白亜の都市(一)
ピチョーネが宝玉に魔力を込めると、天界からの使者はすぐに来た。
また三名。無表情。白い服。
前回と同じメンバーにも見えるが、違うようにも見える。個性がなさすぎる……。
「こちらへ」
空間を裂いて、俺たちを案内してくれた。
*
そこは白亜の神殿だった。
だが静謐ではない。
地中からなのか、あるいはどこかよそからなのか、絶えずゴウンゴウンとなにかのうごめく音がした。
「ようこそ、ラ・チェーロへ。ここはわたくしどもの評議会の本部。代議員が集まっております。さ、こちらへ」
なにを言っているのか意味が分からない。
集まって話をするだけだと思っていたのに。
フェデリコさんが、歩きながら尋ねた。
「代議員がいるのか? つまり、市民がみずからの代表を選出していると?」
「はい。やむをえずそうなっています。全市民をここへ集めて会議をするのは、物理的に難しいものですから」
「いわゆる民主主義というものか。まるで自由都市のようだな」
「しかし形式的なものです。いえ、儀式と言い換えても構いませんが。最終的な決定は、わたくしどもの計算機がします」
「計算機?」
少し分かりかけてきたのに、また分からなくなってしまった。
案内役の男性は、こちらも見ずに告げた。
「地上の方々には、神と言ったほうが分かりやすいかもしれません」
「ふん」
不快だったのか、フェデリコさんは会話をやめてしまった。
巨大な扉があったが、俺たちが近づくと自動的に開いた。
天井の高い、大きな部屋だ。
まっしろで眩しい。
円卓があり、それぞれの席に無表情の人々が座っていた。彼らは一斉に立ち上がり、こちらを見た。なにも言わない。まばたきもせずに見つめてくる。
「さ、奥へ」
促されて、俺たちは歩を進めた。
拍手もない。
声もない。
ただただこちらの行進を見守っている。
奥へ進むと、別の案内人が俺たちの席を勧めてくれた。特に言葉もなく、手で。対応は失礼ではなかったが、妙な緊張感があった。一言も発してはいけないのではないかという。呼吸すら苦しい。
それにしても清潔な場所だ。
塵ひとつない。
装飾もない。
壁も床も天井もなめらかな白。
テーブルの中央には、矢印のついた棒があった。それがぐりっと回転して、向きを変えた。
矢印の先に座っていた人物が、このときようやく口を開いた。
「歓迎します、地上の民よ。私は本日の議長を担当するウーノ」
「丁重な歓迎に感謝する。フェデリコだ。そちらの要望を聞こう」
「……」
なぜか無視された。
矢印が少し回転し、別の人物へ。
「申し訳ありません。先にルールを説明しておくべきでした。誰が発言すべきかは、テーブル中央に据えられた機械『マルゼル』が決定します。必ずその指示に従ってください」
「ふん」
矢印が回転し、またウーノ氏へ。
「和平協定の内容はいたってシンプルです。なにか行動を起こす前に、わたくしどもに対して通達すること。そしてわたくしどもが許可しない場合、その行動を中止すること。その二点を守っていただくことで、不要な衝突は避けられると考えます」
するとフェデリコさんは、矢印が動く前に発言した。
「失望だな。その提案が非対称だという自覚はあるのかな?」
矢印がフェデリコさんのほうへ向いたのは、発言が終わった直後だった。空振りに終わったそれは、せわしくウーノ氏へ向き直った。
「ええ。こちらの行動も、事前にそちらへお伝えします」
「それを最初に言わなかったのは?」
矢印がまた空振って一回転した。
「順を追って説明する予定でした」
「それをそのまま受け止めるほど、私は甘くない。ここへは和平協定を結びに来たのだ。挑発じみた行為はご遠慮願おう」
「非礼をお詫びします。そう興奮なさらないで」
「みずから火に油を注いでおいて、燃え上がったあとで驚くのか? 貴兄ら、本当に対話に値する存在なのだろうな?」
「深呼吸なさってください」
「断る!」
おかしい。
フェデリコさんは確かに横柄な人だが、ここまでではなかったはず。
なにがこの人をこんなに興奮させるのか……。
「残念ですが、本日中の締結は難しそうですね……」
ウーノ氏の判断ももっともだ。
だが、フェデリコさんはまたマルゼルを待たずに口を開いた。
「待ちたまえ。決定権を持っているのは私ではない。こちらのマルコくんだ。判断は彼に委ねよう」
はい?
