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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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赤き焦土

「なるほど、シチューか。久々に味わう田舎の素朴な料理としては悪くない」

 ドアが開いたかと思うと、長いコートを着た金髪の男が入ってきた。

 フェデリコさんだ。


 帰ってきたのか?

 つまり、研究に成功したと?


 カエデさんが顔をしかめた。

「あ、フェデリコ! メシのときに都合よく帰ってきやがって……」

「ここは私の別荘なのだ。私の都合で帰ってきたからといって、なにも問題あるまい」

 切り返しも早い。

 カエデさんがなにを言うのか、想定済みだったのかもしれない。

「いや、ちゃんと量を計算して作ってんだから、事前に言ってくんねーと困るんだにゃ」

「外に馬車を待たせている。そこに土産を積んできた。それで足りるだろう」

「この野郎……」


 *


 豪勢なお土産だった。

 大量の小麦粉、干し肉、漬物。あとはなんだか分からない粉。調味料だろうか。

 おかげで、夕飯の量を減らされるということはなかった。


「研究はうまくいったのですか?」

 母さんの問いに、フェデリコさんは微笑を浮かべた。

「ええ、完璧に」


 完璧――。

 この人が言うからには、本当に完璧なんだろう。

 つまり浄化の装置を、魔女の手を借りず稼働させることができた、というわけだ。


 俺は薄いコーンスープをすすった。

「また戦争を始めるんですか?」

「マルコくん、そんな目で見ないでくれたまえ。私は戦争など望んでいない。だいたい、戦争などするから生産力が低下するし、物流も阻害されるのだ。物価に悪い影響しかない。自由な研究もできなくなる。得をするのは一部の人間だけだ。そしてそれは私ではない」

「だけど、あれは大地を焼く機械ですよ。戦争以外に使い道が……」

「それは短慮というものだ。どんな道具も、使い道はひとつではない。君に信用されていないのは、いささか心苦しいのだが……」

「ごめんなさい。言い過ぎました」

 戦争の影響で、厄介な思いをしてきた。

 だから、その手の話にはつい神経質になってしまう。


 するとソフィアさんが、珍しくこっち側についた。

「でもあの機械、平和には使えませんよね?」

「直接的にはそうかもしれない。だが、間接的には使える」

「例えば?」

「平和を守らないものの頭上に、あの機械を移動させるのだ。それで誰もがおとなしくなる」

「それは力による支配では?」

 力による支配。

 俺たちがずっとやってきたことだ。

 骸骨の人にも指摘された。


 この追及にも、フェデリコさんは笑顔だった。

「その意見を否定はすまい。だが、人類がもっと高次な存在であれば、私も他の手段を用いただろう。残念ながらそうではないわけだが。これは必要悪だよ。もし破壊の炎を否定したいなら、君は言語で平和を実現して見せたまえ。きっとサルに芸を仕込むより難しいぞ」

「傲慢ですよ、そんな言い方!」

「そろそろスープがさめるぞ」


 そうだ。

 いまは食事の時間だ。


 *


 だが、食事が終わっても、俺たちはテーブルに残った。

 なんだかんだ言って、フェデリコさんの話を聞きたかったのだ。

 好奇心から、というよりは、これからどうなるのか知りたかった。


「装置を駆動させるためには、巨大なエネルギーが必要となる。王都では、機械人形のコアを使用した。いくつものコアをケーブルで接続し、エネルギーを集中させたわけだ」

 するとピチョーネが疑問を口にした。

「どこかで使ったの?」

「人は焼いていない。安全性に配慮した上で、山の一部を焼いた。稼働試験としては、それで十分だからな。問題は、そのあとだ」

「問題って?」

「アカデミアを追放された」

「……」


 追放。

 いったいなにをやらかしたのか。


 フェデリコさんはやれやれとばかりに首を振った。

「以前から、私の実験は問題になっていてね。機械人形を動かすために、生きた魔族の脳を使っていたのだ。もちろん同意の上だよ。ところが、それを同僚のマルゲリータが告発して……。追放、というわけだ。ま、きっかけはなんでもいい。アカデミアは、以前から私を煙たがっていたからな。天才はどこにいても疎まれる」


 以前なら自業自得と判断していたところだが。

 母さんも、魔女の集会所では煙たがられていたらしい。

 突出した人間は、どこでも似たような扱いをうけるのだろう。


「これからどうするんですか?」

 俺の問いに、フェデリコさんは肩をすくめた。

「ここで浄化の装置を作る」

「はい? 作る?」

「仕組みそのものはシンプルなのだ。触媒にエネルギーを与えることで魔法が発露する。古典的な装置だ。問題はエネルギーの供給だけだったが、それもとっくに私が解決している。いや、私なら、もっと効率的に装置を組むことさえできる。王都の所持する装置など、使い古された中古品に過ぎん」

