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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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変わらなかった未来

「ただいま戻りました」


 フェデリコさんは用事があるというので、俺は一人で廃墟へ戻った。

 ひっそりしている。

 それはいつものことだけど。

 ここまで静かだっただろうか?

 まるで俺以外、誰もいないかのような。


「あれ? 母さん? カエデさん? ピチョーネ? 誰かいませんか?」


 呼びかけたのに、返事がない。

 どこかへ出かけているのか?

 それとも……。


 首の後ろに、チクリとしたものを感じた。

 虫にでも刺されたか?

 いや、違う……なんだか……意識が……。


 *


 俺は、眠っていた……のだろうか?

 気づいた時には、周囲がずいぶん騒がしくなっていた。


 ここは街?

 広場だろうか?

 民衆が、俺を取り囲んで、なにかを喚いている。


「魔女を殺せ!」

「ぶっ殺せぇ!」


 えっ?

 動こうとするが、手足は拘束されて、声が出ないよう口にも布を噛まされている。

 どうやら俺は、柱にはりつけにされているようだ……。


 視線をおろすと、俺の足元には母さんがいた。

 小さな台に、首だけが雑に置かれている。


 見知らぬ男が叫んだ。

「怒れ民衆! 一連の災厄は、この魔女によって引き起こされたもの! 見よ、このおぞましき姿! 首だけになってなお死なぬ! 人の理に反する怪物! 到底許される存在ではなぁい!」

 すると聴衆も叫んだ。

「そいつを知っているぞ! 西の森の魔女だ!」

「死んだと思ったのに、首だけで生きてやがったのか!」

「怪物を殺せ!」


 ああ、なんて愚かなんだ。

 まったく関係のない話まで、なにもかも母さんのせいにして……。


「さよう! この邪悪な魔女は、人の手によって粉砕すべきである! この女は、魔族をそそのかし、人の街を襲わせた! 戦争の元凶なのだ! 諸君らの家族を奪ったのも魔女! 家を奪ったのも魔女! 物価の高騰も魔女! 頭痛、腹痛、関節痛、その他あらゆる体調不良も魔女! すべてこの魔女の仕業である!」


 これはもう凡愚でさえない。

 平凡な人間は、ここまで愚かではないからだ。

 並大抵のバカではない。


 そうは思うが……市民たちまで同調しているところをみると、どうやら同じレベルなのだろう。

 やはり凡愚と呼ぶべき存在なのか。


「処刑人、前へ出よ!」

 男が命じると、ハンマーを手にした屈強な男がやってきた。

 市民は熱狂している。


「これより、市民団体『ビジランテ』の名において、魔女への処刑を執行する!」

「待て待て! なに勝手なことやってんだ! 中止しろ! 中止!」

 血相を変えてアルトゥーロさんが走り込んできた。


 そうだ。

 いまこの街を管理しているのはアルトゥーロさんだ。

 彼の言葉なら聞いてくれるはず。


 だが……。

「魔女をかばうのか!?」

「お前も魔女の味方なのか!」

「引っ込め! 偽善者!」

 市民たちからは、あらん限りの罵声を浴びせられた。


 アルトゥーロさんはそれでも引かない。

「おい、そこの兵士! こいつらを止めろ!」

「ですが、これは正式な申請がなされたものでして」

「なんだと? 俺は受理してないぞ?」

「評議会が許可したと……」


 評議会は、各自由都市の代表で構成される機関。

 必ずしも総統より高い位置にあるわけではないが、互いに違った権限を有している。魔女の処刑は、評議会の管轄だったのだろう。


 ビジランテの男はニヤリと笑みを浮かべた。

「これは法にのっとった正式な活動である! 副総統といえども妨害は許されん!」

「おい、やめろ!」

 逆にアルトゥーロさんが兵に抑えられてしまった。

 こうなってしまっては、もう誰にも止められない。


 男はふたたび声を張った。

「上にいるデカブツの名はマルコ! この魔女の息子を自称するものである! 魔族ではなく、人間だ! 人間の身でありながら、この魔女を崇拝している! 邪教徒である!」

「殺せ!」

「まとめてぶっ殺せ!」


 まるで血に飢えた獣のようだ。

 たとえば戦場の兵士は、上から戦うことを強制されている。やらなければ自分の身が危うい。やむをえず他者の命を奪うこともあるだろう。

 だが、彼らは?

 誰かに強制されたわけでもないのに、血を求めている。

 いったいどちらが怪物なのだろうか?


