その2
朝食が済めば昼食まで余暇時間となる。
死刑確定者は「死ぬ事が罰」なので懲役のような刑務作業はない。
朝9時前、昼勤の刑務官による巡回が始まる。
及川の他に数名死刑確定者が収容されているが、刑の確定から時間も経過しているので「お迎え」が来るのではないのか?と怯えながら巡回が過ぎるのを待つしかない。
自分の房の前で足音が止まればすなわち「お迎え」であり、1時間後にはこの世とサヨウナラ、になるのである。
この日は何事もなく刑務官が過ぎていく。まだ日が浅い及川はこの「巡回」の恐ろしさを理解していない。
週に1~2回程、拘置所内の購買でモノが買える。買えるモノは歯ブラシや石鹸のような日用品から衣類に出前のお弁当まで色々あるが「銭」が無ければ無論買える訳ではない。
買えない人は官給品として支給されるが無いよりマシなレベルではある。
及川は乞食系YouTuberとして活動していた。被告人の立場として拘置所の住人になった当初はGoogleから振り込まれた金で好き勝手飲み食いしていたが、アカウントが凍結された今は無収入だ。
働くのは嫌だ、と変なプライドを持っていたのが災いして今は官給品に頼るしかない有り様だ。
中には有名な死刑確定者や支援団体が付いている者は差し入れされる事もある。
だが及川には支援する者は誰一人たりとも居なかった。
死刑確定者になると親兄弟か弁護士しか面会が出来ない。その親兄弟は逮捕後一度も面会に来ていないようだ。
「タワーマンションに住み、バスローブを身に付け、ワインを嗜む」とかSNSで書いていたが、名古屋拘置所は考え方によってはタワーマンションなのかもしれない。バスローブは官衣、ワインは1日2回配られる熱湯かお茶だとしたら最上級の皮肉だ。
及川は公判では一貫して「自分は悪くない」と主張し続けた。
だがそれが一審目の裁判員裁判で心情を極限まで悪化させて求刑通りの死刑判決が下る。
当然、国選の弁護人は控訴して控訴審に入るが及川は一貫して「自分は悪くない」の主張。
控訴審は一回で結審して一審支持の死刑判決。
上告して意外に早く弁論の期日が指定された。
上告審は東京の最高裁で行われるが意外にあっさりと短時間で終わる。及川は出廷する必要が無いので拘置所の中でやる気の無い国選弁護人に任せるしかない。
判決期日が指定されて上告棄却、判決文訂正申立と言う最後の悪足掻きも出来るがやるだけ無駄なのでやらずに確定させたのが経緯だ。
反省の色も無く、執行の日まで家畜の豚のように過ごすつもりなのかは本人では無いので判らないが再審請求するようなタマでも無いから3年以内にはサヨウナラなのかもしれない。