王家の恥
大きな窓がうっすらと明るくなり始める。ああ、どうやらまた朝が来たようだ。
オトリム王国、ガルベル宮殿。大広間から使用人の寝室に至るまで、贅を凝らしたその宮殿は王族の威厳と権力を象徴している。
その宮殿の中でも最上級の部屋の一つ、第一王女の寝室。そのベッドの上に私は寝ていた。だが、私はただの侍女であり、このふかふかのベッドを使えるような身分ではない。
私の仕える雪のような白髪のお姫様は私の上で半裸で寝ている。疲れ切ったというかやり切ったというか。ともかく、幸せそうな顔で寝ているのだった。
第一王女アデル・ド・オトリム。彼女は本来、有力貴族と結婚しなければならない。王家の血を継ぐために。
しかし、困ったことにこのお姫様は女性にしか興味を示さず、あろうことか全ての婚約を破棄した。そんな横暴が許されているのは、彼女の兄である第一王子が次期国王として盤石な支持基盤を得ているからである。スペアの、しかも女など王家にいらないという風潮が王女にとっては追い風となっていた。
政治に関わらないという姿勢をとることで、無駄な争いに巻き込まれないようにするための処世術だと巷では噂されている。本当はただただ女好きで女にしか興味を示さない、困った姫様なのだが。政治に関わらないというスタンスは間違っていないので噂も馬鹿にできない。できれば噂と実情が真逆であって欲しかった。
まあそのなんだ。行為自体は、包み込むような優しい手捌きで王族らしからぬ慈しみを感じるもので、抱かれたもの達からの評判はいい。
彼女は特定の個人だけを愛することはしないが、彼女と最も多く寝たのは私だと胸を張れる。…張れるほど胸がないのはご愛嬌である。
十年来の付き合いで彼女が十九で私が十五。アデルが自慰を知るよりも先の初めての相手が私。ここ数年は5日に3日は盛っているのだから自惚ではないはず。密かに最後の相手も私であって欲しいと思っているが、それは望みすぎだろうか。
「んーむにゅ、エリー、可愛いぃ食べたぁい」
寝ぼけた主人がギュッとしてきた。素晴らしく柔らかいクッションが押しつけられる。我慢だぞ、エリーズ・ルソー、お前は王女の理性とならなければ。
流石にこの時間から盛っていては昼からの公務に差し支える。ダメダメダメ。
「アディ。起きましょう。いや、寝ててもいいですけど、どいてください。私は朝の支度の準備が…」
「やだー、私のエリーはどこにも行かせないもん。」
「行かないですよ。ほら今日も頑張ったら、何でもしてあげますから。」
「…言った。何でもって。」
「言いました。」
「じゃあ、我慢する。」
「反動がすごそうです。」
やっと離してくれた。ベッドからするりと抜けると、まずは散らかった下着をかき集める。すっぽんぽんからスタートだったので、下着は汚れていない。湯浴みは公務の前にアディと一緒に入る。いつもの流れだ。
私の仕事はアディの食事の管理と着替えの手伝い、公務のスケジュールの確認など。かなり忙しい。アディは国内の政治には関わらないが、貴族間の仲を取り持ったり、諸外国との関係性を調整したりと、王族としてやるべきことはやっている。主に国王からの指示である。
まずは部屋の片付けと掃除。メイドと協力しつつ手早く済ませる。掃除が完了したすぐ後にアディが起きた。
運ばれてきた朝食の毒味を終え、主人が食べている間に今日の予定を確認する。
「ああ、そう言えば今日は暇ですね。国王様と王子王女達との会食のみですか。」
王族同士の会食中は侍女は立ち入れない。普段は仮眠時間が生まれてラッキーと流すのだが、今回は気になることがある。最近、どうも王族内の動きがきな臭い。
第一王女に回ってくる仕事量が明らかに減っている。アディは空いた時間で女の子を連れ込めてラッキーと流していたが、第一王女を今以上に政治の舞台から引きずり下ろそうと何者かが企んでいる可能性がある。
そんなことをして利があるのは誰か。次期王座を狙っていて、少しでも第一王女の力を削いでおきたい他の王族ではないか。
アデル王女よりも王に相応しい人間はいない。彼女と関わった人々は口を揃える。女性は男性よりも当たり前に冷遇されるこの国で、だ。いくら本人が政治に関わらないと決めていても、器は隠せるものではない。望まずとも優秀な人材が勝手に集まってくる。他の王族から未だにマークされているのはそのせいだ。
流石に暗殺まで進むことはないだろうが、用心に越したことはない。今日の会食は注意するように言っておかねば。
「ご飯おいしかったわ」
「私が作ったんじゃありません」
「メニューは考えてくれたんでしょ?」
「メニューは使い回しじゃないですか。ああ、今日のドレスは動きやすいものにしました。湯浴みをしたら着ましょうか」
「分かったわ」
暗に危険を伝える。王族に対して不信感を抱いているなどとバレれば即処刑でもおかしくない。隙はできるだけ無くす。
湯浴みは王族専用の浴室で行う。当然王族ならば誰でも使えるが、朝はアディ専用という暗黙の了解がある。
「エリー、脱がせてぇ♡」
「何色っぽい声出してるんですか。夜まで我慢してください」
「でも、脱がせてはくれるのね」
「いつものことです」
「他の女と私が寝た日は脱がせてくれないくせに」
「……」
「ごめん。今のは意地悪だった。揉む?」
とりあえず揉む。
「早く入らないと会食が」
