ニンジャ
カエデさんが、手にしていた紙切れをテーブルに置いた。
「見たことあるかにゃ? 銀行が発行してる小切手だよ。国外の銀行だから価値は落ちてにゃい。これを使えばニンジャを雇える」
アルトゥーロさんは目をこすっている。
「おいおい……。ホンモノじゃねーか。どこでこんなもの……」
「どこでもいいよ。けど、あたしが全額負担するつもりはにゃい。あたしは、あくまで立て替えるだけ」
この小切手を使えば、ニンジャというのを雇うことはできる、ということか……。
俺はおそるおそる尋ねた。
「いくらなんですか?」
「まあ20万リラは吹っ掛けてくるかな」
「に、にじゅうまん……」
なにを言っているんだ?
普通に働いて普通に稼ぐのだって大変な時代なのに。
いや、物価は高騰してるから、冒険者ギルドに行けば1回で500リラは稼げるかもしれないけれど。もし冒険者ギルドが機能していれば。
カエデさんは表情を変えなかった。
「でも10万リラまで値切るよ。だから、それを希望者で分割する形になると思う」
10万でもムリだ。
ギルドで2回働くと1000リラ。その10倍の10倍だから……。もし俺が一人で支払うとしたら、200回は働かないといけない。ほかに生活費もかかるのに。
「や、やります」
俺は、それでも引けなかった。
母さんを救えるなら、200回くらいなんだって言うんだ。
きっと誰も乗ってこないだろうから、俺はこう続けた。
「全額、俺が払います。だから、やってください」
「マルコ、あんたがいいヤツだってのは知ってるよ。でも、できるかどうか分からないことを簡単に約束していいのかにゃ?」
「やります。俺、魔族の掟に従って生きてますから。いちど契約したことは放り出しません」
「そうか」
アルトゥーロさんが鼻で笑った。
「おい、マルコ。ちゃんと計算したのか?」
「しましたよ! それでもやるって言ってるんです!」
貴族だったアルトゥーロさんと違って、俺はまともな教育を受けてない。フェデリコさんからはいろいろ教わったけど、たぶん、普通の教育とは違うだろうし。それでも、お金の計算だけは、ちゃんとするようにしているつもりだ。
アルトゥーロさんは、カップの酒を飲み干した。
「マルコ、5万で計算し直せ。残りの5万は俺が出す」
「えっ?」
「王都の家を売りゃ、そんぐらいになんだろ」
「な、なんで……」
「いいんだよ。誰も住んでねーんだから。いつか売ろうと思ってたし。そもそも、あんな家がいつまでも残ってるから、将軍にゴチャゴチャ言われるんだ。けどな、マルコ。もし俺が金欠になったら、お前が俺に酒をおごるんだぞ。樽でな」
「は、はい……。でも……」
拒む理由はない。
だけど、なぜそこまで……。
「おい、そんなツラすんなよ。もし申し訳ないと思うなら、フェデリコの野郎にもいくらか出させろ。あいつ、金持ちなんだろ?」
「はい」
白の騎士もうなずいた。
「素晴らしきノブレス・オブリージュだね。では私は、元貴族として1万出そう。本物の貴族サマには及ばないけどね」
この人もなぜ……。
ピチョーネはあきれている。
「ニンジャなんて必要なの? 私が魔法で連れ去ればよくない?」
それだ!
