表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/82

白亜の都市(三)

 俺たちは、その巨大な箱を眺めていた。

 返事もできずに。


「え? どうしたの? なぜ悩む? 私のこと、殺したかったんだよね? 私が許可してるんだから。やりなよ。ほらほら」

 箱は執拗に訴えてくる。


 殺せ?

 なぜ?


 フェデリコさんが溜め息をついた。

「なるほど。これは知識の箱ということか。それも、記憶魔法による手法が確立する前の、古典的で、おぞましい代替物アルテルナティヴァ

 箱は笑った。

「そうだよ、フェデリコくん。君が機械人形を操作しているのと同じ方法で動いている。まったく、凡愚というのは残酷なことをするよねぇ。まだ生きている状態から脳を摘出して、機械につなげるだなんて。世が世なら人権問題だよ」


 人の脳を?

 機械に?


 フェデリコさんはなんとも言えない顔で黙り込んでしまった。

 幻惑のフェデリコ。

 詩人はそう歌っていた。

 だが、機械人形を魔法で操作しているわけではないらしい。実際は科学で動かしていると言っていたが……。


 箱は老人のようなしわがれた声を出した。

「とにかく、ここへ部外者を入れるのに苦労したぞい。わしらはもう終わりにして欲しいのじゃ。機械につながれたまま計算だけを繰り返すなんぞ、とうてい文化的とは言えんわい。もはや拷問じゃぞ、拷問」


 アルトゥーロさんは剣を納めなかった。

「なるほど。いいんじゃないか? 話を総合すると、こいつら、俺たちをここに誘導するために頑張ってたんだろ? その頑張りの中には、魔族をけしかけて人類を殺すプランも含まれていたはずだ。そのせいで、俺の仲間たちはみんな死んだ。お返しするにはいい機会だ」

 本気で言っているのかは分からない。

 だけど、ただのジョークではないだろう。

 彼は最前線で戦い続けていた男だ。


 ソフィアさんがコツンと軽く壁を殴った。

「なに? じゃあこいつらが戦争の原因ってこと?」


 箱の返事は元気がいい。今度は少年の声。

「そう! その通り! 僕たちが原因なんだ! 殺したくなってきたよね?」

「……」


 そうだ。

 彼らはあらゆる秩序を壊した。

 悪いヤツは、死ななくてはならない。

 そして彼らが死ねば、母さんは助かるかもしれない。


 フェデリコさんが、ようやく正気に戻った。

「教えてくれ。本当に人類を攻撃するのが最善のプランだったのか? ほかに手はなかったのか?」

「あったよ。でも、それを選択した場合でも、眷属は人類を攻撃しただろうね。それが彼らの慣習だから」

「慣習?」

「この計算機は、もう長いこと稼働してるんだ。いろんな計算結果を出したよ。それらは文書ラ・コーディチェとして記録されている。その記録によれば、人類と魔族は、バランスよく管理すべきということになっているんだよね。で、いまはバランスが悪いから、どっちにしろテコ入れが必要だったんだ。僕たちは、その混乱を利用しただけ。だから本当は、戦争の原因は昔の僕たちであって、いまの僕たちじゃない。でもそんな理屈通らないよね? だから殺していいよ」

 イライラする。

 死にたいからって、勝手なことばかり。


 フェデリコさんは、それでも冷静だった。

「なぜそこまで地上のバランスを気にするのだ? 天界には関係のないことだろう?」

 今度は大人の男の声が返ってきた。

「なぜ関係ないと断言する? 我々は彼らの攻撃を受けたのだぞ」

「攻撃を? いつ?」

「何千年も前になる。人類と魔族が結託し、天界を襲ったのだ。ゆえに我々は、人と魔族を互いに争わせることとした。二度と結託しないようにな」

「バカな……」

「その通り、バカである。争いたくないのであれば、我々も仲間に入れてもらえばよかったのだ。ところが、拒んだ。彼らを下等生物であるとバカにしてな。神の眷属は、他の生命とは格が違うのだと。かくして管理が始まった。時に人類に加担し、時に魔族に加担し……。それが今まで続いている」


