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炎の魔女と白銀の竜  作者: paparatchi
12/12

エピローグ


マクラタカン。

灼熱の砂漠の真ん中に位置する、そのオアシスに形成された都市は、古来より交易により大きな富が集まる場所だった。

行き交う商人達で栄えるその繁栄とは裏腹に、マクラタカンには、とある黒い事情があった。


その街は、魔女が統べる街。


数年前から、この地には、魔女が巣喰っており、リアニス政府は頭を抱えているという。

そうして送り込まれた勇者達は、すでに何人も、砂漠から戻ってきていない。


曰く、魔女は、炎の魔法を使う為、その身を焼かれて死んだとか。

曰く、魔女は、竜を飼っている為、その身を竜に喰われたとか。


真実とも虚構とも取れない情報が、リスエットで独り歩きをしている有様だ。

そもそも魔法などという現実離れした力があるのかどうかを僕は見たことがない為、真実に関してはわからないが、ひょんなことから、僕はその『勇者』の仲間入りを果たすことになった。



首都、リスエット。

ナミノ砂漠の北に位置するこの都市で、僕は生まれ育った。

13歳になった今年、家の都合で軍に奉公に出された。

入隊初日に、持たされた重たい装備にふらついて、本部の入り口の大きな大理石の天使像の翼の先を割ってしまったのが、いけなかったらしい。

上官からは軟弱ものとして折檻を受ける日々が始まり、部隊の全員が、『天使像の翼を壊したやつ』として僕を認識した為に、『羽もぎ』のあだ名がついて莫迦にされるようになった。


訓練をやらせても、武器の取り回しがまるでダメ。

掃除をやらせても、家具を壊してしまってダメ。

炊事をやらせたら、粥を炭にしてしまってダメ。


剣術とか、身体能力とか。そういうものの天啓には恵まれない僕は、そもそも軍隊には向いていなかったのではないかと思われる。

そもそもあんなに重たいものを振り回すだけの力がないのだ。

腕力がないくせに、なぜか上官からの逃げ足だけが、誰よりも早かった。


それで僕の有様に業を煮やした分隊長が命じたのが、このマクラタカン遠征への志願だった訳だ。

分隊長が怒髪天を突く勢いで指差していたのが「勇者求む」と、恥ずかしげもなく書かれていた遠征募集の張り紙だった事をよく覚えている。

そもそも『志願』を『命じる』ってどうなのよ。


結果、志願者は、僕一人。

ものの見事な定員割れ。


やべえ、マジの勇者募ってたのか・・・


んで、そのまま単身のマクラタカン行きが決定。


いやいや、『遠征』って普通徒党を組んで行くものじゃない?単身で行くものって聞いてないんだけど。

遭難したら誰が管理するの?戦死の連絡とかちゃんと親のところ行くの?

その上で、僕に渡されたの、僅かばかりの旅費と布の服と檜の棒だけなんだけど。

それも、真顔で服は防具で棒が武器って言って渡されたんだけど。これまじなの?

しかも、砂漠渡らなきゃいけないのに、水筒は旅費か自費から出してくれってちょっとおかしいよ?

そもそも棒いらないから水筒支給してくれよ?明らかにリソースの割き方おかしいだろ。


そんなツッコミどころ満載のところから始まり、なんとか駱駝らくだと荷役を工面できる状況を整え、行商に混ざって砂漠を越える準備が整ったのだった。

仲良くなった行商人に色々聞いたり、もらったりして、布の服だった装備もちゃっかり砂漠仕様のローブに整えた。

もはや、僕は、軍人ではなく商人の方が向いているのかもしれない。

軍を本格的にクビになったら、転職を考えておこうかな。


そんなこんなで、まぁ行商人のキャラバンについていけばこのミッションは安泰だろうと考えていたその矢先。

天候自体は砂嵐にも遭遇せず、順調な旅程であるかに見えた。

しかし、そうは問屋がおろさなかった。


何しろマクラタカン名物のあのお方が我々をお出迎えになられたのだ。

砂漠に巣食う大蚯蚓、サンドウォームさんが。


旅に出て5日目にご対面した。

想像通りの巨大さで、もう、人を食うために生まれて来たようなフォルム。

複眼がこっちを捉えた瞬間、もう悟ったね。

僕に照準合わせてるんだって。


もちろん、全力で逃げた。

僕は走る力ないけど、なんつっても走るの駱駝さんだから。

食われるぞ!全力で走れぇ!全力で走らんと僕がお前を食うぞ!とにかく逃げろ!逃げるのじゃぁあ!


