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87.月下の殺人鬼

 食堂では、ジーク達一行の今までの冒険や事件をアマカがニコニコとしながら聞き、大いに盛り上がった。流石に『遺産』関連のことは伏せてはいたが。中には突拍子も無い事件も含まれていたのだが、アマカはたまに「まあ、大変だったのね」などと相槌を返すくらいで、あまり動揺する様子は無い。


「アマカさんはどんな冒険をしてきたんですか?随分落ち着いているようですし、もしかしてとんでもない修羅場をくぐってきたとか」


 ジークのした質問に、アマカはクスクスと含みのある笑いをした。その表情に、同じく女であるメディは不穏なものを感じて、アマカを半目で睨む。アマカはスゥ、と息を吸うと、妖艶な笑みを浮かべる。


「そうね、殺してきた魔獣より、人間の数の方が多い、とだけ言っておくわ」


 その台詞に、メディ以外の3人が息を呑んだ。だがメディは1人口の端を釣り上げ、肘掛けで頬杖をつきながら言い放つ。


「暗殺稼業か、魔人らしい」


 今度こそ人種差別と言っていい発言をしたメディを、ジークが諫めようと身を乗り出すが、アマカ本人がそれを手で制した。


「ジークくん、良いのよ、事実だし。メディちゃん、ご明察よ、私はそういう家に生まれて、殺人をするために鍛えられてきたし、今まで他人の命を糧に生きてきたんだから、普通の人からしたら侮蔑されるのは当然のことだわ」


 アマカは特に気分を害した様子もなく、今までのように微笑を浮かべる。彼女はその稼業を割り切ってこなしているのだろう、与えられた才能を求められるままに遺憾なく発揮してきたのだ。そこに後ろめたいものなど無い。


「ごめんなさいね、食事時にする話じゃなかったわ、私のことなんで聞いても面白くないから、もっと色んな話を聞かせてくれるかしら」


「はい、じゃあ次は……」


 そう長い旅をしてきたわけではないが、密度で言えばそこらの冒険者よりも濃い冒険譚に話を弾ませながら、夜は更けていった。



***



 夕食と風呂を済ませて、部屋に戻ったジークは、すぐに布団に寝転がった。床の上に眠るというのは初めての体験だったが、ジークは気にする様子もなく体をリラックスさせる。


「暗殺、かぁ……」


 夕食の時に話題に上った言葉を口にする。人を殺すことを職業にするというのは、どういった心地なのだろう。いつも微笑をたたえているアマカの表情からそれをうかがい知ることはできない。少なくとも、それを嫌だと思っている様子は無いようだった。


「魔人は好戦的な種族でございますから、今でも傭兵や冒険者として働く者が多いようですな」


 いつの間にか枕元に来ていたユナが、魔人に関しての情報を口にする。その中に引っかかる言葉があった。


「傭兵というのは?今この世界で、戦争は起きていないんですよね?」


「ふむ、冒険者は冒険者ギルドに所属して依頼をこなしますが、傭兵は国に雇われて仕事をこなします。クライアントの規模が大きいのは後者ですから、そちらの仕事を好む者も多いのですぞ」


「へえ……」


 ブリンヒートの屋敷でそこそこに本を読みあさったつもりだったが、まだまだ知らないことがたくさんあるなあと、世界の広さに思いを馳せる。色々と問題は山積みなのだが、眠気はそんなものを一切無視して襲い来る。数分としない内に、ジークは深い眠りに落ちた。



***



 深夜、廊下を歩く微かな足音に気が付いて、ジークは目を覚ました。足音は控えめで、どう考えても忍び足、あからさまに怪しい。まだ体に残っていた倦怠感を深呼吸一つで吹き飛ばし、黒い短剣を左手で構え、大剣の柄を右手で握りながら、扉を睨む。この部屋の出入り口はそこしかない、メディならば爆発でいくらでも出入り口を作れるだろうが、今回の相手はそんな非常識な輩ではないらしいとジークは判断する。いや、メディもそこまで非常識な人物ではないのだが。ともかく足音は近づき、どうやらジークの部屋の前で止まったらしい。いよいよもって緊張が走る。まずは短剣を投擲し、その後大剣を抜き放ち斬り伏せる。明確なイメージを思い浮かべたと同時に、扉が開く。直感は相手が敵だと告げている。足元で寝ているユナを起こそうかと一瞬考えたが、戦力にはならないしこうなると彼はテコでも動かない。想定通り、開いた扉に短剣を投げ込む。闇に紛れる、刀身まで漆黒の刃は、月明かりしか入ってこないこの部屋の中では投擲した本人も視認が難しい。それに加えて、魔力放出によりかなりの速度を持っている。ほぼ確実に初撃を与えることが出来る、はずだった。


