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それでも隣に立つために

俺は、同率でもなんでもない完全な学年一位を取るつもりだった。


そのために、天城に心理操作を仕掛ける。


ほんの少し、思考を歪めればいい。

選択を一つ、ずらすだけでいい。


それだけで、結果は変わるはずだった。


……はずだった。


だが、


何も起こらない。


違和感すらない。

いつもなら確実に手応えがあるはずの“ズレ”が、どこにも生まれない。


まるでーー最初から、触れられていないみたいに。


「……やっぱりダメか」


小さく呟いた声は、誰にも届かない。


理由は、わかっている。


この能力には、例外がある。


――尊敬している相手には、効かない。


敬愛でも、同じだ。


俺が心の底から認めている人間には、

この目は、何の意味も持たない。


それどころかーー


もし相手が望めば、俺の方が縛られる。


そんな欠陥を、俺は抱えている。


「……なんで、こんなことになったんだよ」


誰に向けたわけでもない言葉が、空気に溶ける。


わかっている。


理由なんて、とっくに出ている。


「……いや」


自分で、答えを切り捨てる。


「俺のせいだな」


あの時。


あんなことをしなければーー


こんな形で、こいつに届かなくなることもなかった。


ーーー


中学一年、最初の中間テスト。


俺は、クラスで実験を行った。


人体実験、と言ってもいい。


やったことは単純だ。


心理操作。


上位層には、もっともらしい“間違い”を流す。

中位層には、何もしない。

そして下位層には、的確な“正解”を与え続ける。


テスト前日。


上位層には安心を。

下位層には、最後まで有益な情報を。


そうして俺は、本来あるべき順位をーー反転させた。


目的は一つ。


この歪んだ結果が、次のテストでどう作用するかを見るためだ。


俺の予想はこうだった。


下位層は「勉強していないのに点が取れた」と錯覚し、さらに上を目指すために努力する。

上位層は「努力したのに報われなかった」と絶望し、やめる。


その結果、次のテストでは

全員の点数は、三百点前後に収束するという予想だ。


ーーー


答案が返却される日。


俺は結果そのものよりも、教室の“会話”を観測していた。


笑い声。戸惑い。焦り。


そして、確信する。


――ほぼ、予想通りだ。


次のテスト、全員が290点から310点に収まる。


だが、その中で一つだけ、異質な存在があった。


教室の隅。


天城比奈は、誰とも話さず、ただ静かに俯いていた。


本来なら、このクラスで頂点に立つはずの人間。


その彼女が、今回は沈んでいる。


そこへ、一人の女子が近づいた。

今回、一位を取った女だ。


「なんで俯いてるの?もしかして悪い点取っちゃったとか?」


無邪気な声。


「私はさ、勉強してないのにいい点取れたんだよ。ほら、見て」


答案を見せびらかす。


その言葉を、天城は受け止めてーー


顔を上げた。


「……そうだよ。私は、悪い点を取った」


声は、震えて悔し涙を浮かべていた。


「でも、次は負けないから」


その瞬間。


俺の視界に、情報が流れ込む。


――次のテスト結果。


天城比奈。


全科目、満点。


あり得ない未来。


だが、確定している。


俺は、初めて理解した。


こいつは、強い信念を持っている。


歪ませても、折れない。


むしろーー強くなる。


その事実に、心の底から打ちのめされる。


そして同時に、


俺は、こいつをーー


心底、尊敬した。


ーーー


気づけば、俺は歩き出していた。


「なあ、天城」


彼女が振り向く。


「俺と、友達になってくれ」


「……何、急に?」


少しだけ警戒した目。


「もしかして、煽ってる?」


「いや、ごめん」


即答だった。


「……もしかして、慰めようとしてくれたの?」


「いや、そんなんじゃなくて」


言葉が、うまく出てこない。


すると天城は、小さく笑った。


「あはは、変な人」


そう言って、


「でも、ありがとね」


ほんの少しだけ、表情が柔らぐ。


「ちょっと元気出たかも」


その笑顔を見て、思う。


ああ、


この日から俺は、


こいつに縛られることになるんだな、と。


ーーー


そして高校生になり、俺は天城と同じ高校に進学した。


放課後。


校門へ向かう人の流れの中、いつもの帰り道を歩く。


背後から軽い足音が近づいてきた。


「ねえ、蓮!一緒に帰ろ?」


振り向くまでもなく分かる声。


「俺も誘おうとしてたところだ。」


隣に並んできた天城は、じっとこちらを見てくる。


「いつもそう言ってるのに誘われたことないんですけどね。」


「そうだったか?」


「明日から誘われるの待とうかなー。」


揶揄うような視線。


「…それは勘弁して欲しいな。」


「漢らしくないなー。」


少しだけ間が空く。


「…分かった。次だけは俺が誘おう。」


「言ったからね!」


満足そうに笑うその横顔を、ふと目で追ってしまう。


「それより、コンビニ寄るか?アイスぐらいなら奢るぞ。」


「ほんとに?やったー!」


声が一気に明るくなる。


「そんなに嬉しいのか?」


「…でも、まだ肌寒いのにアイス?」


「誰が言ってるんだ?お前は季節問わずアイスばかり食ってるじゃないか。」


「それは否定できないけど、夏の方が食べてますよ!」


その言い方があまりにもいつも通りで、思わず口元が緩む。


「それはなんでもいいが…行くか。」


「うん!」


並んで歩き出す。


夕方の空は少しだけ冷たくて、でもどこか柔らかい色をしていた。


ただの帰り道。


ただの会話。


――そのはずなのに、


なぜか、この時間がやけに鮮明に残る気がした。


ーーー


コンビニに到着する。


自動ドアが開き、冷たい空気が流れ出てくる。


店内は明るく、さっきまでの夕方の空気とは少しだけ切り離されたみたいだった。


「うーん。無難にバニラかなー。」


アイスケースの前で、天城がしゃがみ込む。


いくつかの商品を見比べながら、真剣な顔で悩んでいる。


「…抹茶じゃなくていいのか?」


「それも迷ったんだけどさ、最近バニラあんま食べてなかったからね。」


「そうなのか。じゃあ俺は抹茶にしよう。」


「珍しいね。」


「そうか?」


軽く会話を交わしながら、それぞれ手に取る。


レジで会計を済ませ、外へ出ると、さっきよりも少し空気が冷たく感じた。


「俺の一口食べるか?」


「いいの!じゃあ遠慮なく。」


迷いのない動きで一口。


「やっぱり美味しいね、抹茶!私のも…うーん、一口ならあげる!」


アイスのことになると厳しい天城は、一瞬だけ考えるような間を見せたが、結局差し出してくる。


「ありがとう。美味しいよ。」


「だよね!それより、明日はスポーツ大会だね。一年生最後の行事、楽しみだなー!」


嬉しそうに話題を変える。


「あぁ、そうだな。俺はドッジボールで、確か女子はバレー?だったか。」


「うん!女子は男子より早く終わるからもし蓮が決勝まで残ったら見に行けるから、絶対勝ってね!」


まっすぐな目で言い切る。


「相手は三年もいるぞ?かなり厳しいと思うが。」


「関係ないよ!だって私が見たいって言ってるじゃん!」


即答だった。


少しだけ、言葉を失う。


「わかった。約束するよ。」


「絶対ね!」


その声は、やけに強く耳に残った。


コンビニの明かりを背に、並んで歩き出す。


冷たいはずのアイスは、もう半分くらい溶けていた。

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