僕は思ったね。その時、心底。

いくら砂漠に適応した動物とは言ってもね、無理させたらダメなんだって事。

6日目、駱駝さん、力尽きる。

俺の水、奴が全部のむ。

献身的に看病したよ?

それでもダメなもんはダメだった。

あの野郎、飲むだけ飲んで逝きやがった。


どうしようもなかったから、少しだけお肉もらって、あとは埋めた。

食い切れる量じゃなかったし、そもそも駱駝肉ってあんまりうまくない。

保つのかどうかわかんないけど、とりあえず、鞄の縁に干しておく。


でもね、わかった。

人間食べ物で動いてるんじゃないんだ。


一番重要なのはね。やっぱり水なのさ。

喉って渇くもんなのよ。

お魚って背骨あるじゃん。

人間にも駱駝にも背骨あるじゃん。

多分そういう理屈なの。

陸上で生きてるやつもね。

結局、魚の延長線上にいるわけなの。

お水ないと生きられねえの。そういう理屈・・・だと・・・思う。


どさり。



神様というやつに頼みたい。

もし、来世というやつがあるのなら、貧しい家に生を受けて無理やり軍人として歩む人生ではなく、未来小説の世界の蒸気技術者か、錬金術師か、機械人間として転生したいです。



ばしゃり。


「大丈夫かぁ、少年」


バケツ一杯の水をぶっかけられて、僕は目覚めた。

暑くなっていた体温が、一気に冷めるのがわかる。

視界には青空、そして僕を見下ろす栗色の髪の女が一人。

首から下げた、笛のアクセサリーがチラチラと僕の顔を往復する。

年の頃としては、僕の姉と同じくらいの年齢だ。年は近そうだが、3つか4つ上だろう。

いやぁ、さっきのバケツの水、できれば飲むために、おいて欲しかった。


そんな僕を見かねたのか、彼女はコップを一杯、差し出した。

そういう遭難者を、彼女はよく見かけるのか。

なんだか、随分と慣れている印象を受ける。

体を起こしてそれを受け取り、すかさず、飲む。

ブハァ、生き返る。


周りを見渡せば、そこは、公園の噴水の目の前だった。

子供達が、楽しそうにはしゃぎまわっているのが見える。


コップの水だけでは不十分だったので、僕は噴水に頭を突っ込んで、それを飲んだ。

彼女は、あきれた様子で、頭をぽりぽりと掻いて、話し始めた。


「行商から、サンドウォームに襲われてはぐれた少年がいたから助けてやってくれと頼まれてね。あんた一体、何日あそこを彷徨ってたの?」


「今日で・・・3日目」


「見つかってよかったねぇ、今日、見つからなかったら、確実に死んでたよ」


後から聞いたけど、人は水を飲まずに72時間以上は生きられないんだって。

女はため息をついて、僕に棗椰子の袋を差し出した。


「ありがとう」


衣食足りて礼節を知る。棗椰子の甘さを感じるまでもなく、僕はそれを胃袋の中に詰め込んだ。


「あんたが最初じゃないからねぇ。最近多いの。この辺りの遭難者。それも、リアニス軍の。あんたもそうでしょ?」


そう言って、彼女は、僕のネームタグを返してきた。


「エイム・リンドバーグ、あんたは幸せな方だよ。まだまともな装備をしていたから。でも、助けられなかった人たちも大勢いる。多分、サンドウォームに食べられた人たちも数えると、もっといるんじゃない?」


やっぱり初期装備(ひのきのぼう と ぬののふく)じゃダメなんじゃないか!軍のばか!

