第30話 星空 前編
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レーベさんが僕を探していたということを聞いた僕は、彼女を探す旅に出かけていた。といっても、城内にいるのは間違いないはずなのだが……。
うん、迷った。
相変わらず、学習しない僕だ。以前に迷った際には、階段を駆け上がってレーベさんの部屋に辿り着いたことから、とりあえず階段を登れば辿り着くだろうと考えたのだが。登り切った先は、城壁塔の最上階。
さざなみが打ち寄せる音色と満点に広がる星空が僕を待っていた。心地よい音と一面に広がる輝きに僕の目は奪われる。大海も夜空も僕がいた日本まで続いているのでは、と錯覚しそうになるほどだ。日本か……。僕の妹、明日香は元気だろうか。
妹を日本に置いてきてしまったことがひどく悔やまれる。僕が電車に轢かれたと勘違いをしているかもしれない。父さんがいるからなんとか支えてくれてると思うけど。
僕が考えに耽っていると、僕を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、セイシロウさん、みーつけ、ました!」
夜空が海面に写されて、水平線の見分けがつかない絶景から目を逸らし、呼びかけがあった方に振り返る。すると、レーベさんが螺旋階段から、ひょこっと顔を出していた。レーベさんの桃色の髪が月光で煌めき、潮風がさらさらと髪を撫でている。白い透き通った肌は、あまりにベタだけど、本当にお人形みたいだ。
「レーベさん! 見つけてくれて助かったよ。またも、迷ってしまって……」
「ふふ、いつもこんな感じですね」
「うう、お恥ずかしい……」
「ふふ、そんなところも可愛いですよ! でも、ここはあまり人が立ち入らない秘密の場所なので、見つけられないかと思いました」
レーベさんは階段を上がってくる。僕はゆっくりと彼女の手を取り、足を階段から踏み外さないようにフォローをした。彼女が登り切ることを確認してから僕はそっと手を離す。そう、僕は妹から女性の扱い方については徹底的に仕込まれている。レーベさんと出会ったときが、特殊な状況だっただけなのだ(たぶん)。
「レーベさんの部屋に辿り着く自信があったんだけど、気づいたら、こんなところに……。もしかしたら宇宙人に記憶を改竄されたのかも……」
「う、宇宙人!? ど、どこにそんな方が!?」
「いや、冗談です」
「むぅ……。でも、その宇宙人さんのおかげでこの場所を紹介できたので、良かったです! ここは私のお気に入りの場所なんです。だって、こんなにも星が凄い近くに見えるから。記憶喪失様々ですね」
そう言って、レーベさんは煌めく星に負けない輝きで微笑んだ。
「うん、すごい光景だね。本当に星が掴めそうだ。……僕がいた世界では金平糖ってお菓子があってね。星の形をしたカラフルな甘い砂糖菓子なんだけど、妹が好きだったな……」
「まあ、そんな素敵なお菓子があるんですね! 食べてみたいです!! 甘いものには目がなくて、じゅるり……」
「レーベさん、よだれが出てるよ!」
「うぅ、お恥ずかしい……です」
レーベさんは持っていたポシェットからハンカチを取り出して口を隠す。可愛らしい姿に僕も自然に笑みが溢れる。
「さっきは僕もこの歳で迷子と情けない姿を見せたから、これでおあいこだね!」
「むぅ、やっぱりセイシロウさん、意地悪です!!」と、ポカポカと全く痛くない強さで僕の肩を叩いてくる。ちょうど良い振動で、マッサージとして気持ちいいくらいだ。
「あ、そういえば、僕のことを探していたって聞いたけど?」
「へっ!? ど、どなたから?」
「レーベさんのお兄さん、ウィズダムさんからだね」
「むぅ、ウィズ兄様ですか。余計なことを……。い、いえっ! まさか、このシチュエーションも見越してっ!? さすがはお兄様! 持つべき者は賢い兄ですね……」
「??」
「い、いえ、なんでもありません!! こちらの話なので!! 探していた理由ですよね!? えーっと、あの、その……」
レーベさんは唇に人差し指をあてながら、うーんと、唸っている。あれ?僕を探していたのではないのだろうか?
「……す、すみません!! 実は単純にセイシロウさんの顔を見たくなってしまって……。あのゴビ村での惨劇から一度もお逢いできていなかったので……」
「確かにそうだったね。あのとき……、ゴビ村での救助活動時に、レーベさんがてきぱきと指示を下しているのを見ていたら、こんなかわいらしい人だけど、やっぱり王女殿下だったんだなって思ったよ」
「か、かわいらしいなんて、そんな……」
ほのかに赤面した頬を両手で隠すようにしながら、ふりふりと左右に揺れている。うん、レーベさんは犬っぽくてかわいらしいよね。さっきも甘いものに釣られてよだれを垂らしていたし、今も犬がうれしくてしっぽを振っているみたいだ。
「セイシロウさんこそ、ゴビ村で魔物を倒してくださいました。治療した村の皆さんから聞いた話だと、セイシロウさんが誰よりも早く駆けつけて、誰よりも多く魔物を倒したとか……。 あのとき。私を悪い人から助けてくれたときもそうでしたね、あんなに怖そうな人に勇敢に立ち向かっていきました」
レーベさんがこちらに向き直し、真剣な眼差しで僕の瞳を見つめる。
「……どうして、セイシロウさんはそんなに強いんですか? どうして、あんなに怖い敵に立ち向かっていけるんですか?」
「……やっぱり、兄妹だね」
「え?」
「実はさっき、ウィズダムさんにも同じようなことを聞かれたから」
「そうでしたか……。すみません、もっとセイシロウさんのことを知りたくなってしまって、つい……」
「ううん、大丈夫だよ。……そうだね、ウィズダムさんには正義を遂行する使命感からって答えたけど、今考えると、少し違うのかも。僕は父さんみたいになりたいんだ」
「お父様ですか?」




