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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第五章 しかしてそれは動く

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二匹目

 連れてこられたのは小高い峠。

 初めてピチョーネと出会った場所だ。

 もっと言えば、初めて動く機械人形を見て、戦った場所。


 焼けた森は、もう完全に元通りに見えた。古代遺跡も崩れずに残っている。なんなら機械人形の残骸も転がっている。オリハルコン製だから、人類の技術では加工できないのだ。使い道がない。


「え、ここにいるんですか?」

 この古代遺跡は、魔族たちの隠れ家に使用されていた。

 いまもそうなのだろうか?


 ピチョーネは曖昧な笑顔のまま、かぶりを振った。

「いないよ」

「じゃあ……」

「いまから召喚する」


 がばりと空間が裂けた。

 すぐそこにある空間が、どこか別の空間につながる。そこだけ線を引いたように景色が変わる。いつ見ても、自分の目がおかしくなったように感じる。


「くっ、なにを……」

 地べたに引きずり出されたのは、薄着の女だった。薄着というか、下着姿だろうか。悪魔の尻尾も見える。

 間違いなく魔族だ。


 空間がもとに戻ると、ピチョーネは上からこう告げた。

「ビジランテの男はもう始末した。次はあなただよ」

「えっ!?」

 女は恐怖に目を見開いた。


 カエルにする前に教えて欲しい。

 この女性は、いったい何者なんだろうか?

 なぜ母さんの居場所を知っていた?

 なぜ母さんをビジランテに始末させようとした?


 ふたたび空間が裂けた。

「その女は私の獲物なの。勝手に連れ出さないでくれない、緑の魔女」

 現れたのは、赤いローブの女。ローブとはいうが、かなりはだけていて露出が多い。忘れもしない赤の魔女だ。


 ピチョーネは盛大な溜め息だ。

「また魔女?」

「そうよ。魔女よ。そう言う自分だって魔女でしょ?」

「さっき黒の魔女に会ったから」

「ああ、いたわね、そんな子」

 ずいぶん冷たい物言いだ。


 魔族の女は叫んだ。

「待って! どういうつもり? やっぱり私を殺す気なんでしょ!?」

「……」

 二人は答えない。

 意図は読めない。

 まあ俺は殺したいと思っているが、これは言わないほうがいいだろう。


 返事がなかったことに恐怖したのか、女はこう続けた。

「そうよ! あいつの居場所をビジランテどもに教えたのは私! でも、だったらなんなの? これは何百年も続く戦いなの! ラ・ヴェルデを統治するのは、この私のはずだった! なのに、あいつの親が横から割り込んできて……」


 えっ?

 何百年も前のことを理由にして、まだ争っているのか?


 赤の魔女はかすかに溜め息をついた。雰囲気が妖艶だから妙に色っぽい。

「そうそう。そういう女なの。いつまでも貴族サマのつもりでいる。なにが統治よ。笑わせるわね。その苦情は、あの女じゃなくて、人間ども言いなさいよ」

「分かったような口を聞かないで。平民のあなたには分からないでしょ。これは高度に政治的な問題なのよ」

「いいわね。もっと罵って頂戴。そういう女を絞って飲む血は最高の味がするの」

「下賤な魔女め……」

 母さんとの因縁があるのは分かったが、赤の魔女とは関係がないはずだ。

 なぜ争っている?

 理由が分からない。


 死んでからでは手遅れなので、俺は横から口を挟むことにした。

「なぜ母さんの居場所を知っていたんですか?」

 すると魔族の女は、にぃと不敵な笑みを浮かべた。

「母さん? ああ、なるほど。あんた、マルコでしょ? ホントに面白いわね。あの女、自分に子供がいないからって、墓場から拾ってくるなんて」

「質問に答えてください」

「うるさい人間ね。あいつは政敵なの。こっちはずっとマークしてたのよ。最悪のタイミングで復讐してやろうと思ってね」

 何百年もの間、こうするつもりで待っていたのか。

 本当に最悪だった。

 許しがたいほどに。


 俺は赤の魔女に尋ねた。

「あなたはなぜこの人と一緒に?」

「虹の魔女との契約を果たすためよ。あなたとその母親を守るよう頼まれてたから。でも、未来を変えちゃうとマズいから、未来が過去になるまで待ってたの。そしたら今になった」

