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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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街の復興

 その後、二つの変化があった。


 ひとつは、無人となったラ・ヴェルデの街を、自由都市同盟が占拠してしまったこと。

 まあこれは、敵も味方も消えてしまったのだから仕方がない。

 ほとんど廃墟になってしまっているし、とったところでプラスになるのかさえ分からないが。


 もうひとつは、魔女たちが、母さんを救うことを放棄してしまったことだ。


「すまない、マルコくん。急な話だが、私たちは手を引くことにした」

 白の魔女は一方的にそう告げた。

「えっ? どういうことです? なにかあったんですか?」

「詳しくは言えない。とにかくこれ以上は手を貸せない」

「なぜ?」

 仲間だと思っていたのに……。


「悪く捉えないで欲しい。決して君たちを見捨てるわけじゃない。私たちが手を出さないほうがいいと判断したためだ」

「本当なんですか?」

「ヒントも与えられない。理解してくれ」

「……」

 分からない。

 俺たちだけで解決したほうがいい?

 そんなことがあるのか?


 もやは消えた。

 未来をより見通せるようになったのだ。

 その上で、この結論なのか?


 *


 白の魔女は廃墟を去った。

 一人減っただけなのに、なんだか急に寂しくなってしまった。


 母さんに聞いても答えてくれない。

 ピチョーネは、そもそも誰とも話さなくなってしまった。


 俺が神と会ったから?

 なら、あのとき俺は、戦争に参加すべきではなかったのか?


 部屋でいじけていると、カエデさんが入ってきた。

「マルコ、ちょっといいかにゃ?」

「はい……」

 なんだろう。

 薪割りなら終わらせたはずだけど。


 広間に戻ると、見知らぬ若者がいた。

 母さんの姿はない。

 いったいなんだろう。


「突然の来訪失礼します。我々は、自由都市同盟の代表団です」

「はぁ」

 みんな立派な服を着ている。

 資産家だろうか。

「先日、我々の軍隊が、ラ・ヴェルデを保護したことはご存じですね?」

「はい、なんとなくは」

「我々は、代表の選出を、投票によっておこないます。しかも今回は、ラ・ヴェルデの総統ドージェを選出するという重大なものでして……。厳正なる選挙の結果、賛成多数でフェデリコさんに決定したのです。自由都市同盟は、フェデリコさんがいなければ成立しませんでしたからね。そこで、ご相談のため、フェデリコさんの別荘へうかがったのですが……。彼はどちらへ?」

