赤鼻
数日後、庭で薪を割っていると、来客があった。
「失礼。ここにアルトゥーロがいると聞いて来たのだが……」
赤い鼻の、小太りのおじさん。
俺の勘違いでなければ、あの赤鼻だ。
「え、なんの用ですか?」
「おい、斧をおろせ。ここの住人は、客が来るたび頭を叩き割るのか?」
そう言われても……。
敵なんだから。
「ごめんなさい。でも、急に攻め込んでくるから」
「攻め込む? この俺が武装してるように見えるのか? 部下だって敷地の外に待たせてる。お行儀よくな」
「じゃあ、なんの用ですか?」
「最初に言っただろ。アルトゥーロを出せ。仕事の話がある」
すると中からアルトゥーロさんがひょこりと顔を出した。とても嫌そうな表情をしている。
「おい、マルコ。いないって言え」
「見えてるぞアルトゥーロ」
赤鼻は無遠慮に近づいていった。
もう俺にはどうしようもない。
「なんだ、赤鼻。仕事ってのは? どうせ魔族に勝てねーからって、この俺に泣きついたきたんだろ?」
「話が早いじゃねーか。中で話そう」
「ダメだ。入ってくるな。ここは俺の自宅じゃないんだ。立ち話で済ましてくれ」
「おいおい。貴族サマの癖に、最低限のマナーさえなくしちまったのか?」
「ったく、うるせーな。マナーがあったら傭兵なんてやってないんだよ」
たぶんケンカしているのかもしれないが、あまり仲が悪いようには見えない。
赤鼻は石壁に寄り掛かった。
「今回の敵は、常識が通用しねぇ。なんだ魔法って。あんなのズルだろ」
「おい、赤鼻。魔族との戦争が始まって何年経つと思ってんだ? いまさら魔法にてこずりやがって」
「さすがに老いたのかもな」
「言うな……」
寂しそうな顔。
赤鼻は、確かにおじさんというよりは、老人にも見えた。足腰も弱っているのか、少し歩きづらそうでもある。
でも、アルトゥーロさんが駆け出しのころは、きっと若かったのだろう。
二人とも。
赤鼻はしみじみと溜め息をついた。
「今回の戦いで、手塩にかけて育ててたのが死んじまってな」
「お気の毒に」
「で、後継者がいなくなっちまったってワケだ」
「ふざけんな。帰れよもう」
部外者の俺にも、だんだん話が見えてきた。
自分の傭兵団を、アルトゥーロさんに継がせる気なのだ。
赤鼻は余裕の笑みだ。
「おいおい、つめてぇこと言うなよ。お前は俺の息子みたいなモンだろ?」
「その話はするな」
「なんだよ。お前にとっては忌まわしい話か?」
「思い出はキレイなままにしておきたいんだよ」
「そうか……」
会話が途絶えてしまった。
俺も棒立ちしてないで、薪割りに戻るべきだろうか。でもいま大きな音を立てたら、きっと邪魔だろうし……。
赤鼻はあきらめたように溜め息をついた。
「ま、お前の考えは分かった。俺はこのあとたぶん死ぬと思うが、お前はこの安全な砦で思う存分観戦しててくれ」
「本気で言ってんのか? いつもみたいにトンズラしろよ。あんたの得意技だろ?」
「雇用主がとにかく頑迷でな。退却は許されん。金も受け取っちまってるしな」
「それがなんだよ。俺が参加したところで戦況は変わらねぇだろ」
「かもな。ま、用件はそれだけだ。お前はせいぜい長生きしてくれ、不死身のアルトゥーロ」
赤鼻は一方的に話を切り上げると、少し歩きづらそうにして行ってしまった。
アルトゥーロさんはその背をずっと見送っていた。
日は少し傾きかけている。
鳥たちは巣に戻るのか、群れをなして飛んでいる。
赤鼻を乗せた馬車が、ゆっくりと遠ざかってゆく。
「マルコ、悪いんだが……」
「はい?」
「さっきはああ言ったが、やっぱり赤鼻に手を貸そうと思う。あれでも俺の親みたいなモンでな。どうしても見捨てられねぇ。俺はここで抜けさせてもらう」
そういうことか。
やけに思いつめた顔をしていると思ったら。
「俺も参加します」
「は?」
「邪魔ですか?」
