街の復興
その後、二つの変化があった。
ひとつは、無人となったラ・ヴェルデの街を、自由都市同盟が占拠してしまったこと。
まあこれは、敵も味方も消えてしまったのだから仕方がない。
ほとんど廃墟になってしまっているし、とったところでプラスになるのかさえ分からないが。
もうひとつは、魔女たちが、母さんを救うことを放棄してしまったことだ。
「すまない、マルコくん。急な話だが、私たちは手を引くことにした」
白の魔女は一方的にそう告げた。
「えっ? どういうことです? なにかあったんですか?」
「詳しくは言えない。とにかくこれ以上は手を貸せない」
「なぜ?」
仲間だと思っていたのに……。
「悪く捉えないで欲しい。決して君たちを見捨てるわけじゃない。私たちが手を出さないほうがいいと判断したためだ」
「本当なんですか?」
「ヒントも与えられない。理解してくれ」
「……」
分からない。
俺たちだけで解決したほうがいい?
そんなことがあるのか?
もやは消えた。
未来をより見通せるようになったのだ。
その上で、この結論なのか?
*
白の魔女は廃墟を去った。
一人減っただけなのに、なんだか急に寂しくなってしまった。
母さんに聞いても答えてくれない。
ピチョーネは、そもそも誰とも話さなくなってしまった。
俺が神と会ったから?
なら、あのとき俺は、戦争に参加すべきではなかったのか?
部屋でいじけていると、カエデさんが入ってきた。
「マルコ、ちょっといいかにゃ?」
「はい……」
なんだろう。
薪割りなら終わらせたはずだけど。
広間に戻ると、見知らぬ若者がいた。
母さんの姿はない。
いったいなんだろう。
「突然の来訪失礼します。我々は、自由都市同盟の代表団です」
「はぁ」
みんな立派な服を着ている。
資産家だろうか。
「先日、我々の軍隊が、ラ・ヴェルデを保護したことはご存じですね?」
「はい、なんとなくは」
「我々は、代表の選出を、投票によっておこないます。しかも今回は、ラ・ヴェルデの総統を選出するという重大なものでして……。厳正なる選挙の結果、賛成多数でフェデリコさんに決定したのです。自由都市同盟は、フェデリコさんがいなければ成立しませんでしたからね。そこで、ご相談のため、フェデリコさんの別荘へうかがったのですが……。彼はどちらへ?」
「え、総統? フェデリコさんなら、王都にいますけど……」
「では、ぜひご連絡を。よい返事をお待ちしております」
「はい」
なんだかよく分からないけど、フェデリコさんに仕事を任せたいということなんだろう。
でも、フェデリコさんは戻ってくるだろうか。
話を聞いていたのか、ピチョーネがひょこりと顔を出した。
「王都に行きたいの?」
「お願いできますか?」
「いいよ」
前回は罠にかかったせいでいきなり投獄されてしまったが。
今回は大丈夫だろう。
*
転移魔法はとても便利だ。
人前で堂々と使うことはできないが。
よく整備された石畳の道。
たくさんの人々が行き交っており、活気もある。
「ね、マルコ。パンの屋台があるよ」
「食べたいんですか?」
「そうだよ」
当然のように言ってくる。
まあ簡単に移動できたのはピチョーネのおかげだし、少しくらい言うことを聞いてもいいか。
オリーブオイルを塗って焼いたパンだ。
それを二人で分けて、ベンチで食べた。
「なんかデートみたい」
「そうですか?」
「そうだよ……」
なぜか冷たい目で見てくる。
もう結婚の話はなくなったのに。
「ピチョーネ、先日の話だけど」
「どのお話?」
「俺が嘆きの川で見たもの……。誰にも言わないほうがいいと思う」
「当然でしょ。マルコもこんなところで言わないで。誰に聞かれるか分からないんだから」
「はい」
たぶん……いや絶対に問題になる。
秩序が根底から壊れる。
別の戦争が始まる。
「未来はどうですか?」
「なにも変わってない」
「そうですか……」
少しは期待したんだが。
*
フェデリコさんの邸宅についた。