 なるほど。

 問題が解決したから、魔女たちもようやく動けるようになった、というわけか。


 ピチョーネがぐっと前に出た。

「私があずかってもいい?」

「なんで? このあと、彼女の血を絞って飲む予定なんだけど?」

 冗談に聞こえない。

 ソフィアさんの「治癒」も似たようなものだ。

 魔族の魔法には、そういうものもあるのだ。封じられた邪法らしいけど。

「飲まないほうがいいよ、こんなヤツの血なんて」

「ならあなたの血を飲ませてよ」

「絶対にイヤ!」

 握りこぶしまで作って拒絶している。

 その必死ぶりに、赤の魔女も困惑気味だ。

「おいしそうなのに。ま、いいわ。譲ってあげる。その代わり、ひとつ貸しにしておくわね」

「なに、貸しって……」

「そのうちね」

「え、ちょっと待って。貸しってなに?」

「ふふふ……」

 妖しい笑みを浮かべながら、赤の魔女は転移して行ってしまった。

 魔女は肝心なところを言わない。

 これは悪い習慣だから直した方がいいと思う。


 魔族の女はまだ地面に座り込んでいた。

「い、いったいどうするつもり?」

「安心して。殺しはしないから」

「ダメよ! 殺しなさい! どうせ殺すよりひどいことをするつもりなんでしょ?」

「そこまでひどくないよ。カエルになってもらうだけ」

「やめて! お願いだから! やめて!」

 女は、必至になってピチョーネの足にすがりついた。

「カエル、嫌いなの?」

「そういう問題じゃない! 高貴な私の魂が、けがれてしまうじゃない!」

「そうなんだ」

「へぴょ」

 なにか反論をしかけたところで、女はカエルになってしまった。そしてひょいとガラス瓶の中へ。


「見て、マルコ。二匹目、ゲットだよ」

 あまり広いとは言えない瓶の中に、でっぷりとしたヒキガエルが二匹。

 住み心地はよくなさそうだ。

「それ、どうするんですか?」

「どうもしないよ。ずっと閉じ込めとく」

「ちゃんと復讐になるんですよね?」

「うーん? なると思えばなるし、ならないと思えばならない、かな。マルコは不満? 殺したい?」


 どうだろう。

 不満だし、殺したい。

 そういう思いは、ある。

 だけど命を奪っても、きっと不満は続くと思う。

 気持ちの整理には時間が必要なのだ。

 どうせ時間をかけるなら、瓶の中で飼うのはナシではない。

 たぶん。

 なんとも言えないけど。


「もしマルコが殺したいなら、私は手伝うよ。私は先生よりもマルコの味方だから」

「ありがとう。でも、これでいいような気がします。殺しちゃったら、その先なにもなくなっちゃうし」

「うん」


 さて、これで報復は終わり、と言ってもいいかもしれない。

 少なくとも母さんの件に関しては。


 だけど俺には、対処したい人物があと二人いる。

 俺を産んだ母親にひどいことをしたヤツら。チェーザレと山賊だ。どちらもまだ生きているという。話を聞いてみて、必要なら殺してもいい。もし殺すほどでなければ、別の手段をとってもいい。


「マルコ、どうしたの? やっぱり殺したい?」

「いや、大丈夫。別のこと考えてた」

「ふーん?」

 不審そうな目で見てくる。

 この件にピチョーネを巻き込むわけにはいかない。


 俺は強引に話題を変えることにした。

「それにしても、なんで召喚したんですか? さっきみたいに乗り込めばよかったのに」

「罠の気配がしたから」

 なるほど。

 あの魔族の女も、魔女の報復は警戒していたというわけか。もし転移魔法で乗り込めば、王都で投獄されたときの二の舞になるところだった。

 ピチョーネ、事前に罠を察知できるようになったんだな。

 この子は本当に天才かもしれない。


 *


 帰宅してから母さんに報告した。

 二人ともカエルにして、瓶に入れたと。


(そうですか。二人とも、よく我慢しましたね)


 我慢した。

 そう。

 殺したかった。

 だけど、いまとなってはこれで正解だったと思っている。


「母さん、じつはあと二人、対処したい人が残ってます」


(ええ。分かっていますよ。チェーザレとベニートですね)


「ベニート?」


(言っていませんでしたか? 山賊の名前です。居場所を教えておきますから、あとは自由になさい)


「はい、母さん」


 *


 広間へ戻って水を飲むと、ピチョーネがじぃっと見つめてきた。


「ねえ、マルコ。さっき言ってた二人、誰なの?」

「それは……説明が難しいな」

「カエルにするの?」

「いや、俺が自分でやります。ピチョーネは家にいてください」

 するといきなりファイティングポーズをとった。

「言うと思った! また私だけ仲間外れ! 勝負しなさい、マルコ!」

「はい?」

「家族にも隠し事するなんて。最低よ」


 いや、隠し事って。

 じゃあ魔女はどうなんだ。

 なにも言わないで、勝手にいろいろやって。


「これは俺の母親の件なんです。母親って言っても、俺を産む前に死んじゃったから、顔も知りませんけども」

「産む前ってなによ。死んじゃったら産めないでしょ?」

「あれ? ピチョーネはまだ知りませんでしたか。俺、墓で産まれたんですよ」

「はい?」

「埋められた母さんの死体から産まれてきたんです」

 するとピチョーネは、ファイティングポーズをやめた。

「冗談じゃなくて?」

「違いますよ。母さんの死体に記憶魔法がかかってますから、もし確認したければいつでも確認できますよ。ひどい記憶ですけども」

「……ごめん」

「謝らないでください。事実ですから」


 本当にひどい記憶だった。

 力のあるものは、ないものから奪うことはできるだろう。

 だが、それを勝利とは呼びたくない。

 ただの敗北だ。


(続く)

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