なぜいままで気づかなかったんだ。
白の魔女は、しかし肩をすくめた。
「君は、転移魔法で私の罠にかかったのをもう忘れたのかい? 敵陣にいるのが神の眷属だけならそれも可能かもしれないけれど。魔族も協力しているとなると話は変わってくる」
「じゃあどうすんのよ?」
「だからニンジャという人たちを使うんだろう」
「私、お金ない!」
「大丈夫だよ。お金は大人でなんとかするから」
「私も大人ですけど!」
これはどうしようもない。
カエデさんはやれやれとばかりに腰をおろした。
「言っとくけど、あたしも出さねーとは言ってねーからにゃ。って言っても1万だけだけど。えーと、つまり……。魔女の1万と、貴族サマの5万を合わせて7万だにゃ。残りの3万は、フェデリコの野郎を締め上げれば出てくるでしょ。うん。じゃあニンジャに連絡入れておくにゃ」
俺はつい首をかしげた。
「カエデさん、そのニンジャがどこにいるか知ってるんですか?」
「いんや。でも、連絡を取る方法なら知ってるよ。あたしがいたときと同じならね」
「……」
*
正規軍はすぐに引き返してきた。
到着次第、全軍での衝突となるだろう。赤鼻も独自の作戦で攻め込んでくる。
機械人形は、確かに侵略には向いている。しかし防御には向かない。それは広範囲を破壊する以外、なにもできない機械なのだ。動きが遅いから兵の足止めにもならない。
ところが神の眷属は、いままで一方的に攻撃する立場だったこともあり、防御的な運用に関してはまったく考えが及ばないらしかった。機械人形を並べておけば勝てると思い込んでいる。
もし戦闘が始まれば、長くはもたないだろう。
「まさか姐さんから依頼が来るとは思いませんでしたよ」
いま、廃墟には、異邦の客人が来ている。
小柄ではあるが、目つきの鋭い女性だ。着物を着て、琵琶という弦楽器を担いでいる。
「無視されたらどうしようかと思ったにゃ」
カエデさんがそう応じると、相手の女性は怪訝そうに目を細めた。
「姐さん、まだネコのフリを……?」
「いいんだにゃ。これは婆さんになっても続けるにゃ」
「はぁ……」
すぐ脇に座っていたアルトゥーロさんが、苦い笑みを浮かべた。
「で、彼女が例のニンジャってやつなのか?」
「あたいのことはウメって呼んでくんな。ニンジャなのかって? そうだよ。人目のつかないところで、コソコソ仕事をするどうしようもない連中の集まりさ」
昔、カエデさんが所属していた集団だ。
お土産でもらったニンジャの格好はしていない。少なくともいまは。
ウメさんは目を細めて言った。
「で? 戦争のドサクサに紛れて、生首を回収してこいって? しかも料金を半分にしろ? 普通だったら断ってるとこだけど……。ま、姐さんの依頼じゃ無下に断ることもできないね」
「受けてくれるかにゃ?」
「いいけど、ひとつ条件を飲んじゃくれないかな」
このときウメさんが含みのある笑みを浮かべたので、カエデさんも警戒したようだった。
「条件?」
「なに、簡単さ。姐さんにも作戦に参加してもらいたい」
「はぁ?」
「姐さんの活躍は伝説なのさ。うちの精鋭が、敵と味方に分かれて戦ったとき……。おっと、この話はしても平気かい?」
なんとなくは知っている。
そのときカエデさんは、仲間の命を奪ったのだ。
ウメさんは、やや怯えた様子で言葉を続けた。
「一緒に暮らしてた仲間を、一刀のもとに斬り捨てたんだ。あたいはたまたま姐さんと一緒の陣営だったから助かったものの……。同じ釜のメシを食って、つらい訓練をともにしてきた仲間をね。ああも容赦なく殺せるなんて。正直、背筋が凍ったよ。相手は話し合いで解決しようとしてたのにさ」
「まあにゃ」
カエデさんは世間話みたいな相槌。
一方のウメさんは、眼光をさらに強くして続けた。
「あのとき、頭が真っ白になったよ。じつの兄貴まで死体になって床に転がってて。小さいころなんかは、三人で一緒に遊んだのにさ。そういうの、なかったことにされたみたいで。あたいは動けなかった。どっちが正しいのか分からなくって」
「返事に困るにゃあ……」
じつの兄を、カエデさんに殺されたのか?