怪しまれるかと思ったが、使用人は俺たちを見てすぐに通してくれた。
「こちらでお待ちください」
「はい」
大きな玄関だ。
ここだけでも、俺がむかし母さんと暮らしていた家くらいある。
「おや、二人とも。応接室にあがりたまえ。そこで聞こう」
シャツとズボンという格好で、フェデリコさんが部屋から出てきた。
たぶんラフな格好のつもりなんだろうけども、あまりに仕立てのいい服を着ている。やはり貴族なのだ。
*
「自由都市同盟がラ・ヴェルデを占拠したんですけど、そこで投票をして、フェデリコさんを総統に選んだそうなんです。で、なるべく早く返事が欲しいって」
「えっ?」
いつも冷静なフェデリコさんが、珍しく取り乱した。
「どうします?」
「なんて言った? 総統?」
「はい。大変そうですか?」
「ああ……。これはとんでもないことになったな……」
頭を抱えてしまった。
「あのー、もし俺でよければ、代わりに断っておきますけど」
「待て! 断るとは言っていない。引き受ける」
「いいんですか? 大変なんですよね?」
「引き受ける。ただし、私はしばらく王都でやることがある。そこで、副総統をアルトゥーロくんに任せたい。あとは彼にうまいことやってもらいたまえ」
そもそも総統がなんだか分からないが。
アルトゥーロさんを副総統にすればいいのか?
「ああ、待ってくれ。書簡を用意する。すまないが、それを自由都市の代表に渡してくれたまえ」
「はい」
「すぐに書く」
*
かくして俺たちは書簡を受け取り、ラ・ヴェルデの街へ戻った。
砦には代表団のメンバーがいた。
「おお、なるほど。お引き受けくださると? それは朗報。しかし副総統に指名されたアルトゥーロという人物は……あの傭兵の? え、レコンキスタ家の方? そんな方がラ・ヴェルデにいたとは……」
不死身のアルトゥーロは、ただの傭兵だと思われていたらしい。
そういえば、まだ肝心のアルトゥーロさんに話を通してない。
帰ったら話そう。
*
「お、なんだ二人とも。王都に行ってたんじゃなかったのか?」
廃墟に戻ると、アルトゥーロさんが庭で剣の稽古をしているところだった。
カカシを好き放題に斬りつけている。
「いま戻ってきたところです」
「フェデリコの野郎には会えたのか?」
「はい。それで、アルトゥーロさんを副総統に指名するから、あとはアルトゥーロさんにやってもらえと」
「は?」
固まってしまった。
「あ、ダメでした?」
「いや……。俺に、副総統をやれって? あいつはどうすんだ?」
「まだしばらく王都に残るそうです」
「あの野郎……。いや、分かった。やるよ。自由都市を味方につけるってのは、当初の目的でもあったわけだしな。ただ、自由都市ってのは貴族を嫌うだろ。俺でも平気なのか?」
「レコンキスタ家の人だって言って喜んでましたよ」
「政治が変わっても、人の頭ン中までは変わらねぇか」
なんとも言えない表情だ。
「自由都市って、貴族はいないんですか?」
「いや、いるぜ。けど特権らしい特権はねぇ。周りの人間と同じ扱いだ。ただ、たいていの場合、金だけは持ってるからな。そっちの力で偉そうにしてるはずだ」
お金があれば偉いのか。
アルトゥーロさんは貴族だけど、もうお金はほとんどない様子。
俺のせいだ。あまり考えないようにしよう。
*
その後の数ヶ月で、街はウソみたいに回復していった。
戦争がなかったおかげでもあるが。
ジョヴァンニさんとレオさんが、格安で物資を提供してくれたおかげだ。その代わり、商売にかかる税金を免除という特権を与えたらしい。
「ここは場所もいいからな。ほっときゃ勝手に発展するはずだったんだ。バカみたいに戦争ばかりしてなけりゃな」
執務室で、アルトゥーロさんはつぶやいた。
激務だったらしく、げっそりしている。
「タマゴのパンが5リラで買えましたよ!」
「それでもまだ高いほうだ。戦前の水準まで戻せればいいんだが」
資料をめくりながらそんなことを言う。
俺が初めてこの街に来た時、タマゴのパンは1リラで売られていた。
