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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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もや

「聞こえちゃったんだよにゃ。あんたの母親を助けに行ったとき、お城でさ。あいつら、転移魔法で悪魔を召喚するつもりだにゃ」

「えっ?」

 カエデさんの言葉に、俺はまともに返事をできなかった。

 悪魔を?


 人は神を崇めている。

 神の眷属は、神に仕えている。まあ崇めているのと同じだ。

 一方、魔族だけが悪魔を崇めている。


 今回、神の眷属と魔族が手を組んでいる。

 宗教上は対立しているのに。

 いいんだろうか?


 すると、いつの間にかピチョーネが近くにきていた。

「その話、詳しく聞かせてよ」

 目を赤くしているから、本当に泣いていたんだろう。


 カエデさんは肩をすくめた。

「詳しくは知らねーにゃ。ただ、いかにも魔法使いみたいなのが言ってたから、本気だとは思うにゃ。白いカッコの連中も乗り気だったし」

「……」


 もしそんなことになれば、おそらく秩序が壊れる。

 人類は滅ぶかもしれない。


 俺はピチョーネをたしなめた。

「ピチョーネ、さっきはごめん。だけど、一回落ち着いて」

「もう落ち着いてる! でも、これはすっごく問題なの! 悪魔なんて召喚されたら、みんな死んじゃうよ!」

 魔族なのに、悪魔を召喚したくないのか。

 まあみんな死ぬのならそうだろうけども。


 アルトゥーロさんが首をかしげた。

「なあ。魔女ってのは未来が見えるんだろ? だったら、どうなるかも分かってるんじゃないのか?」

 それもそうだ。

 頻繁に未来を確認しているピチョーネが、いまさら悪魔について慌てるのもおかしい。とっくに結末を知っているはずでは?


 ピチョーネは、なんとも言えない表情になってしまった。

「未来を見るって言っても、全部が見えるわけじゃないの。小さな穴から世界を覗くような感じだし……。たとえば、私たちが意識さえしてない遠くの出来事とかは、ちっとも見通せないし。集中が途切れたらすぐ現実に引き戻されちゃう」

「じゃあ、自分たちに関係のある……限定的なシーンしか見えないわけか」

「そう」

「でも、すぐそこで悪魔なんて召喚されたら、さすがに見えるんじゃないか? 結構な大事件だぜ?」

 アルトゥーロさんの説明ももっともだ。

 ピチョーネも返答に困っている。

「ん……。だから、たぶん召喚には成功しないんだと思う。でも、そうなるともっと大きな別の力が働くことになるよ?」

「なら、その別の力とやらは? あんたの魔法で見えないのか?」

「ムリ言わないで! なんでもかんでも見えるわけじゃないの!」


 だけど俺は知っている。

 ピチョーネよりも未来が見えている人物が一人いる。

 そしてその人物は、なぜか未来について語ろうとせず、じっと黙っている。


 ふと、白の魔女が廃墟から出てきた。

「ピチョーネ、君の先生が、少し話をしたいそうだ。中に入るといい」

「えっ? はい……」

 怪しんでいる様子だったが、ピチョーネは去った。


 白の魔女は残った。すました顔をしている。

「未来を知りたいのかい? 知れば、意図せぬ方向へ変わってしまうかもしれないが……」

 するとカエデさんは背を向けた。

「じゃ、あたしはパスするか。目の前で起きたことしか信じねー主義だからにゃ」

 この人は、本当にネコみたいだ。

 きっと未来など知らなくていいのだ。実際、目の前のことにはすべて対処できるのだから。


 アルトゥーロさんは苦い笑みだ。

「俺は聞きたいね。情報ってのは力だぜ。だからこそ、戦場じゃ危険をおかしてでも斥候を送るんだ。知らないよりは知っているほうがいい」

 現場での経験がある傭兵隊長らしい意見だ。

 だが、白の魔女は不審そうに目を細めている。

「基本的には、あなたの考えは正しいだろう。ただ、未来の知識というのは、現在の知識とは根本的に質の異なるものでね。知ることで、未来を台無しにしてしまう可能性もあるんだ。それでも知りたい?」

「思わせぶりだな。知ってるあんたの意見は?」

「判断不能だね。責任も取れない」

「いいさ。誰の責任でもない。教えてくれ。マルコも聞くよな?」

 急にこちらへ振ってきた。

「もちろんです」

 俺は未来を変えるために動いているのだ。未来について知ったことでなにかが変わるなら、それでもいい。


 白の魔女は、かすかに呼吸をした。

「じゃあ、言える範囲で教えよう。悪魔は召喚されない」

 されない!?

