連夜悪夢
「夢…?」
悪い夢と書いて悪夢。
そして寝ていた僕が跳ね起きるのには十分な理由だ。
僕が跳ね起きると一緒に寝たはずのミケと慧と目があう。
何もしゃべらなくても伝わった、無言で頷き簡易テントから這い出た。
火の番をしていたエリシアが微笑む。
こんなときに見ても彼女の笑顔は癒しになる。ありがとう。
「あら、交代にはまだ早いですよ?…あれ?三人とも起きたのですか?」
僕たち三人は火を囲むように座り、落ち着かないように下を向く。
「皆さん、顔色が悪いですがどうかされたのですか?体調でも優れないですか?」
「体調は大丈夫だよ、それよりも僕、目が覚めちゃったから火の番交代しよっか。」
僕の言葉にエリシアさんは困った顔をしている。
僕たちそんなにひどい顔してるのかな?
ミケと慧を見る。焚火のせいで色はわからないが、顔色は悪く見える。
「エリシア、教えて欲しいことがあるにゃ。」
「私に答えられることならなんでもどうぞ。」
「この国の王様の名前教えて欲しいにゃ。」
「王様ですか?」
重々しい質問が投げかけられると思ったのだろう。
豆鉄砲を食らったような顔をしている。
戸惑いを隠すことなく彼女は答えた。
「オリジア王国の国王、ヴァルデリウス・オリオン陛下です。自国の人間以外にも寛容な方です。戦争好きですが、王妃のセレナ・アルヴィナ様のたしなめで、最近はおとなしくされています。」
顔の筋肉がこわばるのを感じる。
ミケと慧も同じように、表情を隠して下を向いているようだ。
多分、僕と同じ気持ちだろう。
僕たち三人の空気を感じ取ったエリシア。
「すみません、私眠くなってしまったので、横にならせていただきますね。」
火の番お願いします。と言い残し簡易テントの中に潜っていった。
その後、誰も何も話さなかった。
三人で何かに耐えるように日の出を待った。
それにしても気味の悪い夢だったな。
目を閉じれば思い出せそうだよ。
◇◇◇
僕は闇の中にいた。
上下左右がわからない。平衡感覚も失っているようだ。
動くことも声を出すこともできない。
ただ闇が僕を包む。
しばらく動けないでいると声が聞こえてきた。
耳を澄ませ、声の出所を探すがどこから声が出てるかわからない。
「…せ、……、……を…」
方向はわからないが、声の主が近づいてくる感覚はある。
「…ろせ、…せ、…リウスを…せ…」
背筋に冷たい物が伝う。
この声が良いものではないと本能が警鐘を鳴らしている。
「殺せ、殺せ」
僕は勇者なんだ。できれば平和的な解決で済ませたい。
「ヴァルデリウス・オリオン国王を殺せ。」
こんなもの聞かなければよかった。聞きたくなかった。
「ヴァルデリウス・オリオン国王を殺せ。
殺せば何でも願いを叶えてやる。帰りたければ返してやる。」
◇◇◇
昨夜は三人が悪夢をみた。
今夜は大丈夫かな…?
焚火を囲みながらミケと慧は不安そうに僕を見ている。
「大丈夫だよ!今夜はいい夢見よう!」
こんな状況だからこそ空元気でもいいから元気出さないと。
「皆さん、昨夜は悪夢を見てたんですよね…私が三人いたら全員に膝枕してあげられたんですけどね…」
エリシアさんの膝枕…!
寝心地は良いけど眠れなくなっちゃうな…
…今なら悪夢にかこつけて膝枕を頼めるってこと…?
いやいやいやいや、それはよくない。
けど膝枕…
駄目だって!
「エリシア、枕頼むにゃ。」
「ああああああああああ!」
先にとられた!僕の膝!
僕は膝を抱え涙を飲んで眠りについた。
◇◇◇
僕は眠っていたはず…なのにここはどこだ?
古い教会みたいだ。
誰かいないかとあたりを探るが誰もいない。
足元に瓶が転がっている。これは…お酒の瓶?こんなにたくさん落ちている。
拾おうとしたが、足が動かない。
状況を飲み込む前に転がっている瓶が黒いモヤに飲み込まれてしまった。
直後、女性の悲痛な声が響く。
景色が変わる。そこは僕の家だった。そして、そこには僕がいる。
庭先で僕が花壇に水を撒いていた。
僕は一体何を見ているんだ?