なのにこんなに普通に会話をして……。
ニンジャって、いったいどんな組織なんだ……。
「責めてるわけじゃないよ。謝って欲しいわけでもない。正直、いまでも納得はしてないけどね。でも、そう思ってるうちは半人前さ。あたいは姐さんにかなわない」
「人間やめてねーだけマシだにゃ」
「姐さん、そいつは本心かい? こんな地の果てみたいな場所で、ネコのフリしておとなしくしてたって、中身はあのころのまんまだろう?」
「考えないようにしてるから、自分でも分かんねーにゃ」
のらりくらり。
この二人の会話は噛み合っているんだろうか。
「それでもいいよ。とにかく、姐さんには作戦に参加してもらって、あたいと勝負して欲しいんだ」
「勝負?」
「先に姐さんが生首を回収したら、金は払わなくていい」
「負けたら?」
「うちの組織に戻ってきてもらう。姐さんほどの人が、こんなところで畑いじりしてるなんてもったいないよ」
「畑いじり、楽しいけどにゃあ……」
話が妙な方向に進んでいる。
カエデさん、ホントにこんな勝負に乗るつもりなのだろうか?
するとカエデさんは、小さく溜め息をついた。
「あのにゃあ、勝負はしねーにゃ」
「は?」
「あたしはね、その勝負に負けそうになったら、後ろからあんたを刺してでも挽回するよ。あんたはどうなんだにゃ?」
「それは……」
「ハッキリ言えないようなら、やんねーほうがいいにゃ。まあでも、あたしもそういうのがイヤだから引退したわけだし。あんま上から言えないけどにゃ。迷いは自分を殺すよ? もし部下を率いているなら、その部下も死ぬよ? 現場では予想できないことばっかだけどにゃ。事前に予想できるリスクには、ちゃんと答えを出しておかなきゃダメだにゃ」
味噌汁をくれる女の人という印象が強いけど。
やっぱりカエデさんは、プロとして現場で戦ってきたのだろう。
ウメさんは深々と頭をさげた。
「姐さん、大変失礼しました」
「いや、大袈裟だにゃあ……」
「でも、姐さんと一緒に仕事をしたいってのはウソじゃないんです。各地を転戦してるうち、顔なじみもずいぶん減ってきちまって……」
「勝負じゃねーなら参加してやらねーこともねーにゃ」
「ホントですか?」
ウメさんの顔がぱっと明るくなった。
ずっと隙のない態度をしてはいたが、このときばかりは本気で嬉しかったのだろう。
「ちゃんと協力してお仕事できるならにゃ」
「もちろんですよ!」
やはりやるのか。
勝負じゃないなら安心かもだけど。
カエデさんは立ち上がった。
「ん。じゃ、それでお願い。ところでウメちゃん、味噌汁飲んでくよにゃ?」
「えっ?」
「どうせこのあと仲間に報告しに行くだけでしょ? 作るから、そこで座っててよ」
「はぁ……」
有無を言わせぬ態度で、カエデさんは厨房へ行ってしまった。
残されたウメさんは居心地が悪そうだ。
沈黙が長くなりそうだ。
そう思ったとき、アルトゥーロさんが口を開いた。
「なあ。ニンジャってのは、戦場でも戦うんだよな? 傭兵となにが違うんだ?」
「全然違うよ。あたいらは、正面からは戦わない。請け負うのは工作活動だけ。誘導と攪乱、あとは火計、暗殺……」
なんだろう?
雇うつもりなのか?
アルトゥーロさんはかすかに笑った。
「カエデさんは、その部隊を率いていたと?」
「そうだけど? なんだい? なにをさせるつもりだい?」
「気にするな。こっちの話だ」
「はぁ?」
俺には分かった。
アルトゥーロさんは、赤鼻と戦うつもりだ。
赤鼻の戦術は、大部隊を動かす類のものではない。少数で、罠を駆使して戦う。ニンジャのやり方に似ているのだ。ニンジャの特性を知れば、赤鼻の弱点も分かるかもしれない。
(続く)




