5.リックの悩み
リックは窓辺にたたずんで外を見ていた。どうやら本を探しに来ていたわけではないようだ。ワタシが書庫へ入ると、彼はこちらへ振り向いた。思わず目が合った……。
「ここで何しているの?」
自分の聖域である書庫に他人が入ることを許せなくて、ワタシは思わず語気が荒くなった。と同時に、みんなには内緒にしていた魔法の練習がばれないか、心の中で冷や冷やしていた。よく見れば、そこかしこに練習の痕跡が残っていた。証拠はちゃんと消しておかないとね。
「ごめん、サンドラ。……実は試験のことで悩んでいて、一人になりたかったんだ」
彼はそう言ってはにかむと、書庫から出て行こうとした。ワタシはあわてて彼を引き留めた。自信なさげな彼の姿が心に引っかかっていたからだ。
「待って、リックの悩みって何? ワタシで良ければ話してもらえる?」
彼はどきっとした表情でワタシを見つめた。うっすらと曇って見える水色の瞳が印象的だった。
「……サンドラは自分の父親と母親のことは覚えていないんだよね」
「うん。小さかったから覚えてない」
「ぼくは母さんが亡くなった光景を覚えている……。母さんがぼくをかばって、最期は炎に包まれて……」
「そう……」
「だからなのか、火の精霊だけはどうしても感じ取れなくて……」
(ルカは太鼓判を押していたけれど、リック自身に問題があるんじゃない。ルカの嘘つき!)
うつむきながらぽつりぽつりと語る彼を見て、心の中でルカに悪態をついた。もちろん、ルカに責任がないのは分かっているのだけれど。
このままじゃ、リックはエリンへ弟子入りするための試験を受けられない。どうにかして手伝ってあげたい。けれど、秘密にしている魔法の研究のことはばれたくない。
「うーん……」
ワタシはどうしようか悩んだ挙句、リックにこう提案した。
「いまからワタシがやること、みんなには秘密にしてくれる? そしたら火の精霊、見せてあげる」
「え? サンドラ、今なんて?」
やっぱり驚くよね。きょとんとした顔でワタシを見つめる彼を横目に、いつも隠しておいた本棚の隙間から、あの教本と瓶などを取り出して机の上に広げて見せた。
「いい? みんなには絶対に秘密だからね。この瓶の中に火の精霊を閉じ込めるから、見ていてね」
火の精霊はびっくりさせると怒るので、静かにそっと魔方陣を指で描いて力を込めた。すると、瓶の中に火の精霊がほわっと姿を見せた。リックが瓶の中の火の精霊をじっくり不思議そうに眺めていた。
「これが……火の精霊?」
「うん。静かにしていれば暴れないから……どう、怖くないでしょ?」
「静かにしないと暴れるって?」
「他の精霊に比べると、ちょっと怒りん坊さんなの」
「そうなんだ……」
ふわふわと揺らめく瓶の中の火の精霊を、二人でしばらくぼうっと眺めてから、精霊を解放してあげた。どうだろう。ちゃんと手伝えたかな……。
彼は目を閉じて五感を研ぎ澄ましていた。ワタシは彼の邪魔にならないよう、黙っておとなしくしていた。
「ありがとうサンドラ。やっぱりぼくには無理みたいだ……その、どうしても、思い出してしまう」
しばらくして目を開けながら、彼は悔しそうに呟いた。その瞳は悲しみで曇っていた。ワタシはこれ以上、彼のことを手伝えないのかな……。何か手伝えることはないかとあれこれ思案していたら、ふと、ある考えが浮かんできた。
「どうしても思い出しちゃうなら、悲しい記憶を閉じ込めてしまえば……」
でもどうやって? 精霊や一部の自然現象なら閉じ込められる。じゃあ、人の記憶はどうやって閉じ込めればいいの?
ワタシはその疑問を解決するべく、初級魔法の教本や関係ありそうな本をパラパラとめくって、何か取っかかりになりそうなことが書いてないか調べ始めた。
「サンドラ……一体どうしたの?」
リックが心配そうに声をかけてきた。けれどワタシは返事もせずに、必死になって手あたり次第に本をめくっていった。その本の中に、今まで読んだことのない本が混ざっていたことに気が付かないほどだった……。
探し始めてから目的の構築式へたどり着くのに、なぜかそう時間はかからなかった。
(たぶんこの魔法だ……この構築式を組み込めばいいはず……)
ワタシはすぐさま発見した魔法の構築式を読み解くと、ワタシが作った「何かを瓶に閉じ込める魔法」の魔法陣の構築式へと組み込んで帳面に書き記した。この時、なぜすらすらと読み解けたのか、疑問にすら思わなかった。
「ねえ、サンドラ。これは何の魔法なの?」
「記憶を瓶に閉じ込める魔法よ……でも、うまく発動するかどうかわからない」
これまでちゃんと発動する魔方陣を完成させるまで、何度も構築式を組み込んでは失敗を繰り返していた。だから、今回も失敗する可能性がとても高い。ワタシは間違いがないか幾度も構築式を確認した——間違いはないはずだ。
(たぶん大丈夫、たぶん……)
「ねえ、リック、この瓶を持って、そこに立ってもらっていい?」
「サンドラ!?」
ワタシは彼に有無を言わさず、瓶を持たせて少し広い場所に立ってもらった。そして先ほど帳面に書き記した魔法陣を、彼を中心にして床に指ですばやく描き写した。あとはいつも通り魔法陣に力を込めて魔法を発動させる——うまくいくはずだった。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
リックが叫んだ。と、同時に書庫が一瞬だけ真っ暗になった。元の明るさに戻ったとき、リックは気を失い、床に倒れていた。慌てて近寄ると、息はある。でも、いくら体を揺すっても目を覚まさない。覚ましてくれない。
(一体、どうしたらいいの?)
「あなた……サンドラなのね? 一体、何をやらかしたのかしら?」
ワタシが泣きそうになって動けないでいると、書庫の入り口のほうから不意に声をかけられた——振り返ってみるとそこには、人の姿をしたエリンの使い魔のシャロンが、一匹の妖精を捕まえて立っていた。