「バカ野郎! 分かってんのか? こいつは勝ち目のねぇ戦いなんだ。お前まで死なせるワケにはいかねぇだろ。だいたい、お前には母親を守るって使命があるんだ。俺の個人的な事情にまで付き合うことはねぇよ」
死ぬつもりなのか。
俺は未来を知っている。
アルトゥーロさんは死なないはずなのだ。
絶対にその未来になるかは分からないし、もやのせいで情報は不安定になっているという話だけど。
「勝てばいいんですよね?」
「マルコ、お前……。ホントに? なら、機械装甲で出てくれるか? 仲間の被害を減らせる」
「はい!」
フェデリコさんの使用許可は得ていないが、仕方がない。いまは緊急事態だ。
アルトゥーロさんは、母さんのために自宅を売って5万も出してくれた。こっちは命を差し出さないと釣り合わない。
「まさか、お前に助けられることになるとはな……。いや、思えば冒険者だったころも、お前に助けられたんだっけ」
「お互い様ですよ」
「頼もしくなったもんだぜ。初めて会ったときは、イヌの死骸を担いで、折れた棒切れしか持ってなかったお前がな……」
「そのことは忘れてください」
折れる前はちゃんとした石斧だったのだ。
イヌだってもったいないから担いでいただけだし。
アルトゥーロさんは自分の体を叩いて気合を入れた。
「よし。悲観するのはヤメだ。参加するからには勝つぞ。赤鼻には悪知恵があるが、正面からの戦いは苦手としていてな。だが、お前と機械装甲ならその弱点を補える」
「はい!」
だが、俺は知っている。
この戦いに勝者はいない。
敵の召喚魔法が失敗して、両陣営が消滅する。
だけど誰も死なない。
ちぐはぐな情報だけど……。信じるしかない。
「ところでアルトゥーロさん、赤鼻とはどういう関係なんですか?」
俺がそう尋ねると、彼はしかめっ面になった。
「勘弁してくれよ、お前まで……」
「ごめんなさい。常識がなくて」
「いや、いいんだ。俺が若かった頃、あいつの部隊も王都にいてな。そんとき、あいつの娘と……まあ仲良くなって。結婚したんだ」
「えっ? 結婚?」
いまは……どこからどう見ても独身だけど……。
アルトゥーロさんは盛大な溜め息だ。
「当時、俺はレコンキスタ家にうんざりしててな。新しいことを始めたかったんだ。赤鼻の下でいろんなことを学んだぜ。一番役に立ったのは、逃げることだけどな。逃げればいくらでもやり直せる。だけど戦いを繰り返してるうち、虚しくなっちまってな。甘い言葉で兵隊を集めて、そいつら自身の故郷を焼かせるんだ。行き場をなくした兵たちは、傭兵団が居場所になっちまう」
「なんでそんなことを……」
「わざとじゃねぇさ。兵は現地調達だから、どうしてもそいつらの故郷を焼くハメになっちまうんだ。でも、うちはまだマシなほうだぜ。村から奪い尽くしたりはしなかった」
「奥さんは?」
「病死だよ。病状が悪化してたのに、俺は気づけもしなかった。自分の兵隊を動かして、いい気分になってたんだ。家庭もかえりみずにな。気づいたときには、俺には傭兵団しかなくなってた。傭兵は金になるぜ。少なくとも幹部連中にとってはな。誰かの依頼で敵を攻撃すると、お次は敵が兵隊を集めるだろ? 仕事が無限に舞い込んでくるんだ。自分たちで火種を作っておいて、連鎖的に金を巻き上げるって寸法だ。あとはその繰り返し。金を出すなら誰についてもいい」
憎しみが連鎖すればするほど金になる。
戦いで食べている。
そこが正規兵と違うところだ。
「ったく。傭兵なんてなくなっちまえばいいのに、なんて、何度思ったか知れねぇ。けど、なかったらなかったで……別の誰かがそれをやってたんだろうな。人間のすることなんて、タカが知れてる」
「どうやって抜けたんですか?」
「簡単さ。逃げたんだよ。すべてを投げ出してな。赤鼻が教えてくれたんだぜ。ヤバいと思ったらさっさと逃げろって。ま、逃げても結局……傭兵に逆戻りだ」