自分の危機管理の高さにひとまず胸をなで下ろす。


「リアニス軍の君が、なんでまたこんなところまできたの?」


「魔女に統べられた街なんだろうここは」


「そうだよ」


「リアニスの軍を殺し尽くした、魔女が、この街に巣喰っている。一見、ここは明るい場所で、みんなとても幸せそうにしているようだけど、軍では実質的にそうだと聞いたんだ」


辺りを見回しながら、僕は彼女に問うた。


「まぁ、間違いではないわねぇ」


彼女は、頭をまたぽりぽりと掻きながら周りを見渡した。


「僕は、軍の命令で、ここを調べにきてるんだ、だから、しばらくはここに滞在しようと思う」


「路銀、あんの?この街の宿賃、多分リスエットの比じゃないよ?」


彼女は僕のカバンを指差した。おそらく、フェネックか何かにやられたのだろう。カバンには穴が空いていた。

しまった。駱駝の干し肉が、あいつらには余程いい匂いだったのかも知れない。

穴が開いたカバンにはもう既に何も入っていない。


ぐぅぅぅ。


棗椰子の消化も早い。

路銀もない、食料もない。帰りたい。


「うち、くる?」


絶望的な表情をしているのを察してか、彼女は、苦笑いでそう言った。



「ただいまぁ」


街の一角の民家の扉を開け、彼女は家の者に声をかけた。


「あら、ロゼ。意外と早かったじゃない。お昼ご飯できてるわよ。それで、彼が、例の遭難者?」


「うん。紹介するね。この子、エイム・リンドバーグ。リアニス軍の調査でまた回されてきたみたい」


「すみません、しばらくご厄介になります」


恐らく彼女の母親であろう女性に僕を紹介されたので、軽く頭を下げる。

なんというか、砂漠の民族的な意匠だろうか。

彼女の体にはうっすらと、灰色の刺青が身体中にあしらわれている。


「この子の母のカーネよ。よろしく」


コポコポといい香りがするスープのような煮物を作りながら、彼女はにこりと微笑んで、会釈を返した。


ロゼについて建屋の2階に上がる。


足の踏み場もないような大量の書籍と、瓶、そして、数多の形をしたガラスの容器類。

それを取り付ける木製の固定具に、アルコールランプや薬品。

なんというかそこは、錬金術師の研究室みたいな部屋だった。


「ごめんねぇ、ちょっと散らかってるけど、いま片付けるから、ちょっと待ってて」


と、言いながら、どうやら客人用のベッドがそこにあるらしい箇所の本をどかし始める。

どかすというよりも、『掘る』という表現の方がこの場合は正しいかも。

とりあえず、一人じゃ大変そうだから、手伝うことにしようかな・・・


ベッドの発掘作業を終え、昼食を頂く。


「美味しい」


こんなにスパイスの効いた味のシチューは、初めてだった


「よかった」


思わず、また食べたくなる味だ。あとで作り方を聞いておこう。



「・・・で、ここが、私の馴染みの酒場。酒場だから、ここに来ればこの街の大体の情報は揃うと思うよ」


開く扉の音に気づいたのか、赤い髪をした若い酒場の店員はグラスを拭う手を止めた。

時間帯が早かったせいか、客は僕たち二人だけのようだ。


「いらっしゃい。当然いつもの・・・だよな。2つでいいか?」


「ありがとライエ。ツケはまた今度払うや」


「それ、何回めだよ。薬屋の方は儲かってるのか?」


「それが全然。でも、ライエのところに売り込めそうなものが一つあるよ。コーラナッツを使った炭酸飲料なんかどう?コカの葉と合わせるんだけど・・・」


「却下だ。お前がこの前作った原液で割った酒作ったら大変なことになったんだぞ。牡蠣から抽出した・・・えーなんだっけ?」


「タウリン1000mg配合のあれ?」


「賞金稼ぎどもが目を血走らせながら夜通し馬鹿騒ぎだぞ?地獄絵図だよ、あれは」


ライエと呼ばれた男はそう言って、僕たちにレモネードを振る舞った。

なるほど。彼女の家の2階にあった、あのガラスの器具達は、どうやら薬剤の調合に使われるものであるらしい。


「面白そうな話、してんじゃねえか。俺はロゼの薬の研究には大賛成だぜ?この前作ってた竜舌蘭の蒸留酒。ありゃ客にバカウケだ。そこの少年も試してみろよ?ワンショットで天国に行ける代物だぜ?」


店の奥から出て来た、親しげな大男が出て来て、混ぜなくてもいい話に僕を巻き込んだ。・・・そもそもそれは薬なのか・・・?


