赤き焦土
「なるほど、シチューか。久々に味わう田舎の素朴な料理としては悪くない」
ドアが開いたかと思うと、長いコートを着た金髪の男が入ってきた。
フェデリコさんだ。
帰ってきたのか?
つまり、研究に成功したと?
カエデさんが顔をしかめた。
「あ、フェデリコ! メシのときに都合よく帰ってきやがって……」
「ここは私の別荘なのだ。私の都合で帰ってきたからといって、なにも問題あるまい」
切り返しも早い。
カエデさんがなにを言うのか、想定済みだったのかもしれない。
「いや、ちゃんと量を計算して作ってんだから、事前に言ってくんねーと困るんだにゃ」
「外に馬車を待たせている。そこに土産を積んできた。それで足りるだろう」
「この野郎……」
*
豪勢なお土産だった。
大量の小麦粉、干し肉、漬物。あとはなんだか分からない粉。調味料だろうか。
おかげで、夕飯の量を減らされるということはなかった。
「研究はうまくいったのですか?」
母さんの問いに、フェデリコさんは微笑を浮かべた。
「ええ、完璧に」
完璧――。
この人が言うからには、本当に完璧なんだろう。
つまり浄化の装置を、魔女の手を借りず稼働させることができた、というわけだ。
俺は薄いコーンスープをすすった。
「また戦争を始めるんですか?」
「マルコくん、そんな目で見ないでくれたまえ。私は戦争など望んでいない。だいたい、戦争などするから生産力が低下するし、物流も阻害されるのだ。物価に悪い影響しかない。自由な研究もできなくなる。得をするのは一部の人間だけだ。そしてそれは私ではない」
「だけど、あれは大地を焼く機械ですよ。戦争以外に使い道が……」
「それは短慮というものだ。どんな道具も、使い道はひとつではない。君に信用されていないのは、いささか心苦しいのだが……」
「ごめんなさい。言い過ぎました」
戦争の影響で、厄介な思いをしてきた。
だから、その手の話にはつい神経質になってしまう。
するとソフィアさんが、珍しくこっち側についた。
「でもあの機械、平和には使えませんよね?」
「直接的にはそうかもしれない。だが、間接的には使える」
「例えば?」
「平和を守らないものの頭上に、あの機械を移動させるのだ。それで誰もがおとなしくなる」
「それは力による支配では?」
力による支配。
俺たちがずっとやってきたことだ。
骸骨の人にも指摘された。
この追及にも、フェデリコさんは笑顔だった。
「その意見を否定はすまい。だが、人類がもっと高次な存在であれば、私も他の手段を用いただろう。残念ながらそうではないわけだが。これは必要悪だよ。もし破壊の炎を否定したいなら、君は言語で平和を実現して見せたまえ。きっとサルに芸を仕込むより難しいぞ」
「傲慢ですよ、そんな言い方!」
「そろそろスープがさめるぞ」
そうだ。
いまは食事の時間だ。
*
だが、食事が終わっても、俺たちはテーブルに残った。
なんだかんだ言って、フェデリコさんの話を聞きたかったのだ。
好奇心から、というよりは、これからどうなるのか知りたかった。
「装置を駆動させるためには、巨大なエネルギーが必要となる。王都では、機械人形のコアを使用した。いくつものコアをケーブルで接続し、エネルギーを集中させたわけだ」
するとピチョーネが疑問を口にした。
「どこかで使ったの?」
「人は焼いていない。安全性に配慮した上で、山の一部を焼いた。稼働試験としては、それで十分だからな。問題は、そのあとだ」
「問題って?」
「アカデミアを追放された」
「……」
追放。
いったいなにをやらかしたのか。
フェデリコさんはやれやれとばかりに首を振った。
「以前から、私の実験は問題になっていてね。機械人形を動かすために、生きた魔族の脳を使っていたのだ。もちろん同意の上だよ。ところが、それを同僚のマルゲリータが告発して……。追放、というわけだ。ま、きっかけはなんでもいい。アカデミアは、以前から私を煙たがっていたからな。天才はどこにいても疎まれる」
以前なら自業自得と判断していたところだが。
母さんも、魔女の集会所では煙たがられていたらしい。
突出した人間は、どこでも似たような扱いをうけるのだろう。
「これからどうするんですか?」
俺の問いに、フェデリコさんは肩をすくめた。
「ここで浄化の装置を作る」
「はい? 作る?」
「仕組みそのものはシンプルなのだ。触媒にエネルギーを与えることで魔法が発露する。古典的な装置だ。問題はエネルギーの供給だけだったが、それもとっくに私が解決している。いや、私なら、もっと効率的に装置を組むことさえできる。王都の所持する装置など、使い古された中古品に過ぎん」
「アルトゥーロさんのことも手伝ってあげて欲しいんですが……」
そう告げると、フェデリコさんは初めて思い出したかのように目を見開いた。
「そういえば、彼は副総統になったのだったな。大変なのか?」
「かなりやつれてます」
