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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第五章 しかしてそれは動く

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一匹目

 母さんの命は救うことができた。

 あとはもう、やりたいことだけやりながら生きればいい。


 そう考えると、なにもする気が起きなくなってしまった。

 愚かな人々に復讐したいという衝動もなくはなかったが、それよりも、関わりたくないという気持ちのほうが上回ってしまった。


「え、マルコ、なにぼうっとしてるの? お出かけしようよ」


 廃墟の広間でぐったりしていると、ピチョーネがそう声をかけてきた。

 この子はなぜこんなに前向きなんだろう。


「一人で行ってきてください」

「犯人さがし、しないの?」

「そのうち……」

「そのうちっていつ?」

「そのうちはそのうちですよ」

「もー」

 ふくれてしまった。

 そして一人で外へ。


 カエデさんと会話しているのが聞こえる。

 魔法で植物を育てるなどと提案して、拒否されているようだ。どうやら魔法で育てると、うねうね動く野菜になってしまうらしい。それは俺も……さすがに食べたくない。


「マルコ、まだふさぎ込んでいるのですか?」

「はい……。えっ?」

 急に誰か来たと思ったら、母さんが普通に歩いていた。

 飾りのない地味なローブを着ている。

 だけど、優しい話し声も、ほっそりとした顔立ちも、少し暗い目も、どれも記憶の中の母さんのものだ。


「か、母さん……身体が……」

「どうですか? これも魔法ですよ」

「魔法……。すごい! じゃあ、もう普通に暮らせるんですか?」

「いえ、それが……」


 喋っている途中で、ふっと姿が消えた。

 かと思うと、べちゃりと眼球が地面に落ちた。


「うわあ!」


(あまり長くもたないようですね。マルコ、また瓶に戻してください)


「えぇっ……。まあ、はい……」


 いったい、なにをしに出てきたんだ?

 いくら大好きな母さんでも、思いつきで出てきて、眼球のまま転がらないで欲しい。さすがに心臓に悪い。


 *


 俺は母さんを握り潰さないよう、そっと手に乗せ、地下へ降りた。


「どうやって出たんですか?」


(魔法です)


「あまりムリしないでください」


(そうですね。落下のダメージが予想より大きいようです)


「なら、もう二度とやらないでください」


(でもこの姿ではお酒……いえ、みんなと一緒に食事が……)


「母さんの食事って、鳥のミンチでしたよね?」


(マルコ、ロジハラはおやめなさい)


「ごめんなさい」


 だけど、そうまでしてお酒が飲みたいのか……?

 あんなの、頭がおかしくなるだけなのに。いったいなにが楽しいのやら。


「母さん、少し相談してもいいですか? 俺、なんだか最近、おかしいんです」


(最近……?)


「なにもする気がおきなくて」


(ええ)


「どうしたらいいのか……」


(あなたはとてもよく頑張りましたよ。私だけでなく、世界まで救ったのですから。あとはやる気が出るまで、ゆっくりしていればいいのです)


「本当に?」


(ええ。本当です。自慢の息子ですよ、マルコ)


 母さんに、褒めてもらった。

 何年ぶりだろう。

 もう、いい大人なのに。

 こんなに嬉しい気持ちになるなんて。


 自分のしてきたことは、ムダではなかった。


「はい、母さん。ありがとう。俺……ちょっと元気が出てきたかも」


 え、でも最近って?

 前からおかしいと思われてたってこと?