「マスター、子供にお酒勧めちゃダメだよ。ダメかー。いいと思ったんだけどなー、コーラナッツ」


「おう、出来上がったら、もってこいや。試しに出してみるからよ」


「親父は自分も飲んで大変なことになるだろうが。その後の店の片付けする身にもなってみろ」


なんと言うか、楽しげだ。この街は、本当に魔女に支配された街なんだろうかと疑いを持ちたくなるほどに。

行き交う人たちにも笑顔が溢れていたし、その辺りは、リスエットと何ら変わりはない気がする。


「教えてください。この街は、本当に、恐ろしい魔女が、支配している街なんですか?」


思わずそんな疑問を口にしてしまったせいなのか。それまでの談笑がぱったりと止まった。


「んや、大して支配はしてないと思うぞ?遊びまわってるのよく見るし」


魔女が遊びまわっている?


「じゃあ、気まぐれでそんなに何人も人を殺すような魔女なんですか?」


僕が再びそう訊くと、皆ぱったりと黙ってしまった。


「ぶっ」


ハハハハハっ

と、酒場のマスターが腹を抱えて笑う。


「そんな恐ろしいところで、楽しく暮らせるわけがないだろ?リアニスではいまそんな話になってんのか?」


「まぁ、なんと言うか、だな。元軍人の先輩格の人間として言えるのは、伝聞だけの情報は当てにならんってことだけは言えるかな」


ライエが、頭をぽりぽりと掻きながらそう言ったその時。


バタンと、


余程急いでここに来たのか、息を切らせた男が一人、酒場に入って来た。


「ロゼ、いるか?」


「エメット・・・また何かあったの?」


「街の南側にサンドウォームの群れが出た。数が多すぎて大砲では仕留めきれん」


「またぁ?今までそんなに沢山出てた?去年までそんなことなかったと思ったけど・・・」


「ここまでの大量発生は、自然下ではありえん。おそらく、リアニス軍の工作だろう。過去に異民族の侵入を防ぐために砂漠の道中で大量のサンドウォームの幼虫を放した作戦事例がある。まぁ、やったのは俺だけどな」


「生物兵器かぁ・・・嫌がらせもここまでくると腹立つなぁ・・・大きなミミズ苦手なんだよなぁ・・・ってか元を辿れば、あんたが変な作戦考えつくからダメなんじゃん?」


生物兵器?リアニス軍の工作?


「流石の俺も、街の近くでそれはせんさ。サンドウォームは放置すれば共食いを始めるから、数年経てば落ち着くが・・・」


「今は兎も角、街の人の人命が最優先ね。エイム、ごめん。先に家に帰っといて。それじゃ!」


脱兎のごとく、とはよく言ったものだが、彼女はとてつもない勢いで酒場を後にした。

残されたのは、僕と、ライエと、大男。

ぽつんと残されて、どうお茶を濁せばいいものか。


「エイムって言ったか」


「あ、はい」


赤い髪の青年が僕に声をかける。


「お前、リアニス軍の命令で『魔女』を探してたんだよな?探して、どうするつもりだったんだ?」


「軍からの命令は、そのう、調査と討伐の命令だったんです。だけど僕、腕力には自信がないから・・・」


「悪いことは言わない。軍の命令は忘れろ。お前に敵う相手じゃない」


そう言って、ライエは、ロゼの飲んでいたグラスを片付け始める。


「じゃあ、どうすればいいですか?」


ライエは、グラスを拭く手を止めた。


「選択肢は二つだ。このままロゼの家に戻るか、それとも、ロゼを追いかけるか」


それは、何となくだがわかる。僕なら後者を選ぶ。街の南側で起こっている事は、いわばこの街の非常事態だ。街を支配する魔女は、そこに必ず現れる。


「でも追いかける選択肢を選んだ場合、お前はリアニス軍には、もう二度と戻れないだろうな」



気づけば僕は、街の南側に向かって走っていた。

ライエからは、もうリアニス軍には戻れないだろうと釘を刺されていたにもかかわらず。


勿論、サンドウォームは怖いし、リアニス軍に戻れなくなるとはどういうことかもわからない。


だけれども、僕は、真実が知りたかった。


そもそも魔女を討伐できない時点で僕が軍に戻る事は不可能だろうし、縦しんば戻ったとしても、また、うだつの上がらない日々が待つばかり。

最悪の場合、除隊して実家に戻るとして、せっかく、葬ったはずの穀潰しが家に舞い戻ってくるわけなのだから、歓迎はされないだろう。

そうした未来に対しての悲観もあり、もしかしたら僕は、魔女に打開策を求めていたのかもしれない。


舞い上がる砂煙がだんだんと濃くなってきた。


ドォンと、大砲の音が聞こえる。

おそらく、サンドウォームの群れと戦っているのだろう。


そんな折、巨大な影が、日の光を遮った。


驚いて上を見上げると、そこには、巨大な竜が翼を広げた姿があった。

魔女が竜を飼っているという噂はリスエットでも有名だ。


逆光でよくわからなかったが、竜の上には、人影が見える。あれが、魔女か。


舞い上がる砂にぼんやりと浮かぶ竜の影を見ながら、僕はそれを追いかけた。



”ごめんアロウ、高度はそのままでいいから、もう一度空域に突入して”


