表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)
66/82

知っているのか

 廃墟にいるメンバーは、母さんを救いたいと思っている。

 だけどその本人は、救われたいと思っていない。


 世界でもっとも母さんのことを思っている俺でさえ、不満なのだ。

 ピチョーネもだんだんそのことについて苦情を言うようになってきた。


 黙っているのは、カエデさんとアルトゥーロさんだけ。この二人は大人だから黙っているのか、それとも最悪の結末を迎えても仕方がないと考えているのか……。それは分からない。


 *


 ピチョーネと一緒に森へ入った。

 気分転換の散歩だ。

 いや、気分転換というよりは、廃墟にいたらケンカになりそうだったからだ。神を召喚するかどうかについて、ピチョーネと母さんの意見は真っ向から対立していた。それがあの日だけでなく、数日経ったいまでもずっと続いていた。食事のときでさえ。


「マルコはどっちの味方なの?」

 ピチョーネは怒ったようにこっちを見てくる。

 選択肢などないといった顔で。

「なんでそんな質問を……」

「いいよ。分かってるから。どうせ先生の味方だって言いたいんでしょ? マルコっていつもそう」

「分かってるなら聞かないでください」

「でも、しつこく聞いてたら、何回かに一回は私の味方してくれるかも、なんて思ったりするの」

 そんなわけないだろう……。


 川の近くをトンボが飛んでいる。

 暑くもなく、寒くもない。

 過ごしやすい天気だ。


「マルコってさ、私のこと、どう思ってる?」

「えっ?」

 どう?

 そういえば、どう思っているのだろう……。


 殺されそうになっていたから、思わず助けた。

 その後、すぐに母さんと一緒にいなくなってしまった。

 数年も!

 帰ってきてからはずっとつきまとってくる。

 そういう存在をなんというのか、俺は知らない。


 ピチョーネはぐっと顔を近づけてきた。

 眉をひそめて怖そうな顔をしているが、目がくりくりしていて子供みたいだ。

「え、じゃないの。答えて」

「ピチョーネはピチョーネだよ。ほかになんて言えばいいのか……」

「家族じゃないの?」

 家族?

 本当に?

 もしそうだとしたら……。

「えーと、俺の娘ってこと?」

「違う!」

「じゃあ誰の娘なの?」

「誰の娘でもない」

「……」

 返事のしようがない。


 ピチョーネは距離をとり、盛大な溜め息をついた。

「ま、いいわ。そうやって余裕ぶってられるのもいまのうちだけだし」

「え、なにかしてくるつもりですか?」

「違う! 私はこれからもっと大人になるんだから。そしたらいろんな男が求婚してくるの。絶対にね。そのときになって私と結婚したくなっても手遅れだからね!」

「そうなの……?」

 ピチョーネ、どこかへ行ってしまう予定なんだろうか。

 戦力的に厳しくなるかもしれない……。


「あら? マルコ、残念そうな顔ね? どうして? 言ってみて?」

「いえ、こっちの問題ですよ。ピチョーネは自分の幸せを追及してください」

「……」

 表情が消えてしまった。

 誰か、結婚したい相手がいるんじゃなかったのか?


 数秒して、ピチョーネはハッと我に返った。

「マルコ、誰かと結婚したいって思わないの?」

「そんなふうに思ったことはないですね」

「はぁーっ!」

 びっくりするほど盛大な溜め息が出た。

 そんなリアクションしなくてもいいのに。


 俺は、結婚というものをしたことがない。

 世間では、お互いのことが好きなら、結婚という契約に至るケースもあるらしい。だけど、どこの家庭を見ても、お互いを好きなようには見えない。

 事実と説明が乖離かいりしている。

 そこにはまだ俺の知らない情報が潜在しているのだ。すべての事実を理解しない限り、俺は結婚をすることができない。よく分からない契約を、よく分からないままするのは、きっと凡愚のすることだ。


