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常闇の地底列車  作者: たけどらの民
第1章 『天空のツリーハウス』
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1-8 知識欲

「嫌だぁ! マルチソルジャー死ねっ!」


「さすがにそんな言い方ないでしょ……」


 まだ時計の短針が10を向いてもいない朝。

 東京にて、日本一高いビルの天辺で、イケメン起業家社長と言い争う準備を軌道は整えていた。

 眼前、残念そうな笑みを顔に浮かべる徹浪が目に入ると、軌道は思いっきりしかめっ面。

 それに対して徹浪は、その残念そうな笑みを抱えた顔に、うっすらと自信の欠片を見せつけてきた。いちいちイケメンなので、本当に苛つくし腹が立つ。

 徹浪が見せる、余裕の表情の真相を読むことは造作もない。

 が、こいつの思考なんて正直読みたくなかった。トラウマになりそう。


「大丈夫だよ、問題ない。君がそう言うことは想定内なんだからね」


「何だよ、そのずっと前から仕組んでました的な言い回しはよ。こっちにだって人権はあるんだ、やむ得ず正当防衛するかもしれねぇぞ」


「まるで小学生が覚えたての単語を使いたがってるだけにしか聞こえないねぇ」


「んだとぉ……!」


 軌道には一言二言会話しただけで、ぼんやりと徹浪の意志が見てとれる。

『絶対に君は折れる。だから今は精々弄んで、優越の時に浸るとしよう』

 これでもエリートとしての自覚は持っているつもりだ。

 敵をよく観察し隙を見計らうことは、害虫駆除の本でも載っているもの。もちろん軌道は植物育成をするため修得済である。


 本の内容を思い出しつつ、悔しげに歯ぎしりする軌道を見る徹浪は、話を戻すようにパチッと指を鳴らした。無駄に上手いが、今度の表情は真剣そのものだった。

 正直言って、隙なんか見当たらない。


「よく聞いてほしい、地下の者たちが困っているんだ。助けてあげたいとは思わないのかい?」


「あのなぁ……言っておくが、俺は自然と氷が好きだ。知ってるだろ? 社長さんも地下に行ったことがあるようだが……あんたの場合は、ちゃんと帰ってこれた。今ここで、俺と話せてるのが証拠だ。自然愛好家としても、社長としても上手くいってるはずだ。けど――俺の場合は、戻ってこられるのか?」


 最後の一文だけ、本気の覚悟で言葉を徹浪にぶつけた。

 それを聞いた徹浪は指を組み、服装を整え、空気を乱し、勿体ぶって、勿体ぶって、勿体ぶってから――、


「――勿論だとも」


「……は、どうしたものかな」


「安心してくれ、僕は君がどんな抵抗をしようと、どんな抗いを魅せてくれようと、必ず地下へと君を送り届ける。擬人たちは僕にとっても思い入れのある存在だ。そんな子たちと、その子たちとの時間が詰まった『世界ちてい』を……蝕まれたくはない」


 徹浪の表明はもっともだった。

 間違ったことなど、一言も話してはいない。

 大切な人との時を奪われたくない。人ならば、誰でも一度はそういった結論に至る。

 簡単に片付けてしまえば『綺麗事』と言って済ませられるものなのかもしれない。

 ただ、難しい言葉のパズルを紐解いていく上では『強い信念』となるのだ。


 ――だが、軌道にも言い分がないわけではない。

 これまで溜めておいた質問を放出する時、軌道は徹浪の真似をして指パッチン。

 あんまり、良い音は鳴らなかった。


「だったら、何であんたが行かない? 何でわざわざ俺に頼んだんだ? 俺は……地下のこと、アンダージュのことも、地底列車のことも、擬人たちのことも……何もかも知らない。無知だ。超無知、圧倒的無知で……そんな部外者の塊みたいな俺よりも、余程精通してる社長さんの方が、お役目として相応しいと思うんだが」


「――それで、良いのさ」


「……あぁ?」


「それで良い。無知ならば無知であるほど……『世界』は驚きと思い出で満ち溢れていくものなのさ。……僕は知りすぎてしまったからね。新鮮も斬新も、今は遠く薄れてしまった」


「答えに、なってないんだよ……その答え方で、今も地下の人が危険にさらされてんじゃねぇのか!」


 それが、徹浪が軌道に地底へ行くことを頼んだ理由。

 それを言ったきり、徹浪は黙り混んでしまった。

 どうやら、話してくれる気はないらしい。ないならないで、軌道は別の質問へと手を伸ばすことを選ぶ。

 何かを話さないと、やばい。ただそれだけが、軌道の中で間違いようのない事実だった。

 ――だが、次の台詞が口から飛び出る前に、


「――あれだけ行きたくないと叫んでおいて、擬人たちのことはちゃーんと心配できるんだね」


「――っ」


「良くも悪くも、君は『人』だ。『人』だからこそ、命を助けたいと思うことは当然の摂理。そんな思いこそ、君が『人』である証拠で、特性さ。では『人』とは他にどんな特徴があるか、考えてみるとしようか。……うーん、そうだね。例えば――探求心が強いとか」


「――――」


「無知ならば知識を求め、わからない事柄があれば検証し、息絶えるまで実証していく……それが『人』という生き物さ。たとえその行いが非道なものだったとしても、それもある意味では『人』だ。だけど、僕は既に地底の大方は知り尽くしてしまった。それは『地底』でいう『人』でなくなったということ。だから、ここにいる」


「……理解が、できない」


「今はまだ……そうだろうね」

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