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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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赤鼻

 数日後、庭で薪を割っていると、来客があった。


「失礼。ここにアルトゥーロがいると聞いて来たのだが……」

 赤い鼻の、小太りのおじさん。

 俺の勘違いでなければ、あの赤鼻だ。


「え、なんの用ですか?」

「おい、斧をおろせ。ここの住人は、客が来るたび頭を叩き割るのか?」

 そう言われても……。

 敵なんだから。

「ごめんなさい。でも、急に攻め込んでくるから」

「攻め込む? この俺が武装してるように見えるのか? 部下だって敷地の外に待たせてる。お行儀よくな」

「じゃあ、なんの用ですか?」

「最初に言っただろ。アルトゥーロを出せ。仕事の話がある」


 すると中からアルトゥーロさんがひょこりと顔を出した。とても嫌そうな表情をしている。

「おい、マルコ。いないって言え」

「見えてるぞアルトゥーロ」

 赤鼻は無遠慮に近づいていった。

 もう俺にはどうしようもない。


「なんだ、赤鼻。仕事ってのは? どうせ魔族に勝てねーからって、この俺に泣きついたきたんだろ?」

「話が早いじゃねーか。中で話そう」

「ダメだ。入ってくるな。ここは俺の自宅じゃないんだ。立ち話で済ましてくれ」

「おいおい。貴族サマの癖に、最低限のマナーさえなくしちまったのか?」

「ったく、うるせーな。マナーがあったら傭兵なんてやってないんだよ」

 たぶんケンカしているのかもしれないが、あまり仲が悪いようには見えない。


 赤鼻は石壁に寄り掛かった。

「今回の敵は、常識が通用しねぇ。なんだ魔法って。あんなのズルだろ」

「おい、赤鼻。魔族との戦争が始まって何年経つと思ってんだ? いまさら魔法にてこずりやがって」

「さすがに老いたのかもな」

「言うな……」

 寂しそうな顔。


 赤鼻は、確かにおじさんというよりは、老人にも見えた。足腰も弱っているのか、少し歩きづらそうでもある。

 でも、アルトゥーロさんが駆け出しのころは、きっと若かったのだろう。

 二人とも。


 赤鼻はしみじみと溜め息をついた。

「今回の戦いで、手塩にかけて育ててたのが死んじまってな」

「お気の毒に」

「で、後継者がいなくなっちまったってワケだ」

「ふざけんな。帰れよもう」


 部外者の俺にも、だんだん話が見えてきた。

 自分の傭兵団を、アルトゥーロさんに継がせる気なのだ。


 赤鼻は余裕の笑みだ。

「おいおい、つめてぇこと言うなよ。お前は俺の息子みたいなモンだろ?」

「その話はするな」

「なんだよ。お前にとっては忌まわしい話か?」

「思い出はキレイなままにしておきたいんだよ」

「そうか……」


 会話が途絶えてしまった。

 俺も棒立ちしてないで、薪割りに戻るべきだろうか。でもいま大きな音を立てたら、きっと邪魔だろうし……。


 赤鼻はあきらめたように溜め息をついた。

「ま、お前の考えは分かった。俺はこのあとたぶん死ぬと思うが、お前はこの安全な砦で思う存分観戦しててくれ」

「本気で言ってんのか? いつもみたいにトンズラしろよ。あんたの得意技だろ?」

「雇用主がとにかく頑迷でな。退却は許されん。金も受け取っちまってるしな」

「それがなんだよ。俺が参加したところで戦況は変わらねぇだろ」

「かもな。ま、用件はそれだけだ。お前はせいぜい長生きしてくれ、不死身のアルトゥーロ」

 赤鼻は一方的に話を切り上げると、少し歩きづらそうにして行ってしまった。

 アルトゥーロさんはその背をずっと見送っていた。


 日は少し傾きかけている。

 鳥たちは巣に戻るのか、群れをなして飛んでいる。


 赤鼻を乗せた馬車が、ゆっくりと遠ざかってゆく。


「マルコ、悪いんだが……」

「はい?」

「さっきはああ言ったが、やっぱり赤鼻に手を貸そうと思う。あれでも俺の親みたいなモンでな。どうしても見捨てられねぇ。俺はここで抜けさせてもらう」

 そういうことか。

 やけに思いつめた顔をしていると思ったら。

「俺も参加します」

「は?」

「邪魔ですか?」

「バカ野郎! 分かってんのか? こいつは勝ち目のねぇ戦いなんだ。お前まで死なせるワケにはいかねぇだろ。だいたい、お前には母親を守るって使命があるんだ。俺の個人的な事情にまで付き合うことはねぇよ」

