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08『浮遊病』

「名前は?」


「小南ミト」


「年齢は?」


「三十四歳だ」


「仕事は?」


「探偵をしている」


 雪凪による小南への問答が続く。

 此処、カフェテリア兼パン屋である『夢丸』は八時閉店だ。今は七時だが……、間に合うだろうか。

 そういえば小南は事務所を持っているんだった。

 要らぬ心配だったか。


 でも、気になることが一つだけある。

 ここは一般人の目に付く場所だ。

 そんなところで、企業秘密的な会話をしても構わないのだろうか。

 していいのだろうか?


 そんな折にふと気づいた。

 ああ、そういえばコイツは呪術、ないしは魔術が使えるのだった。だからアレか、ファンタジーとかでよくある人除けの力でも使っているのだろう。

 道理で人気店であるはずの店内には、僕たちしかいないわけだ。


「具体的に言うと?」


「裏軌跡に関しての事を担当する探偵さ」


 そこでちょっと前にコイツからは聞いたものの、未だ聞きなれない単語が飛んできた。裏軌跡。今さきほど僕がいった呪術、魔術、まじないについての話に関してだ。


「裏軌跡? 詐欺師が増したわ。なにそれ、中二病が頑張って考えた設定ノートにありそうな単語は」

 彼女のいう言葉は妙に解釈度が高い。実体験てやつだろうか。


「そう捉えられても仕方がないな」


「何なの、それって」


「簡単に、大衆的な言葉で表すとするのならば、『呪い、魔術、幽霊』などの総称。一般人では見ることも体験することもない奇怪な珍事のことさ。僕はそれらが原因で起こる事件の、原因を解明する仕事(たんてい)ってところだね」


 小南は至って真面目に、そう述べていく。


 ファンタジーな話だが、魔術師ってヤツみたいなもんらしい。幽霊や呪い、魔術と現実ではあり得る筈もないことが、有り得てしまった場合に起こる事件の解明。

 そう、一般人から見たら半ばキチガイのような専門的な探偵。

 それが彼という存在なのだ。


「怪しいけど、私の身に起こっていることだって信じられないし……信じるしか、ないのかな」


「少なくとも、僕はコイツのことを本物だと信じているとだけ言っておく。いや、信じてはないけど。実際に助けられたからな。一応、命の恩人なんだよ。詐欺師みたいなヤツだけどな!」


 それらを聞いて悩む彼女に対し、そんな助言をしておいた。


「……分かった。同級生(へんたい)のアドバイスに、私も乗ってみるよ」


「僕は変態じゃないのだが、訂正させてくれ」


「分かった。セクハラクンのアドバイスに、私は乗らないよ」


「それ実質訂正してねぇじゃねぇか! いや、後ろを訂正したのか……。ちょっと待て、訂正するところを間違ってるんだよ!」


 へんたい=セクハラクン。

 言葉を変えただけであり、訂正したのは後方部分だった。ちょっと待てぃ。


「はいはい、私はこの探偵のことを一応信じてみることにするよ」


「そりゃあ、助かるよ」


 彼女の僕へのからかいが終わり、そこで会話はやっと進展するかと思ったが、なんとなんとここで柄にもなく探偵が否定を入れた。


「さて。ここで話は最初に戻るが、その行為はオススメしない。最初から私のことは信用なんてしなくていいのだよ、神楽鐘」


「はい? それってどういう」


「そのまんまさ。ここにトリックはない。信じるということは意味がないと言っている。これこそ本末転倒だと思うだろう? その通りだ。だからこそ君に教えてあげよう、ヒトの話は半信半疑で聞きたまえ」


「は、はぁ」


 困惑する神楽鐘。それも無理はない。

 進展はしたが、こんな展開をするなんて僕も予想していなかったからな。どういう意味かすらも把握していないのに。

 信じるために会話していたのに、信じてはダメだって。

 本末転倒ではないか。


「先に言っておくが、私は過度な期待をされることが嫌いでね。誰かにすがられるという行為が嫌いだ。だから信用はしなくていい。ただ私は君に教えるだけだ、原因の答えを」


「簡潔に言ってくれないですか」


 探偵はタバコを胸ポケットから取り出した。


「だから、君の意志なんて関係ないと言っている。私はただ目の前にあった事件を解明し、情報を集めるだけだ。君はただ目の前に現れたヒントを手に、解決すればいい」


 はぁ、どうしてそんなに急に。


「だから、決めたよ。やはり君は対価を支払わなくて構わない。その仕事は、君の隣にいるヒトに預けるからね」


「えっ」


 え。


「……僕かよ!?」


 なんでそんなに急に、僕がコイツの代わりにコイツの仕事をやらなきゃいけないんだ。あっ、そっか。緋色坂徒京ってコイツの助手じゃーん。

 こき使われるじゃーん。というか、絶賛ブラック企業でこき使われてますわ。トホホと嘆きたい。


「まぁ別にいいけどさ、あんたには恩があるし。でもどうして急に、そんなにも方針を変えたんだよ」


「分かったからだよ」


「え?」


 小南は取り出した煙草に、ライターで火をつけて煙を上げた。アレ、ここって禁煙じゃなかったけか。

 おかしいな。あれ? 

