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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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ニンジャ

 カエデさんが、手にしていた紙切れをテーブルに置いた。

「見たことあるかにゃ? 銀行が発行してる小切手だよ。国外の銀行だから価値は落ちてにゃい。これを使えばニンジャを雇える」


 アルトゥーロさんは目をこすっている。

「おいおい……。ホンモノじゃねーか。どこでこんなもの……」

「どこでもいいよ。けど、あたしが全額負担するつもりはにゃい。あたしは、あくまで立て替えるだけ」


 この小切手を使えば、ニンジャというのを雇うことはできる、ということか……。


 俺はおそるおそる尋ねた。

「いくらなんですか?」

「まあ20万リラは吹っ掛けてくるかな」

「に、にじゅうまん……」

 なにを言っているんだ?

 普通に働いて普通に稼ぐのだって大変な時代なのに。

 いや、物価は高騰してるから、冒険者ギルドに行けば1回で500リラは稼げるかもしれないけれど。もし冒険者ギルドが機能していれば。


 カエデさんは表情を変えなかった。

「でも10万リラまで値切るよ。だから、それを希望者で分割する形になると思う」

 10万でもムリだ。

 ギルドで2回働くと1000リラ。その10倍の10倍だから……。もし俺が一人で支払うとしたら、200回は働かないといけない。ほかに生活費もかかるのに。


「や、やります」

 俺は、それでも引けなかった。

 母さんを救えるなら、200回くらいなんだって言うんだ。

 きっと誰も乗ってこないだろうから、俺はこう続けた。

「全額、俺が払います。だから、やってください」

「マルコ、あんたがいいヤツだってのは知ってるよ。でも、できるかどうか分からないことを簡単に約束していいのかにゃ?」

「やります。俺、魔族の掟に従って生きてますから。いちど契約したことは放り出しません」

「そうか」


 アルトゥーロさんが鼻で笑った。

「おい、マルコ。ちゃんと計算したのか?」

「しましたよ! それでもやるって言ってるんです!」

 貴族だったアルトゥーロさんと違って、俺はまともな教育を受けてない。フェデリコさんからはいろいろ教わったけど、たぶん、普通の教育とは違うだろうし。それでも、お金の計算だけは、ちゃんとするようにしているつもりだ。

 アルトゥーロさんは、カップの酒を飲み干した。

「マルコ、5万で計算し直せ。残りの5万は俺が出す」

「えっ?」

「王都の家を売りゃ、そんぐらいになんだろ」

「な、なんで……」

「いいんだよ。誰も住んでねーんだから。いつか売ろうと思ってたし。そもそも、あんな家がいつまでも残ってるから、将軍にゴチャゴチャ言われるんだ。けどな、マルコ。もし俺が金欠になったら、お前が俺に酒をおごるんだぞ。樽でな」

「は、はい……。でも……」

 拒む理由はない。

 だけど、なぜそこまで……。

「おい、そんなツラすんなよ。もし申し訳ないと思うなら、フェデリコの野郎にもいくらか出させろ。あいつ、金持ちなんだろ?」

「はい」


 白の騎士もうなずいた。

「素晴らしきノブレス・オブリージュだね。では私は、元貴族として1万出そう。本物の貴族サマには及ばないけどね」

 この人もなぜ……。


 ピチョーネはあきれている。

「ニンジャなんて必要なの? 私が魔法で連れ去ればよくない?」

 それだ!