 死ぬつもりなのか。


 俺は未来を知っている。

 アルトゥーロさんは死なないはずなのだ。

 絶対にその未来になるかは分からないし、もやのせいで情報は不安定になっているという話だけど。


「勝てばいいんですよね?」

「マルコ、お前……。ホントに? なら、機械装甲で出てくれるか? 仲間の被害を減らせる」

「はい!」

 フェデリコさんの使用許可は得ていないが、仕方がない。いまは緊急事態だ。

 アルトゥーロさんは、母さんのために自宅を売って5万も出してくれた。こっちは命を差し出さないと釣り合わない。


「まさか、お前に助けられることになるとはな……。いや、思えば冒険者だったころも、お前に助けられたんだっけ」

「お互い様ですよ」

「頼もしくなったもんだぜ。初めて会ったときは、イヌの死骸を担いで、折れた棒切れしか持ってなかったお前がな……」

「そのことは忘れてください」

 折れる前はちゃんとした石斧だったのだ。

 イヌだってもったいないから担いでいただけだし。


 アルトゥーロさんは自分の体を叩いて気合を入れた。

「よし。悲観するのはヤメだ。参加するからには勝つぞ。赤鼻には悪知恵があるが、正面からの戦いは苦手としていてな。だが、お前と機械装甲ならその弱点を補える」

「はい!」


 だが、俺は知っている。

 この戦いに勝者はいない。

 敵の召喚魔法が失敗して、両陣営が消滅する。

 だけど誰も死なない。

 ちぐはぐな情報だけど……。信じるしかない。


「ところでアルトゥーロさん、赤鼻とはどういう関係なんですか?」

 俺がそう尋ねると、彼はしかめっ面になった。

「勘弁してくれよ、お前まで……」

「ごめんなさい。常識がなくて」

「いや、いいんだ。俺が若かった頃、あいつの部隊も王都にいてな。そんとき、あいつの娘と……まあ仲良くなって。結婚したんだ」

「えっ? 結婚?」

 いまは……どこからどう見ても独身だけど……。


 アルトゥーロさんは盛大な溜め息だ。

「当時、俺はレコンキスタ家にうんざりしててな。新しいことを始めたかったんだ。赤鼻の下でいろんなことを学んだぜ。一番役に立ったのは、逃げることだけどな。逃げればいくらでもやり直せる。だけど戦いを繰り返してるうち、虚しくなっちまってな。甘い言葉で兵隊を集めて、そいつら自身の故郷を焼かせるんだ。行き場をなくした兵たちは、傭兵団が居場所になっちまう」

「なんでそんなことを……」

「わざとじゃねぇさ。兵は現地調達だから、どうしてもそいつらの故郷を焼くハメになっちまうんだ。でも、うちはまだマシなほうだぜ。村から奪い尽くしたりはしなかった」

「奥さんは?」

「病死だよ。病状が悪化してたのに、俺は気づけもしなかった。自分の兵隊を動かして、いい気分になってたんだ。家庭もかえりみずにな。気づいたときには、俺には傭兵団しかなくなってた。傭兵は金になるぜ。少なくとも幹部連中にとってはな。誰かの依頼で敵を攻撃すると、お次は敵が兵隊を集めるだろ? 仕事が無限に舞い込んでくるんだ。自分たちで火種を作っておいて、連鎖的に金を巻き上げるって寸法だ。あとはその繰り返し。金を出すなら誰についてもいい」

 憎しみが連鎖すればするほど金になる。

 戦いで食べている。

 そこが正規兵と違うところだ。


「ったく。傭兵なんてなくなっちまえばいいのに、なんて、何度思ったか知れねぇ。けど、なかったらなかったで……別の誰かがそれをやってたんだろうな。人間のすることなんて、タカが知れてる」