 なら、魔族の計画は失敗に終わるということだ。


「ホントに? あんたはその未来を見たのか?」

 アルトゥーロさんの問いに、白の魔女は肩をすくめた。

「見たよ。転移魔法は難しいんだ。そこらの魔族に扱えるものじゃない。大物を召喚するなら、なおさらね。魔女でもなければムリだろう」

「魔女なら? つまり、あんたにも?」

「私じゃ難しいね。少なくとも一人ではムリだ。誰かの手を借りないと。でも、ピチョーネなら一人でもできるんじゃないかな。その気になれば、いつでもね」

 本当に才能があるんだな。

 でも、彼女はまだ神を召喚していない。やろうと思えばできるのに。良心がブレーキをかけている状態だ。


 アルトゥーロさんは不審そうに目を細めた。

「あんた、じつはもっと見えてるだろう?」

「おや、気づいたかい?」

「もったいぶったわりに、たいした情報じゃなかったからな。実際に悪魔が召喚されないことくらい、さっきのピチョーネの話からも予想できたことだ」

 う、そうなのか……。

 俺には予想できなかった。


 白の魔女は、整った顔に麗しい微笑を浮かべた。

「ご明察。だけど、この先は知らないほうがいい」

「なんでだよ? 未来が変わるからか?」

「それもあるかな。だけど……問題はもっと根深いかもしれない」

「なんだよ深刻って。またもったいぶる気か?」

 アルトゥーロさんはうんざりした様子で尋ねた。

 確かに魔女はもったいぶり過ぎだ。

「せっかちなんだから。じゃあ答えを言うよ。見えなかったんだ。おっと、誤解しないで欲しい。全体の流れは見えたんだよ。ただ、肝心の召喚のシーンだけが……もやがかかったように曖昧でね。きっと強大な魔力が干渉しているせいだろうね。まあその後、ここのメンバーに欠員は出なかったみたいだから、あえて語るまでもないかと思ってね」

「なるほど。ま、誰も死なねぇならそれでいい」

 もう話は終わりとばかりに、アルトゥーロさんは剣の稽古に戻ってしまった。


 俺はまだ納得していない。

「その後は? 母さんはどうなるんです?」

「変化ナシだね」

 哀しい話だが、この回答にももう慣れてしまった。

「一体どんな理由で? せめてそれだけでも教えてくれませんか?」

「理由かい? たいていは反逆罪だね。魔族を扇動して戦争を起こさせた、とかね。だけど細部は、その時々で違うんだ」

「えっ? 違う?」

「緑の領域で処刑されることもあれば、白の領域で処刑されることもある。発見されるのも、外部からの密告や、ただの偶然などなど。変わらないのは、処刑が実行されるということだけ。だから、虹の魔女も言っていただろう。それはくさびなんだって」

「なぜ……」

「こういうのは、きっと誰かが決めているわけじゃない。誰かが望まなくとも、そうなってしまうものなんだ。全体のエネルギーがそこへ収束しているというか……」

 収束?

 計算機を破壊したのだから、せめてもう少し未来が変化してもいいはずだけど。


「俺一人の力じゃ、ムリなんでしょうか……」

 この言葉に、白の魔女は肩をすくめた。

「まったく。君の悪癖はなかなか直らないな。まだ一人で戦っているつもりなのか? たくさんの仲間が見えていないのか?」

「すみません。そうでした」

「ムリと決まったわけでもないんだ。勝手に結末を決めてもらっては困るよ」

「はい」

 この人は諦めていない。

 だというのに、息子の俺がこんなザマでどうする。

 見習わなくては。


 *


 その後、夕食になった。

 母さんとピチョーネは、特に会話もなし。ケンカはしていないが、仲直りしたようにも見えなかった。先ほどは、いったいなんの用で呼びつけたのだろうか?


 料理はピクルスのピザだった。

 フェデリコさんがいれば苦情のひとつでも言っているところだろう。だが、いない。いまも王都で浄化の装置を研究しているのだろう。成功して欲しくはないが、あの人なら動かしてしまうだろう。


 *


 夜、俺は一人、ベッドに入った。

 考えることが山のようにある。

 だけどなにひとつ解決しない。

 前進しているのかさえ分からない。


 ぼうっと考え事をしていると、窓にワタリガラスがとまっているのに気づいた。

 虹の魔女?


「驚いたかい? 私もこの魔法を使えるんだ」

「え、黒の魔女?」

 声が出た。

 このパターンだと、いつも声が出ないのに。

「そうだよ。黒の魔女だよ。お前の恩人さ」

「恩人……」

 まあそうなのかもしれない。

 俺が石にされたとき、助けてくれた。


「あんたにとってはどうでもいい話かもしれないが、虹の魔女は死んだよ。相当なババアだったからね。長く生きすぎたくらいさ」

「そんな……。あなたは哀しくないんですか?」

「うるさいね。こっちはとっくの昔から覚悟してたんだ。いまさらなんだってんだい」

 ああ、これは哀しんでいる。

 それくらいは俺にも分かった。

「それで、ご用は?」

「ご用だって? ふん。生意気だね。いつ喋るかは私が決める。指図するんじゃないよ」

「なら黙ってます」

「うん……」


 俺が黙ると、黒の魔女まで黙ってしまった。

 いったいなんなんだ?