「ふふふ。口と手が矛盾してるわよ。」
理性。働け。
「入りましょうか。」
湯浴みでは二人ともなんとか自制することができた。
少し時間が押しているので着替えを急いで行い、時間ギリギリでアディは会食会場の部屋へ入室した。
「オトリム王国のさらなる繁栄を祝して」
国王の乾杯の合図で会食が始まった。グラスを掲げる。それからしばらくは料理を楽しむ。我が国最高峰の料理を口にしながら、重々しい空気を肌で感じていた。
国王が主催する食事会は二種類。貴族などを呼んで大々的に行う威厳を示すパフォーマンスとしてのもの。もう一つ、少人数で行われる政治に関する意見交換の機会としてのもの。
今回は後者であり、しかも王族全員が揃っている。ここでいう王族とは王位継承権を持つ者のことだ。
つまり今日、次期国王が決まる。
「さて、皆。早速だが、今日集まった理由を伝えよう。なに畏まる必要はない。私達は家族なのだから」
家族か。まさか国王の口からそんな生ぬるい言葉が出るとは。
何者にも頼らずに自己を貫く覚悟こそが王の資質、と幼い頃に私達を諭した力強い父からは想像もできない。
「オトリム王国は、この数十年でとてつもない進化を遂げた。蒸気機関の発明からの産業の進歩の速さには驚かされた。この国は変わった。強国からさらなる強国へと。」
「陛下、いえ父上。正しくその通りであります。」
第一王子、ヴァランタン・ド・オトリムが発言する。まるで、その強国をさらに強国へと変えて見せましょうと言わんばかりに目をギラつかせて。
実際、次期国王は彼だ。
他の兄弟にはない『華』を彼は持っている。人を惹きつけて離さない王としての魅力だ。そして、人の上に立つ資格も覚悟もある。私も彼が王になるのに異論はない。
「ああ、王国は変わった。だからこそ、王家も変わらねばならない。」
「ええ、父上。」
「王中心の政治を止め、オトリム王家は廃止する。」
ただでさえ静かだった食卓に沈黙が流れる。
「ち、父上。何を仰っているのですか。オトリム王国はこれから栄光の時代を築き上げます。それを率いる、強き王が必要でしょう!私ならばそれができます!」
「ああ。わしもそう思うよ。」
「ならば何故!」
「オトリムはこれから、多いに成長する。いずれ、国王一人では支え導くことのできないほど巨大な重石となろう。役割を分け、分担して皆で支え合う。そうでなければ」
「そうでなければなんだと言うのだ!まさか、私にはこの国は荷が重いから他人と協力しろと?ふざけるな!私は、この国を貴方よりも、ここの誰よりも豊かにする自身がある。そうでなければ王家など名乗りもしない!そこのクズどもとは違うのです!」
あー、多分私のことだわこれ。
「ヴァル。お主にこの国を任せられぬとは思っていない。じゃが、王家を無くす決断はわしでなければできなかった。それだけじゃ。お主に実力があれば、議会で権力を持つことなど容易いだろう。」
「王家とは王とは、誇り高くいつまでも民の手本となる存在。今までもこれからもオトリムを率いる使命を課せられた、神の血を引く高貴なる一族。自己を貫く覚悟を持って今日まで王になるべく過ごしてきた。権力者ではない。王になるべくだ。それを、貴様は…」
立ち上がった第一王子の周りを水のリングが回り始めた。徐々にスピードを増し、円が広がっていく。
水属性の魔法。第一王子の得意とする魔法だ。しかし、王の前での魔法の使用は曲芸を除いて禁止されている。こらは明らかな敵対行為であった。
「ヴァル。あと数日は王家は無くならない。王の座も権力もだ。今なら曲芸として楽しんだことにしよう。次はない。」
「……」
不満気だが、第一王子は矛を収めた。彼の王に対する尊敬は本物だ。怒りも王を想ってのこと。だから父も情けをかけた。普通は身内だろうと即処刑である。
「お主達にはこれから貴族として生きてもらう。普通に生活するための心配はいらない。政治に関わりたいのなら議会に無条件で参加を許そう」
ふむ。つまり、私にとってはあまり変化のないということだ。元々、政治に関わるつもりは無かったし。
だが、今の暮らしのままというのもなんか味気ない。せっかく王族でなくなったんだし、今以上の自由を…
「陛下。発言を。」
「アディか。まさか政治に?」
「いえいえ。遊び呆けて王族の務めも果たそうとしないクズが今更そんなこと言えません。」
第一王子から睨まれた。怖い怖い。
「王族でも貴族でもなく、平民として暮らすことはできませんか?せっかくの機会です。自由とスリルを手に入れたいと。」
「…いいだろう。だが、後で泣きついても貴族に戻すというのは無しだ。」
「陛下!王族から平民など言語道断です!それでは王族の血筋が舐められてしまいます!」
「ふふふ。兄上。舐められる王族そのものが無くなるんですからいいじゃないですか。」
「平民を消すのは、方法を選ぶのが最も大変らしい」
「初耳です。そんなことに多忙な兄上を煩わせるのは心苦しいですわ。」
「そのぐらいで止めておけ。今日ぐらいは家族最後の食事を楽しもうじゃないか。」
第二王子が制止に入った。見るからに真面目な男で、数年前からヴァルの傘下として働いている。
その声の後、食卓は再び静寂に包まれフォークと皿のぶつかる音のみが響き始めた。
そんな中で私は、これって最後の晩餐だなあと呑気なことを考えていたのだった。