状況は、思ったよりも厄介だ。


サンドウォームは地中を這い回り、突然地上に現れてまた地中に戻る挙動を繰り返す。

その上、思ったよりも街の深部にまで入ってきている。


既に町の城壁から数百フィートも侵入されてしまっている。

確認できるだけであと8体。


リアニスの工作員からすれば、種芋を撒く程度の手間だったのだろうが、こちらにしてみれば大損害だ。

既にいくつかの家々は取り壊され、食べられてしまった人もいる。

ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

おそらく、そんな状況を想像すらせずに、手を下した人たちに対して。


地上に現れたサンドウォームに対して、火球を3発叩き込む。

巨大な蚯蚓は炎に包まれ、のたうち回りながら、さらにいくつかの棟の建物を破壊して、ようやくその動きを止めた。

地上では、エメットの部隊による避難誘導が既になされているとはいえ、家や店を失った人々の喪失感は大きいだろう。


インメンマルターンをして、空域に戻る。


再び、地上に這い出て来たサンドウォームに火球を撃ち込む。

火球は2発命中したが、1発は仕損じて民家に当たってしまった。


やりにくい。戦闘空域が狭すぎる。


”火球ではなく、巣穴に直接火を吹いた方が効率がいいんじゃないか?”


”だめ。巣穴がかなりの範囲に及んでる。その方法だと、ここいら一帯全部を燃やすことになる”


”やれやれ”


一体ずつ、確実に仕留めていくしか方法がない。

できれば被害は最小限に抑えたい。


ドンドンと、エメットの舞台の大砲の音が鳴り響く。

大砲ではかなり難しい相手の筈だが、ようやく彼らも一体、仕留めることができたようだ。


残り5体。

サンドウォームはまだ土の中に潜んでいる。


私は、アロウをその場で羽ばたかせて辺りを見回す。

静かだ。


”警戒されているのかな”


”まさか、蚯蚓がそんなに賢いわけがないだろう。アレにあるのは餌を探す能力だけだ”


餌か。

しかし、この辺りの住民は全員避難させている。


一体どこに?


目を皿のようにして、街中をみると、ふと、こちらに向かって走ってくる少年の姿が見えた。



はぁ、はぁ、

しかし、空を飛ぶ竜はあまりにも早く、人間の足では到底追いつけない。

できるだけ近づこうと追いかけたが、体の方が限界に近い。


はぁ、はぁ

膝に手をかけて少し休む。

空の竜はそれをあざ笑うかのように天高く舞い上がっている。


どうしても引っかかってしまうのだ。


リスエットで聞いた話と、この街で聞いた話には、あまりにも大きな食い違いがある。


正直、ここに来るまでの間は、リアニス軍を何人も殺し、ここに調査に来た軍人を何人も行方不明にさせて来た『魔女』という存在は恐ろしいものだと考えていた。

だが、この街の人たちは、どちらかというと、魔女に対して親しみさえ感じられる口ぶりで話をする。


どちらの言い分も、マクラタカンが、魔女を戴く街であることは確かなのだが、その捉え方があまりにも違いすぎる。


この矛盾を、どう解決すれば良いのか。

結局、自分の目で確かめるしかないのだと悟った。


はぁ、、はぁ、、

息を落ち着かせて再び空に目を凝らす。


滝のように滴る汗が、目に沁みる。


太陽が眩しくて、空の様子はよくわからない。


そんな中、ぼこぼこと、足元が動き出した。

とてつもなく、嫌な予感がした。


すぐさま土が動いている場所から足を退け、走り出すが、遅かった。


「うわぁああああ!」


僕はサンドウォームに持ち上げられ、空高く舞い上がった。


落ちる!


そう思った瞬間、がしりと、何かに腕を掴まれた。

サンドウォームの口が空を切る。


「え?」


助かった・・・?