 さっきのセクハラ紛いな探偵の発言もそうだが、コイツ……モラルなくね? 僕がズレてるだけなんだろうか。いいや、コイツがズレてるよな? どちらが異常なのか、わからなくて少し怖くなる自分がここにいる。


「ここまで会話で察した。どんな呪いかをね」


「……は?」


 そこで、ピースが一つはめられた。


「浮遊病。そのまんまだ。浮いてしまう病気だよ。物理的にね。……原因は精神的に”浮いている”ことにある」


「原因は、精神的に。だって?」


 どうやら彼は解ってきたらしい。


「そうだとも。どこか浮いているんだ。どこか、その他人任せの芯のない行動原理と発言。まるで自分は他人とズレてるからと、本当の自分を隠して、まさしく浮いているんだ」


 本当の自分を隠す? コイツが。


「過度に浮いた人間はね、どこかネガティブな思考に陥る。元々そうなのかもしれないが。そして、ネガティブな思考……いわゆる、負の感情。呪いの源でもあるソレが蓄積すれば、呪いになるのは当然なのだよ」


 そのまま独り言のように、何の偽りもなく彼は語り始めた。

『浮遊病』。それはどこにでもある、普遍的な呪いの病だそうだ。自分の負の感情が蓄積して、周りと隔たりを感じていくごとに、症状を──現す。

 まさにその名にふさわしいものだ。

 だが、負の感情が蓄積されたら発現するとはいっても、並大抵の蓄積じゃ症状は出てこないらしい。


「人間はね、実際みんな浮遊病みたいなものなのだ。だがしかし、我々が発現していないのはソレが軽傷だからさ。負の感情、その蓄積の深度が浅い」


 つまるところ、浮遊病が発現しているということは、心の中で何かがかなり大きなストレスに感じていることなんだそうだ。

 本当に相当追い込まれない限り、発現しない。と詐欺師紛いの彼は念を押してそう言っていた。


 っていうことは、だ。

 この鬼畜ツインテさんは、何かが相当なストレスになっているのだ。これは僕にとってだが、今の時期にストレスになることといったら、勉強や友好関係、家族との関係、自分の性格や容姿についてだけれども。

 この鬼畜ツインテさんは、それら全てに対しレベルの高い合格点を超え、パーフェクトを出してくれている。


 彼女にストレスを感じる要素が分からない。

 第一、劣等感なんて感じるタイプにも思えない。


 静かに隣を見て、ふと考えた。


「ここで敢えて言わせてもらおう。今の君の状態は危険そのものだ。なにせ浮遊病の発現っていうのはただのストレス程度が、普通では有り得ない現象を引き起こすほどの力を持ってしまったということなんだからね。浮遊病が進行すれば、自我が崩壊して、浮遊する悪霊になりかねない」


「……」


「これ以上ストレスを与えたら、危ないんだ。だから君に仕事を任せるのは危険だと判断し、ちょうどよくいた助手に任せることにしたのさ。先程君に任せると言ったのは、ちょとしたカマカケだったのさ。まぁこのことを告げるかどうかも、さきほど一瞬考えたがね」


 ここまで聞いて、ああ、やはりコイツは探偵なんだと改めて気づかされた。先程の短い問答。それは神楽鐘が一方的に小南へ質問するモノだったのだが、あれは彼女から探偵への問答でもあって、探偵から彼女への問答でもあったわけだ。

 つまるところ、ここまで全てが彼にとっての予定調和なんだろう。やはり頭がキレる男、探偵が天職だと断言せざるを得ない。


 そして、ここまで聞いて黙っている彼女。

 僕はちょっと今の話を聞いて鬼畜ツインテのメンタルが大丈夫か気になるところだが。


「私の推理、合っているかね?」


「…………うん、分かったよ。あなたが探偵なんだってこと」


「それは良かった」


 なるほど。

 どうやらこの話の流れ自体が、探偵小南(じぶんじしん)を信用させるために仕組まれたトリックだったのか。

 これには流石と、圧巻である。


 そんな中でツインテールの彼女は溜息を吐いた。


 そりゃそうだ。推理が当たっていれば、彼女は心の中に眠る闇を見透かされた、なのとも言えない気分なはずだからな。

 空気は必然的に重くなる。ああ、くそっ。僕はこういう雰囲気が苦手なんだ、重い空気とか話しにくいしさ。いや、話す友達とかいないんだけどね。

 いや、だからさ別に空気を読むとか必要ないんだけどね。

 いや、いつも一人だからさ。独りぼっちだったからさ。

 って悲しくなるだろぼけ!