 なぜいままで気づかなかったんだ。


 白の魔女は、しかし肩をすくめた。

「君は、転移魔法で私の罠にかかったのをもう忘れたのかい? 敵陣にいるのが神の眷属だけならそれも可能かもしれないけれど。魔族も協力しているとなると話は変わってくる」

「じゃあどうすんのよ?」

「だからニンジャという人たちを使うんだろう」

「私、お金ない!」

「大丈夫だよ。お金は大人でなんとかするから」

「私も大人ですけど!」

 これはどうしようもない。


 カエデさんはやれやれとばかりに腰をおろした。

「言っとくけど、あたしも出さねーとは言ってねーからにゃ。って言っても1万だけだけど。えーと、つまり……。魔女の1万と、貴族サマの5万を合わせて7万だにゃ。残りの3万は、フェデリコの野郎を締め上げれば出てくるでしょ。うん。じゃあニンジャに連絡入れておくにゃ」


 俺はつい首をかしげた。

「カエデさん、そのニンジャがどこにいるか知ってるんですか?」

「いんや。でも、連絡を取る方法なら知ってるよ。あたしがいたときと同じならね」

「……」


 *


 正規軍はすぐに引き返してきた。

 到着次第、全軍での衝突となるだろう。赤鼻も独自の作戦で攻め込んでくる。


 機械人形は、確かに侵略には向いている。しかし防御には向かない。それは広範囲を破壊する以外、なにもできない機械なのだ。動きが遅いから兵の足止めにもならない。

 ところが神の眷属は、いままで一方的に攻撃する立場だったこともあり、防御的な運用に関してはまったく考えが及ばないらしかった。機械人形を並べておけば勝てると思い込んでいる。

 もし戦闘が始まれば、長くはもたないだろう。


「まさか姐さんから依頼が来るとは思いませんでしたよ」


 いま、廃墟には、異邦の客人が来ている。

 小柄ではあるが、目つきの鋭い女性だ。着物を着て、琵琶という弦楽器を担いでいる。


「無視されたらどうしようかと思ったにゃ」

 カエデさんがそう応じると、相手の女性は怪訝そうに目を細めた。

「姐さん、まだネコのフリを……?」

「いいんだにゃ。これは婆さんになっても続けるにゃ」

「はぁ……」


 すぐ脇に座っていたアルトゥーロさんが、苦い笑みを浮かべた。

「で、彼女が例のニンジャってやつなのか?」

「あたいのことはウメって呼んでくんな。ニンジャなのかって? そうだよ。人目のつかないところで、コソコソ仕事をするどうしようもない連中の集まりさ」

 昔、カエデさんが所属していた集団だ。

 お土産でもらったニンジャの格好はしていない。少なくともいまは。


 ウメさんは目を細めて言った。

「で? 戦争のドサクサに紛れて、生首を回収してこいって? しかも料金を半分にしろ? 普通だったら断ってるとこだけど……。ま、姐さんの依頼じゃ無下に断ることもできないね」

「受けてくれるかにゃ?」

「いいけど、ひとつ条件を飲んじゃくれないかな」

 このときウメさんが含みのある笑みを浮かべたので、カエデさんも警戒したようだった。

「条件?」

「なに、簡単さ。姐さんにも作戦に参加してもらいたい」

「はぁ?」

「姐さんの活躍は伝説なのさ。うちの精鋭が、敵と味方に分かれて戦ったとき……。おっと、この話はしても平気かい?」

 なんとなくは知っている。

 そのときカエデさんは、仲間の命を奪ったのだ。


 ウメさんは、やや怯えた様子で言葉を続けた。

「一緒に暮らしてた仲間を、一刀のもとに斬り捨てたんだ。あたいはたまたま姐さんと一緒の陣営だったから助かったものの……。同じ釜のメシを食って、つらい訓練をともにしてきた仲間をね。ああも容赦なく殺せるなんて。正直、背筋が凍ったよ。相手は話し合いで解決しようとしてたのにさ」

「まあにゃ」

 カエデさんは世間話みたいな相槌。

 一方のウメさんは、眼光をさらに強くして続けた。

「あのとき、頭が真っ白になったよ。じつの兄貴まで死体になって床に転がってて。小さいころなんかは、三人で一緒に遊んだのにさ。そういうの、なかったことにされたみたいで。あたいは動けなかった。どっちが正しいのか分からなくって」

「返事に困るにゃあ……」


 じつの兄を、カエデさんに殺されたのか?

