第4話 異世界転移《ハローワールド》
瞼が重くて開かない。いや、目を開けているのに暗闇なのかもしれない。暗黒の中に僕一人、世界には自分しかいないのではないかと勘違いをしてしまうそんな感覚だ。僕は死んだのだから当然なのかもしれない。
でも、なぜだろう、どちらに歩けばこの暗闇から出られるのかが分かっていた。僕はただひたすらにまっすぐに歩む。すると、光が突如として目の前に現れた。
気が付くと、僕は赤い絨毯の上に立っている。さきほどまでの世界が嘘で、この世界が本物であるかのような、不思議な感じ。最初から僕はここにいたのではないかと錯覚しそうになる。
さきほどまで暗闇にいたため、視界がまだ慣れておらず、視界の大部分は血液のように赤黒い。
それでも、何度か瞬きをしていくことで、ここがどこなのかを理解することができた。いや、視界が晴れたことで逆に理解できない。僕の脳は完全に異常をきたしたのかもしれない……。
先ほどまで駅のホームにいたはずなのに、ファンタジーの世界で登場するようなお城にいるようだ。それも目の前に荘厳たる風格の人物が王冠を載せ、派手に装飾された玉座の上に腰掛けている。
「ふむ、成功したようじゃな」
「まさに神の御業。お見事でございます」
傍らに軍服を着た兵士が陛下(?)に向かって答える。陛下ということは天皇様だろうか。とりあえず、偉い人には違いないため、僕は両膝を絨毯に付き、正座をすることにする。空手も、剣道も、礼節は基本中の基本。礼儀を示すことは大事なのだ。
ふと、右手の甲に目をやると、見たことのない落書きがしてあった。円の中に五芒星、さらに中心部に小さな丸が描かれている。……なんだろう、これ。他におかしいところがないか、身体を見てみるが、特に身体に異常はなさそうだ。
「ここ、……どこだ?」
正座したまま首だけを動かして、声の方向に振り向く。僕の他にも同じ境遇と思われる男女が、合わせて計三名いた。
一人は、青年だ。辺りを見回し、群青色のストレートヘアーをなびかせている、同じ東洋人で端正な顔立ちだ。端正すぎるがゆえに、少し近寄りがたい印象を与える。
もう一人は、少年だ。僕と同じくらいだろうか。二重でくっきりした目が特徴的で、毛先がくるんと丸まっている。最初に発言をしたのも彼だ。
もう一人は、少女だ。黄金色のブロンドヘアーを二つに分けて下ろしている。健康的な褐色の肌が輝いて見え、瞳がルビー色に煌めいている、時折見せる白い八重歯が特徴的で、吸い込まれてしまうほどの美人だ。
僕はとりあえず正座をしながら冷静を装っていたが、正直何が何だかわからない。さらに意味が分からないのが、端を固めるように整列をしていた兵士たちが、僕たち四人に向かって雄叫びをあげてくるのだ。
「「「グロリア・イン・エクセルシス・デオッ!!」」」
何言っているかさっぱりわからない。けれど、僕たちに対しての言葉ではなく、陛下と呼ばれている人を称えている言葉のようだ。その証拠に身体は僕たちを正面に捉えながら、視線だけは陛下に向けている。
僕も含めた四名に向かって、玉座の直近にいる兵士が一度咳払いをする。
「静粛に!! 陛下の御前である。これより現人神様でいらっしゃる陛下のお言葉を頂戴する、心して聞くように!!」
先ほどまでの熱気は途端に静寂へと変わり、陛下と呼ばれた人物が言葉を紡いだ。
「皆の者、よくぞ参った。余こそサン=セントス、陽上る国、ロイゼンサンクチュアル国王である。我が一族にだけ伝わる転移魔法を行使し、貴殿らを余の国へと招待させてもらった。貴殿らにとってここは“異世界”となる」
なるほど、わからん。とりあえず、眼前の陛下は国王で、魔法を使って僕たちを召喚したと。……そうか、本来なら死んでいた僕がこうして生きているということは、死ぬ間際にこの世界に転移させられたということなのか。ということは、国王陛下は命の恩人ということになるが……、考えがまとまらないうちに、国王陛下は続けて語る。
「まずは、貴殿らの名を聞きたい、余から見て右から順に名を教えよ」
「……僕、ですかね。僕の名前は一条誠志郎です、よろしくお願いします!!」
僕の隣のイケメンくんが「……王勝峰」と短く言い、続けてくるん髪くんが「オレは識部大器っす」と軽く発言し、最後に美ギャルさんが「あーし? あーしの名前はリタ=キュリリア、よろしく~!!」ともっと軽く自己紹介した。軽さの三段活用だ!
