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偽悪善人

 洞窟の中。

 巨大なドーム状の空間に太くて丸い人型のモンスターが鎮座していた。


 黒風船シャドウバルーン

 赤い目はニタリといやらしく歪んで、おおよそ五メートルの高さから、連携も

陣形もバラバラな冒険者一行を見下ろしている。

 十人の少年少女 対 下層ボス級モンスター一匹。

「――ピンポンパンポン――」

 緊張感みなぎる戦いの場に、突如としてアナウンス音が響き渡った。


「人類の皆様に、お知らせします。

 神々の戦争は現在も継続中。

 邪神に組するモンスターの討伐に、ご協力ください。

 繰り返します。

 人類の皆様に――……」


 アナウンスを聞いて、黒風船は口元の笑みを深くしながら立ち上がる。


 冒険者側の数の有利は、しかし、怪我人が出たことで帳消しになっていた。

 脱落したのは、手で肩をおさえ、地面にヒザをついている男の子。

 脚にひろく青アザを作り、壁際へ退いた女の子のふたり。

 残り八人。

 全員が軽装なので、移動力は低下しておらず、革鎧に身を包んで、関節部には

同色・同質のサポーターをしているため、むしろ筋肉のバネだけで言えば、数%

強化されていた。

 しかし『素早く』撤退する場合、怪我人ひとりに付き、ふたりの補助が必要に

なる。

 戦闘要員が、四人も減る。

 このまま戦っていては全滅を免れない危機的状況だが……

 彼らは攻撃の手を緩めなかった。


 西洋剣を手に黒風船へ切りかかり、地・水・火・風の魔法を放つ。額に汗を

浮かべ、唇をかみしめながら。無言のうちにも「ここで倒しきる!」という決意

を漂わせていた。


 たしかに、そういう考え方もアリだ。

 敵さえ倒してしまえば、蹄鉄色彩の街から報奨が出て、撤退の時間的

な縛りも緩くなる。敵に背中を晒して走るという恐怖の体験をしなくてもいい上

に、この場で怪我人の応急処置ができるかもしれない。

 誰もが思わず挑戦したくなるほどの旨味があった。


 しかし、もし怪我人が増えてしまったら……


 黒風船の胴体からニョキリと生えたコブシが、洞窟の床に叩きつけられた。

 巨体で押し潰すような一撃は冒険者達の陣形を二つに割り、運悪く盾持ちの

いなくなった四人へ、追撃の右コブシが襲いかかる。

「なんのッ!!」

 小さな女の子はその場で這うようにしゃがんで避けた。

 おそらくは獣人なのだろう素早い身のこなし。

 しかし剣で受けた者ふたりと、杖を構えたひとりに重量級のコブシがめりこみ

三人まとめて吹き飛ばされてしまった。

「ぐッ!」

「ッ!?」「ッ!?」

 土の壁にたたきつけられ、ぐったりと崩れ落ちる三人。

 双子と思われる相似形の二人には意識がなかった。

 うめいた男は頭から血を流し、持っていた剣は刀身の半ばから折れてしまって

いる。

 怪我人が増えて、これで五人目。

 

「撤退!」

 リーダーと思わしき金髪のイケメンが声を張って、指示を飛ばした。

 全員が即座に反応して動き、命令に従って怪我人に肩を貸す。

 しかし、五人の怪我人に対し、残りの五人が肩を貸せば……

 敵の相手は誰がするのか。

 手の空いている者は、どこにもいなかった。

 実際に動かなければわからないこともあるとはいえ、痛すぎる見落としだ。

 リーダーの顔に絶望の色が浮かぶ。しかし、すぐに気を取り直した彼は必死の

形相で叫んだ。


「ボクを、ボクだけをねらええええええええぇぇぇぇ――――――ッッ!!」

 