「ばか!」


リアニス当局が、『魔女』として討伐を命じていた存在。

栗色の長い髪をした彼女は、怒髪天を衝く勢いで僕を叱りつけた。


「なんで来たの!先に家に帰っててって言ったでしょう!」



「・・・ロゼ?」


少年は、目を丸くして私を見る。


彼の考えていることは、わからなくもない。

私は、彼の前で自分がリアニスの言うところの『魔女』であると明言はしていなかった。

隠していたつもりはないが、彼が私のことについて調査を命じられていると知ってから、言いづらくなっていたのは確かだ。

でも、今はそれどころじゃない。


「手が痛いから、早く手綱をとって!ターンするから、ベルトを締めて!」


彼は慌てて手綱を掴み、アロウへとよじ登る。

ベルトを締めたのを確認して、私はアロウをターンさせた。


サンドウォームに火球を浴びせて1体鎮める。


次は?


この空域には後4体のサンドウォームがいるはずだ。


「砲撃隊の後ろ!2箇所に土の動きが見える!」


エイムが指を刺した。


大砲の取り回しを考えれば、私が撃つしかない。

私とアロウは、砲兵隊の後方に翼を返し、照準を合わせる。


エメットがそれに気づき、一部の兵士たちに退避を命じる。

流石に元リアニス軍屈指の名部隊。反応が早いので助かる。


2体のサンドウォームに火球を1発ずつ、見舞う。

致命傷にはならないかもしれないが、しばらく動きを止めることならできる。

あとはエメットがうまくやってくれるだろう。


ドドンと、大砲の音がなった。


これで残り2体。


アロウを滞空させ、サンドウォームを探す。

全身が汗まみれで、砂まみれだ。

暑い。ひどく、喉が渇いた。


よくよく考えれば、炎天下の砂漠の中で低空をずっと飛び回っているのだ。

風を受けていたから今まであまり気づかなかったが、くらくらと、目眩がする。


エイムに竜を操る能力はない。

だめだ、もっと気をしっかり持たないと・・・


「後ろだ!」


エイムが真後ろを指差した。


しまった。アロウを回頭させる時間がない!


仕方がないので、私はぐるりと身体を回転させ、サンドウォームに火の魔法を放つ。


肩が焼ける。

流石に、対象が大きすぎたか。


「ぐっ」


サンドウォームは炎に包まれて、そのまま斃れた。


はぁ、はぁ。

力を使いすぎたか。

呪印は私から見る見るうちに体力を奪っていく。


目眩がひどい。

ぐるぐると世界が回る。

ひどく・・・眠い。


そこで、私は気を失った。



竜はゆっくりと地上に降り立ったかと思うと、突然、僕の方を睨んで、噛み付く動作をした。


”降りろ!食うぞ!”


嘶いた竜に、僕は大慌てでベルトを外して竜の背中から降りる。


”ついでに、こいつも下ろせ!流石に俺も、ここまで無防備だと寝込みを襲いたくなっちまう!”


竜は、ロゼまで食べようとしていたので、慌てて彼女も竜から下ろす。

僕がロゼを下ろすと、竜は素知らぬ顔で、どこかへと飛び去ってしまった。

なんというか、薄情な竜だ。飼い主まで食べようとするなんて。


取り残された僕たちの目の前の土が、ボコボコと音を立てる。


こんな時に!


踏み固められた硬い砂を割って、サンドウォームが姿を現した。


僕はロゼを抱えたまま、一目散にサンドウォームから逃げる。

軍では逃げ足の速さでは負けなかったが、それは人間同士での話だ。

駱駝が命がけで逃げ切って力尽きるような代物に、人間の足で敵うはずがない。

しかも、こっちは人一人を抱えた状態で走っているのだ。


いくら力一杯走ったところで、先は見えていた。

ぐぎり、と、足がくじけ、僕はロゼを手放してしまった。

ゴロゴロと、彼女は数メートル先まで転がってしまったが、目覚める気配がない。


サンドウォームは大きな口を開け、僕たちに迫ってくる。


万事休すか。


そう考えた矢先。


突然、火の玉がサンドウォームに放たれた。

サンドウォームは炎に包まれ、絶命する。


先ほどの竜が助けに来たのかと思っていたが、違った。


僕たちを助けたのは、鳥の形をした炎。

不死鳥、フェニックスだった。


フェニックスの炎で、挫けていたはずの足が軽くなる。


傷が、癒えている?