 用もないのにここへ来たのか?


 カラスはカクカクと首を動かした。

「ああ、まあ、なんだ……。私たちはね、虹の魔女と契約しちまったのさ。緑の魔女を守るってね。えーと、でもいまは緑じゃなかったね。なんて呼んだらいいんだい?」

「緑の魔女でいいですよ」

「母親に言っておきな。師匠もピチョーネ、弟子もピチョーネじゃ紛らわしいから、どっちか名前を変えなってね」

「用件はそれだけですか?」

「そんなわけないだろ。黙って聞きな」

「はい。黙ります」

 今度はちゃんと喋ってくれるといいけど。


「まず、契約しちまった以上、私はあんたに協力する。契約相手が死んじまった今でもね。まったく。普通はね、相手が死んじまったら契約だって無効なんだよ。それを続けてやるってんだから……。ありがたく思いなよ?」

「はい。ありがとうございます」

「いい返事だ。そんなマルコに、ひとつ重要なヒントをやろうかね。いま、街で人間と魔族が戦争をしているね? 勝つのはどっちだと思う?」

「人間ですか?」

 召喚魔法は失敗するという。

 だったら、魔族側の秘策は空振りに終わるということだ。

 単純な戦力だけ見ても、人間側が優勢だとアルトゥーロさんは読んでいた。まだ持ちこたえてるけど。でも時間の問題だろう。


 魔女の答えはこうだ。

「違うねぇ」

「え、じゃあ魔族ですか?」

「それも違う」

「な……えっ?」

 二つの陣営が戦っているのに、どちらも勝たない。

 そんなことがありえるだろうか?

 少し待ったが、魔女は続きを教えてくれなかった。


「じゃあ、神の眷属ですか? 人間と魔族を争わせておいて、自分だけおいしいところを……」

「ああ、いい発想だね。けど、それも違う」

「答えを教えてください」

「もっと考えな」

 この魔女、人をいじめて楽しんでいるのでは?

「えーと、じゃあ……この戦いに乗じて、自由都市が攻め込んでくる、とか?」

「違う」

「フェデリコさんが帰ってきて、浄化の炎で焼く?」

「違う」

「俺が必殺技でどっちも倒す?」

「寝言は寝ていいな」

 もういい。

 なんなんだこの人は。

 ありえないのは俺だって分かってる。だいたい、なんなんだ必殺技って。そんなの持ってない。


 カラスは盛大に溜め息をついた。カラスというか、カラスの形をしただけの魔女だ。虹の魔女ほど上手に擬態できていない。

「正解は、どちらも消滅する、さ」

「消滅?」

 どういう……。

「だから、しばらく街には近寄らないほうがいい。ああ、でも因果ってのは残酷だね。きっとあんたは街に近づいちまう」

「えっ?」

「未来を見るときは、いろんな角度から見るのが重要なのさ。毎回同じ角度から覗いていたら、同じ未来しか見えないからね。言いたかないけど、私は白の魔女ほど才能がないよ。けどね、それだけに工夫しながら見てる。あいつには見えないものが、私には見えるんだ」

「見えたんですか? でも、街に近づいたら……」

「安心しな。死にやしないよ。具体的にどうやって生き延びるのかは、もやのせいで私にも見えなかったけどね」

 その「もや」は、きっと白の魔女が見たものと同じものだろう。

 強大な魔力の干渉があるのだ。


 カラスはまたカクカクと首を動かした。

「気になるのは、細部を見通せなかったことより、もやが発生したこと自体さ。白の魔女はお人好しだから、偶然によって未来が成立すると思ってるようだけどね。私は、そのもやにこそカギがあると思ってる」

「もやに?」

「だからあんたは、街に行くべきさ。もしかしたら未来が変わって死ぬかもしれないけどね。それでも、もやの正体は分かるだろうさ。そしたらその情報をもとに、私が緑の魔女を守るよ。できる範囲でね」

「……はい」

 それでもいい。

 俺の命を、母さんを救うために役立ててくれるなら。

「本来ならここで契約でもするところだけど、今回はよしておくよ。虹の魔女との二重契約になっちまうからね。まったく。あんなのでも大魔法使いだったからね。死んだからって気を抜けないのさ」

「ご協力に感謝します」

「ふん。感謝には早いよ。礼を言うのは成功してからにしな。まったく」

 それだけ言うと、カラスはバサバサと飛び去ってしまった。


 夜空にかかる月は、大きく欠けていた。

 まるで誰かに食い散らされたように。


(続く)

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