「なっ……!?」


 驚愕はジークのもの。彼が投げたはずの短剣は、天井に突き刺さっていた。それも、短刀とともにだ。つまり、敵はジークの短剣と同時、同軌道線上に短刀を投げ、弾き飛ばしたのだ。ほぼ不可視と言える攻撃を見極め、投擲で弾く。それがどれほどの技量から為される業か、想像を絶するものだった。緊張の糸が更に張り詰める。扉は今にも全開になろうとしている。大剣を持ちながら狭い室内で戦うのは不可能だと判断したジークは、窓から身を躍らせ、ガラスを破砕し、地面を転がる。視界の端に銀色の光を捕らえ、更に一回転。数瞬前までジークがいた場所に、三本の短剣が突き刺さる。冷や汗をかきながら体勢を立て直したジークは、自分が出てきた窓を見据える。夜には不釣り合いなほど白い影が見えた。和風の建築である旅館と相まって、幽霊を見たかのような気分になった。影がクスリと笑う。次の瞬間、ジークの目前には長刀の刃が迫っていた。


「くぅっ……!」


 首を斬られる直前、刹那の隙間を縫って剣を滑りこませる。キン、と甲高い音を響かせて小さく火花が散った。その光が、敵の面貌を照らした。更なる驚愕がジークを襲う。その顔は、眠る前にも挨拶を交わした少女、アマカ・スイゲツのものだったからだ。


「なぜ、あなたがこんなことを!」


 無言で刃を押し込んでいたアマカが、ジークの言葉を聞いてため息を吐き、地を蹴って後ろに跳んだ。刀は鞘に収めずに、何かに失望したような瞳で、気怠そうに口を開く。


「もう殺し合いが始まっているのに、何故も何もあるかしら。どうして、どうしてって騒ぎながら、殺されるのを待つつもり?私はあなたを殺す気でいる、なら」あなたも私を殺す気になればいい、それだけのことでしょう?」


「っ!説明になってません!あれだけ仲良くしてくれたのに、どうして殺すだなんて……!」


「一から説明しろってこと?そうね、ねえジーク君、私って、強い人が好きなの」


 また、なんの脈絡もない台詞だ、言い返そうと、ジークが一歩踏み出すと、アマカの呆れ顔があからさまになる。微笑だけを浮かべていた昼間とは別人のようだ。


「女性の話は最後まで聞きなさいな、そんなのじゃメディちゃんに嫌われるわよ」


 そう言われて、踏み出した足を戻す。アマカは月を見ながら話を進める。


「私は強い人が好き、そして、好きな人は殺したくて殺したくてたまらなくなるの。大概私が殺すと死んじゃうから、淡くて切ないその場限りの恋なんだけどね。町で見かけた時、あなたはとても強そうだった。ええ、蠱惑的で、官能的に過ぎたわ。本当は強い人を捕まえて今回の仕事を手伝ってもらうつもりだったんだけど、そんなこと忘れるくらい魅力的だった。見た瞬間にあなたを殺したくなった。今回こそ私が殺せないかもしれない人、私が恋することが出来るかもしれない人。ねぇ、だから、殺し合いましょう、より


 言葉を交わす時間は終わった。狂っているとジークが感想を思い浮かべる前に、猛獣の如き速度で迫ったアマカの刀が、首を狙って振り下ろされる。それを斜めに体を傾け回避し、空いた腹部に左拳を叩き入れる。手応えは無い。それこそ幽霊でも殴っているような感覚だった。アマカは攻撃が避けられた瞬間に飛び上がり、近くの家屋の屋根に着地していた。その身に強化がかけられている様子は無い。超人的なアマカの身体能力にジークは息を呑んだ。

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