「おい、待て! そいつは魔女に操られてるだけだ! 殺す必要はない!」

 アルトゥーロさんは抑えつけられながらも、俺を助けようとしてくれる。


 けど、もういいのだ。

 きっと母さんは殺される。

 そのあと、俺だけ生きていても仕方がない。

 一緒に死ねるのなら、そのほうが幸福かもしれない。


 ビジランテの男は「ほうほう」と演技じみた様子でうなずいた。

「なるほど? では先に魔女の頭部を粉砕し、魔法が解けるか見てみるとしよう。処刑人、やりたまえ」

「了解した」

 大きな金属のハンマーだ。

 あんなので叩かれたら、母さんの頭部は一撃で粉々になるだろう。


「殺せ!」

「木っ端みじんにしちまえ!」

「鉄槌をくだせ!」


 市民たちは、こんなに凶悪だったろうか?

 俺が気絶している数時間で、このビジランテに説得されてしまったのか?

 いや、説得の必要さえなかったのかもしれない。

 市民たちは、もともと怒りを溜め込んでいたのだ。戦争と、それにともなう不利益、物価の高騰などを、分かりやすい誰かのせいにしたかったのだ。それも、攻撃しても心の痛まないターゲットに。

 彼らにとって、魔女はうってつけの存在だったのだ。


 処刑人がハンマーを持ち上げた。


 ああ、いますぐこいつを殺してやりたい。

 こいつだけでなく、ビジランテの男も、バカみたいにうかされた市民も。

 前に魔女狩りが起きたとき、街の住民を皆殺しにしておくべきだった。自分のアマさが憎い。人間社会にほだされていた。こんな社会、少しもいいものではない。


 ハンマーが、ゆっくりと、しかし加速しながら振り下ろされた。


 聞きなれない音がした。

 歓声と悲鳴がこだました。

 俺の足に、なまぬるい液体が飛び散った。


 母さんの頭部は……頭部だったものは、形容しがたい肉片となって四散してしまった。


 観衆は興奮した顔で、満足そうにそれを眺めている。

 こいつらを殺せるなら、俺は悪魔と契約してもいい。


 いや、だが……。

 肝心の悪魔は……そう……。

 そいつこそが、俺のもっとも殺したい相手なのであった。


 俺にはすがるべきものさえないのだ。

 なにひとつ……。


 早く俺のことも殺して欲しい。

 母さんと同じところに行きたい。


「お待ちなさい! お待ちなさぁい!」

 剃髪した男が駆け込んできた。

 僧衣を着ているから、寺院の人間だろう。

 書状を手にしている。


「何事だ! まだ処刑の最中であるぞ!」

「評議会から追って通達があったのだ! 魔女の処刑は許す! ただし、関係者の処刑は許可できないと!」

「なんと……」

 男は書状をぶんどり、震える手で中身を読んだ。


 まさか、俺は死ぬことも許されないのか?

 この世界に、神だか悪魔だか分からないヤツはいる。

 いるのに、そいつは俺を救わない。


「クソ。では処刑は終わりだ」

 不満そうな表情。

 市民も声をあげた。

「ふざけんな! そいつも殺せよ!」

「途中でやめるな!」

「腰抜け!」

「黙れ黙れ黙れ! 評議会が許可せぬと言っているのだ! このまま殺せば、私が犯罪者になるのだぞ! もしどうしてもやりたいなら、自分たちでやれ! 犯罪者となって、あの柱にくくりつけられる覚悟があるならな!」

「……」

 市民たちは急に黙り込んだ。

 他人が苦しむのはいい。

 だが、自分は苦しみたくない。

 簡単な話だ。


 解放されたアルトゥーロさんは、兵士の腰から剣を抜いた。

「借りるぞ」

「あっ」

 そして柱にやってきて、俺のロープを切ってくれた。

「いま助けるからな」

「……」

 声が出ない。

 出たとして、俺はどう返事していたのだろうか……。


 もし自由になったら、アルトゥーロさんから剣を奪って、できるだけ多くの市民を殺そう。

 そうして最後は母さんのところへ行くのだ。


(マルコ……)


 母さんの声が聞こえる。


(マルコ、聞きなさい……)


 はい。母さん。

 悪い人間を殺します。


(驚かないでくださいね。母は生きています)


 はい。

 永遠のときを一緒に生きましょう。


(着地するときに踏まないように)


 はい。

 はい?


(すべての力を使い、眼球に生命を宿しました。着地したら、その目を拾って家へ戻りなさい)


 はい?

 え、母さん?

 生きてる?

 この状態で?


 だが、下を見ても……視界に入るのは、頭部の残骸だけ。

 頭蓋骨は割れてしまい、母さんのぷるぷるの脳が……。


(マルコ、踏まないで! 目ですよ、目! そっちじゃなくて、もうひとつのほう!)


「これですか?」

「どうした、マルコ? なんか言ったか?」

「母さんを連れて帰らないと」

「は? お前はなにを……」


 アルトゥーロさんには聞こえていないらしい。

 いや、いい。

 俺には聞こえているのだ。

 この際、幻聴でもいい。


(マルコ、優しく握りなさい! 潰れてしまいますよ!)