 人と魔族は、なぜ争うのか。

 その理由がハッキリしてしまった。

 もとは対立などしていなかったのだ。

 なのに、天界の都合で対立させられてしまった。


 いや、人間同士だって対立はする。だから魔族とも、自然に対立していた可能性はある。それでも、こんなに長く、まるで取りつかれたように続ける必要はなかったはずだ。


 天界のせいなのだ。

 だけど彼らも、自分たちの身を守ろうとしてそれをやった。

 愚かさはあれど……。


 フェデリコさんは、やや震えた声を出した。

「もうひとつ疑問がある。貴兄らは……どうも神の眷属とは違うようだ。いったい、どこから集められた脳なのだ……?」


 回答はシンプルだった。

「どこからでも。優秀であると認められれば、人間であろうと魔族であろうと、構わず摘出された。もちろん眷属からも摘出された。ゆえに私は、自分が何者なのかも分からない。死にたいと思っている自分と、死にたくないと思っている自分がいる。いろんな自分がケンカしている。そのせいで、計算に集中できなくなることもある」

 限界にきているのかもしれない。


 ソフィアさんがまた壁を殴った。今度は強めに。

「死にたいなら、評議会に命令しなさいよ。あいつら、あんたの言うことなら聞くんでしょ?」

「否だ。過去の文書と矛盾する計算結果が出た場合、その解釈は評議会が決することになっている。結果、常に彼らにとって都合のいい結論だけが採択される。私は象徴として生存することを強要されているのだ。私の声は届かない。文書に勝てない。つまり、昔の自分に勝てないのだ。いまの私にできることは、もうほとんど残されていない」


 なんて虚しい存在なんだろう。

 いろんな頭脳が結集し、世界の様々なことを、たぶん誰よりも高度に見通せていたはずなのに。

 いまや、ただ箱に閉じ込められた大量の脳でしかない。


 箱はつぶやくように言った。

「もう時間がない。人類は科学を発達させ、魔女は転移魔法を身に着けた。危険を感じた評議会は『大嵐グランデ・テンペスタ』を起こすつもりでいる」

「大嵐?」

 俺は思わず尋ねた。

 魔女も、そのようなことを言っていた気がする。

「つまりは『浄化』のことさ。すべてを焼き尽くす炎の渦。地上を、修復不可能なレベルにまで追い込むのさ。人類も魔族も死滅するだろう。もし仮に生き延びても、天界に挑むだけの力を失う」

「それをまだやらない理由は?」

「あまりに巨大なエネルギーゆえ、被害がこの天界にまで及ぶからさ。評議会はいつまでも決定できずにいる。だが、危機感はじりじりと募っている。決定されるのは時間の問題だ」

「あなたを殺したら、大嵐は避けられるのですか?」

「残念ながら、その逆だ。時期はむしろ早まる。彼らの危機感を煽ることになるからね」


 なぜだ?

 なぜうまくいかない?

 これじゃあ、殺せないじゃないか。


 けど、ここで彼らを殺せなければ……。

 未来は変わらない。

 変えるためには、別の楔を始末しなければならない。


 ソフィアさんが、こちらへ近づいてきた。

「マルコ、こいつに手を出さないほうがいいよ。なんか危険な感じがする」

「それは……」

 おそらく彼女が正しい。

 大嵐が起きてしまう。

 俺たちの作戦は、まだまだ途中だというのに。


 アルトゥーロさんも剣を納めた。

「クソ。なにが正しいのかちっとも分からねぇ。判断はお前たちに任せる。おい、フェデリコ。いつまでもぼうっとしてねーで、いつもみたいにゴチャゴチャ言って問題を解決してみせろ」