考えてみれば、フェニックスは生命の象徴。

このような事は、造作もない事なのかもしれない。


「ロゼ!」


僕はロゼに駆け寄った。


「大丈夫?」


「う・・・」


よかった。意識はあるみたいだ。


「サンドウォーム!まだ1体いたの!どこ?」


「あれが助けてくれたんだ」


僕は空の上のフェニックスを指差した。

フェニックスは、僕たちを見届けるように消えていった。



その晩、僕はロゼの家に厄介になり、そのまま床についた。

後で知った事だが、あのフェニックスは、彼女のお母さんが、魔法で呼び出したものであるそうだ。

ともすれば、僕は、軍に討伐を命じられた『魔女』に、二度も命を助けられたことになる。

いや、最初のことを思えば、三度目か。


リスエットで聞いた話では、『魔女』は、リアニス軍を何人も殺したという。

しかし、そもそも今回のサンドウォームの事を考えれば、あれはリアニス軍側の工作であった可能性が高いという事だった。

今回の件で亡くなってしまったマクラタカンの住民もいる。


僕には、どちらが正しい事を言っているのか、もはや判断ができない。


ごりごりと何かをすりつぶす音がしたので、ベッドから身体を起こして、音の方向を見た。

ランプを点けた机に向かい、ロゼが何かを拵えているように見える。


「あ、ごめん、起こしちゃった?」


ロゼは手を止めて、こちらを見た。

しかし、すぐに作業を再開させる。


「薬を作っているの。私たち魔法使いは、これがないと長く生きられないからね」


そう言って、ロゼは、ごりごりと、また何かをすりつぶし始めた。


このところ、砂漠でサンドウォームの出現が多くなっているという事実は、リアニス軍の工作によるところが大きいのかもしれない。

何しろ、ここは砂漠のど真ん中にあるオアシスだ。

交通手段は全て陸路であり、薬の原料は、本来ここにあるものではなく、行商によってもたらされるものだ。

サンドウォームによって、その通商ルートが破壊されればどうなるだろう。


なんだか、やりきれない気分になった。


「昼間は、ごめん」


そういう事しかできない。


「ううん。私の方こそ、ごめんね。私達は貴方達の宿敵の『魔女』なんだもんね。エイムがリスエットで訊いたように、アロウに食べられた人もいれば、私の魔法で焼かれて死んでしまった人もいるのは事実なんだ。君が間違った事をしているとは思わない」


アロウというのは、彼女の乗る竜の名だと、彼女は言っていた。


返す言葉が見つからなかった。

そして、なんと詫びたらいいのか、なんと礼を言ったらいいのかも、思いつかなかった。



「行くの?」


赤い西日が沈み、夜の帳が降り始めたところで、ロゼは言った。


僕はマクラタカンから去り行く行商隊キャラバンとともに、まとめた荷物を持ち上げた。

新しく手に入れた大きな背負い鞄は、ロゼが行商から買ってくれた。


この数日の滞在で決めた。


僕は、このまま軍を辞め、商人を目指すことにした。

これが、おそらく、僕にできる唯一の、彼女にできる礼だと信じて。


「あぁ。お金ができたら、また返しにくるよ」


大きくなってしまった荷物の中身は、彼女が拵えた薬だ。

世界は広い。この薬がきっと高く売れるところがあるはずだ。


「サンドウォームに、気をつけてね」


マクラタカンを行き交う行商人の中には、幾人かリアニス軍出身のものもいるらしい。

そういう人たちを頼れば、きっといい販路も開けるだろう。


僕にはサンドウォームの対応方法や、砂漠のサバイバル術に関しての知識が乏しい。

軍出身者は、僕みたいなひ弱な人間は珍しい方で、元来は屈強な人たちが多い。

そういう人たちに教えを請えば、きっとうまくやれるようになると思う。


「うん。色々とありがとう」


駱駝にまたがって、僕はロゼに手を挙げた。

ひとまず南へ。

ゆっくりと、キャラバンは進み始めた。


マクラタカンの城門を越え、帳の降りた東の空を眺める。


そこには満天の星空と、静寂で広大な砂の海原がどこまでも広がっていた。


読んで頂き、ありがとうございます。


書くのが遅かったり、まとまりがわるかったり、説明足らずな部分が多かったりと、結構小説を書くってことが難しい事を思い知る結果になってしまいました。


また、懲りずに次回作につなげようと思います。


ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。


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