086⚫️おいしいやん
我々を迎えたのは、この地の住民たちだった。
師範とも初対面のようだが、師範が「大神」の名を告げると、
彼らは一応の納得を見せて警戒を解いた。
いや、完全に心を許したわけではあるまい。
先ほどの手振りも、奥に潜む仲間への合図だったと見るべきだ。
案内された家屋は、
雪を落とすための急勾配な檜皮葺の屋根が特徴的だった。
囲炉裏の白湯が、芯まで凍えた体に染み渡る。
話によれば、大神の当主は数年前に世を去り、跡取りも絶えたという。
今は生前に誼のあった者たちが、蔵を守るために寝起きしているらしい。
確かに、この峻厳な山中には不似合いなほど立派な蔵だった。
我が六道の里にすら、これほどの規模のものは存在せぬ。
新三郎に縁のある何か、が眠っているのは間違いなかろう。
うわあ、おいしい! 先生、この魚いけるで。ん、これなんなん?
お米をつぶして練って、串に巻いて焼いたん?
ふ~ん、お味噌の香ばしさがたまらんわ。うち、これ好きや!
イロハは、差し出された山の馳走に目を輝かせている。
今日は泊まっていけ、という彼らの申し出を、
師範は「おおきに、助かりますわ」と柔らかな笑みで受諾された。
明日は高宮寺に行け、自分たちが先導する、と言う。
だが、この者たちの気配は尋常ではない。
剣客のそれではないが、獣のような、人ならざる者の気配を感じる。
師範は相変わらず飄々とされているが、その双眸の奥に油断はない。
全てを承知の上で、ここに逃げ場を求められた、ということだな。
夜更け。イロハたちの寝息が深まるのを見計らい、
「犬神の一族」の影が闇に溶けた。
九龍山高宮寺へ。
大神の末裔が戻ったという、急報を届けるために。
いやあ、うまかったで。
イロハの言う通りや。
犬神の人ら、ええ感じやなあ。
大神と犬神、点がつくかどうかだけで、よう似とるからかあ。
わし、なんか運がええんとちゃうかあ。
さあ、寝よ寝よ。お休みやでえ。




