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常闇の地底列車  作者: たけどらの民
第2章 『風の吹く地下世界』
22/27

2-2 闇に連れ去られた地上人

 眩しさと輝きが自由の身となった世界で、その姿を見た。

 あまりにも美しい輝きの中ですら、その後ろ姿は負けず劣らず光り輝いている。

 見ていたのは人ではなかった。滑らかで洗練されたフォルムを持つ車体、乗っていた金髪の人物、持ち逃げされた獲物――それらが指し示す答えはただ一つ。

 ――地底列車。それは悠々と線路の先の横穴に走り去り、その場に取り残されたのは彼女一人だけだった。


「――くっ!」


 刃が宙を斬る効果音と靴で奏でる乾いた音が地面と空間に解放され、硬い大地が大きく抉れる。やがて暴風と大反響が押し寄せるが、それを作り出した当人に全く動じる様子は見られない。

 輝きだした明かりは地下の暗闇を真っ向より否定し、大地やそこで悔しげに佇む『擬人』、さらに――。


「……あれは」


 先程よりも格段に威力の増した光を放つランプがぶら下げられている壁より現れた、一つの鉄の板をも照らし出していた。

 かたかたと機械音がすると思えば、壁の一角に突然小さめの穴が開き、細い棒――金属で出来ていると思われる棒が飛び出し、大人の身長と同じくらいの長さで止まる。

 そして瞬きをする間にも、棒は勢いよく中央からぱかぱかと展開していき、『この場所が何なのか』を示す役割を担う板へと変貌。最後にスポットライトが点灯され、看板は完成する。


「…………」


 そんなこと、とうに知っていた。

 看板に表された情報は、この場所の名前だ。普段ならば誰も訪れない筈のこの場に来たのには訳があった。

 そう、目的がなければこんな場所に来る物好きはいない。

 彼女はもう一度、今度はその看板にアタるも、棒から棒に取り付けられた板にランクアップした看板には傷一つ付きはしなかった。そんなただの板を、ただ精一杯睨み付ける。


 ――『福見駅 ―FUKUMI Station―』。


 それが、この場所に与えられた名前だった。

 一通り歯噛みを終え、彼女は文字通り風の速さ、一瞬で地底列車が消えたのと同じ横穴――否、反対側の穴の闇に溶け込む。

 取り残された風のエフェクトは、それを発生させたご主人様を『駅のホーム』で見送った。

 彼女にたった今取り付けられた、一つの発信器にも気付かずに。



「――とりあえず、成功かな」




 ◇◆◇




「――これって」


 目が覚めたのは、豪華と言うには違うがそれなりに整えられている、走行中の列車内だった。

 窓の外は全くの暗闇。ガラスが張られた枠の外側には一切の黒が広がっており、辺りの情報は欠片も伝わってこない。そんな窓に映る電気っぽい明かりは、あの空間には見られなかった物だ。


「意識ふわふわで列車に乗せられて、この席に座らされて、助けるって……そう言われて以降記憶はなし、か……」


 カタンコトンと、心地よい音が物静かで軌道以外に誰もいない貸切状態の車両内を飛び回るが、今度はえげつない反響音がやって来る心配もないだろう。

 普通の電車よりも僅かに大きめの車室には派手な演出、余計な装飾、無駄な物資等は一切備え付けられておらず、まるで『スタイリッシュでスマート、かつ程良くエレガント』を体現したかの様なインテリアが印象的。そんな素敵な内装を軌道は眺めて廻る。


「……これはまた、すげぇ急展開。肩の痛みがないと思ったら、やっぱり傷一つ残ってないのか。…………はぁっ!?」


 さっき『風』の攻撃によって受けた肩の傷が治療されて――跡形も無くなっていることに仰天して、瞬の間だけ腰が抜ける。

 目が覚めた時に乗せられていたシートに体を預け、目を白黒させながら左肩を触って確認するが、やはり事象に変わりはない。


 シートは車内二列ずつ、真ん中の余裕たっぷりな通路を挟んで前後ろ、両側の奥へ奥へと続いていた。軌道が座っているのは窓側。付け加えると、列車の走る方向から見て左側の列。

 列車のスピードこそそれなりだが、これならば快適な旅を満喫できるだろうな、と軌道は思う。


 そして、自分が地下で何をしていけばいいのか、どこに住めばいいのか等、聞きたいことも多い。徹郎の言葉は信じてみたくないが、『行けばわかる』と言っていたのにどうも取っ掛かりを覚えていた。