 母さんだって結婚していない。

 しなくていいけど。

 変な男とくっつくくらいなら一人でいて欲しい。

 だけども、もしどこかにいい人がいれば……。まあ、結婚してもいいとは思う。できれば俺が死んだあとで。

 まあそれは俺のワガママだと分かっているから、口を出すつもりはないけど。たぶん。そのときが来るまでは。


 ピチョーネがパンパンと手を叩いた。

「マルコ! すぐ放心するのやめて! どうせ先生のこと考えてたんでしょ?」

「そうです」

「そうですじゃない! マルコは先生と結婚できないの! 分かってる?」

「分かってますよ。そんなこと、望んでもいませんし」

 これはウソじゃない。本心だ。ただ、ずっと二人で暮らせればいいとは思ってる。親子なら普通のことだ。ひとつも変なことじゃない。


「マルコ、そんなんじゃずっと結婚できないよ?」

「そうかも」

「あきらめて私と結婚したら?」

「えっ?」

「気づいてる? 私も独身なの」

「でもまだ子供では?」

「はい?」

 なぜか拳を握りしめ、ファイティングポーズになった。

 戦う気なのか?


「そもそもピチョーネは、結婚したい相手がいるのでは?」

「いたらなんなの? いま私かなり傷ついたんだけど」

「いや、冷静に考えてみてください。俺たち家族なんですよね? 家族って結婚します? しませんよね?」

「ムカつくわね。なんだかフェデリコみたい」

 論理的に説明したのに怒られてしまった。

 理不尽だ。


「結婚する必要があるとも思えませんし」

「本気で言ってるの? そろそろ殴るよ?」

「ダメですよ。対話で解決できる問題を、暴力で解決しようとするのは、凡愚のすることですよ」

「やっぱりフェデリコみたい。あんなヤツから勉強を教わるからバカになるのよ」

「フェデリコさんの悪口はやめてください。あと俺の悪口も」

「ごめんなさい」

 すぐ謝ってくれる。

 こういうところは素直でかわいい。


「母さんとケンカしてムシャクシャしてるのは分かるけど……。いちど冷静になったほうがいいですよ」

 すると彼女は、一瞬、不快そうな顔をした。

 だが、それをすぐ笑顔に変えた。

「じゃあちょっとズルしていい?」

「なんです? ダメですけど、いちおう聞きますよ」

 本当に邪悪な顔をしている。

 魔族の尻尾も隠していない。それどころか愉快そうに煽ってくる。

「こないだ、また未来を見たの。もちろん変わってなかった」

「はい」

 分かっている。

 聞きたくない。

 どうしても言いたいなら、変わったときに教えて欲しい。


「でも、変える方法がある」

「神を召喚するとか言わないでくださいよ」

「別の方法よ。未来の私とマルコは、結婚してなかった。その事実を変更したらどうなると思う? 未来も変わると思わない?」

「な、なんだって……」

 未来が変わる?

 結婚するだけで?

「どうなの、マルコ? 選びなさい。私と結婚して未来を変えるか、結婚せずに未来を受け入れるか」

「ちょっと母さんと相談してもいいですか?」

「はぁぁぁぁ!? なに? なんなの!?」

 いきなり怒られた。

 それどころか肩口をぽかぽか叩かれた。

「やめてください、ピチョーネ。暴力は最低な人間のすることですよ」

「残念だったわね! 私は人間じゃなくて魔族なの! マルコ! あなた、どうしようもないダメ男よ! 結婚するかどうかも自分で決められないなんて! 母親に相談? 信じられない! 最低のマンモーニよ!」

「いや、でも結婚するとなると、寺院に申請しないといけないんですよ? それも、人間と魔族の結婚ですから。怪しまれて調査が入るかもしれないし。簡単には決められないでしょう」