 強い気持ちが生み出した天然の技術スキル

 自然なウォークライを聞いて、黒風船の注意がリーダーに向かった。


 残された九人の間に動揺が広がる。

 ベテランの多くが仲間を失ってはじめて早期撤退の重要性を知るように。自分

達もリーダーを見捨てて、逃げるしかないのか、と。


 巨躯の男はリーダーを庇うように、より前へ立っていた。

「私は、彼に付き合います」

 そして、身のこなしが見事な艶やかな女性も、さらにその隣へ。

「成人の儀式で死亡者を出すわけにはいきませんものね」

 怪我人は壁際に退いて、残りの五人が黒風船と対峙した。


「アイツを倒して、みんなで帰ろう!」

「「――おう――!」」

 リーダーの宣言で、戦闘は再開された。

 今度は冒険者の側も命賭けだ。

 負ければ全滅。

 だからこそ全力を出して黒風船を倒しにかかる。

 しかし、八人で拮抗していたものが、五人に減ってから勝勢にかたむくはずも

ない……

 そして、モンスターの攻撃に『容赦』なんてものは存在していなかった。


 黒風船は巨躯の男を殴り飛ばし、後衛の女子二人をなぎ払う。

 弱った巨躯の男をふたたび殴り、倒れて意識のない女子二人にも、フライング

ボディープレスで襲い掛かって……

「させるかッ!」

 イケメンのショルダータックルが決まり、直撃コースから逸れた。 

 しかし、暴れまわる黒風船は手の付けられない状態で……


 ひとり、またひとりと戦線から離脱する者が出てきた。



 主戦場から遠い壁際で、足を怪我した少女は祈っていた。

 手を組んでギュッと握り、ソレを額に押し当てて。

「――誰か、助けて……」

 念じて、祈る。

 一番に動けなくなって、撤退を要求することもできず、己の命を仲間に預ける

しかなくなった少女にできることは、ソレしかなかった。

 

「――お願い、誰か……」

 偶然と奇跡を求めるように、少女は祈りを強くする。

 この状況で逆転を願うほどロマンチストではないのだろう。

 彼女は現実的にありえる事として第三者の介入を望んでいた。

 その希望は――

「わかりました」

 唐突に現れた男性冒険者が聞き届けていた。


 実際は、洞窟ドームにつながる通路のひとつから出てきただけなのだが、祈る

ことに夢中だった少女にとっては、そうではない。

「え?」

 笑顔の男が自分のすぐ傍に立っているを見て、戸惑いの声をあげた。

「とりあえず、彼らを下がらせてください」

「いえ、でも……」

 彼女の思考は目の前の状況に追いついていなかった。

 男はベテランの風格を身に纏っているが、装備は間接部をまもるサポーター

だけで武器は持っていなかった。

 服は上から下まで錆びた血の色。

 そして、ひとりだ。

 仲間の姿はない。


 人の良さそうな殺人鬼。に見える男を前にして、彼女は困っていた。

「…………」

「みんな! 一旦、退いてくれ!」

 声をあげたのは少女ではなく、彼女と同じく早期に脱落した男の子だった。

 彼は疑いもなく全面的に信頼した様子で男の指示に従い、まだ戦っている仲間

を退かせたのだ。

「いいの?」

 少女が確認すると、少年は力強くうなずいた。

「レインネストだ」

「?」

 意味がわからない。と、少女は首をかしげる。

「最強って言われてる冒険者だよ。レインネスト・ライフベッター」

 少年は「知らないのか?」と咎めるような口調で言って、目に憧れの光を宿し

ていた。


 ゆっくりと歩いて前に出た男は、いきなり右のコブシを振り上げた。

 それを迎撃する黒風船のコブシと正面からぶつかり合う。

 直後、土の床が割れて、両者を中心に砂埃が舞う。洞窟ドームの内部に衝撃波

が吹き荒れ、肌で感じられるレベルの轟音が弾けた。

「な、なにが起きたのッ!?」

 ほとんどの者が動揺する中、少年だけが目を輝かせていた。


「たぶん、すごいことだよ。普通は『助けて』なんて願いは叶えられないんだ。

困っているのが人間なら、助けるのだって人間なんだから。ましてや無力を痛感

して、危機に陥った人が心から助けを願う時は、ひとひとりの力じゃ、どうにも

ならない」

「じゃあ、あのひとは……?」

 それを、いとも簡単にやってのける男は、いったい何なのか。


 男に殴られた黒風船は三倍近くまで膨れ上がると、まもなく破裂音を響かせて

爆発。四散した。




 子供達は驚き、安堵した者もいて、尊敬と畏怖を同時に抱きながら、男の背中

を見つめていた。 

「バルーン系モンスターは攻撃するほど膨らんでいきます。破裂まで持っていく

手段がない場合は防御してみてください。相手が勝手に縮んでいきますから」

 さらりとした忠告の声が響く。

 ボス級モンスターをただの一撃で吹き飛ばした男は、不意に振り返って、足を

怪我した少女と目を合わせた。

「これでよろしいですか?」

「えっ!?」

「それとも、街まで送りますか?」

「あ……」

 彼女は『願いを叶えてもらったのは自分だ』ということに気付いて、心臓の

鼓動をはやくした。

 急速に頬を染めながら、慌ててうなずく。

「いえ! ありがとうございました!」

 男は笑顔で、感謝の言葉を受け取った。

 そして、ダンジョンの奥へと足を向ける。

「いまならモンスターも少ない。早めに街へ戻ることをおすすめします」

 忠告のみ。他には何を言うでもなく男は歩き出した。


 男子達が「かっけぇ……」と感嘆の息を漏らし、女子達はそろって目を潤ませな

がら見守る中、男が立ち去っていく。


「――ぁ、恩返ししなきゃ……」


 足を怪我した少女、マルム・レイタンは、そんなことを呟いていた。


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