 そしてやはり怪我を負った形跡が全くないことを理解し、余計にわけがわからなくなる。軽くため息。

 荷物はあの時全て落としてきてしまったため、今の軌道はスーツを着ている只のくるくる青年状態。例えば先程の様な被害にあった場合、今の様な奇跡に遭遇しない限り助かる気はしない。


「……そう言えば、あの娘」


 軌道を救ってくれた、あの金髪ロングの正統派ロリはどこだろう。

 心には届いていなかったものの、身体に重大な被害を及ぼしていた左肩の傷は塞がっている。

 だが、たとえ抉れた肩が完治していたとしてもあの正統派ロリにお礼を言わないわけにはいかないのだ。

 確か制服……しかも列車の乗組員っぽい服を着ていたはず。というか、そうでなければこの『地底列車』から軌道を助けたりはしないだろう。


「探すか…………っと、危ない」


 走行の揺れに翻弄されつつ、軌道はゆらゆらと立ち上がった。

 もう少しシートの座り心地を堪能していたい欲求に駆られるが、命がある、しかも傷もあったことすらわからない状態にまで塞がっているだけ儲け物だろう。いや贅沢すぎだろ。

 吊り輪に掴まるという行動で欲望を断絶し、軌道は後尾車両へと向かうことにした。これだけの設備が整った列車だ、多分スタッフルーム的な部屋が配置されていてもおかしくはないだろう。

 軌道は自分を信じて、足音を鳴らしながら車両を隔離するドアの取っ手に手を掛けた――。



 ◇◆◇



「――おや、さっき『福見』から乗ってきた『地上の人』か。肩に瀕死レベルの怪我をしていたはずだが……どうやら完治したようで、良かったじゃないか。それにしても災難だったな。列車が通りかかっていなければ、お前死んでたぞ」


「あれ……地底列車のお客さん? すっげぇ事普通に言ってるけど……やっぱり俺が『地上人』だってわかる感じで……って、当たり前みたいに銃に弾を詰めるな! 無視しきれねぇよ!」


 後ろの車両へと軌道が移動しようとした途端、此方に声をかける気配があった。

 軌道が車両の中間を抜けた辺りの、すぐ右側――通路側で一番前の座席に座っていたのは、暗くしっとりした黒髪をショートに纏めた女性だった。

 彼女の足元の床に置かれた大きいバッグに、沢山の『武器』、そして彼女が座る窓側の座席に大量の『手入れ用具』が転がっているのが見えて心底びびる。

 残念ながら軌道を助けてくれたあの娘ではないが、言葉を交わす価値はあると軌道は判断し、進めようとしていた脚を止める。


「ああ、済まない。私の趣味だ、いいだろう? それと、自らを『地上人』等と陥れるのは止めておいた方がお前のためだ。私は……そうだな、なんと言えば」


「……多分『擬人』だろ? 聞いてる聞いてる。隠そうとしなくても、全部……ではないけど、結構知ってるよ…………って当たり前みたいに刀を磨くなっつの! 怖いって!」


 列車が走る音と会話するための声に混じって、日本刀らしき刃物をきゅっきゅと磨く研磨音が度々聞こえてきていちいちおぞけがする。

 勢いで自らを『風』が発言していた『地上人』と名乗ったはいいが、彼女の反応に肩透かしを食らう。

 武器を磨く彼女は刀に触れていた布巾を交換し、鼻歌混じりに軌道に言葉を投げかけた。


「何度でも言うが私の趣味だ。心配するな、いずれもお前には向けない。しかし、『擬人』について知っているのは意外だったな……お前もこの『アンダージュ』に落とされた『迷い人』かと思ったのだが」


「何だよ、その『迷い人』って……。てか、地上から来たら悪いことでもあるのかよ。『地上人』も、何で言ったら自分の存在を下げることに繋がる?」


 走行の揺れは継続的に軌道を揺さぶり、質問した直後に大きく振り回される。吊り輪があって良かったが、拳銃をまじまじと見つめながら軌道と話す彼女への影響はゼロに等しい。

 まるで普通に、何事もなかったかのように、擬人である女は軌道にそれを告げた――。


「アンダージュに、今現在『人間』はお前しかいない。『地上人』――アンダージュでは、それは『地上から来た人間』を侮辱する差別用語だ」


「は、はぁ!?」


「まあ落ち着け。そう主張するのはほんの一部の衆に過ぎないからな。ほら、この世にも珍しい『カタナ』の美しい輝きを見て心の安らぎを……ああ、済まない。『これ』はお前にとってのトラウマかもしれないな。失念していた、許してくれ」

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