第3話 全ての始まり
*
「お兄ちゃん、一緒に帰ろ?」
「おお、明日香。今日の夕練もちょうど終わったし、着替えてくるからちょっと待ってて」
学校の体育館の横にある空手部の道場から、ちょこんと頭を出している僕の妹である、明日香に答えた。中高一貫校になるため、妹が通う校舎と僕が通う校舎は別棟になっている。それでも、妹と一緒に帰るのは日課になっていた。
「待っているから早くしてねー。もうこんな季節だし、外で待っているのも寒いんだからね」
一家において、ただ一人の姫君を待たせるわけにはいかない。僕は頷いて、そそくさと男子更衣室に入る。滴り落ちる汗をタオルで拭いて、学ランへと着替えた。
脱いだ道着をきっちりと畳み、黒帯で結ぶ。妹が毎朝起きて作ってくれるお弁当は、今日も米粒一つ残らず全て綺麗に平らげている。ぴかぴかになった弁当箱の上に、道着を詰め込んだ。少しだけ重くなったリュックを背負い、明日香の元へと向かう。
「お待たせしました!!」
「もう、遅い!! 待ちくたびれんだけど!!」
顔をぷくっと膨らませて、見せかけの怒りを表現する。実際には、そんなには怒っていない……はずだ。とりあえず、形式的に謝っておくことにしよう。
「ごめん、ごめん」
「じゃあ、肉まんおごってねー」
「……、最初からそれが狙いだったな」
明日香はてへへーと舌をぺろりと出した。仕方なく、コンビニに立ち寄り肉まんを並んで食べながら、ゆっくりと駅へと向かった。だいぶ日が落ちるのも早くなり、すでに夜の時間が訪れている。
「お兄ちゃん! そういえば、お父さん休みとれそうだって」
「そいつはよかった! 最近忙しそうで剣道の稽古もつけてくれなかったくらいだから、どうなることかと思った。ちゃんと休みとれそうならよかったよ。やっぱり大切な日だし、家族で過ごしたいよな」
「お母さんの命日だしね」
「……と、同時にお前の誕生日、めでたい日だ。お母さんが命を懸けてお前を産んでくれたんだ、あまり自分を責める必要はないんだぞ」
「……うん、そうだね、でもなんだか怖いんだよね。自分の罪を自覚していないと、こんな幸せな日々が続かないような気がして……」
明日香は珍しく浮かない顔をしている。毎年この時期になると、少しばかりナーバスになる。出産は命懸けだ。自分の命は助かり、お母さんの命は失ってしまったことに引け目を感じているのかもしれない。僕は自分の中で根拠“しか”ない励ましをする。
「あのとき約束したろ? 僕が正義のヒーローになって、お前のことを守ってやるって。……でも、いつまでも面倒見られるわけじゃないぞ。結婚して王子様が現れるまでの期間限定だ」
「……まあ、私、これでもモテモテだから、すぐにお役御免かもね!」
明日香は憂いを隠すかのように満面の笑みを浮かべていた。
そうこうしているうちに、学校からの最寄駅に着いた。明日香は改札を通り抜け、なぜか僕だけが改札に引っかかる。まるで、僕がこの世界にいないみたいに。
「もう、お兄ちゃん何してんの、しょうがないなあ、待っててあげる。さて、次はなにをおごtt……」
「奢らないぞ!!」
「お兄ちゃんのけちんぼ!!」
再度ICカードをタッチしてから改札を通り抜け、階段を登る。ホームの電光掲示板を確認すると、運が悪いことに次に来るのは急行だ。
この駅は通り過ぎることになるため、準急を待つことになる。黄色い線に沿う形で二人並んで準急を待つことにする。ちょうど、サラリーマンの退勤時間とも重なったためか、駅には人で溢れていた。僕たちの後ろにも長蛇の列をなしている。
アナウンスが急行の電車の到着を告げる。カンカンカンと鳴る警告音が耳障りだ。この音だけは何回聴いても慣れない。僕はふと電車が通り抜けるだろう線路に視線を向けると、
「きゃ!」
明日香は短い悲鳴とともに、黄色い線を跨いで、線路側へと飛び出していた。自分で踏み出したようには見えない。誰かに押された?いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、明日香を助けなければ!!
明日香の体勢が僕と向かい合っていたのであれば、腕を引き寄せて助けることが出来たかもしれない。けれど、背中を僕の方に向けているため、腕を掴むことが出来ない。仮に線路に落ちたのであれば、ホームに引き上げる時間的猶予はないだろう。
僕は諦めるしかなかった。どうしても助けられる道を見つけられなかった。
“僕”の命を。
明日香の身体を空中で自分に寄せて、ホーム側に押し返す。代わりに僕は線路に落ちた。明日香はホームで尻餅をついているのが確認できたので、よしとしよう。
悲鳴が聞こえる。僕が線路に落ちたことに気づいたようだ。だが、助けるには間に合わない。死を運ぶ鉄の塊が獲物を探すように二つの光を僕に照らしていた。
幸せな人生だった。強いて言うならば、父のような正義をなすことはできなかったし、最期まで妹を守ることも難しくなってしまったのは心残りだ。
ホームにいる明日香を見ると、「お兄ちゃん、ヤダ!!」と必死に僕のことを呼んでいた。明日香はまた母のときと同じように、僕の命を奪うことで自分は生き延びてしまったと罪悪感で塞ぎ込んでしまうかもしれない。
罪悪感を薄れさすような気の利いた一言を送りたいが、伝える時間はあまりに短い。最期の言葉が思いつかないし、考えもまとまらない。「気にするな」、「じゃあな」、「生きろ」、「死ぬな」、「ごめん」、「忘れろ」。僕が死んだら、その事実は妹の肩に絶対に重くのしかかる。どんな言葉も気休めにもならない。
だから僕は言った。
「見るなッ!!!!」
僕がバラバラになって死ぬその瞬間を目に焼き付けたら、それこそ死にたくなってしまう。夢に出てきて眠れないだろう。だから、見るな。これが最後にできる兄らしいことだった。
「お、お兄ちゃん……」
明日香は顔をくしゃくしゃにしながら、泣きじゃくっている。ただ、確かに目を瞑ったのを確認した。……よかった。
直後に電車は僕に衝突した。車体が真っ二つに引き裂かれ、衝撃音が辺りを包みこむ。直後、僕の視界は暗転した。
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