 なのにこんなに普通に会話をして……。

 ニンジャって、いったいどんな組織なんだ……。


「責めてるわけじゃないよ。謝って欲しいわけでもない。正直、いまでも納得はしてないけどね。でも、そう思ってるうちは半人前さ。あたいは姐さんにかなわない」

「人間やめてねーだけマシだにゃ」

「姐さん、そいつは本心かい? こんな地の果てみたいな場所で、ネコのフリしておとなしくしてたって、中身はあのころのまんまだろう?」

「考えないようにしてるから、自分でも分かんねーにゃ」

 のらりくらり。

 この二人の会話は噛み合っているんだろうか。


「それでもいいよ。とにかく、姐さんには作戦に参加してもらって、あたいと勝負して欲しいんだ」

「勝負?」

「先に姐さんが生首を回収したら、金は払わなくていい」

「負けたら?」

「うちの組織に戻ってきてもらう。姐さんほどの人が、こんなところで畑いじりしてるなんてもったいないよ」

「畑いじり、楽しいけどにゃあ……」

 話が妙な方向に進んでいる。

 カエデさん、ホントにこんな勝負に乗るつもりなのだろうか?


 するとカエデさんは、小さく溜め息をついた。

「あのにゃあ、勝負はしねーにゃ」

「は?」

「あたしはね、その勝負に負けそうになったら、後ろからあんたを刺してでも挽回するよ。あんたはどうなんだにゃ?」

「それは……」

「ハッキリ言えないようなら、やんねーほうがいいにゃ。まあでも、あたしもそういうのがイヤだから引退したわけだし。あんま上から言えないけどにゃ。迷いは自分を殺すよ? もし部下を率いているなら、その部下も死ぬよ? 現場では予想できないことばっかだけどにゃ。事前に予想できるリスクには、ちゃんと答えを出しておかなきゃダメだにゃ」

 味噌汁をくれる女の人という印象が強いけど。

 やっぱりカエデさんは、プロとして現場で戦ってきたのだろう。


 ウメさんは深々と頭をさげた。

「姐さん、大変失礼しました」

「いや、大袈裟だにゃあ……」

「でも、姐さんと一緒に仕事をしたいってのはウソじゃないんです。各地を転戦してるうち、顔なじみもずいぶん減ってきちまって……」

「勝負じゃねーなら参加してやらねーこともねーにゃ」

「ホントですか?」

 ウメさんの顔がぱっと明るくなった。

 ずっと隙のない態度をしてはいたが、このときばかりは本気で嬉しかったのだろう。

「ちゃんと協力してお仕事できるならにゃ」

「もちろんですよ!」

 やはりやるのか。

 勝負じゃないなら安心かもだけど。


 カエデさんは立ち上がった。

「ん。じゃ、それでお願い。ところでウメちゃん、味噌汁飲んでくよにゃ?」

「えっ?」

「どうせこのあと仲間に報告しに行くだけでしょ? 作るから、そこで座っててよ」

「はぁ……」

 有無を言わせぬ態度で、カエデさんは厨房へ行ってしまった。

 残されたウメさんは居心地が悪そうだ。


 沈黙が長くなりそうだ。

 そう思ったとき、アルトゥーロさんが口を開いた。


「なあ。ニンジャってのは、戦場でも戦うんだよな? 傭兵となにが違うんだ?」

「全然違うよ。あたいらは、正面からは戦わない。請け負うのは工作活動だけ。誘導と攪乱、あとは火計、暗殺……」

 なんだろう?

 雇うつもりなのか?


 アルトゥーロさんはかすかに笑った。

「カエデさんは、その部隊を率いていたと?」

「そうだけど? なんだい? なにをさせるつもりだい?」

「気にするな。こっちの話だ」

「はぁ?」


 俺には分かった。

 アルトゥーロさんは、赤鼻と戦うつもりだ。

 赤鼻の戦術は、大部隊を動かす類のものではない。少数で、罠を駆使して戦う。ニンジャのやり方に似ているのだ。ニンジャの特性を知れば、赤鼻の弱点も分かるかもしれない。


(続く)

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