Ⅳ 大賢者と龍王
「ではまず、体力魔力を元のレベルまで戻してもらいます。ここに残しておくと、またレイはやらかしそうなので私の側で養生してもらいます」
「……この島を出ろと?無理」
「何でもすると言いましたよね?ああ、私の側にいる限り、レイに嫌な思いなどさせません。そんな輩捻り潰します」
「わお……こほん。じゃあ元に戻ったその後は?」
「私と一生を共にするのです」
「……親として見守れってこと?」
「あなたは親じゃない。私のつがいとしてパートナーとして、私の腕の中にいてほしい。このように」
テオはぎゅっと私に回している腕を締め付けた。
つがいとは獣人族などの結婚のことだったよな?
結婚?私とテオが?
「テオ、気は確かか?」
「はい」
「いや確かじゃないぞ?こんな20も年上のおばさん捕まえて何言ってるんだ?」
「龍生は平均500年です。20歳ごとき年の差なきに等しい。誤差です」
「ほほー、なるほど?」
「長い龍生だからこそ、愛する人とずっと一緒でなければ耐えられない」
え?
「テオ……テオは私を愛しているのか?」
紺碧の瞳が私の瞳を直視する。
「愛しています」
「……顔が変わったんだぞ?」
「前の顔も好きですが、やはり借り物の顔だったのですね。本来の顔のあなたに今、龍の血が困るくらい高ぶっています。レイはびっくりするほど童顔なのですね。その可愛らしい顔……誰にも見せたくない」
私の黒髪を一房取り、愛しげにキスをする。
「その知恵のつまった若草色の瞳に、私以外の誰も映してほしくない……と思うのは私の我儘……」
そして熱っぽく見つめたあと、瞳にもキスを落とす。
「……それはいわゆる刷り込み……親への愛情ではないのか?」
テオを見上げ、静かに問う。
「私はレイに出会う前にキチンと龍の親を刷り込まれています。最初からレイは親でも親族でもなく私の大好きな人で、長じるにつれ最愛の人になりました」
「……うわあ……」
私が呆気にとられていると、テオが微笑んだ。
「レイも我を愛していますよ」
「そうなのか?」
知らなかった!
「今この時、我以外の好きな人を一人でいいからあげてください」
テオ以外に好きな人?昔は孤児院の友達とか、軍の仲間とかいたが……いない。
「レイ、昔のように私の頰にキスをして?」
唐突に言われたが差し出された左頬にちゅっとキスを贈る。
「嫌ですか?」
「まさか!」
テオのかわいい……今は引き締まってしまったが……ほっぺにキスするのはご褒美でしかない。
テオは嬉しそうに笑ったかと思うと、不意に目を細め私の顎に長い指をかけ、自然に私の唇を自分のものと重ね、舌でぐるりと舐め、唇を離し艶っぽく微笑んだ。
あまりの暴挙に目が点になり言葉を無くす。
「嫌ですか?」
「……イヤ……じゃない」
私はテオのすることなら何でもきっと、嫌じゃない。
「レイは私のものです。私があなたを全力で幸せにする。そして私の全てもレイのもの。レイが戸惑っているのはわかっている。でも、諦めて。あの朝、私を拾ったあなたの優しさが、今日の我を作ったのだ」
私の責任らしい。
唇を真一文字にし、覚悟を決めたように私を強く見つめる。
ああ、そんな真剣な顔もかわいいと言ったら怒るだろうな。
私はそっと両手でテオの顔を挟む。
「知らない間に、随分と強引な男になったのだな。でもそんなテオも……カッコいいぞ!」
テオの顔がぶあっと音を立てて真っ赤になる。天を見上げ息をフウと吐き、顔を戻し下唇を噛み、目尻を下げる。
「……ああ、レイ、私のレイ。愛しています」
テオが私の前髪を上げ額を出し、知らない言語で何か呟いて……眉間のすぐ上にキスをした。薄い皮膚がカッと熱を持つ。何を与えた?龍の秘術か⁉︎
……よくわからないが、それでもやっぱり嫌じゃない。
とはいえ説明を求めてじっと見つめると、熱っぽい眼差しを返され、きつく抱きしめられ上から食べるようなキスをされる。
さっきからこんなの……どこで覚えた?かわいい……だけでは括れなくなったのだな。
テオはもう、男だ。
テオが私を軽々と抱き上げた。
何らかの合図があったのか?天空から銀龍より幾分小さい……といっても十分巨大な赤龍と青龍が真っ直ぐに舞い降り、人型を取る。壮観な光景!大柄な二人がテオの前で膝をつく。
「……これより大賢者殿を下界より龍の国に攫う。ここは我の幼き頃の安息の地。誰の手にも触れさせぬよう、結界を張れ。コウラン、おまえの背で戻る」
「「はっ!」」
青龍はトンと跳躍し、島の奥に向かった。赤龍は再び光り龍形に戻る。テオが私を抱いたまま、赤龍にまたがる。
「待て!まさか龍の国に行くのか?ダメだ!確か人間を嫌っているだろう?実際人間がテオを誘拐……」
「我を歴代最強に育てた大賢者を厭うものなど……我の国にはいらぬ。潰すのみ。だな?」
赤龍はブルブルと震えこくんと頷くと、一気に垂直に天に登った!!!