「そんなリアルな話聞きたくない! 最低男! マンモーニ!」

「それはもう聞きました」

「わーっ!」

 叫びながらどこかへ走り去ってしまった。


 母さんを救いたいのは分かるけど、寺院を巻き込むのはマズい。

 そこまで考えられなかったのだろうか。

 まあ、まだ子供ということなんだろう。


 *


 一人で廃墟に戻ると、こっちでも問題が起きていた。

 いや、問題というか。


「まさか忘れたのですか? あなたは私の騎士になると宣言したのですよ?」

「記憶にないね」

 なんとも言えない空気の中、母さんと白の魔女が会話していた。

 母さんは白の魔女を見つめているが、魔女はよく分からない方向を向いている。


「おや、マルコ。戻ってきたのですか。ピチョーネは?」

「結婚話を断ったら走って行ってしまいました」

「マルコ……」

 簡潔に状況を報告したのに、なぜか憐れむような目で見られてしまった。

 だけどこの目で見られるのも久しぶりだ。


「二人はなんの話を?」

 俺がそう尋ねると、白の魔女がふんと鼻を鳴らした。

「なんでもない。君には関係のない話だ」

 だが、母さんはにぃっと愉快そうに笑みを浮かべていた。

「この方は昔、私の騎士になると誓いを立てたのです。私を守りたいと」

「言ってない!」

「いいえ、言いました。まだ修行中のころ、私が魔女たちにいじめられて一人で泣いていたとき。私を抱きしめて慰めてくれたのです。『君のことは私が守るからね』と。ああ、なんて頼りがいのあるお姉さま。おかげで私は挫折せずに済みました」


 は?

 この魔女、俺の母さんに手を出したのか?


 白の魔女は溜め息だ。

「落ち込んでいたから、少し励ましてやっただけだ。だいたい、私は君のことが嫌いなんだ。守るわけがないだろう」

「あら? ではウソをおつきになったと?」

「だいたい、君から頼ってきたんじゃないか。姫には騎士が必要だなんて。だから話を合わせてあげたんだ。勘違いしないで欲しい」

「勘違い、ですか。哀しいことを言うんですね」

「君はトラブルの種でしかない。昔からそうだ。魔女に叱られたのだって、君が偉そうに演説してたからだろう。魔女が世界を変えるんだ、なんて」

「言ってません」

「言った」

「言ってません」


 子供のケンカか?

 もしかすると母さんは、俺が思っているほど大人じゃないのかもしれない。


「あの、俺、ちょっと用事があるんで」

「ええ」

 外に出ることにした。

 聞いていられない。


 *


 庭では、カエデさんが草履を編んでいた。藁で靴を作るのだ。カエデさんがいなかったら、俺たちはなにをするにも苦労していたことだろう。


 少し離れた場所では、アルトゥーロさんが剣の素振りをしていた。

「よう、マルコ。ピチョーネとのデートはどうだった?」

「泣きながら逃げてしまいました」

「は?」

 不審そうな顔。

 また説明を失敗したかもしれない。

 もはやどう説明すべきか分からない。


「城の様子はどうですか?」

 俺が話題を変えると、アルトゥーロさんは気まずそうに頭を掻いた。

「それなんだがな……。俺の予想では、とっくに陥落してるはずだったんだが、まだ粘っててな」

「なにか問題が?」

「赤鼻の野郎、機械人形は突破できたらしいんだが、魔族の仕掛けた魔法のトラップに苦戦してるらしくてな。きっとお前の母親の入れ知恵だろうぜ。意外と、現場の指揮官に向いてるかもな」

「イヤですよ。母さんを戦争に巻き込まないでください」

 母さんを戦場から遠ざけるならともかく、戦場に投入するなんて。


「そう怒るなって。冗談だよ」

「冗談でもダメです」

「悪かった。だが、こうなってみるとだな……。また長引きそうだぜ、この戦争は。和平協定もきれいさっぱりなくなっちまったしな」


 なぜ戦争をやめられないのか。

 せっかく物価の高騰も落ち着いてきたというのに。

 またバカみたいな値段でパンを買うハメになる。


 アルトゥーロさんはおどけるように肩をすくめた。

「ただ、神の眷属は、もう無尽蔵に機械人形を持ち出せねぇ。人間側が勝利するのも時間の問題だろうぜ」

「本当にそう思います?」

 俺がそう聞き返したのには理由がある。

 アルトゥーロさんが、どこか浮かない表情をしていたからだ。

「いや、違うな。今回、神の眷属は、自分たちの生存を賭けて戦ってる。それがあんな間抜けな籠城戦で終わるとは思えねぇ。まあ、そもそも戦がヘタだって話は脇に置くとして」

「なにか考えがあると?」

「あいつら、頭はいいんだろ? だったらなんか用意してるはずだぜ」

「なんか?」

「なんか、な……。おい、俺に聞くなよ。分からないで喋ってんだから」

「はい」


 ずっと最前線で戦ってきたアルトゥーロさんが言うのだ。

 確かになにかあるんだろう。


 カエデさんも近づいてきた。

 無表情のまま。

「知りたいかにゃ?」

「えっ?」

 なんだ急に?

 知っているのか?


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マルコは阿呆なのに誠実なところが好きです。それを再確認して大笑いしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