冒険
レインネストはダンジョン塔に向かっていた。
太陽の台座。分厚い雲を寄せ付けない、不思議な塔へ。
見た目は、蹄鉄、馬のひずめを守るアレを数百、数千と積み重ねたような形に
なっていて、中心には円筒状の塔が建っている。
内部は何層にも分かれていて、一層の厚みは十から五十メートル。
頂上は、はるか雲の上だ。
レインネストは砂色レンガ通りを行く。
荷車を引いて、ガラスの釜も乗せてきていた。
見た目の重量が酷いことになっているが……
「おはようございます!」
さらなるお荷物、とは言うまい。
準備万端。
待ち伏せをしていた女の子がいる。
「魔法使い! マルム・レイタン! 十五歳! 本日はレインネストさんに同行
させていただきたいと思い、参上しました! 必ず役に立ちます!」
「そうですね……。お願いします。マルムさん」
レインネストは苦笑しながら受け入れていた。
マルムの恩返しは”ダンジョンのお供”に決まったようだ。
グラスナイフのメンバーは、女子が気を利かせたのか。足手まといになること
を嫌ったのか。男子組の姿もなく、マルム一人だった。
ふたりはダンジョンの一階へ。
顔を見せただけだと言うのに、周囲がザワついた。
一階は常駐の冒険者が三交代制で守っていて、人類側の防衛網がカンペキに
機能している場所。
それゆえに人の目も多い。
レインネストがひとりではないことに驚く者。マルムが引っ張っている荷車に
興味を示す者。
様々な視線を引き受けつつ、二人は入場受付をしている女性の前へ。
一応は危険な場所ゆえに、受付も冒険者と似たり寄ったりの装備をしている。
「レインネスト様ですね」
彼女は慣れた様子で微笑むと、カウンターに迷宮の地図を出した。
「どの階層まで登られますか?」
「今日は――」
レインネストの指が地図上を彷徨う。
塔は邪神の作り出したモノだけあって、内部構造が複雑だ。
一階をはじめて突破したパーティーが見たものは、二階のすべてを埋め尽くす
大量の石だったと言う
完全に封鎖された形だ。
三年かけて石を取り除いた結果、三階に出来ていたのが『洞窟』だった。
グラスナイフの十人が、シャドウバルーンに遭遇して全滅しかけた場所だ。
次の四階では水攻め。
五階では毒ガスと致死性のトラップが続いたこともあり、攻略済みの階層には
換気と排水の機能充実が図られた。
今ではさらに攻略が進んで、地上から十層まで直通の螺旋階段と、荷物運搬用
に鋼鉄の円筒も作られている。
一階から十階まで、そして十階から二十階まで。
十階ずつの近道だ。
毎日モンスターが群がって壊しに掛かっていることもあり、見た目にも激しい
凹みがあちこちに付いている鋼鉄の円筒。
現在は四十階まで使用可能である。
しかし、
「九十層へ。お願いします」
さらりと答えたレインネスト。
受付も当然のように受理している。
しかし、飛び入りのマルムだけが知らない。
ひとつの階層をクリアするまでに平均で一年はかかることを。
レインネストが現れてからと言うもの、たった三ヶ月で数十もの階層が解放
されてしまったことを。
本来、ダンジョン塔の攻略は、一世代で終わるものではなく、人類に受け継が
れた宿題のように、何百年にも渡って行われるものなのだが……
「行きましょう!」
マルムは「今日クリアしてしまいましょう!」くらいの勢いで、張り切って
塔を登り始めた。
螺旋階段の一部は荷物を引きやすい平らな坂になっていたが、さすがに高低差
二百メートル。小さな山レベルの高さまで荷車を引き続けることは、そう簡単
ではない。
なにせ、水より重い錬金溶液で満たされているガラスの釜が乗っているのだ。
普通なら途中でへばるところだが……
ふたりは螺旋階段を登りはじめて十分弱で、十階に到着していた。
荷車はレインネストが引っ張っている。
「すみません。手伝えなくて……」
しょぼれくているマルムに対しても、レインネストは笑顔だ。
これは呪いによるものなのか。
性格的なものなのか。
彼の紳士的な態度は崩れない。
「こんな重いモノを女の子に引っ張ってもらうなんて、私のほうが心苦しいです
から」
しばらくの間、車輪の回る音だけが響いていた。
攻略済みの十階には、ちゃんと照明が配置されていた。
ダンジョン塔の中であることを忘れてしまうほど明るく、見通しもすこぶる
良い。
直径一キロのエリアに障害物が何もないのだ。
壁面まで続く地面が芝生に覆われているだけの階層である。
「ここを横断する前に、すこし休憩しましょう」
「あ、はい」
何のキッカケがあったのか、レインネストは荷車を停めた。
『休憩』と聞いて、マルムが荷物の中を探る。
その無防備な背中に伸びる彼の手は……
トントン、と彼女の肩をたたいた。
「?」
「飲み物です。どうぞ」
手渡しされたのは、グリーンスムージーっぽい緑色の飲み物の入ったコップ。
マルムが荷車の隅から取り出そうとしたのも、また飲み物だった。
「…………」
先を越された彼女は、すこし憮然とした顔に。
コップを無言で受け取り、ごくりと飲む。
「(気の遣い合いじゃ勝負にならない……。でも大丈夫。私にはアレがあるんだ
から)」
味の感想もなく「フフフ」と不敵に笑っていた。
すこし怖いが、今日のマルムには余裕がある。
『彼の役に立てる確信』のようなものが態度に滲んでいるのだ。
くつろぎモードのレインネストは、荷車に寄りかかって雑談の構え。
「マルムさんは、どうして冒険者に?」
「え?」
唐突な質問に、マルムが困っていた。
パッと、すぐには答えられないでいる。
「申し訳ありません。答えにくい質問でしたか」
「あ、いえ。成人の儀式が原因で何となく、です。具体的に、こうだからみたい
な理由は……」
「なるほど。あの日のことが原因ですか。最初から冒険者になりたかったという
わけではないんですね」
「成り行きです」
ある意味では恥ずかしいことを言わされて、すこし苦い顔のマルム。
彼女には、胸の大きさ以外にコレといった特徴がない。
普通の女の子だ。
両親は調理屋。
店に持ち込まれた食材で料理を作るという職業をやっていて、パチカの中では
裕福なほう。
衣食住に困った経験はないだろう。
そんな女の子が、どうして冒険者の道を選んだのか……
マルムは困ったように笑っていた。
「私にとっての冒険って、いつもよりちょっとだけ難しい本を読んだり、いつも
とは違う道を選んで帰ったり、食べたことのない果物に手を出してみたりとか。
そういうことなんです」
だから、冒険者ギルドが把握していない未知の領域を開拓する者、という意味
での冒険者ではない。
彼女は好奇心に任せて、ちょっとした冒険をする者、なのだ。
マルムの答えを聞いた彼は、
「羨ましい……」
「え?」
「貴女は立派な冒険者ですよ」
そう言って、嬉しそうに微笑んでいた。




