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召喚

 レインネストは四十層に建てた新築の我が家で、ガラスの釜から湧き出す

黒マナを見ていた。


 マルムと彼、レインネストの同棲が始まって七日目。


「ただいま帰りました!」


 玄関の扉を開けて、家に帰ってきたマルム。

 彼女は新品の防具に身を包んでいる。

 単細胞生物系のモンスターから取れた超硬化細胞膜の軽鎧。白く濁った色合い

と見た目にもプニプニと柔らかそうな外見。そこからは想像も付かない硬度が

魅力の一品だ。

 四十一層に生息しているセラーナイト、単細胞騎士が生み出すものを拾って、

光下干し、擦り折り、薬品加工など、多数の工程を経て、かなりの強化をされて

いる。

 レインネストに頼らず自作した防具を手に入れたせいか、マルムは、かなりの

ご機嫌さんである。


「何してるんですか?」


 ガラスの釜を覗き込みながら無邪気に問うマルム。

 ひょっこりと出てきた顔の前に、スッと手の平を出して制するレインネスト。

彼は、マルムの無邪気さを見て当てられたのか、今日は笑みが深い。

 彼の目にも、悪戯っぽい光が宿っている。


「邪神召喚の儀式です」


「へ?」


「邪神を召喚してみよう、と思いまして」


 冗談のような内容を、穏やかな口調で口にする彼。

 だが、レインネストがガラスの釜を引っかき棒で混ぜていると、魔女が釜を

炊いているようでもある。

 嫌な予感を覚えたマルムがごくりとつばを飲む。


「本気ですか?」

 