そうなってくれたら本当に嬉しい。
街が回復してくると、人も集まってきた。
冒険者ギルドも再開された。
なにもかもが、以前の状態に近づいてきた。
「けど、凄いですね。こんなに早く回復するなんて。アルトゥーロさん、もしかして天才なのでは?」
「天才じゃない。街なんてのはな、人が集まりゃ勝手に発展するんだよ。だから人が集まりやすい環境を作ってやりゃいい。ま、物資の面ではジョヴァンニたちの世話になったが。機械人形が門をぶっ壊してくれたおかげで、馬車も入りやすくなったしな」
「あはは……」
ラ・ロサとも停戦できた。
そもそも、前領主が私利私欲で始めた戦争だ。やる意味もなかった。ラ・ロサも困惑していたようだし。
目つきの鋭い女が怒鳴り込んできた。
「アルトゥーロ! 頼んどいた物資が届いてない! いつ来るんだい?」
マティルダさんだ。
冒険者ギルドでは「鷹の目」の異名で知られていた女性だ。
いまは兵士の訓練を担当している。
「いま手配してる最中だ。もう少し待ってくれ」
「もう少しっていつよ?」
「知るかよ。商人に聞いてくれ」
「さっさとしな。せっかく街を直しても、いま攻め込まれたらもたないよ」
「分かった分かった」
マティルダさんは怒りながら行ってしまった。
副総統も大変だ。
アルトゥーロさんは盛大な溜め息だ。
「ご覧のありさまだ、マルコ。まだ拠点には帰れそうにない」
「そ、そうみたいですね……」
「こっちはこっちでやるべきことをやる。お前はお前でやるべきことをやってくれ」
「はい」
状況は悪くない。
絶対に母さんを守るんだ。
あとは、なにかのきっかけで未来が変わってくれれば……。
*
冬のピークは過ぎた。
まだ息は白いけど。
かつて母さんと住んでいた山は、雪をかぶって真っ白だ。
家が潰れていないといいけど。
「ただいま戻りました」
廃墟に戻ると、俺はまっすぐ暖炉へ向かった。
母さんは特等席に置かれている。
「お帰りなさい、マルコ。街の様子はどうでした?」
「かなりよくなってますよ。そのうち一緒に行きましょう」
「ええ。そうですね」
本当に?
一緒に行ってくれるのか?
そのためには、生きていてもらわなくては。
赤の領域では戦争が続いているらしい。
浄化の炎で焼かれて以来、小勢力が乱立し、国土の大半が荒れ果てているのだとか。食い詰めた人々は、隣接する領域へも浸食を始めている。
なんとか平和を保っているのはラ・ヴェルデだけだ。
「マルコ、私への伝言は?」
ソフィアさんが大股で近づいてきた。
怒っている?
いったいなんなんだ?
「伝言って?」
「まともな都市なら、医者の需要もあるはずよね? アルトゥーロは、この名医である私になにか重要なポストを与えなかったの? どうなの?」
「ソフィアさんのことは、なにも……」
「なんなの! 命を救ってあげた恩人に、配慮もないワケ?」
確かにソフィアさんは、アルトゥーロさんの命を救ったことがある。
だがそれよりも、抜き取った血の量のほうが多いのだ。
おもに俺のせいだが。
「まあまあ。また会ったらそれとなく聞いておきますから」
「どうせ古臭い寺院に、不要な配慮してるのよ! 政治と宗教の癒着だわ! 由々しき問題よ!」
「そ、そうなんですか?」
「だいたい、回復魔法なんて、やらしい目的でしか使われてないじゃない! 私、知ってるんだから!」
「……」
確実になにかをこじらせている。
「うるせーにゃ。そんな元気があるなら、メシの支度でも手伝えにゃ」
カエデさんが大鍋を抱えてやってきた。
今日はシチューだろうか。
ソフィアさんは鍋を運ぶのを手伝った。
「私はなにをすればいいの?」
「まあ、ほとんど終わってるから、あとは片付けを頼むにゃ」
「はぁい」
そういえば、俺は煙突の掃除をしろと言われていたんだった。
まだやってない。
あとで怒られよう。
気まぐれに窓の外を見た。
雪は降っていない。
代わりに、人影の近づいてくるのを見つけた。
客……だろうか?
(続く)