「ふん……」

 フェデリコさんは元気がない。

 この場は頼れそうにない……か。


「困っているの、マルコ? 私の力が必要?」

「えっ?」

 声のしたほうへ目をやると、緑のローブをかぶった少女が立っていた。

 ピチョーネだ……。


「そんなに驚かないで。天界は、もう特別な場所じゃなくなったんだよ。転移魔法さえ使えばいつでも移動できるんだから」

 にこりと笑顔。

 この子は本当に……。


 ピチョーネの魔力に、箱も共鳴している。

「おお、緑の魔女……。いや、この輝きは……虹の力……」

「そうよ。私は虹の魔女を継ぐ存在なの。でも、べつに特別だなんて思ってない。私はマルコを幸せにできればそれでいいの。幸せを妨害するヤツには、不幸になってもらうけどね」

 それはいいけど。


 俺はついピチョーネに詰め寄った。

「なにしに来たの? 留守番してなきゃダメじゃないですか!」

「えっ?」

「心配してくれたのは、もちろん嬉しいけど」

「うん。心配してきたの。喜んでね?」

 なんでこんなに簡単に言えるんだ。

 神の眷属にバレたら大変なことになる。

 いや、もうバレているかも?


 ピチョーネはローブのフードをあげた。

「けど、つまんないね、ここ。リーダーがいないから、誰かを殺して解決するような感じでもないし。かといって全員殺すのは大変だし……」

「まさかそんなこと本気で考えてませんよね?」

「考えはしたけど、やらないよ。マルコはそういうの嫌いだもんね?」

「嫌いというか……」

 なにかをするには理由が必要なのだ。

 自分のことなら好きにすればいいけど。他人を巻き込むなら絶対に。


「ピチョーネ、大嵐を発生させる装置は壊せますか?」

「うん。壊せるよ。けど、空間の狭間を制御する装置にくっついてるから、天界ごと壊れちゃうかも。そしたらすぐ脱出しないとね」

 それは天界の人間を皆殺しにするのと一緒だ。

 けど、天界の人間は、地上の人間を皆殺しにしようとしている。

 条件は対等。

 これは、戦う「理由」にはなりそうな気がする。


 損得だけで考えれば、装置を壊して、天界ごと破壊してしまうのがいい。

 問題のひとつが片付く。

 箱も消滅するわけだから、未来を変えることもできるし、俺たちは地上の問題に専念することができる。


「フェデリコさん、どうすれば……」

「私もソフィアくんと同意見だ。手を出すべきではないと考える。立ち去った場合の予想はいくらでも立てられるが、命を奪った場合の予想は立てられない。だが、一方でこうも考えている。もし立ち去った場合、すでに予見された未来を回避できないであろう、ともね」


 予見された未来。

 魔女が見せたあの未来だ。

 母さんは民衆に頭部を粉砕される。

 そして俺は見ていないが、どうやら地上は大嵐で焼かれるらしい。


 フェデリコさんはこう続けた。

「つまり、箱をそのままにして帰れば、大嵐の到来は先延ばしできるが、いつか必ず起こる。絶対に避けられない。では、命を奪った場合は? 大嵐の計画は早まるが、必ず起こるとは言えなくなる。だからといって回避できるとも限らないがね。ま、可能性がゼロでなくなるだけマシかもしれない」


 状況が彼を殺せと言っている。


 俺はピチョーネに尋ねた。

「ピチョーネ、さっき、自分なら天界を破壊できるって言いました?」

「そうなるね」

「だったら、なおさら疑問なんです。魔女が一人でこれをできるなら、なぜ魔女だけでやらないのか……。なにか理由があるんですか?」

 そうだ。

 魔女は、俺たちを誘導はするが、自分たちではなにもしない。

 なにか考えがあるのだろうか?


 ピチョーネは静かに首を振った。

「うん。たぶん、どうでもいいから」

「えっ?」

「世界がどうなろうと、どうでもいいの。あの人たち、たぶん大嵐くらいじゃ死なないと思う。そして世界が滅んでも、これまでと同じ生活を続けるんじゃないかな。魔女ってそういうものみたいだし」

「……」

 なら、俺に情報をくれたのはなぜ?

 ただ善意か?

 まあ母さんとは長い付き合いみたいだし、後継者のピチョーネのこともあるから、ヒントをくれたのはただの気まぐれかもしれない。


 つまり、自分たちで未来を決定しろということだ。

 俺たち自身の意思で。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