 仕方がない、ここはコチラから話を切り出すとしよう。


 この重い空気を破壊するには、空気が読めない自分がちょうどいいかもしれない。っとは言っても、ココは空気を読んでいく。


「なぁ、じゃあ肝心の治し方を……」


「シャラップ、私の助手よ」


「はぁ?」


「その言葉は本人から紡いだ方がいいだろう」


 小南は乱暴な言葉遣いで場を制した。


 どうやら、その懇願はしっかりと彼女の口から言わせたいらしい。


 まぁ人にお願いする時は自分から言うのが普通だ。だが、細かい事情は聞かれてないとはいっても、核心を突かれてしまった彼女にソレを聞くのはあまりにも酷じゃないだろか。

 いくらコイツに馬鹿にされまくった僕でも、それは可哀想だと感じた。

 だが探偵は目で語る。これは大切な工程なのだと、決して抜かしてはいけない。


 そういえば、前に探偵が言っていた気がする。

『呪いとは、ヒトが生み出す感情が膨張したモノがほぼ八割を占めている。だからね、解呪しようとするのならば、呪いに掛かった人間の自己意識。この束縛から解放されたい、という強い気持ちが必要不可得なんだよ』と。

 つまり、これはそういうことなんだろう。


 いや、でも、それを差し置いても。

 彼女の様子を見るに、相当落ち込んでいるようだが、街で話していた時に放っていた雰囲気とはまるで違う。

 これは本当に落ち込んでいる姿だ、僕にはそう見えた。

 だから。


「なぁ、やっぱり今のコイツにじゃ無理だ。だから僕が────」


「良い、大丈夫。そこまで気を遣わせるわけにはいかないよ。しっかりと、私が頼むから」


「そ、そうか」


 だが、その心配も無用だったらしい。

 神楽鐘雪凪は落としていた顔を上げる。


 そして席から立ち上がり、再び大きく頭を上げた。


「お願いします。この浮遊病、から私を解放する方法を教えて下さい」


 その台詞は震えていた。

 彼女にどんな事情があるのかは知らない。だが、その言葉の裏に幾千もの逡巡があったことは、当たり前に見て取れた。僕にはそんな悩むべきことはほぼなかったから、彼女のこのことは大変だなと思いながらも羨ましくも思う。

 彼女からすれば、失礼に当たるだろう。


「……ま、及第点といったところだろうか」


 そして、その頑張りを笑みを浮かべる小南ミトは認めた。

 そして、答えた。


「浮遊病の解決方法は大きく分けて二つある」


「──その一、ストレスの原因を認めきって逃げないで受け止める。その二、ストレスの重さを超える幸福で全てを上書きする。そのどちらか、だ。とはいっても、そのどちらかをしたところで浮遊病の発現が治まるだけで根本的な解決にはならない。浮遊病っていうのは不治の病だからね、そこは認識しておくといい」


 そして、付け足す。

「呪いっていうのは、治らないからこそ”呪い”なんだ」


 ────なるほど。

 治らない、か。


 それに症状を軽減させる方法のどちらも、簡単そうで実はかなり難しいもの。因みにだが、僕が彼女の立場だったら諦めてしまうだろう。

 だがしかし、彼女のメンタルはそれほど弱くなかった。

 そんな強いメンタルを持っているツインテでも浮遊病が発現するほどのストレスは、ありきたりな表現になってしまうが僕の想像を絶するのは確実だ。

 いやでも、案外ストレスの原因ていうのはあっけないのかもしれないな。だけどそんなこと、憶測でしかない。


 それは正直、本人にしか分からないことだ。

 僕が今ここで、どれだけ心の中で考察しようと、一生かけてもたどり着くものではない。


「なる、ほど?」


「理解したら帰りたまえ。もうすでに私の仕事はない、ああ、あと助手。君は残ってくれ」


「は? なんで」


「ちょっとした情報収集さ」


 仕方がないので、僕は先に雪凪を家に帰らせることにした。


「じゃあ、悪い。先に帰っててくれ」


「え、あ……う、うん」


「僕はこれでもアイツの助手をやってるからな。何かされるのはいつも通りのことだから、安心してくれよ」


「分かった、うん」


 夜道は危険だから、気を付けてくれとだけ言い残して。

 時間は七時五十分。閉店まであと十分ほどだ。

 雪凪は扉を開けて、外に出て行った。


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