 彼ならやりかねない、とマルムは思い、周囲に目を凝らすと……

 釜から湧き出した黒マナは水滴のように凝り固まって、新築の床を汚しながら

ポタポタと垂れ落ちていた。

 やがて指先程度の大きさになったソレはひとりでに動き出して、開け放たれて

いる窓から飛び出していく。

 マルムが異様な光景を目で追っていると、レインネストが言った。


「アレは呪詛です」


 邪神を呪っている。

 精神的なうらみつらみではなく、物理的な魔法に近いものとして。

 いま、この瞬間も、彼は少年邪神を呪っているのだ。


「私が作り上げた第一種の呪いはダンジョン塔をくまなく探し、邪神へとたどり

着きました。そして、邪神と私を繋いでくれた。あとは、第二種の呪いで相手の

肉体を変異させればいい」


「一種? 二種?」


「自分の肉体から『意思を持った呪い』を作り出す技術。これを『呪詛一式』と

言います。二式は『回路を繋いだ相手の肉体を呪う』技術。放置しておけば死に

至ります」


「そうなんですか……。って、ええ!?」


 レインネストは、自宅の釜を炊くだけで、ラスボスである邪神を攻略しようと

していた。

 呪われた邪神の肉体は、いまも変異中。

 全身を苛む痛みに顔をしかめている。


「呪われた邪神は、変異の原因を探るために必ず動きます」


「さっき言ってた邪神召喚って、まさか……。ここにですか?」


「相手も呪いの原因が私であることに気付いた頃でしょう。術式を止めようと、

ここへ来ることは間違いありません」


「つまり邪神が攻めてくるんですよね?」


「おそらくですが、決戦はそう遠くない時期に。太陽の台座のほぼ中心。四十九

層、五十層、五十一層が一つになった『塔の中腹』で、でしょう」


「…………」


 彼はのほほん、と笑って、釜をかき混ぜつづけている。

 マルムは頭を抱えていた。


「おかしい。ダンジョン塔の攻略って、普通、自分たちが登っていくものじゃ」


「そうですか? 統括する者がいるのに、敵を最上階に迎え入れるほうが不自然

では?」


「言われてみれば……」


「今日まで見逃されてきたことには、なにか事情があるのかもしれません」


 そうは言いつつ手加減するつもりはないのか。

 釜を混ぜる手は休めていない。

 虫だけでは飽き足らず、カラスが生まれては飛び立っていき、ついには黒色の

クマが生まれて、のっそりと動き出し、窓枠を跨いで外へ出て行く。

 ちょっとしたパレードだ。


「ダンジョン塔、クリアしちゃいそうですね」


「ええ」


 揺るぎ無い自信に裏打ちされた即答。

 しかし、遅ればせながら台詞の真意に気付いたのか、レインネストはマルムに

目を向けて……

 彼女の複雑そうな顔を見てしまった。


「マルムさん?」


「…………」


 マルムが何か答える前に家の扉が、バンッ! と外から押し開かれて、


「大変だズェ!」


 ゴルリゴルが新居に飛び込んできた。


「邪神が現れた!」


 二人は顔を見合わせた。

 そしてゴルリゴルの脇をすり抜けて、家の外へと飛び出していく。




 簡素な家々を走りぬけた先、村と畑の合間に少年邪神の姿があった。

 全身鎧と黒マントは変わらず、今回も兜を被っていない。

 小さな男の子が無理をして高級な鎧を着た、と見る向きもあるだろうが、その

顔には黒い炎のような呪いの跡があり、奇しくもレインネストのおかげで、迫力

を増していた。


「どうします?」


 マルムが戸惑いながら、レインネストに意見を求めていた。

 少年邪神は一人で来ている。

 モンスターを引き連れている様子はなく、黙って大人しく呪いの主、レインネ

ストの登場を待っている。

 時折、痛みが襲うせいか顔をしかめていたが……

 ただ話し合いに来ただけなのか。それとも、呪いの主を探し出して殺すために

現れたのか。


「オレは行かないからナァ」


 レインネストの後ろに現れて、即座に逃げ出す構えのゴルリゴル。

 完全に腰が引けていた。

 マルムがすごい目で睨んでいる。

 防衛の責任者だが、まずこの場で生き長らえなければ自分に未来はない、と

踏んだのだろう。

 罵倒され、失脚する未来より恐ろしい目の前の死。

 彼の行動が最善であったのか、ただの杞憂だったのか。

 それは、レインネストの行動次第だった。


 呪い主の笑み男は邪神の前へ


「私をお探しですか?」


「ああ。キミを探していた」


 短いやり取り、だがレインネストは人外ではあっても、神ではない。

 少年邪神も会話することに否はないようで。

 首元の呪いの跡を指差す。

 

「これをどうにかしてくれないか?」


 と、実に面倒くさそうな顔だが、友人へ頼むような気安さで言った。

 レインネストの笑顔が停まる。

 額に浮かぶ汗は、何かを察しているようだ。


「どうしたんだい? ボクは、キミに、呪いの解除を頼んだんだよ? 敵の願い

を聞く必要が無いというのなら、降参しよう。参った。キミの勝ちだ。ボクには

キミに勝つ手段がないから大人しく負けてあげるよ」


「「なッ!?」」


 この場に集まった全員が驚く中、邪神は降伏していた。

 黒マントを外して、放り投げ。

 重たげな鎧を脱いで、捨てる。

 一切の迷いなく、彼はシャツまで脱ぎ捨てようとして、


「そこまでしなくてもいいでしょう」


「あ、そう?」


 レインネストの言葉を聞いて「ぜんぶ脱がなくていいのか」と意外そうに呟き

ながらシャツだけ着直した。

 普通なら、このまま捕えてしまえばいい。

 しかし、


「宝力は?」


「最上階に放置してあるよ。取りに行くのなら勝手にどうぞ」


「どうしてここに?」


「呪いを解除するため」


 少年邪神は唇を吊り上げる邪悪な笑みを見せる。


「レインネスト・ライフベッター。ボクに講義をしてくれないか? キミを呪う

『正しさ』について」


「…………」


 レインネストは答えない。

 敵の妄言には耳を貸さないのが正解だ。

 しかし、


「話しかけているのに、無視はないだろう。それは正しいことなのかい? ボク

は呪いを解きたくて聞いているだけなのにさ」


「降伏したとはいえ、アナタは敵ですから」


「筋は通すか。キミは自分の中の正義を裏切れないんだね。それでこそアニケス

が選んだスペシャルくんだ。ヤツは言っていたよ。人間の正しさとは生存という

方向性だって。キミもそう思っているのかな?」


 レインネストは、すこし悩んで言葉に詰まり、ゆっくりとうなずいた。


「そうですね」


「じゃあ、聞こうじゃないか」


 少年邪神は間髪を入れずに質問を投げかけた。


「すべてがフラットな世界において、何も、誰もいない世界における正しさとは

なんだい? 人間のいない世界における『正しい選択』とは何だろう?」


「それは……」


「冒険者にとっての正義とは、未知を既知にしていくことだ。それは人類の生存

と安全のために、より危険の少ない未来のためにある職業だ。魔法使いはどうだ

ろう? 便利な力で他人を助け、生活を平和で豊かなものにするのが職責って

ものだろう? 正義とは立場に付随するものだ。それでいくと、無が持つべき

正しさとはなんだい?」


 レインネストの額に汗が浮かぶ。


「わからないのかな。じゃあ、ボクが無になろう。いままでダンジョン塔で命を

落としてしまった冒険者や、人を、一人残らず蘇らせてあげる」


「いまさら、そんなことをしても無駄です」


「モンスターを引き連れて人々を脅かすこともしない。宝力を独り占めにしない

し。罪があると言うなら力の限り償おうじゃないか。これからは、人の願いを

叶える良い神様になる。そういう『キミの方向性に合わせる』よ」


「――あっ!? レインネストさん! ダメ!」


 マルムが気付いて会話を止めに入る。

 しかし、


「ボクに協力してくれないか?」


「――……」


 時すでに遅し。

 少年邪神の手が、レインネストを捕まえるように伸ばされていた。  


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