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第五話:笑っている理由

 池田屋の件から数日が経った。


 街はまだざわついている。


 だが、俺たちは表立って動くこともできず、身を隠すように過ごしていた。


 志乃の家に、また世話になっている。


 迷惑だとは思う。


 だが、今は他に選択肢がない。


 縁側で、桐野が声をかけてきた。


「……なあ秋月」


 夕方だった。


 雨は止んでいる。


「なんでお前、あんなこと分かるんだ?」


 やっぱり来たか、と思った。


「前にも言っただろ」


「夢みたいなもん、だっけ?」


 桐野は笑う。


「正直、信じてねえ」


「だろうな」


「でもよ」


 桐野は空を見上げた。


「当たってんだよな」


 沈黙。


「今回も、池田屋も」


「……まあな」


「だったらさ」


 桐野がゆっくりこちらを見る。


「これからどうなるかも、分かってんのか?」


 少し迷ってから答えた。


「……ある程度は」


「へえ」


 軽く言うが、その目は真剣だった。


「じゃあ俺、どうなる?」


 心臓が一瞬止まる。


 言えない。


 本来なら、お前はもう死んでいる。


「……分からない」


 そう答えるしかなかった。


 桐野はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「そっか」


 それ以上は聞いてこなかった。


 その沈黙が、逆に重かった。


「なあ」


 桐野がぽつりと言う。


「俺さ」


 少しだけ、声の調子が変わる。


「怖いんだよな」


 初めて聞く声だった。


「死ぬの」


 軽く言うでもなく、強がるでもなく、ただ事実として置かれた言葉だった。


 俺は何も言えなかった。


「昨日もさ」


 桐野は続ける。


「寝ようとしたら、あいつの顔浮かんできて」


 庄助のことだ。


「手、届かなかったなって」


 笑う。


 だが、その笑いは少し歪んでいた。


「でもさ」


 桐野は膝に肘をついて前を向いた。


「生きてる方がいいよな」


 その言葉は、どこか自分に言い聞かせているようだった。


「怖くてもさ」


「……ああ」


 やっとそれだけ返す。


「だからよ」


 桐野は言う。


「お前のその“知ってるやつ”、使ってこうぜ」


 振り向く。


「救えるなら、救えばいい」


 シンプルだった。


「全部は無理でもさ、減らせるなら」


 志乃の言葉と似ている。


 だが、違う。


 志乃は「選べ」と言った。


 桐野は「できるだけ救え」と言う。


「……そうだな」


 俺は頷いた。


 その時はまだ信じていた。


 やれると。


 減らせると。


 間違っていないと。


「……いい考えじゃない」


 背後から声がした。


 志乃だった。


 振り返る。


「何がだ」


 桐野が言う。


「“できるだけ”が一番危ない」


 志乃は静かに言った。


「中途半端に関わると、全部崩れる」


「でもよ」


 桐野が反論する。


「何もしないよりマシだろ」


「そう思ってる時点で危ない」


 即答だった。


「人は、自分がやったことを“良いこと”だと思いたがるから」


 空気が張り詰める。


「……なんだよそれ」


「事実」


 志乃は一歩も引かない。


「助けたつもりでも、結果が悪ければ意味はない」


 俺は息を飲んだ。


 それは、今一番聞きたくない言葉だった。


「……結果なんて、やってみなきゃ分かんねえだろ」


 桐野が言う。


「だから、選ぶの」


 志乃は答える。


「最初から」


 沈黙。


 どちらも正しい。


 どちらも間違っている。


 俺は、その間に立っていた。


「……俺は」


 気づけば口にしていた。


「やれるだけやる」


 志乃は目を細める。


「そう」


 それだけだった。


「じゃあ、その結果も受け入れて」


 その言葉が、胸に残る。


 桐野は笑った。


「大丈夫だろ」


 軽い口調。


「なんとかなるって」


 その言葉が、どうしようもなく不安だった。


 夕焼けが沈む。


 その光の中で、桐野はいつも通り笑っていた。


 その笑顔が、どこか無理をしているように見えたのは、きっと気のせいじゃなかった。

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