「うそーーーー!!!重力ーーーー!!!」
◇◇◇
龍の国で私は三顧の礼を以って迎えられた。
恐ろしいことにテオの父が前王で、テオは龍王だった。
コウランから龍城のバルコニーに降り立った途端、大歓声に包まれた。
誘拐されたテオを助け、強く、優しく、驕らぬように育ててくれたと病床のテオの母、前王陛下に背中を預けて起き上がった王太后陛下に泣いて手を握られ礼を言われた。
幼いテオがどれだけかわいい子供だったかお教えすると、大喜びされ、血色がよくなった。去り際一応エクストラヒールもかけておく。
テオがそばにいることで気持ちが安定され、一気にすっかり元気になられた王太后陛下は、私の後見につくと堂々と宣誓し、テオにさっさと結婚しろとけしかけるようになった。
「いや、やっぱり無理でしょう?龍王陛下ですよ?平民の人族と結婚などどう考えてもこの国の皆様が納得されないはず……」
「別に納得しなくても構わない。ただ我はレイしかつがえない。もう刻んだ。レイ、いい加減諦めて下さい」
「ほほほ!大賢者レイ様、御安心くださいませ。レイ様は我ら母子の命の恩人。全ての憂いはこの私が速やかに排除いたします。まあ、あなた様の偉大なるオーラを感じ取れない未熟者であっても、その額の蓮形の龍印を見て手を出す愚か者など、一族にいないと思いたいところです」
「……わお」
私には何も見えない額をさすりながら、王太后陛下の言葉にぶるっと震えた。病弱なイメージがなくなれば、陛下は驚くほどに艶やかで、テオとそっくりだった。
あっという間に外堀を埋められて、世界の憎まれ者の年増の孤島のぼっち賢者は龍王の妃になっていた。
身を焦がす、巷の恋愛小説のような情熱的な愛で結ばれたわけではないが、テオの幸せを何よりも願い、テオのためにならこの命、ためらいなく使える。
これも……愛なのだろう。
ああ、確かに愛している。私の唯一。
天気の穏やかな朝はテオが私を銀の背に乗せて、ゆっくりと龍の国、我々の国を一周する。早起きした民が地上から手を振っている。
龍王が背に乗せるのは、つがい、龍王妃のみ。龍族の妃なら一緒に龍体をとり、仲良く並んで飛んで国を見守るのだろう。それが出来ず残念だ。
龍とつがうことで私の寿命は伸びた。あと約450年、テオと過ごす。
風変わりな景色に感心しながら、テオのキラキラ輝く鱗を撫でて、
「テオの鱗に朝日が反射して神秘的だ。ため息しかない。テオはほんっとに綺麗だな!」
と宝石のような背に抱きついて頬ずりした。途端に龍体が傾く。おっと。
「テオ!何故蛇行運転!危ない!酔ってるのか?私でなければ振り落とされていたぞ!」
紺碧の龍の目がギロリと私を睨んだ。褒めたのに解せぬ?
私の人生(龍生?)、後半に来てぶっちぎりプラスに振り切れた。
いや、500年で考えれば……まだまだ序の口なのか?これからひと山ふた山あるのか?
何であれテオと一緒であれば、数百年など、あっという間に違いない。
「ふふ……」
私が小さく笑うと、テオが大きな瞳の上の眉をピクリと上げて、ギュン!とスピードを上げた。
「きゃーーーー!!!」
私は歓声を上げて、テオにしがみついた。
◇◇◇
古よりの言い伝え。
龍の子は宝。大切に大切に慈しむほどに、大いなる一途な愛に包まれて、永遠の幸せが、約束される。
おしまい。
お読みくださった全ての皆様、ありがとうございました!