「ごめんなさい」


 周りの市民は気味悪そうに見ている。

 こっちだって好きで母さんの眼球を握っているわけではない。

 愚かな人間たちのせいで、そうせざるをえなくなったのだ。


(では、急いで家へ向かいなさい。地下室に溶液がありますから、そこへ入れるのです)


「はい、母さん!」


 分からない。

 俺の頭がおかしくなって、母さんが生きているという幻想を捨てられないだけかもしれない。

 それでも、確かに聞こえるのだ。


 *


 自宅につくなり、俺は地下へおりた。

 ひんやりとした作業場だ。

 食材などが置かれている。


(マルコ! それはお酢の瓶ですよ! 別の棚の!)


「別ってどれですか!」


(上の棚!)


「これですか?」


(それです!)


 俺はいったん眼球を置き、瓶を開けた。


(もっと丁寧に扱いなさい)


「ごめんなさい。瓶の中に入れますね」


(ええ)


 透明な液体だ。

 そこへ、とぽんと眼球を落とす。


(ふぅー。助かりました。さすがに死ぬかと思いましたよ)


「……」


 本当に?

 これで助かったのか?


「母さん、幻聴じゃないんですよね?」


(ええ。ちゃんと語りかけていますよ)


「生きていますよね?」


(生きていますよ。だいぶギリギリではありますが……)


「ど、どうやって?」


(私は魔女なのですよ。魔法を極めれば、このくらいは可能です。いえ、成功するかは自分でも分かりませんでしたが。ほら、ピチョーネが帰ってきましたよ。続きはあの子から聞いてください。私は少し疲れました)


「はい……」


 眼球だけでも疲れるのか?

 俺が強く握ったせいかも。


 *


「マルコ、ごめん。私、知ってたんだ。知ってて未来を変えなかった」

 ローブ姿のピチョーネは、申し訳なさそうな顔でそう切り出した。

「今までどこに……」

「魔女の集会所。でも、信じて? 先生を助けるためだったの。私が理解したのは、もやが消えたあとだけど。先生は最初から分かってて、ずっと備えてたみたい。すべての能力を、目に移動させて……」

「え、じゃあ……」

「そう。未来を変えて欲しくなかったのは、それが理由。もし変わっちゃうと、高確率で別の災厄に見舞われて、なにも準備できないまま対処することになるから。だから、マルコにも黙ってた。マルコに言うと、未来への影響が出ちゃうみたいだし……」


 なんてことだ。

 未来を変えたくなかったのは、それが理由だったのか。

 しかもその事実は、俺に知られてはダメだった。


 正直、納得はいかない。

 だけど、ほっとしている。

 未来は変わらなかったが、変わらないまま最悪の結末を回避できた。


 俺はどっと椅子に腰をおろした。

「はぁ。これまでしてきたことは、なんだったんですか……」

「大変だったね」


 神の眷属を滅ぼし、戦争のループを断ち切った。

 自由都市を解放した。

 国王軍を止めた。

 世界が浄化の炎に焼かれる未来も、一部以外は回避した。

 すべては母さんを救うために。


 だけど、最初からなにもしなくても、大丈夫だったのだ。


「あれ? カエデさんは?」

「集会所に閉じ込めてる。あの人も強すぎるから。放っておいたらぜんぶ台無しにしちゃう。けどすぐに戻すよ」

「そう。無事ならよかった」


 ああ。

 俺は、なにに対して、いったいどんな感想を抱けばいいのか……。

 頭がまっしろだ。


 ともあれ、母さんは無事だった。

 それは間違いない。

 いや、無事というには……あまりに変わり果てた姿だけれど。お話ができるなら、それで十分だ。


 ピチョーネも椅子に腰をおろした。

「でも、まだ終わってないよね」

「えっ?」

「先生の居場所を密告した犯人と、ビジランテの人たち、お仕置きするでしょ?」

「そうですね。悪い人間には、報いを受けさせないと」


 彼らの命を奪うことに躊躇はない。

 他の選択肢はない。

 可能であれば、街の住民をすべて始末してもいい。


 ピチョーネは、こちらの顔を覗き込んで来た。

「んー、でも先生は、なるべく殺さないようにって言ってたよ」

「はい?」

「でも、殺さなければなんでもいいと思う。あいつらカエルに変えて、瓶にしまっちゃおうよ?」

「……」


 ふざけているのか?

 俺は絶対にあいつらを殺したいのだ。

 殺したいが……。

 まあ、カエルにしたまま、ずっと瓶に閉じ込めておくのは……魔女らしくていいかもしれない。

 幸いというべきか、こちらにも死者は出ていないわけだし。


 少し落ち着いたら、今後どうするべきなのか、もういちど考えてみるか。


(第四章 完)

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