「アルトゥーロさんのことも手伝ってあげて欲しいんですが……」

 そう告げると、フェデリコさんは初めて思い出したかのように目を見開いた。

「そういえば、彼は副総統になったのだったな。大変なのか?」

「かなりやつれてます」

「ではソフィアくん、君が手を貸してやりたまえ」

 これにはソフィアさんも「は?」と顔をしかめた。


「なんで私が?」

「文書の読解力にしろ、算術の能力にしろ、君は常人よりもはるかに優れているのだ。その能力を、世界のために発揮したまえ。これは才あるものの義務だぞ」

「はい! 分かりました!」

 あっさり受け入れてしまった。

 チョロい。

 あまりにもチョロすぎる。


 フェデリコさんは、すると母さんに向き直った。

「つきましては、魔族の協力が必要となります。幸い、自由都市は魔族をそこまで嫌っていません。いまなら堂々と手を組むこともできるでしょう。魔族の力をまとめていただけませんか?」

「いいですよ」

「ダメですよ!」

 俺は思わず立ち上がった。

 母さんにそんなことをさせるわけにはいかない。あんまり派手に行動したら、処刑に近づいてしまう。


「マルコ、落ち着きなさい」

「ダメです! 絶対にダメです! いまの緑の魔女はピチョーネなんですよね? ピチョーネにやらせればいいじゃないですか!」

 いや、この案はダメだ。

 この近辺の魔族は、母さんが王族の娘だから慕っているのだ。ただの魔女は、むしろ忌避される傾向にある。


「ごめんなさい。やっぱりいまのはナシでお願いします。ピチョーネもダメです。どうしてもって言うなら、俺がやります!」

「君が?」

「一部の魔族は、俺が母さんの関係者だということを知っているはず。代理は務まると思います」

 息子ではなく使用人という設定だが。


 フェデリコさんは少し考えこんだ。

「ふむ。なるほど。ではその案で行こう。魔族側にも代表はいるはずだ。その人物にさえ話が通ればいい。君の言う通り、お母上を危険にさらす必要もないしな」

「ありがとうございます」

 見苦しいと思われてもいい。

 俺はできることをすべてやるのだ。


 ピチョーネの表情はひややかだ。

「ねえ、フェデリコ。モノを作るのはいいけど、マルコに迷惑かけないで。もし魔法の力が必要なら、私がなんとかするから」

「もちろんだとも。そのときが来たらお願いするよ、緑の魔女」


 もし完成したら、母さんを守るためにも使えるかもしれない。

 そんな打算もあった。

 そう。

 俺は世界の平和なんかより、母さんの無事を優先するだろう。


 *


 魔族側の反応は、かなりよかった。

 彼らも戦争にはうんざりしていたのだ。人間側と協力する機会があるなら、ぜひ参加したいとのことだった。街にも住みたいようだったし。

 なにより、自由都市の看板が強かった。

 閉鎖的な封建領主とは手を組めないが、開かれた自由都市なら参加したいという魔族は少なくないらしい。


 一方の自由都市も、魔族をそこまで毛嫌いしていない。

 ビジネスに魔法を組み込むチャンスをずっと探っていた。魔族の才能を欲していたのだ。


 神の眷属がどう出るかは不安だが……。すでに彼らは、この流れを阻害するほどの力を有していない。資源もない。故郷もない。

 もはや人類と魔族は、争う必要がなくなったのだ。


 *


 魔族は、触媒に魔力を込める。

 人類はその触媒をケーブルでつないでゆく。

 これは共同作業だ。

 はじめは互いに警戒感もあったが、装置が完成に近づくにつれ、わだかまりも溶けて行った。文化の違いによる衝突もあるにはあったが……。


 春ころには、早くもプロトタイプが完成した。

 与えられた名は「太陽イル・ソーレ」。

 破壊兵器にしては尊大な名前だ。

 草花を育てることもできず、むしろ焼くことしかできないのに。


 もちろん個人の所有物ではない。

 自由都市同盟の資金で作られたものだ。みんなの所有物ということになる。

 この危険な兵器を使用するためには、評議会による承認が必要となる。


 *


 王都は、赤の領域ラ・ロッサの混乱を鎮圧するため、何度も装置を使ったようだ。

 土地の大部分が焦土と化し、ついには所有者のない空白地帯となり果てた。


 そこへ今度は、黒の領域ラ・ネロの兵がなだれ込んできた。この機に乗じて領地を拡大しようと考えたのだ。

 国王軍との衝突が始まった。

 王の権威などいかほどのものか。そのようなものは、もはや地に落ちていた。


 浄化の装置は容赦なく兵を焼いた。

 そのうちに、装置の誤動作なのか、精度の問題か、炎が国王軍を焼くという事件が何度かあった。


 取り戻せる失敗ではない。

 焼かれた人間は、生き返らない。


 国王軍は、なんとしても勝たなくてはいけなくなった。

 勝たずに兵を引けば、ただの敗軍だ。

 投入された資金は戻ってこない。

 王は玉座から引きずり降ろされることになる。


 はした金を握らされた吟遊詩人たちは、この空虚な戦争を英雄譚に変えて歌った。

 華々しい異名の戦士たちが活躍し、国王軍は輝かしい戦果をあげている。ああ、なんと素晴らしいのだろう。やはり王は偉大である。さあ、集え。ともに戦おう。君も歴史に名を刻むのだ。


 かくして、歌に乗せられた血気盛んな若者たちは、いたずらに戦場で命を散らし続けた。

 四つの領域を支配する偉大な王国は、もはや風前の灯であった。


(続く)

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