なぜ人は幸せになれないのだろう。
なぜ同じことを繰り返してしまうのだろう。
なぜ……。
*
翌日、俺たちは赤鼻の部隊に合流した。
二人だけではない。
話がバレて、結局、四人になってしまた。俺とアルトゥーロさんと、ピチョーネとソフィアさんだ。危ない戦いになると言って止めたのに、まったく聞き入れてくれなかった。特にピチョーネは未来が見えているはずなのに。
「来ると思ってたぜ。だが、まさか援軍が女とはな」
キャンプにつくと、赤鼻は嫌そうに顔をしかめた。
これに素早く反応したのはソフィアさんだ。
「なんです? ダメなんですか? 私は地元の名医ソフィアです。負け続けているあなた方には医者が必要ですよね? 絶対に必要ですよね?」
「まあ、確かに医者は必要だが……。ソフィア? 血の海の……?」
「違います。そんな危険人物と一緒にしないでください」
堂々とウソを言う。
赤鼻はピチョーネにも目を向けた。
「そっちの嬢ちゃんは? なにができるんだ?」
「わ、私は魔法の研究家で……。魔法が使えます!」
「ガキにしか見えねぇが?」
「失礼な! 大人ですけど!」
これは仕方がない。一見しただけでは、ピチョーネは普通の少女だ。魔法を使うその瞬間までは。
アルトゥーロさんが割って入った。
「おい、赤鼻。いまは女に文句を言ってる場合か?」
「勘違いするな。なにも女ってことを問題にしてるんじゃない。武器も持たずに来たことを問題にしてるんだ」
「じゃあ解決だな。二人にはスキルがある。彼女たちの力は絶対に必要になる」
「ああ、そうか。なら解決だな。だが、もうひとつ解決しなきゃならねぇ問題があるぜ」
「……」
赤鼻の不審そうな眼は、こちらへ向けられていた。
「このデカブツ、各地を荒らしまわってた例のアレじゃねーか。お前んとこの兵隊だったのか?」
そう。
この巨大な機械装甲は、領主の軍隊をいくつも撃破してきた。
目をつけられても仕方がない。
「まあそう言うなって。今日はこいつに先頭に立ってもらうんだから」
「俺はいいが、領主に知られたらマズいぞ。連中、こいつに自由都市を奪われたのをまだ忘れてねぇからな」
「野暮なこと言うなよ。傭兵が誰につくかは金次第だろ?」
アルトゥーロさんの言う通りだ。
傭兵は自由な存在のはず。
赤鼻は、しかし自慢の鼻をぽりぽりとかいた。
「そう、金だ。問題は、まさにそこでな。領主はそいつに個人的な仕返しをしたがってるワケじゃねぇんだ。むしろ逆。雇おうと考える。たとえば黒の領域を攻め落とすためにな」
戦争を終わらせるために戦っているのに、戦争の道具にされる、ということか。
アルトゥーロさんも渋い表情だ。
「なるほど、そいつは……問題だな……」
「傭兵なんだから、金さえ払えば雇えるはずだろ? なのに、正当な理由もなく拒否したら……。そんなの傭兵とは呼べない。反抗的な武装勢力だ。つまり? そう、賊ってことだ。正規軍の討伐対象だな。そうはなりたくないだろ」
「分かった。その件についてはあとで考える。だが、作戦は変えない」
「どんな作戦だ?」
赤鼻たちは魔法の罠に苦戦している。
それは通常の罠とは違い、何度でも作動する。
兵を送り込めば送り込むほど殺される。
だから街に入れない。
対処方法は、魔法の罠を解除するか、耐久力で一気に突破すること。
今回、俺たちはそれを同時にやる。
突破は俺が、解除はピチョーネが担当する。
敵は悪魔を召喚しようとしている。
そして失敗する。
早めに突破できれば、事前に止められるかもしれない。そしたら両陣営の消滅も回避できる。もやは消え去り、未来をもっと詳しく見通せるようになるはず。
大事なのは、とにかく手早くやり遂げること。
領主の件は……アルトゥーロさんに任せるとしよう。
俺にはなにも思いつかない。
(続く)