 いや、邪推はやめよう。母さんはそんなこと言わない。


 *


 上へあがると、ピチョーネが待っていた。


「先生とお話ししてたの?」

「うん」

 やたらにこにこしている。

 無邪気な笑みだ。

 この子も、母さんの回復を素直に喜んでくれているのだ。


「ピチョーネ、例の犯人というのは、どうやって探すんですか?」

「探すっていうか……。もう誰か分かってるし、場所も特定できてるよ」

「え、いつの間に?」

「カエデさんに手伝ってもらっちゃった」

 あの人、なんでもできるな。

 なんでこんなところで使用人なんてやってるんだろう。

 いや、まあ、過去の話は知っている。家族同然だった仲間の命を奪ったのだ。


「いまから行きたいって言ったら?」

「もちろん付き合うよ、マルコ」


 俺はこの子に、感謝しないといけないのかもしれない。

 ずっと俺の味方でいてくれている。


 *


 ハルバードは持ち歩かないことにした。

 もし持っていたら、敵の顔を見た瞬間、振り回してしまうと思ったからだ。


「最初は、ビジランテのおじさんをカエルにしよ?」

「そうですね……。でも、ビジランテってなんなんですか? なにをしてる人?」

 俺がそう尋ねると、ピチョーネは大きく首をかしげた。

「え、分かんない。でも悪いヤツだよ」

「うーん……」


 *


 ビジランテの溜まり場は、街の外にあるのだという。

 大きめの家に、メンバーがまとまって暮らしているのだとか。


 だが、屋敷に近づくにつれ、徐々に嫌な予感がしてきた。

 予感というか、露骨に異変が起きている。

 何匹かのカラスが、地面に落ちていたのだ。一羽や二羽なら見かけたことはあるが。こう何羽もバラバラに落ちているのは見たことがない。


「ピチョーネ、なんだか……」

「大丈夫だよ」

「でもカラスが死んでますよ」

「死んでないよ」

 はい?

 死んでない?

 ピクリとも動かないのだが……。


 遠くから見ても大きな屋敷だったが、近づいても大きかった。

 といっても、たぶん一階建て。いや、二階部分もありそうか。とにかく敷地が広いのだ。


 ドアも大きい。

 俺がノックしようとすると、ピチョーネは構わず開けて入ってしまった。


「あ、待って。勝手に」

「大丈夫だよ」

「えっ? ピチョーネがなにかしたの?」

「してない」

 なら、なぜこうも無防備なのか。


 ピチョーネは、初めて来た家にもかかわらず、迷いなく進んでいった。長い廊下を進んで、ドアを開け、地下へ入ってゆく。


「遅かったね、二人とも」


 先客がいた。

 長い金髪の幼い少女……に見えるが、魔女だ。

 黒の魔女。


「え、なぜあなたが……」

「本当に知りたいのかい?」

「いえ、大丈夫です」

「まあ聞きなよ」


 聞くなという意味かと思って気を使ったのに。

 俺はこんな簡単なやり取りにさえつまずいてしまうのか。

 いったい、いつになったら普通の人間になれるのやら……。


「あんたの母親はね、私が殺す予定だったんだよ。なのにこの男、横から割り込んできて、勝手に殺そうとして……」


 広場にいた男は、床に転がされていた。

 両手両足を縛られ、口には布をかまされている。あのときの俺のように。


「外のカラスはあなたがやったんですか?」

「魔法でみんなの動きを止めたのさ。騒がれたら面倒だからね。そしたら、カラスまで巻き込んじまってね。ま、死んじゃいないだろうさ。魔法を解いたら、勝手にどこかへ飛んでくよ」

 そういうことだったのか。

 ピチョーネも、気づいていたのなら、教えてくれればよかったのに。


 そのピチョーネは、さめた目で魔女に告げた。

「どうするつもりなの?」

「豚の餌にすべきか、魚の餌にすべきか、ずっと迷ってるんだ」

「できれば殺さないで欲しい」

「おやおや。あとから入ってきて、勝手なことを言うもんだね。魔女になにかを頼むんだ。代償はあるんだろうね?」

 急に魔女みたいなことを言う。

 いや、これが本心だったとして驚くべきではないんだろうけど。


 ピチョーネは空いている椅子に腰をおろした。

「なにが欲しいの?」

 この子はたまに怖くなる。

 いまも笑みを浮かべているが、おそらく内部で魔力を集中させている。


 黒の魔女も顔をしかめた。

「契約で人を動かすならともかく、初手から力でどうにかしようってのかい?」

 そう。

 魔女は契約を重んじる。

 最初から力で奪ったりはしない。それが可能な力を持っていたとしても。


「なに、力って? 私は用件を聞いてるの」

「なら金を払いな」

「いくら?」

「5万リラだよ」

 そう言った黒の魔女は、さっと飛びのいた。その頭上で空間が裂けて、金貨が雨あられと降り注いだ。ジャラジャラと、いつまでも。

「はい、5万リラ。拾って?」

「この小娘……」


 え、なんだ?

 ピチョーネ、お金持ちだったのか?

 それとも魔法で作った偽のお金?


