二匹目
連れてこられたのは小高い峠。
初めてピチョーネと出会った場所だ。
もっと言えば、初めて動く機械人形を見て、戦った場所。
焼けた森は、もう完全に元通りに見えた。古代遺跡も崩れずに残っている。なんなら機械人形の残骸も転がっている。オリハルコン製だから、人類の技術では加工できないのだ。使い道がない。
「え、ここにいるんですか?」
この古代遺跡は、魔族たちの隠れ家に使用されていた。
いまもそうなのだろうか?
ピチョーネは曖昧な笑顔のまま、かぶりを振った。
「いないよ」
「じゃあ……」
「いまから召喚する」
がばりと空間が裂けた。
すぐそこにある空間が、どこか別の空間につながる。そこだけ線を引いたように景色が変わる。いつ見ても、自分の目がおかしくなったように感じる。
「くっ、なにを……」
地べたに引きずり出されたのは、薄着の女だった。薄着というか、下着姿だろうか。悪魔の尻尾も見える。
間違いなく魔族だ。
空間がもとに戻ると、ピチョーネは上からこう告げた。
「ビジランテの男はもう始末した。次はあなただよ」
「えっ!?」
女は恐怖に目を見開いた。
カエルにする前に教えて欲しい。
この女性は、いったい何者なんだろうか?
なぜ母さんの居場所を知っていた?
なぜ母さんをビジランテに始末させようとした?
ふたたび空間が裂けた。
「その女は私の獲物なの。勝手に連れ出さないでくれない、緑の魔女」
現れたのは、赤いローブの女。ローブとはいうが、かなりはだけていて露出が多い。忘れもしない赤の魔女だ。
ピチョーネは盛大な溜め息だ。
「また魔女?」
「そうよ。魔女よ。そう言う自分だって魔女でしょ?」
「さっき黒の魔女に会ったから」
「ああ、いたわね、そんな子」
ずいぶん冷たい物言いだ。
魔族の女は叫んだ。
「待って! どういうつもり? やっぱり私を殺す気なんでしょ!?」
「……」
二人は答えない。
意図は読めない。
まあ俺は殺したいと思っているが、これは言わないほうがいいだろう。
返事がなかったことに恐怖したのか、女はこう続けた。
「そうよ! あいつの居場所をビジランテどもに教えたのは私! でも、だったらなんなの? これは何百年も続く戦いなの! ラ・ヴェルデを統治するのは、この私のはずだった! なのに、あいつの親が横から割り込んできて……」
えっ?
何百年も前のことを理由にして、まだ争っているのか?
赤の魔女はかすかに溜め息をついた。雰囲気が妖艶だから妙に色っぽい。
「そうそう。そういう女なの。いつまでも貴族サマのつもりでいる。なにが統治よ。笑わせるわね。その苦情は、あの女じゃなくて、人間ども言いなさいよ」
「分かったような口を聞かないで。平民のあなたには分からないでしょ。これは高度に政治的な問題なのよ」
「いいわね。もっと罵って頂戴。そういう女を絞って飲む血は最高の味がするの」
「下賤な魔女め……」
母さんとの因縁があるのは分かったが、赤の魔女とは関係がないはずだ。
なぜ争っている?
理由が分からない。
死んでからでは手遅れなので、俺は横から口を挟むことにした。
「なぜ母さんの居場所を知っていたんですか?」
すると魔族の女は、にぃと不敵な笑みを浮かべた。
「母さん? ああ、なるほど。あんた、マルコでしょ? ホントに面白いわね。あの女、自分に子供がいないからって、墓場から拾ってくるなんて」
「質問に答えてください」
「うるさい人間ね。あいつは政敵なの。こっちはずっとマークしてたのよ。最悪のタイミングで復讐してやろうと思ってね」
何百年もの間、こうするつもりで待っていたのか。
本当に最悪だった。
許しがたいほどに。
俺は赤の魔女に尋ねた。
「あなたはなぜこの人と一緒に?」
「虹の魔女との契約を果たすためよ。あなたとその母親を守るよう頼まれてたから。でも、未来を変えちゃうとマズいから、未来が過去になるまで待ってたの。そしたら今になった」
なるほど。
問題が解決したから、魔女たちもようやく動けるようになった、というわけか。
ピチョーネがぐっと前に出た。
「私があずかってもいい?」
「なんで? このあと、彼女の血を絞って飲む予定なんだけど?」
冗談に聞こえない。
ソフィアさんの「治癒」も似たようなものだ。
魔族の魔法には、そういうものもあるのだ。封じられた邪法らしいけど。
「飲まないほうがいいよ、こんなヤツの血なんて」
「ならあなたの血を飲ませてよ」
「絶対にイヤ!」
握りこぶしまで作って拒絶している。
その必死ぶりに、赤の魔女も困惑気味だ。
「おいしそうなのに。ま、いいわ。譲ってあげる。その代わり、ひとつ貸しにしておくわね」
「なに、貸しって……」
「そのうちね」
「え、ちょっと待って。貸しってなに?」
