第4話
「ううん……あいたた……。何だか首のあたりが猛烈に重いぞ……?」
倒れたオーガ・ゴーレムの崩壊音が完全に収まり、洞窟内に静寂が戻った頃。
岩の隙間に挟まっていたローランが、ようやくまぶたを擦りながら目を覚ました。
首筋に手を当てて「ふぇ?」と情けない声を出す彼は、いつもの見慣れた変人技師・ローランそのものだった。
あのダンディで渋いおじ様ボイスも、どうやら魔法の麻酔効果が切れるとともに消え去ったらしい。
「あ、ルシア! 無事だったか!? ゴーレムはどうなったんだ!?」
慌てて周囲を見回したローランは、瓦礫の山と化したオーガ・ゴーレムの残骸を見て目を丸くした。
「すごいなルシア! まさか一人でAランク魔獣を倒してしまうとは! さすが俺の自慢の幼馴染だ!」
へらへらと能天気な笑みを浮かべながら近寄ってくるローラン。
ルシアは、まだほんのりと赤みが残る頬を隠すようにそっぽを向きながら、冷ややかな声で呟いた。
「……誰のせいだと思ってるのよ、誰の」
「え? いや、俺は確かに麻酔針の試射でうっかり自分を撃ってしまったが……そこから先の記憶が完全に飛んでいてな。気付いたら君がゴーレムを退治していたというわけだ」
「……何も覚えてないの?」
ルシアがじろりとローランを睨みつける。
「うん。麻酔が効いて速攻で熟睡したからな! 何かあったのか?」
(……本当に、何にも覚えてないのね……あんなキザなこと言っておいて……!)
『君は俺の、最高のパートナーだ』
『俺の愛した女よ』
頭の中でリフレインする、ブローチ経由で吐き出されたローランの無自覚な本音。
思い出せば思い出すほど、顔から火が出そうになる。
ルシアは深く、深く溜め息をついた。
「……別に。ただ、あんたの発明品のおかげで死にかけたってだけよ」
「なに!? それは聞き捨てならないな! 『脚力解放のブーツ』の威力と、『変声のブローチ』の性能は完璧だったはず——」
「どこが完璧なのよッ!!」
ルシアはガシッとローランの耳を掴むと、力任せにギッチギチと引っ張り上げた。
「ひぎゃああぁぁぁッ!? 痛い痛い痛い! 耳が千切れる! ルシア、耳が取れる!!」
「ブーツは威力が凄すぎて足裏が痛いし! ブローチはおじ様声しか出ない上に自分に麻酔針刺すし! 眠りながら無駄に恥ずかしい寝言を大音量で撒き散らすし!!」
「寝言!? 俺、何か変な寝言言ってた!?『パイの実が食べたい』とか言ってた!?」
「もっと最悪なやつよバカ!!」
ルシアは真っ赤な顔のまま、容赦なくローランの耳を引っ張り続ける。
「あいたたた! すまん、すまんルシア! 改善する! 次の試作機では声のバリエーションを増やして、麻酔針の安全装置もダブルでつけるから許してぇぇぇ!」
「次の試作機なんて作らせないわよ! それに、今回の依頼報酬は全部没収! 洞窟の崩落修理費と、私の精神的苦痛への慰謝料としていただくわ!」
「えぇぇぇっ!? 今月の俺のお小遣いは!?」
「ゼロに決まってるでしょ!! ほら、さっさと工房に戻って天井の修理をしなさい!」
「ひえぇぇ……鬼だ……幼馴染が鬼の形相だ……」
耳を押さえて泣き叫ぶローランと、そんな彼を容赦なく引きずっていくルシア。
洞窟の出口へと向かう二人の影は、いつものように賑やかで、どこか微笑ましかった。
工房へと戻る道中。
夕日に照らされる街道を歩きながら、ルシアはふと、胸元に留められた『変声のブローチ』を指先で優しく撫でた。
(……まったく、前世の知識だか何だか知らないけど……)
変人で、トラブルメーカーで、余計なこだわりばかり強くて、いつも自分を振り回してばかりの幼馴染。
(……本当に手がかかるんだから)
けれど、あのブローチ越しに聞いた彼の声と、そこに込められていた真っ直ぐな想いだけは——ほんの少しだけ、悪くないと思ってしまったルシアだった。
(完)




