6.いたずらと罪と罰
「シャロン、ワタシは……」
コツコツと靴音を響かせて、シャロンがこちらに向かって歩いてくる。ワタシは顔を引きつらせ、怯えた瞳で彼女を見つめていた。彼女は妖精を魔法のかかった紐で縛り、改めてリックの体を一通り調べると、現在の状況を心話と視覚共有でエリンに報告した。
『エリン様、リックの意識が戻りません。急ぎ書庫までお越しくださいませ』
『……わかりました。今そちらへ向かいます』
『それと、サンドラが……』
『ええ、ありがとうシャロン。なるほど……そう……』
報告が終わるとシャロンはワタシに向かい、いくつか質問をしてきた。
「あなたはサンドラで間違いありませんね?」
「はい」
「こちらの妖精は、家妖精の類でしょうか。あなたはこの妖精と顔見知りですか?」
「いいえ、知りません」
「あなたがリックにかけた魔法は?」
「悲しい記憶を瓶に閉じ込める魔法です」
「なるほど……今、エリン様がこちらへいらっしゃいます。それ以降の判断はエリン様がなさいます」
泣きたい気持ちを飛び越えて、ワタシは恐怖でがくがくと震えていた。血の気がさっと引き、倒れそうになる自分を両腕で抱えて必死に耐えていた。
(ワタシはなんてことをしてしまったのだろう。お願い、リック、目を覚まして……)
エリンが書庫へ到着するまで、ほんの一瞬だった。家の中を瞬間移動してきたのだ。エリンはワタシとリックを見ると、とても悲しそうな顔をした。
「シャロン、家妖精を起こせますか? 彼に聞きたいことがあるのです」
シャロンはうなずくと、捕らえている家妖精を魔法でこつんと起こした。妖精は辺りを見回し、自分が捕まっていることを確かめていた。エリンはそんな妖精に対して優しく尋ね始めた。
「ねえ、あなた。少しお話を聞いてもいいですか? あなたはこの書庫に住んでいる家妖精ですね?」
「オレ様のこと? そうだよ。ここの書庫は古くていい本がたくさんあって住みやすかったサァ」
「それは良かったわ。ところで、あなたはこの女の子に何かしましたか?」
「ああ、いつもここに来てくれてたからネェ。オレ様、この子が気に入ったんだ。だから魔法の本をプレゼントしたのサァ」
エリンと家妖精の会話をうつむきながら聞いていたワタシは、あの初級魔法の教本が家妖精のプレゼントだったと知った。
「いやぁ、本を見るなり目の色変えて練習し始めたからナァ。オレ様、面白くなっちゃってサァ——」
「だから、あなたがもっと楽しめるように、この子にいたずらをしたのね……」
いたずら……?
「ハァ! なにもかもお見通しみたいダナァ……そうサ! 本を増やしたのも、オレ様。すぐに式を見つかるようにしたのも、オレ様。式が読み解けるようにしたのも、オレ様。その子の髪が黒く染まったのも、すべてオレ様のせいサ! ククク、騙されていることに気が付きもしないでナァ! あはは、ゆかイゆかイ——」
ワタシは目の前が真っ暗になり、心がとぷんと黒い沼に沈んだ。
「黙りなさい……」
真顔になったエリンが指をぱちんと鳴らすと、家妖精はぐったりと気絶した。そして、彼女はワタシにこう言った。
「サンドラ、あなたが使った魔法陣を見せなさい」
言われるままに、エリンに魔法陣を書き記した帳面を渡した。エリンはすぐさま魔法陣の構築式を読み解くと、倒れているリックを中心に、私のものとは違った別の魔法陣を発現させた。そして魔法陣にエリンが魔力を込めると、リックの体が青白い光に包まれた。その光が彼の体に吸い込まれると、「ううん」という声が聞こえた。
「リック、わたしがわかりますか?」
「エリン……ぼくは……」
「目を覚ましてくれて良かった……。遅くなってしまってごめんなさいね」
エリンはリックの半身を起こし、優しくぎゅっと抱きしめた。ワタシはショックで固まったまま、彼が無事だったことに安堵した。あのまま目を覚ましてくれなかったらと思うと、心底ぞっとした。
「さて、サンドラ。本題に入りましょうか……」
すでに家妖精はシャロンが魔除けの呪文を唱えて、元の妖精の世界へと強制的に送り還されていた。まだ意識がはっきりしないリックをシャロンに任せ、エリンは落ち着いた声でワタシに語りかけた。
「まずは、あなたの罪についてお話します」
「……はい」
ワタシは『罪』と聞いて、胸がきゅっとなる。やはり、黙って魔法の練習をしていたことだろうか。
「あなたがわたしたちに秘密で行っていた、瓶の中に精霊を閉じ込めることや自然現象を再現することは、特に問題ではありません」
あれ? 違った——ではなぜ? エリンは続けてこう語りかけた。
「たとえ妖精にそそのかされたとはいえ、魔術の資格を持たない者が他者に対して魔法を使った——これがあなたの許されざる罪です」
「あ……」
ワタシは無自覚過ぎていた。ワタシは魔女でも、魔法使いでも、ましてや魔女の弟子でもなかった。偶然、魔女に拾われて育てられただけの普通の子供だった。そんなワタシが「リックの手伝いをしたい」なんて、思い上がりもいいところだった……。
ワタシはエリンから指摘され、ようやくそのことに気付き、恥ずかしくなって顔を赤く染めた。彼女はワタシを引き寄せて、優しく包み込んだ。
「サンドラ、あなたは幼いながらにして聡い子です。それゆえあなたに魅入られる者も出ましょう。あなたを利用しようとする者も出ましょう。そのための、この家での学習です。あなたは学ぶことによって、そういった者たちを遠ざける術を身につけなければなりません」
そして、ワタシの頭を優しく撫でてくれた。ワタシはまだ気づいていなかったが、明るいブラウンの髪は真っ黒に変わっていた。元の色に戻さない——これも罰のひとつだと、あとから聞いた。
「あなたへの罰は、すぐにわたしへの弟子入りの試験を受け、わたしの弟子になり、あなただけの魔法を完成させること。それと……この話は、今はまだいいでしょう。あなたが成長した暁に、お話しすることにします」
——ここで、サンドラははっと目を覚ました。彼女はとても長い夢を見ていたらしい。後半はずいぶんうなされていたようで、額にはうっすらと汗をかいていました。
(この事件があっても、エリンの家のみんなはワタシに優しく接してくれた……)
事件後、サンドラとリックは、エリンへの弟子入りの試験を合格し、晴れてエリンの弟子となることができました。彼女の豊富な知識と経験を余すところなく吸収し、創意工夫と切磋琢磨の末にサンドラは独自の魔法を完成させたのでした。
朝の作業までにはまだ少し時間があるので、サンドラは目の覚める薬草茶を淹れ、香りを楽しみつつ、夢の内容を思い返していました。
(さて、ワタシにもエリンのように、ヘーゼルを正しく導くことができるかしら……)
今まで育ててきた弟子たちとは違う、サンドラ自身が個人的に認めた唯一の弟子であるヘーゼルとの生活が始まるのです。




