第1話 先祖の領地は田舎すぎる!!!
【第1話 先祖の領地は田舎すぎる!!!】
前世の俺は、歴史やミリタリーが趣味の中年個人事業主だった。
扱っていたのは、ミリタリー用品やアウトドア用品を中心にした小さなネットショップだ。
朝起きれば注文を確認し、在庫を見て、梱包して発送する。
仕入れた商品は、検品する。
傷みを見る。
サイズを測る。
写真を撮り、説明文を書き、売値を決める。
利益は薄い。
送料は高い。
問い合わせは面倒くさい。
それでも、そんな毎日を続けていたせいで、妙な癖だけは身についた。
物を見ると、まず数を数える。
どこが傷んでいるかを見る。
どう保管すれば劣化しないかを考える。
どこから仕入れ、どこへ流し、いくら残るかを考える。
人も、物も、金も。
気づけば、数字で見るようになっていた。
仕事の合間や休日には、歴史系のシミュレーションゲームでよく遊んでいた。
戦国時代は特に好きだった。
織田でも、武田でも、上杉でも、毛利でも遊んだ。
たまには、聞いたこともないような弱小勢力でも遊んだ。
画面の中なら、米も金も兵も数字で分かる。
武将には能力値があり、城には耐久があり、国には収入があった。
おかげで、戦国武将の名前だけはやたらと覚えた。
使いどころは、ほとんどなかったが。
それとは別に、俺には少しだけ気になっていることがあった。
自分の先祖のことだ。
家に立派な家系図が残っているわけではない。
戦国武将の末裔だと聞かされて育ったわけでもない。
ただ、親戚の誰かが昔、ぽつりと言ったことがある。
「うちの先祖は、近江の土豪だったらしい」
土豪。
大名ではない。
有名武将でもない。
田畑と山にしがみついて生きていた、地方の小さな田舎領主。
証拠はない。
親に聞いても、古い村の名らしきものが一つ出てくるだけだった。
調べたところで、せいぜい地図を眺めて終わる程度の話だ。
だが、歴史好きにはそれで十分だった。
近江。
琵琶湖。
京に近く、東国と西国をつなぐ土地。
六角。
浅井。
比叡山。
戦国好きなら、その名だけで胸が騒ぐ土地だ。
もしかすると、自分の血のずっと奥の方には、あの土地に根付いた何かが、ほんの少しだけ残っているのかもしれない。
そんな、根拠の薄い妄想だった。
だが、現実の俺は織田信長でも、豊臣秀吉でも、徳川家康でもない。
この日本の天下を動かすどころか、在庫と商品の発送に日々を追われるだけの男だった。
そんなある日。
俺は、倉庫代わりに使っていた部屋で在庫の整理をしていた。
季節外れの商品を奥へ押し込み、売れ筋を手前へ出す。
棚の上段に箱を積み、空いた隙間にさらに小物を詰め込む。
よくある作業だった。
問題は、その日も「少し無理をすれば入る」と考えたことだ。
棚が軋む音がした。
顔を上げた時には、もう遅い。
棚がこちらへ傾いていた。
あ、まずい。
そう思った瞬間、重い箱と金属製の棚がまとめて落ちてきた。
頭に衝撃が走る。
それが、俺の人生の終わり。
……のはずだった。
次に意識が浮かび上がった時、最初に感じたのは痛みではなかった。
寒い。
いや、寒いというより、空気が肌に刺さる。
体が思うように動かない。
目を開けようとしても、視界はぼやけている。
息を吸おうとした瞬間、ふと気づいた。
俺は泣いていた。
自分の意思ではない。
何かを言おうとしても、口から出るのは言葉ではなく泣き声だけだった。
おい、待て。
これは何だ。
「おお、よう泣く」
「丈夫な御子でございますな」
「奥方様、若様にございます」
聞こえてくる声は、どこか古めかしい。
地方の方言のようでもあり、時代劇で聞く言葉のようでもある。
だが、不思議と意味は分かった。
若様。
今、若様と言ったか。
ぼやけた視界の中で、誰かの顔が近づく。
若い女だった。
ひどく疲れた顔をしている。
けれど、俺を見る目だけはやわらかい。
その女が、俺をそっと抱き上げた。
そこでようやく理解した。
赤ん坊だ。
俺は、赤ん坊になっていた。
冗談だろう。
在庫の棚に押し潰されて死んだと思ったら、次は赤ん坊か。
しかも、この家の様子は明らかにおかしい。
畳。
板戸。
煤けた梁。
薄暗い部屋。
油の匂い。
藁の匂い。
外では、名前も分からない鳥がやけに騒がしく鳴いている。
ここは病院ではない。
現代の日本とも思えない。
やがて、耳に入る言葉の断片が少しずつ繋がってきた。
近江。
現代で言えば、滋賀県。
どういうわけか俺は、過去の滋賀県に生まれていた。
しかも、ただの百姓の家ではないようだ。
周囲の者は、俺を若様と呼ぶ。
母らしき女は奥方様と呼ばれている。
父らしき男も、時折人を従えて部屋へ入ってくる。
つまり、それなりの身分のある家だ。
ただし、大名家ではない。
屋敷は古い。
人も多くない。
部屋の中にあるものも、思ったほど立派ではない。
せいぜい山裾の小さな土豪か、地侍。
前世で聞いた「近江の土豪」という言葉が、嫌なほど頭に引っかかった。
もしや、これが噂の異世界転生。
……いや、異世界ではない。
どう見ても日本だ。
ただし、過去の。
もしや、俺は藤堂高虎か!!!
近江出身。
土豪の家。
戦国から江戸にかけて出世した築城名人。
歴史好きなら、真っ先に名前が浮かぶ一人だ。
……いや、待て。
そんな都合のいい話があるか。
そもそも、周囲の者が口にしている苗字は藤堂ではない。
だが、その名には聞き覚えがあった。
俺の苗字と同じだった。
……待て。
まさか、ここは俺の先祖の家なのか。
有名武将への転生ではない。
チート大名家でのスタートでもない。
歴史ゲームで最初から選べる勢力や武将ですらない。
俺が生まれたのは、近江の山奥にある、俺の苗字と同じ小さな土豪の家だった。
そして、ある日。
外の空気に当てるためか、俺は屋敷の外へ連れ出された。
そこで、俺はここの現実を思い知った。
山。
田んぼ。
川。
細い道。
小さな畑。
古びた倉。
遠くに見える、寺らしき屋根。
城下町などない。
大きな市もない。
石垣もない。
武士が練り歩く大通りもない。
あるのは、山と田と、倉だけだった。
赤ん坊の俺に、声は出せない。
だが、心の中でははっきり叫んだ。
――先祖の領地、田舎すぎる!!!
本作は戦国時代を題材にしたフィクションです。
実在の地名・人物・勢力名などが登場する場合がありますが、主人公の家や周辺人物、細かな出来事は創作を含みます。
史実・地理・制度についても、物語として読みやすくするために独自解釈や改変を入れる場合があります。
そのあたりは「そういう世界線」として読んでいただければ幸いです。