「どうやって抜けたんですか?」

「簡単さ。逃げたんだよ。すべてを投げ出してな。赤鼻が教えてくれたんだぜ。ヤバいと思ったらさっさと逃げろって。ま、逃げても結局……傭兵に逆戻りだ」


 なぜ人は幸せになれないのだろう。

 なぜ同じことを繰り返してしまうのだろう。

 なぜ……。


 *


 翌日、俺たちは赤鼻の部隊に合流した。

 二人だけではない。

 話がバレて、結局、四人になってしまた。俺とアルトゥーロさんと、ピチョーネとソフィアさんだ。危ない戦いになると言って止めたのに、まったく聞き入れてくれなかった。特にピチョーネは未来が見えているはずなのに。


「来ると思ってたぜ。だが、まさか援軍が女とはな」

 キャンプにつくと、赤鼻は嫌そうに顔をしかめた。

 これに素早く反応したのはソフィアさんだ。

「なんです? ダメなんですか? 私は地元の名医ソフィアです。負け続けているあなた方には医者が必要ですよね? 絶対に必要ですよね?」

「まあ、確かに医者は必要だが……。ソフィア? 血の海の……?」

「違います。そんな危険人物と一緒にしないでください」

 堂々とウソを言う。


 赤鼻はピチョーネにも目を向けた。

「そっちの嬢ちゃんは? なにができるんだ?」

「わ、私は魔法の研究家で……。魔法が使えます!」

「ガキにしか見えねぇが?」

「失礼な! 大人ですけど!」

 これは仕方がない。一見しただけでは、ピチョーネは普通の少女だ。魔法を使うその瞬間までは。


 アルトゥーロさんが割って入った。

「おい、赤鼻。いまは女に文句を言ってる場合か?」

「勘違いするな。なにも女ってことを問題にしてるんじゃない。武器も持たずに来たことを問題にしてるんだ」

「じゃあ解決だな。二人にはスキルがある。彼女たちの力は絶対に必要になる」

「ああ、そうか。なら解決だな。だが、もうひとつ解決しなきゃならねぇ問題があるぜ」

「……」


 赤鼻の不審そうな眼は、こちらへ向けられていた。

「このデカブツ、各地を荒らしまわってた例のアレじゃねーか。お前んとこの兵隊だったのか?」

 そう。

 この巨大な機械装甲は、領主の軍隊をいくつも撃破してきた。

 目をつけられても仕方がない。

「まあそう言うなって。今日はこいつに先頭に立ってもらうんだから」

「俺はいいが、領主に知られたらマズいぞ。連中、こいつに自由都市を奪われたのをまだ忘れてねぇからな」

「野暮なこと言うなよ。傭兵が誰につくかは金次第だろ?」

 アルトゥーロさんの言う通りだ。

 傭兵は自由な存在のはず。


 赤鼻は、しかし自慢の鼻をぽりぽりとかいた。

「そう、金だ。問題は、まさにそこでな。領主はそいつに個人的な仕返しをしたがってるワケじゃねぇんだ。むしろ逆。雇おうと考える。たとえば黒の領域を攻め落とすためにな」

 戦争を終わらせるために戦っているのに、戦争の道具にされる、ということか。

 アルトゥーロさんも渋い表情だ。

「なるほど、そいつは……問題だな……」

「傭兵なんだから、金さえ払えば雇えるはずだろ? なのに、正当な理由もなく拒否したら……。そんなの傭兵とは呼べない。反抗的な武装勢力だ。つまり? そう、賊ってことだ。正規軍の討伐対象だな。そうはなりたくないだろ」

「分かった。その件についてはあとで考える。だが、作戦は変えない」

「どんな作戦だ?」


 赤鼻たちは魔法の罠に苦戦している。

 それは通常の罠とは違い、何度でも作動する。

 兵を送り込めば送り込むほど殺される。

 だから街に入れない。


 対処方法は、魔法の罠を解除するか、耐久力で一気に突破すること。


 今回、俺たちはそれを同時にやる。

 突破は俺が、解除はピチョーネが担当する。


 敵は悪魔を召喚しようとしている。

 そして失敗する。

 早めに突破できれば、事前に止められるかもしれない。そしたら両陣営の消滅も回避できる。もやは消え去り、未来をもっと詳しく見通せるようになるはず。

 大事なのは、とにかく手早くやり遂げること。


 領主の件は……アルトゥーロさんに任せるとしよう。

 俺にはなにも思いつかない。


(続く)

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