第2話 強化魔法
「世界の悪を滅ぼすために、僕は正義を遂行するッ!!」
僕の発言に呼応して、右手の甲に刻まれた五芒星の紋章が光り輝きだす。
この世界の住人ならば、誰しもが流れている魔力の源エーテル、それが身体の隅々に駆け巡る。
沸騰した血が動脈を通って、力が湧いてくる、そんな感覚だ。脚に力を溜めれば、校庭から屋上に一飛びで着きそうだし、拳に力を溜めれば、校舎を粉々にできる気がする。
強化魔法。その名の通り、エーテルを消費し、身体能力を強化する魔法。僕だけが使える唯一の魔法で、僕が持ち合わせている唯一の武器となる。
僕は足の裏にエーテルを集中させて、大地を蹴る。あまりの脚力に地面は耐え切れずに抉れ、砂埃が舞い散った。
一蹴りで魔物を手の届く範囲に捉える。僕はいま、音を置き去りにした。推進力を生かし、そのままエーテルで覆った右拳を球体の魔物にくれてやる。狙うは中心、魔物の弱点である心の臓だ。
ガコンッ!!
魔物から白煙が上がり、僕の右手はドリルでこじ開けたような横穴を生み出す。
「キキキキキキキキ」と魔物は不快な音を発している。よし、効いている、これで活動は停止……。そう思った瞬間、魔物の唯一の黒目がぐるりと一周してから、こちらを捕捉した、まずいっ!!
「浅いッ!! 離れろッ、セイシロウ!!」
先生の言葉が耳を突くと同時に、咄嗟に魔物にねじ込んだ右腕を引き抜く。距離を取るために、思いっきり脚に力を入れて後退した。
次の瞬間には、魔物が横半分に割れ、人を飲み込むほどの大きな口を開く。僕を食すために、鋭い牙を咬み合わせた。
ガキンッ!!
歯が重なり合い空を切る。先生の距離を取れといった助言がなかったら、間違いなくこの世に存在していない。
一飛びで後退してきた僕の身体を先生が逞しい腕で受け止める。こげ茶色の長髪を後ろに束ね、無精髭を生やしている。筋肉質な身体と褐色の肌は見るからに軍人ということを物語っていた。
僕たち勇者見習いを鍛える先生なのだ。
「ありがとうございます、ベルーガ先生、危うくヤツの昼ごはんになるところでした」
「まあ、奇跡の力たる魔法、それを所有する勇者様を早々に失うわけにはいかないからな。なにより、お前らが全滅したら、魔物に食われる前に俺のクビも飛ぶし、物理的に」
「わーお、異世界ジョーク」
僕のテンションはぶち上がっているため、茶目っ気溢れる感想を投じてしまった……。
「コホン、ところで、確実に中心を仕留めたと思ったんですが、どうして生きているんですかね?」
「……ああ、衝突の瞬間に“横滑り”が起きたんだ。魔物は球体だからな、横からの衝撃に強い。つまり、衝突の瞬間に力を逃がすように後方に転がって動いたんだろう」
たしかに、魔物に空けた風穴は思ったよりも深くまで届いていなかった。中心部まで至らなかったのはそういうことか。
「なるほど……、となると、どうすれば倒せますかね?」
「授業で話したろ? 魔物を殺すには覆っているエーテルを枯渇させるまで魔術や魔法をぶつけるか、中心の破壊の二者択一しかねえ。そのうち、中心の破壊に有効なのは……、横滑りが起きない真上からの攻撃だッ!!」
「サー、イエッサーッ!!」
僕は一月でマスターした敬礼の直後、空を駆けた。羽がついているかのような跳躍力で魔物の真上へ。天地がひっくり返る。僕がいる空が地面で漆黒の球体たる魔物はさながら皆既日食を起こす月。その中心部に狙いを定めた。
「そこだあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
空中で前回りするように縦方向に一回転して勢いをつけた。その全体重を右足の踵にこめる。
斧のごとく、足がもげるほどの勢いで振り下ろした。魔物の表面が石礫となり破裂する。ここで息の根を止めるんだ。
上からの圧力で地面はクレーターのようにつぶれ、魔物は埋まっていた。唯一の眼が頭頂部に現れて、僕の姿を捉える。反撃をするつもりかもしれない。が、遅い。
「いけぇえええええええええ!!!!」
僕は咆哮を上げる。強化した踵落としが魔物の中心へと達する。直後、光を帯びた中心はピシピシという音と共にヒビが入り、粉々に砕け散った。
シュウーン、という機械の停止音と共に殺戮に及んでいた悪は活動を止めた。場に残ったのは生卵を割った後の殻みたいだ。卵と異なるのはそれが黒色なところだろうか。
僕は足を引き抜き、地面に立つ。勇者として、初めてこの異世界にしっかりと足をつけることができた気がする。
背後の兵士が挙げる僕を称賛する声がポツポツと耳朶に触れ、次第に大きな歓声の波になり鼓膜を震わした。先生や仲間の声も聞こえてくる。
「ハハハ、やるじゃねーか!!」
「……正直、見直した」
「す、すごかったぞ、セイシロウ!!」
「さすが、あーしの見込んだおとこっ!!」
空を見上げる。先程まで淀んでいた暗い雲間から一筋の光が差し込み、正義を遂げた僕を祝福してくれているようだ。
歓声に応えるためにも、振り返って笑顔で手を振ろうかな……。
「……あ、あれ?」
パタン、と気づいたら仰向けに倒れていた。身体を動かそうとしたけど、ぴくりとも動かない。灰色の雲だけが動いている。
死戦を潜り抜けた安堵感なのか、それとも、フルパワーで動いた疲労感なのか、はたまた、エーテルという燃料を一気に消費した飢餓感なのか。もしかしたら、全部かもしれない。
瞼が重くて開かない。暗闇の中に僕一人、世界には自分しかいないのではないかと勘違いをしてしまうそんな感覚。この世界に転移してきたときと同じ感じだ。ちょうど一か月前のあの日のことを思い浮かべながら、僕の意識はぷつりと切れた。
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