 ピチョーネは満面の笑みで応じた。

「こいつの金庫にちょうど5万リラあったの。あなたにあげる」

「あんたの金じゃないだろう……」

「私のこと、泥棒だって言いたいの? これからこの男のすべてを奪うんだから、いまさらでしょ?」

「一理あるね」

 いや、泥棒ですよ。


 黒の魔女は、一枚ずつ拾ったりはしなかった。魔法でさっと消し去ってしまったのだ。

「手放す前に、少し鳴かせてやろうかね。人の言葉を話せるのも今日で最期だろうからね」

 男の口の布が解かれた。


「ま、待ってくれ! 金はやる! だから殺さないでくれ!」

「……」

 ここに、返事をしてやる親切なものはいない。

「な、なにが望みなんだ? あんたら、魔女なのか? 誤解だ! 私は……私は利用されたんだ」

「誰にですか?」

 俺は思わずそう尋ねた。

 もっと悪いヤツがいるなら、そいつにも同じ思いをさせないといけない。


「お、女だよ! そいつが、魔女の居場所を私に教えてきたんだ! もちろん興味なんてなかったよ? ただ、やれば金を支払うというから……。い、いや、金だけが目当てじゃない! その女は、魔女が戦争の原因だと言ったのだ! だから私たちは刑を実施した。もちろん違法じゃない! ちゃんと評議会からの許可は得た! 私たちは、純粋に社会秩序を守りたいだけの市民団体なのだ!」


 もしかすると事実なのかもしれない。

 話の筋も通る気がする。

 自分の都合ばっかり述べて、謝罪のひとつもないのは許せないけど。

 ここで暴力をふるっても、話は進展しないだろう。というか、全力でやったらたぶん殺してしまう。かといって手加減もできない。なにもしないほうがいい。


 ピチョーネはうなずいた。

「うん。その話は私たちも知ってるんだ。その女の正体もね」

「えっ……?」

「ほかに言いたいことはない?」

「違うんだ! 助けてくれ!」

「ほかには?」

「ほ、ほかって……?」

 男は、絶望したように目を見開いた。

 きっと喋れば喋るだけ時間を稼げたかもしれない。だが、言葉に詰まった瞬間、終わりが来てしまう。そのことを直感したのだろう。


「じゃ、カエルにするね」

「あぷっ」

 なにかを言いかけたが、手遅れだった。

 男の体は一瞬で縮んでしまい、いぼいぼのヒキガエルになった。かと思うと、その体がふわっと浮いて、ピチョーネの持っていたガラス瓶に入ってしまった。


 黒の魔女は顔をしかめた。

「なんだい? ずいぶん寛大な『報復』じゃないか。私は好きになれないね。いかにもあの魔女の弟子って感じがするよ。育ちのいい女は、魔女になんかならないで欲しいね」

 言いたい放題だ。

 だけどこの人は、母さんを殺さない気がする。

 まあ気がするだけで、実際にやるかもしれないけど。そのときは俺が全力で止めるだけだ。


 ピチョーネは不審そうな目だ。

「なに? お金は払ったでしょ?」

「ふん。そういう汚いところは悪くないよ。行きな。あとのことは私がやっておくから」

「大好きよ、黒の魔女」

「私は嫌いだよ、緑の魔女。特にその名前がね」

「知ってる」


 *


「続きは? 明日?」


 外に出てから、俺はそう尋ねた。

 まだ日は高い。

 やろうと思えばやれそうだけど。


 ピチョーネは「うーん」と空を見上げている。

 爽やかな空だ。

 春だけど、かすかに夏の気配がただよっている。

 農家の人たちが植えた麦はまだ青い。


「行っちゃおうか?」

「遠くなければ」

「大丈夫。そんなに時間かからないから」

「そう?」

 ピチョーネも、やっぱり魔女っぽいところがある。

 なにか考えているのに、教えてくれない。


「どうしたの、マルコ。私の顔見て。好きになっちゃった?」

「いえ、なに考えてるんだろうなって」

「ふふん。私のことが気になってきた? マルコもついに私の魅力に気づいちゃったね」

「……」

 魅力、とは……?


 笑顔だったピチョーネは、すぐ素に戻った。

「ま、全然違うって分かってるけどね! だってマルコだもん。私のこと、イヌかネコくらいにしか思ってないんだから」

「それはさすがに言い過ぎですよ」

「フォローになってない。いいから行くよ。二匹目のカエル捕まえなきゃ」

 カエルを増やすのが目的になっているような?

 まるで子供の遊びみたいだ。


 でも……。

 あんなに痩せていて、腹を空かせていた子が、こんなに元気になっている。

 それは素直に嬉しい感じもした。

 子供の成長を見守る親って、こんな感じなのかもしれない。


(続く)

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