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 四十層の小さな村に長期滞在することを決めた二人、レインネストとマルムは

家を作り始めた。


 マルムが土・枝・砂・石をガラスの釜に放り込んで、大量に放出された黒マナ

をレインネストが操り、床を作って、壁を立て、天井に蓋をする。

 基礎工事の行われていない簡単なモノではあるが、それでも、ほんの一時間

程度で一軒の家が完成していた。


「ふう!」


 意外と力仕事だったのか、額の汗をぬぐうマルム。

 レインネストは「お疲れ様です」と、水を差し入れている。

「しかし、いいんですか? 地上へ戻らなくて」

 レインネストの気遣わしげな視線。

 マルムは、ソレに笑顔で応えた。

「両親のことなら心配ないです。ちゃんと恩返しをしてくる、って言いましたし。

それに一人でなんて帰れません。まだ恩返しもしてないんですから」

「その、恩返しの件なんですが」

「はい?」

「…………」

 言い渋るレインネスト。

 それを見て、マルムはグッと拳を握りしめる。

「な、なにか役に立ちます! 絶対です!」

 どうやら、彼の態度を「恩返しをするのは無理だから帰れ」とマルムは解釈

したらしい。

 本当のところは、

「そういう意味ではないんですが……」

 レインネストが困ったように言葉を濁していた。


 マルムは気付いていないが、これから始まるのは一般的な言葉にするところの

同棲だ。

 男女が一つ屋根の下で暮らすことになる。

 ここからは和やかだが覗き甲斐のあるシーンが――

 


『――観察者くん。すこし見方が一方的すぎやしないか――』



 途切れて、少年っぽい声が聞こえた。

 

 唐突に座標がズレる。

 時の移動はない。

 しかし場所は、太陽の台座の最上階へ。

 

 意識が、黒い殻をかぶったタマゴ状のドームの中へと引っ張り込まれた。

 地面から真っ黒なトゲが無数に生えている場所。

 茨が絡み合って作られたのだろう王座には一人の少年が座っていて、面白くは

なさそうな顔で、こちらを見ていた。 


「君がアニケスの使いか。とりあえず、ボクの話を聞いてくれ」


 少年の姿をした邪神は、王座に腰掛けたまま頬杖をついていた。

 銀色の髪はアニケスに似ている。しかし、服装はタキシードではなく、邪神と

言うよりは魔王のソレに相応しい黒マントに、赤い裏地。服装は、腹筋が逞しく

見える全身鎧で、兜だけをひじ掛けに置いていた。

 そして、前置きの通りに語り始める。


「かつての世界は、人の住める環境じゃなかった。人には優しくなくて、火焔

地獄とか、氷結地獄とか、そういう並外れた『法則の力』を封じ込めることで、

ようやく人の住める世界になったんだ」


 世界が誕生した瞬間から、神々は人が住める土地を作るべく頑張っていた。

と、そういう話だった。


「それを行ったのは古の神々なのに、アニケスの父アユタヤは法則の力を独占し

た。いま『宝力』と呼ばれているすべての道具を手中に収めて、万能を誇る神に

なったんだ。おかしいだろう?」


 少年邪神は「はぁ」と小さく溜め息を吐いた。


「宝力を持つ権利はボク達にだってあったはずだ。どうしてヤツの娘だからと

言うだけで、宝力を譲らないといけないのさ」


 少年邪神の言っていることが真実であれば、その不満は当然のものだ。

 つまり、神々の戦争は邪神の裏切り、あるいは権利の主張によって始まって、

次世代の神候補であるアニケスは万能の力を取り戻そうとしている一方、邪神は

広く力を分散して持つことを望み、現在の状況を生み出した、と……

 そういうわけだ。

 どちらにしても、人類は神々の内紛に巻き込まれた形になる。


「君はどちらの世界を望んでいるんだい? 昔のように何の力もなく神に守られ

ているだけの平穏と、自然の猛威を感じながらも魔法の復活した力強い人類の今

なら」


 それは、

『止めたまえ。サビュラステラ』

 会話に割り込んできた少女の声に遮られて、答えが出なかった。


「――その声は……」

「ほう? このアニケスの声を覚えているとは思わなかった。それどころでは

ないだろうとも思っていたしな」


 神様と神様の会話は一言ですべてを知る。

 言葉を尽くす必要はないはずだが、アニケスは変わり者の神様だ。

 無駄とわかっているやり取りを、暢気につづけることが多い。


「このアニケスの用意したスペシャルな魂が、オマエを殺すためにそこへ向かう

のだろう? 大変だな?」


「…………」

 サビュラステラと呼ばれた邪神は眉根を寄せて、まぶたを下ろした。

 会話に応じることもなく、雑音を遠ざけるように。

 しかし、アニケスはめげない。

「人間の正しさとは『生存』という方向性だ。それをトコトンまで極めたヤツは

オマエが思う以上に手強いぞ」

「つまらないよ。アニケス」

「ん?」

「正しさなんて、無の前では意味を持たない」


 それだけは言いたかったのか。

 少年邪神はアニケスを馬鹿にするように微笑んでいた。


「どちらにしても、いまここで観察者を握りつぶしてしまえば、それでいいこと

じゃないか」


 ――あぁ、それは気付かなかった……


 観察者という立場は、おおよそ危険とは程遠い場所から眺めているだけでいい

ものと思っていたが、まさかこんなところにデッドルートが潜んでいたとは。


 少年邪神はこちらを見て、笑っている。


 後頭部に近づいてくる、手の平の気配。

 後ろから抱くように伸びてくる、腕の気配。

 張り詰めた皮膚を広げて、全身の毛穴に指を入れられたような違和感。


 痛い。


 指先大のニキビが全身にできてしまったかのような激痛。



「それ以上は止めておけ。その魂を壊せば、世界もろとも凍り付いたまま永遠に

動けなくなるぞ」

 アニケスの声が聞こえる。

「……ふん」

 少年邪神はわかっているのか、いないのか。

 痛みは消えず、身動き一つできない意識をキリキリと苛み続け……


 観察が止まった。

 

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