ちなみに、衛兵の目が笑っていない気がするが、一旦気にしないでおくことにする。
「セイシロウ、ションフォン、タイキ、リタ、貴殿ら四人をこの国へと招待した理由は唯一つ。……魔王の討伐じゃ。魔王が現れてから、我らの国土に魔物が住み着き、国民の安全が脅かされている。魔物の進行により、生活区域が年々減少しており、今や六割にも及ぶ国土が奴らに支配されておる。何とか防衛線を張り、対抗はしておるのじゃが、奴らの牙はすでに我らの喉元に迫ろうとしておる……。選ばれた勇者たちよ、どうか協力してはくれんだろうか」
魔王というからには悪い奴なのだろう。“正義”を果たす、またとない機会なのかもしれない。できることなら協力したいが、それよりも大事なことがあるのも、また事実だ。僕は正座のまま、綺麗に手先までピンとのばした状態で挙手をする。
「セイシロウ、なにか質問かね?」
「はい! 恐れながら、国王陛下。困っている皆さんのためにも、力になりたいのはやまやまなのですが、僕が急に姿を消すことになって、妹が心配しているはずなんです。元の世界に一刻も早く帰りたいのですが、可能なのでしょうか?」
「今はできん。魔王を打倒するまでは元の世界に戻ることが出来ないのじゃ」
となると、魔王を倒して現実世界に帰還する以外の選択肢はなくなってしまう。電車にひかれて命があっただけまだマシと思うしかなさそうだ。
「……あのー、オレからもいいっすか?」
タイキの発言に国王陛下は頷く。
「つまり、ここはゲームのような世界ってことですかね? いやー、ワクワクするわー!! オレは元の世界で退屈な毎日に飽き飽きしていたので、やりますよ! ただ、報酬はほしいっすね」
タイキの軽い発言が我慢の限界だったのか、それとも報酬発言の部分が悪かったのか、衛兵が持っていた杖をこちらへ向けた。しかし、それを国王陛下は右手のみでその動作を制止する。
「ふむ、よいじゃろう、魔王を討伐した暁には褒美をやろう。金は世界共通の資産として金塊で渡そう、名誉はこの世界で生きている限り享受できるだろうし、女が欲しければ好みの女を見繕ってやろう」
「うひょー、女もおっけーなのかよ!」
タイキの鼻の下が伸びている。そのまま縦に伸びていって、馬面になってしまうのではなかろうか。そんなタイキの様子をリタが睨み付ける。
「キモっ」
リタは目を細めながらタイキを心底、侮蔑した表情で短く発した。その言葉で目を覚ましたのか、タイキの顔の筋肉は復活した。
「……となれば、善は急げだな! まずは、こういう展開の鉄板!! 自分のステータスやスキルを把握する必要があるぜ。いくぜ、ステータスオープンッ!!」
タイキは高らかに宣言する。が、しーん。
「……あれ、なにも起こらない?」
「タイキ様、ここはゲームの世界ではありません、現実です。ステータスオープンと“以前”の勇者様も同じことをされていましたが、それで自己の力を把握することはできません。それを測れるのは自己の中に眠る心眼だけ、自己の力を目測できずに敵わぬ魔物に挑めば死が待つのみです」
衛兵の指摘にタイキは黙ってしまう。ここはファンタジーの世界だが、たしかに現実の世界で、一歩間違えれば死に直結する世界ということだ。それよりも“以前の“という言葉が気にかかる。質問をしようとしたところ、リタが先に発言する。
「以前ということは、勇者は前もいたということですかー?」
「はい、皆さまは第……」
といったところで国王陛下が咳払いをして衛兵の言葉を遮る。
「コホン、前の勇者も同じように転移して魔王討伐に向かったのじゃが、帰還しなかったのじゃ。魔物は継続して活動していることから、失敗したんじゃろう。お主らだけが頼みなのじゃ、頼むこの通りじゃ」
「陛下!!」
国王陛下は立ち上がり僕たちに頭を下げる。一国の主が年端のいかない若造である僕たちに頭を下げるのは勇気がいる行為だ。だから、僕はその誠意に少しでも応えたい。
「わかりました、僕は異世界の平和と元世界への帰還のために、魔王の討伐にご協力します」
「うん、あーしも。このまま元の世界に戻れないのやだしー」
リタが真っ先に僕の言葉に共感をしてくれる。続けて、タイキも。
「オレも女……じゃなくて、名誉……じゃなくて、金……じゃなくて、世界平和のために戦うぜ」
……うん、きっと同じ志だろう。そう思い込むことにする。ただ一人、静観を決め込んでいたションフォンは腕を組みながら、まとまりかけた空気に一石を投じる。
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