混乱している僕に構うことなく黒いモヤが僕を包み消し去ってしまった。
直後、悲しげな猫の鳴き声が響いた。
再び景色は変わる。僕の家。そして幼い僕がいた。
玄関前で虫取り網を振り回している。
今度こそ救うんだ!足を動かそうとするが動けない。
声を出そうとするが喉からは全く音を出せない。
そうこうしているうちに、幼い僕は黒いモヤに飲み込まれた。
直後、少年の泣き声が響く。
目を開く。ほっぺをつねる。痛い。現実だ。
勢いよく立ち上がり腕を振り足が動くことを確認した。
大丈夫、動く!
ここで僕は奇妙なことに気が付いた。
近くで寝ていた他の三人が異様なほどうなされているのだ。
こういう時って起こした方がいいんだっけ?
僕は起こそうと三人に近寄ろうとすると、
「あれ?なんで君起きてるの?」
背中のすぐ後ろから声がした。
振り返るとピエロが立っていた。
いや、ピエロよりも怖いなこいつ。
耳のピアスがエグイ。大小合わせて10はついてるよ。
あんなにピアスつけて…痛くないのかな?
「あー、そっか…。最後はお前だったのにな。」
ピエロはうなされている三人を順番に見下ろした。
「順番間違えたか…。」
ピエロはやれやれとため息を吐くと帰ろうとする。
僕は慌てて引き留めた。
「待てよ!三人に何をした!答えろ!」
意外なことに、ピエロは立ち止まり、仰々しく肩をすくめる。
愉快そうに歪んだ目が、口が不気味だ。
「安心しなよ勇者様。ただ悪夢を見ているだけさ。」
「悪夢…?」
先ほどの夢を思い出す。確かに僕は二回も『僕』が消えていく瞬間を見ている。あれは、悪夢だ。
背後の三人に目を向けるうなされているだけにも見える。確かに悪夢を見ているだけかもしれない。
「そっか…教えてくれてありがとう!もう帰っていいよ!」
「……、……は?」
ピエロは目を見開き落胆したかのようにこちらにまなざしを向ける。
あれ、帰らないのかな?
「…ずいぶん頭の足りない勇者様だことで…」
頭を抱え何かに後悔しているようだ。
「俺が来る必要なかったじゃねーかよ…」
僕をじっと見つめながら何かを呟いたが僕の耳には届かなかった。
「お前は何も気にならねーのか!?悪夢は俺のせいなのかとか!俺は何者かとか!色々あるだろうこのアホ勇者!」
「…あ!確かに!名前すら知らない!」
「少なくとも今のお前は、何の脅威にもならない。」
頭をガシガシとかくと、小ばかにした態度で僕に向き合う。
「俺の名前はジョーカー!お仲間に悪夢を見せたのは俺だ!お前と同じように異世界からやってきた!」
「ジョーカー…日本人かと思ったけど、外国人だったんだね。」
ジョーカーと名乗る男の髪の毛と瞳を観察する。
髪の毛は金髪だが、根元から数センチは黒くなっている。
プリン頭って言うんだったっけ。
そして瞳も日本人でよく見かける色をしている。
「その割には日本語ペラペラだね。」
「てめぇ!バカにしてるのか!?」
先ほどまで余裕そうに笑っていたピエロはイライラしているようだ。
声を荒げながらこちらに感情をむき出してぶつけてくる。
「俺はお前みたいな立派なバカを見たことねぇ!」
「立派だなんて、褒めないでよ。」
「てめぇ!」
地団太を踏み怒りを隠そうともしない。三人が寝ているから起こさないで欲しい。
いや、悪夢をみているなら起こした方がいいのかな?
「いいか!よくきけこの脳無しのバカ野郎!世界を救おうとするんじゃねぇ!」
大きく息を吐き、呼吸を整える。一瞬でクールダウンできたようだ。
「世界を救ったら俺たちは帰らなきゃならねー。わかるな?俺はまだ帰りたくないんだよ。」
確かに世界を救った勇者は基本的に元の世界に戻ってるイメージ。
それに昨夜の夢の件もある。帰る手段はあるのだろう。
魔法が使える世界に暮らしたい彼の気持ちはわかる。
けど、なんで僕なんかに言いに来たんだろう。
「じゃあな!次会う時までに脳みそ探しておけよ!」
顔をあげるともう遠くまで走っていた。
茂みに入り込んだようで目で追うことはできない。
「変なやつだな。」
けど、気持ちはわかる。僕だって魔法が使えた方が楽しいって思う。