「え、総統? フェデリコさんなら、王都にいますけど……」

「では、ぜひご連絡を。よい返事をお待ちしております」

「はい」


 なんだかよく分からないけど、フェデリコさんに仕事を任せたいということなんだろう。

 でも、フェデリコさんは戻ってくるだろうか。


 話を聞いていたのか、ピチョーネがひょこりと顔を出した。

「王都に行きたいの?」

「お願いできますか?」

「いいよ」

 前回は罠にかかったせいでいきなり投獄されてしまったが。

 今回は大丈夫だろう。


 *


 転移魔法はとても便利だ。

 人前で堂々と使うことはできないが。


 よく整備された石畳の道。

 たくさんの人々が行き交っており、活気もある。


「ね、マルコ。パンの屋台があるよ」

「食べたいんですか?」

「そうだよ」

 当然のように言ってくる。

 まあ簡単に移動できたのはピチョーネのおかげだし、少しくらい言うことを聞いてもいいか。


 オリーブオイルを塗って焼いたパンだ。

 それを二人で分けて、ベンチで食べた。


「なんかデートみたい」

「そうですか?」

「そうだよ……」

 なぜか冷たい目で見てくる。

 もう結婚の話はなくなったのに。


「ピチョーネ、先日の話だけど」

「どのお話?」

「俺が嘆きの川で見たもの……。誰にも言わないほうがいいと思う」

「当然でしょ。マルコもこんなところで言わないで。誰に聞かれるか分からないんだから」

「はい」

 たぶん……いや絶対に問題になる。

 秩序が根底から壊れる。

 別の戦争が始まる。


「未来はどうですか?」

「なにも変わってない」

「そうですか……」

 少しは期待したんだが。


 *


 フェデリコさんの邸宅についた。

 怪しまれるかと思ったが、使用人は俺たちを見てすぐに通してくれた。


「こちらでお待ちください」

「はい」

 大きな玄関だ。

 ここだけでも、俺がむかし母さんと暮らしていた家くらいある。


「おや、二人とも。応接室にあがりたまえ。そこで聞こう」

 シャツとズボンという格好で、フェデリコさんが部屋から出てきた。

 たぶんラフな格好のつもりなんだろうけども、あまりに仕立てのいい服を着ている。やはり貴族なのだ。


 *


「自由都市同盟がラ・ヴェルデを占拠したんですけど、そこで投票をして、フェデリコさんを総統に選んだそうなんです。で、なるべく早く返事が欲しいって」

「えっ?」

 いつも冷静なフェデリコさんが、珍しく取り乱した。

「どうします?」

「なんて言った? 総統?」

「はい。大変そうですか?」

「ああ……。これはとんでもないことになったな……」

 頭を抱えてしまった。


「あのー、もし俺でよければ、代わりに断っておきますけど」

「待て! 断るとは言っていない。引き受ける」

「いいんですか? 大変なんですよね?」

「引き受ける。ただし、私はしばらく王都でやることがある。そこで、副総統をアルトゥーロくんに任せたい。あとは彼にうまいことやってもらいたまえ」

 そもそも総統がなんだか分からないが。

 アルトゥーロさんを副総統にすればいいのか?


「ああ、待ってくれ。書簡を用意する。すまないが、それを自由都市の代表に渡してくれたまえ」

「はい」

「すぐに書く」


 *


 かくして俺たちは書簡を受け取り、ラ・ヴェルデの街へ戻った。

 砦には代表団のメンバーがいた。


「おお、なるほど。お引き受けくださると? それは朗報。しかし副総統に指名されたアルトゥーロという人物は……あの傭兵の? え、レコンキスタ家の方? そんな方がラ・ヴェルデにいたとは……」

 不死身のアルトゥーロは、ただの傭兵だと思われていたらしい。

 そういえば、まだ肝心のアルトゥーロさんに話を通してない。

 帰ったら話そう。


 *


「お、なんだ二人とも。王都に行ってたんじゃなかったのか?」


 廃墟に戻ると、アルトゥーロさんが庭で剣の稽古をしているところだった。

 カカシを好き放題に斬りつけている。


「いま戻ってきたところです」

「フェデリコの野郎には会えたのか?」

「はい。それで、アルトゥーロさんを副総統に指名するから、あとはアルトゥーロさんにやってもらえと」

「は?」

 固まってしまった。


「あ、ダメでした?」

「いや……。俺に、副総統をやれって? あいつはどうすんだ?」

「まだしばらく王都に残るそうです」

「あの野郎……。いや、分かった。やるよ。自由都市を味方につけるってのは、当初の目的でもあったわけだしな。ただ、自由都市ってのは貴族を嫌うだろ。俺でも平気なのか?」

「レコンキスタ家の人だって言って喜んでましたよ」

「政治が変わっても、人の頭ン中までは変わらねぇか」

 なんとも言えない表情だ。


「自由都市って、貴族はいないんですか?」

「いや、いるぜ。けど特権らしい特権はねぇ。周りの人間と同じ扱いだ。ただ、たいていの場合、金だけは持ってるからな。そっちの力で偉そうにしてるはずだ」

 お金があれば偉いのか。

 アルトゥーロさんは貴族だけど、もうお金はほとんどない様子。

 俺のせいだ。あまり考えないようにしよう。


 *


 その後の数ヶ月で、街はウソみたいに回復していった。

 戦争がなかったおかげでもあるが。

 ジョヴァンニさんとレオさんが、格安で物資を提供してくれたおかげだ。その代わり、商売にかかる税金を免除という特権を与えたらしい。


「ここは場所もいいからな。ほっときゃ勝手に発展するはずだったんだ。バカみたいに戦争ばかりしてなけりゃな」

 執務室で、アルトゥーロさんはつぶやいた。

 激務だったらしく、げっそりしている。

「タマゴのパンが5リラで買えましたよ!」

「それでもまだ高いほうだ。戦前の水準まで戻せればいいんだが」

 資料をめくりながらそんなことを言う。

 俺が初めてこの街に来た時、タマゴのパンは1リラで売られていた。

 そうなってくれたら本当に嬉しい。


 街が回復してくると、人も集まってきた。

 冒険者ギルドも再開された。

 なにもかもが、以前の状態に近づいてきた。


「けど、凄いですね。こんなに早く回復するなんて。アルトゥーロさん、もしかして天才なのでは?」

「天才じゃない。街なんてのはな、人が集まりゃ勝手に発展するんだよ。だから人が集まりやすい環境を作ってやりゃいい。ま、物資の面ではジョヴァンニたちの世話になったが。機械人形が門をぶっ壊してくれたおかげで、馬車も入りやすくなったしな」

