4 湯気の向こうにかすかに見えたもの
KP長筒井3曹に教わりながらだが、二ノ宮は朝食の白米を炊く準備を終えた。
後は炊飯器にセットしてスイッチを押すだけ。
「筒井式喫食用白米(改)二ノ宮型だな」
武器補給係の筒井3曹がつぶやく。
『ちょっと何言ってるかわかりませーん!』
二ノ宮は心で叫んでいた。
さて炊飯器の表示によると、40分後に結果が出るらしい。
二ノ宮は炊飯器に気を取られつつも、食器を揃えたり、テーブルを拭いたり、調理場の清掃とやる事は沢山あったので、40分後はすぐやって来た。
果たして軽やかな電子音を奏で、炊飯器が炊き上がりを告げた。
『そうだ! 炊き上がったらすぐに優しく混ぜなきゃ!』
通知音が終わるとすぐ、気が急いた二ノ宮は勢いよく炊飯器の蓋を開けた。
「アチッ!」
一気に噴き出した真っ白な湯気と甘い香りが、二ノ宮の顔面を直撃する。
「おいっ!気を付けて蓋を開けないかっ!」
直ぐに叱責の声を飛ばしたのは、1年ちょっと先輩の田所士長だ。
「すいませんっ!」
「二ノ宮大丈夫か?」
KP長の筒井3曹の声に二ノ宮は答える。
「はい、大丈夫……っ!光ってる…KP長!光ってますっ!ご飯が光ってツヤツヤですっ!」
釜のなかに踊っていたのは、一粒一粒が真珠のように輝く白飯だった。
昨日のご飯とはまるで見た目が違う。
『ほんの少しの手間と工夫で、素材がここまで劇的に化けるのか。』
二ノ宮は驚き、炊きたての米を見つめる。
「だろっ!混ぜる時は手の火傷に注意しろよ!」
筒井3曹は親指を立てて笑った。
「はいっ!」
しゃもじを入れ、底からふんわりと空気を含ませるように優しく混ぜていく。
作業を終えた時、エンボス手袋の指先に一粒の米粒が付着しているのに気づいた。
二ノ宮はそっとそれを口に運ぶ。
「……あまい……! KP長、甘みが出てます!」
「だろう! 」
「二ノ宮、大成功だな!」
「はいっ!ありがとうございます!」
配膳が始まり、朝食の時間がやってきた。
食堂にやってきたのは、今日の警衛司令を務める中隊唯一の藤田准尉だ。
部隊内でも優秀で知られる厳格な幹部だった。
藤田准尉は検食として、炊きたてのご飯をひとくち口に含む。
もぐもぐと噛み締め、二ノ宮の方を振り返った。
「二ノ宮2士、今朝の米炊きはお前が炊いたのか?」
「はいっ! KP長にご指導いただきました!」
「そうか……美味しいよ。ありがとう」
厳格な藤田准尉の目元が和らぎ、ニッコリと温かい笑みがこぼれた。
「ありがとうございますっ」
残さず食べた藤田准尉は、満足そうにお茶をすすり、食器を片付けて食堂を後にした。
藤田准尉を見送りながら、二ノ宮は最近自分胸の内に漂う、黒く重いモヤモヤがすーっと消えていくのを感じていた。
『美味しかったんだ…ありがとうって言われたんだ…俺、初めて仕事が認められたんだ…』
ただ、米を炊いただけだ。
美味しいと言われ、「ありがとう」と感謝されただけ。
だが、その一言が、不貞腐れていた二ノ宮の心に強烈な光を差し込んだ。
『毎日やっている草刈りも、手入れも、そしてこの一杯のご飯を炊くことも。
どこにどう繋がっているのかは、まだ見えない。
けれど、この手元の仕事は、巡り巡って確実に「誰かの活力」となり、日本の平和を守る国防の最前線へと繋がっている。
自分は24万人のうちのちっぽけな新人だけれど、どんな泥臭い仕事にも、誇りを持って歩むべき「道」が存在するんだ――』
漠然と、だが二ノ宮の心には、一生消えない確かな芯が形成された瞬間だった。