「ではソフィアくん、君が手を貸してやりたまえ」
これにはソフィアさんも「は?」と顔をしかめた。
「なんで私が?」
「文書の読解力にしろ、算術の能力にしろ、君は常人よりもはるかに優れているのだ。その能力を、世界のために発揮したまえ。これは才あるものの義務だぞ」
「はい! 分かりました!」
あっさり受け入れてしまった。
チョロい。
あまりにもチョロすぎる。
フェデリコさんは、すると母さんに向き直った。
「つきましては、魔族の協力が必要となります。幸い、自由都市は魔族をそこまで嫌っていません。いまなら堂々と手を組むこともできるでしょう。魔族の力をまとめていただけませんか?」
「いいですよ」
「ダメですよ!」
俺は思わず立ち上がった。
母さんにそんなことをさせるわけにはいかない。あんまり派手に行動したら、処刑に近づいてしまう。
「マルコ、落ち着きなさい」
「ダメです! 絶対にダメです! いまの緑の魔女はピチョーネなんですよね? ピチョーネにやらせればいいじゃないですか!」
いや、この案はダメだ。
この近辺の魔族は、母さんが王族の娘だから慕っているのだ。ただの魔女は、むしろ忌避される傾向にある。
「ごめんなさい。やっぱりいまのはナシでお願いします。ピチョーネもダメです。どうしてもって言うなら、俺がやります!」
「君が?」
「一部の魔族は、俺が母さんの関係者だということを知っているはず。代理は務まると思います」
息子ではなく使用人という設定だが。
フェデリコさんは少し考えこんだ。
「ふむ。なるほど。ではその案で行こう。魔族側にも代表はいるはずだ。その人物にさえ話が通ればいい。君の言う通り、お母上を危険にさらす必要もないしな」
「ありがとうございます」
見苦しいと思われてもいい。
俺はできることをすべてやるのだ。
ピチョーネの表情はひややかだ。
「ねえ、フェデリコ。モノを作るのはいいけど、マルコに迷惑かけないで。もし魔法の力が必要なら、私がなんとかするから」
「もちろんだとも。そのときが来たらお願いするよ、緑の魔女」
もし完成したら、母さんを守るためにも使えるかもしれない。
そんな打算もあった。
そう。
俺は世界の平和なんかより、母さんの無事を優先するだろう。
*
魔族側の反応は、かなりよかった。
彼らも戦争にはうんざりしていたのだ。人間側と協力する機会があるなら、ぜひ参加したいとのことだった。街にも住みたいようだったし。
なにより、自由都市の看板が強かった。
閉鎖的な封建領主とは手を組めないが、開かれた自由都市なら参加したいという魔族は少なくないらしい。
一方の自由都市も、魔族をそこまで毛嫌いしていない。
ビジネスに魔法を組み込むチャンスをずっと探っていた。魔族の才能を欲していたのだ。
神の眷属がどう出るかは不安だが……。すでに彼らは、この流れを阻害するほどの力を有していない。資源もない。故郷もない。
もはや人類と魔族は、争う必要がなくなったのだ。
*
魔族は、触媒に魔力を込める。
人類はその触媒をケーブルでつないでゆく。
これは共同作業だ。
はじめは互いに警戒感もあったが、装置が完成に近づくにつれ、わだかまりも溶けて行った。文化の違いによる衝突もあるにはあったが……。
春ころには、早くもプロトタイプが完成した。
与えられた名は「太陽」。
破壊兵器にしては尊大な名前だ。
草花を育てることもできず、むしろ焼くことしかできないのに。
もちろん個人の所有物ではない。
自由都市同盟の資金で作られたものだ。みんなの所有物ということになる。
この危険な兵器を使用するためには、評議会による承認が必要となる。
*
王都は、赤の領域ラ・ロッサの混乱を鎮圧するため、何度も装置を使ったようだ。
土地の大部分が焦土と化し、ついには所有者のない空白地帯となり果てた。
そこへ今度は、黒の領域ラ・ネロの兵がなだれ込んできた。この機に乗じて領地を拡大しようと考えたのだ。
国王軍との衝突が始まった。
王の権威などいかほどのものか。そのようなものは、もはや地に落ちていた。
浄化の装置は容赦なく兵を焼いた。
そのうちに、装置の誤動作なのか、精度の問題か、炎が国王軍を焼くという事件が何度かあった。
取り戻せる失敗ではない。
焼かれた人間は、生き返らない。
国王軍は、なんとしても勝たなくてはいけなくなった。
勝たずに兵を引けば、ただの敗軍だ。
投入された資金は戻ってこない。
王は玉座から引きずり降ろされることになる。
はした金を握らされた吟遊詩人たちは、この空虚な戦争を英雄譚に変えて歌った。
華々しい異名の戦士たちが活躍し、国王軍は輝かしい戦果をあげている。ああ、なんと素晴らしいのだろう。やはり王は偉大である。さあ、集え。ともに戦おう。君も歴史に名を刻むのだ。
かくして、歌に乗せられた血気盛んな若者たちは、いたずらに戦場で命を散らし続けた。
四つの領域を支配する偉大な王国は、もはや風前の灯であった。
(続く)