「あはは……」


 ラ・ロサとも停戦できた。

 そもそも、前領主が私利私欲で始めた戦争だ。やる意味もなかった。ラ・ロサも困惑していたようだし。


 目つきの鋭い女が怒鳴り込んできた。

「アルトゥーロ! 頼んどいた物資が届いてない! いつ来るんだい?」

 マティルダさんだ。

 冒険者ギルドでは「鷹の目」の異名で知られていた女性だ。

 いまは兵士の訓練を担当している。


「いま手配してる最中だ。もう少し待ってくれ」

「もう少しっていつよ?」

「知るかよ。商人に聞いてくれ」

「さっさとしな。せっかく街を直しても、いま攻め込まれたらもたないよ」

「分かった分かった」

 マティルダさんは怒りながら行ってしまった。

 副総統も大変だ。


 アルトゥーロさんは盛大な溜め息だ。

「ご覧のありさまだ、マルコ。まだ拠点には帰れそうにない」

「そ、そうみたいですね……」

「こっちはこっちでやるべきことをやる。お前はお前でやるべきことをやってくれ」

「はい」

 状況は悪くない。

 絶対に母さんを守るんだ。

 あとは、なにかのきっかけで未来が変わってくれれば……。


 *


 冬のピークは過ぎた。

 まだ息は白いけど。


 かつて母さんと住んでいた山は、雪をかぶって真っ白だ。

 家が潰れていないといいけど。


「ただいま戻りました」

 廃墟に戻ると、俺はまっすぐ暖炉へ向かった。

 母さんは特等席に置かれている。

「お帰りなさい、マルコ。街の様子はどうでした?」

「かなりよくなってますよ。そのうち一緒に行きましょう」

「ええ。そうですね」


 本当に?

 一緒に行ってくれるのか?

 そのためには、生きていてもらわなくては。


 赤の領域では戦争が続いているらしい。

 浄化の炎で焼かれて以来、小勢力が乱立し、国土の大半が荒れ果てているのだとか。食い詰めた人々は、隣接する領域へも浸食を始めている。

 なんとか平和を保っているのはラ・ヴェルデだけだ。


「マルコ、私への伝言は?」

 ソフィアさんが大股で近づいてきた。

 怒っている?

 いったいなんなんだ?

「伝言って?」

「まともな都市なら、医者の需要もあるはずよね? アルトゥーロは、この名医である私になにか重要なポストを与えなかったの? どうなの?」

「ソフィアさんのことは、なにも……」

「なんなの! 命を救ってあげた恩人に、配慮もないワケ?」

 確かにソフィアさんは、アルトゥーロさんの命を救ったことがある。

 だがそれよりも、抜き取った血の量のほうが多いのだ。

 おもに俺のせいだが。

「まあまあ。また会ったらそれとなく聞いておきますから」

「どうせ古臭い寺院に、不要な配慮してるのよ! 政治と宗教の癒着だわ! 由々しき問題よ!」

「そ、そうなんですか?」

「だいたい、回復魔法なんて、やらしい目的でしか使われてないじゃない! 私、知ってるんだから!」

「……」

 確実になにかをこじらせている。


「うるせーにゃ。そんな元気があるなら、メシの支度でも手伝えにゃ」

 カエデさんが大鍋を抱えてやってきた。

 今日はシチューだろうか。


 ソフィアさんは鍋を運ぶのを手伝った。

「私はなにをすればいいの?」

「まあ、ほとんど終わってるから、あとは片付けを頼むにゃ」

「はぁい」


 そういえば、俺は煙突の掃除をしろと言われていたんだった。

 まだやってない。

 あとで怒られよう。


 気まぐれに窓の外を見た。

 雪は降っていない。

 代わりに、人影の近づいてくるのを見つけた。

 客……だろうか?


(続く)

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