「ふふふ……」
妖しい笑みを浮かべながら、赤の魔女は転移して行ってしまった。
魔女は肝心なところを言わない。
これは悪い習慣だから直した方がいいと思う。
魔族の女はまだ地面に座り込んでいた。
「い、いったいどうするつもり?」
「安心して。殺しはしないから」
「ダメよ! 殺しなさい! どうせ殺すよりひどいことをするつもりなんでしょ?」
「そこまでひどくないよ。カエルになってもらうだけ」
「やめて! お願いだから! やめて!」
女は、必至になってピチョーネの足にすがりついた。
「カエル、嫌いなの?」
「そういう問題じゃない! 高貴な私の魂が、けがれてしまうじゃない!」
「そうなんだ」
「へぴょ」
なにか反論をしかけたところで、女はカエルになってしまった。そしてひょいとガラス瓶の中へ。
「見て、マルコ。二匹目、ゲットだよ」
あまり広いとは言えない瓶の中に、でっぷりとしたヒキガエルが二匹。
住み心地はよくなさそうだ。
「それ、どうするんですか?」
「どうもしないよ。ずっと閉じ込めとく」
「ちゃんと復讐になるんですよね?」
「うーん? なると思えばなるし、ならないと思えばならない、かな。マルコは不満? 殺したい?」
どうだろう。
不満だし、殺したい。
そういう思いは、ある。
だけど命を奪っても、きっと不満は続くと思う。
気持ちの整理には時間が必要なのだ。
どうせ時間をかけるなら、瓶の中で飼うのはナシではない。
たぶん。
なんとも言えないけど。
「もしマルコが殺したいなら、私は手伝うよ。私は先生よりもマルコの味方だから」
「ありがとう。でも、これでいいような気がします。殺しちゃったら、その先なにもなくなっちゃうし」
「うん」
さて、これで報復は終わり、と言ってもいいかもしれない。
少なくとも母さんの件に関しては。
だけど俺には、対処したい人物があと二人いる。
俺を産んだ母親にひどいことをしたヤツら。チェーザレと山賊だ。どちらもまだ生きているという。話を聞いてみて、必要なら殺してもいい。もし殺すほどでなければ、別の手段をとってもいい。
「マルコ、どうしたの? やっぱり殺したい?」
「いや、大丈夫。別のこと考えてた」
「ふーん?」
不審そうな目で見てくる。
この件にピチョーネを巻き込むわけにはいかない。
俺は強引に話題を変えることにした。
「それにしても、なんで召喚したんですか? さっきみたいに乗り込めばよかったのに」
「罠の気配がしたから」
なるほど。
あの魔族の女も、魔女の報復は警戒していたというわけか。もし転移魔法で乗り込めば、王都で投獄されたときの二の舞になるところだった。
ピチョーネ、事前に罠を察知できるようになったんだな。
この子は本当に天才かもしれない。
*
帰宅してから母さんに報告した。
二人ともカエルにして、瓶に入れたと。
(そうですか。二人とも、よく我慢しましたね)
我慢した。
そう。
殺したかった。
だけど、いまとなってはこれで正解だったと思っている。
「母さん、じつはあと二人、対処したい人が残ってます」
(ええ。分かっていますよ。チェーザレとベニートですね)
「ベニート?」
(言っていませんでしたか? 山賊の名前です。居場所を教えておきますから、あとは自由になさい)
「はい、母さん」
*
広間へ戻って水を飲むと、ピチョーネがじぃっと見つめてきた。
「ねえ、マルコ。さっき言ってた二人、誰なの?」
「それは……説明が難しいな」
「カエルにするの?」
「いや、俺が自分でやります。ピチョーネは家にいてください」
するといきなりファイティングポーズをとった。
「言うと思った! また私だけ仲間外れ! 勝負しなさい、マルコ!」
「はい?」
「家族にも隠し事するなんて。最低よ」
いや、隠し事って。
じゃあ魔女はどうなんだ。
なにも言わないで、勝手にいろいろやって。
「これは俺の母親の件なんです。母親って言っても、俺を産む前に死んじゃったから、顔も知りませんけども」
「産む前ってなによ。死んじゃったら産めないでしょ?」
「あれ? ピチョーネはまだ知りませんでしたか。俺、墓で産まれたんですよ」
「はい?」
「埋められた母さんの死体から産まれてきたんです」
するとピチョーネは、ファイティングポーズをやめた。
「冗談じゃなくて?」
「違いますよ。母さんの死体に記憶魔法がかかってますから、もし確認したければいつでも確認できますよ。ひどい記憶ですけども」
「……ごめん」
「謝らないでください。事実ですから」
本当にひどい記憶だった。
力のあるものは、ないものから奪うことはできるだろう。
だが、それを勝利とは呼びたくない。
ただの敗北だ。
(続く)




