる”

『御代ニ生テサマサマノ 事ヲミキクソ不思議トモ 京童ノ口スサミ』

“帝の御世で生きる中 様々見聞く不思議ども 京童の口ずさみ”

『十分一ソモラスナリ』

“十分の一をぼやいてやった”

かくして、日本史上屈指の名もなき毒舌家によって、建武の新政は、茶化され、あげくに全否定された。京童は、ついに建武政権を見限ったのである。

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