これだけ話をかき乱しておいて?
矢印がこちらへ向いた。
「あ、いや、あのぅ……。どうしたらいいのか……」
言いたいことはいろいろあったような気がするのに、いざ発言を許可されるとしどろもどろになってしまう。我ながら情けない。
しばらく沈黙が続くと、矢印がウーノ氏へ向いた。
「なにか質問や提案などありましたらご自由に」
そして矢印はこちらへ。
「和平協定を結んだら、どうなるんですか?」
「わたくしどもは皆さまと戦わずに済みます」
「それで? 世界はどうなるのですか?」
俺がそう質問をすると、矢印は……動かなかった。
こちらを向いたまま。
なぜ?
誰も答えないのか?
フェデリコさんがルールを無視して口を開いた。
「よしたまえ、マルコくん。彼らは地上を攻撃した張本人だぞ。世界のことなどどうでもいいに決まっているじゃないか」
「もしそうだとしたら、俺は応じたくありません! 世界のためにならないのに、俺たちだけ休戦だなんて……」
いけない。
少し熱くなってしまったかもしれない。
熱くなるのは仕方ないとしても、そのときの感情に任せて判断してはいけないのだ。母さんにも何度か注意された。
深呼吸しないと。
ようやく矢印が動き、ウーノ氏が応じた。
「わたくしどもが地上を攻撃したというのは、よくある誤解です。皆さまと交戦していたのは、あくまで魔族だったはず。もちろん私たちも無関係とは言いません。ですが、あくまで均衡を守るためのお手伝いです。あのまま放っておけば、魔族が滅ぶところでした。わたくしどもの行為は、あくまで保護活動の一環なのです」
よく言う……!
彼らは人類の街を焼いた。
魔族だって、本気で戦いたいようには見えなかった。
みんな疲弊していた。
いろんなものを失った。
なにが保護活動だ。
フェデリコさんが席を立った。
「くだらんな。休戦協定とは名ばかりで、我らを封じ込めるための戦術だろう。貴兄らは、我らと戦うのが怖いのだ。もっと言えば、私の科学力に恐怖している。違うかな?」
少し静かにしていて欲しい……。
ウーノ氏はそれでも冷静だ。
「はい。皆さまとの衝突を避けたいのは事実です。だからこそ休戦協定を提案いたしました。わたくしどもが、地上の被害をかえりみず、わたくしどもの利益のために動いているように見られるのもやむをえないことでしょう。実際、誰もが、みずからの利益を最大化するために行動するものです。そしてそれ以外の行動原理は存在しません」
こともあろうか、彼は自分の都合だということを白状した。
しかし、こちらが反論する前に、彼はこう続けた。
「ですが、どうかご理解ください。わたくしどもが、いたずらに地上に干渉しているわけではないということを。なにをするにもコストがかかります。すべては均衡のために」
均衡――。
その言葉が出たのは二度目だ。
彼らにとって大事なことなんだろうか。
フェデリコさんがまた矢印を無視して応じた。
「ふむ。なるほど。なにやら深遠なる理由がおありというわけか……。結構。私の一連の非礼をお詫びしよう。きっとこれは、相互理解の欠如がもたらした事故に違いない。そう。事故だ。相互理解が必要なのだ。そちらは地上のことをよく知っているのに、我々はそちらのことをほとんど知らないのだから。これでいきなりなにかを判断せよというのは、さすがに酷というものではなかろうか? 契約というものは、内容をよく理解した上でなければ成立しない。それともなにかな? まさか『由らしむべし、知らしむべからず』がそちらの方針かな? この私を凡愚のように扱うつもりだと?」
なんだか分からないが、一方的な難癖をつけているのは分かる。
アルトゥーロさんもソフィアさんもあきれ顔だ。
ウーノ氏はそれでも表情を変えないのだから凄い。
「はい。わたくしどもの文化を視察したいとのご希望ですね。おそらくそうなるであろうことは予想しておりました。もちろん歓迎いたします。もろもろのご判断は、そののちにでも」
*
本日の評議会は解散となり、俺たちは宿舎へ案内されることとなった。
こちらが内部調査のつもりで乗り込んで来たことは、とっくにお見通しだったというわけだ。
「おい、フェデリコ。どうしちまったんだ? あんたらしくもない」
歩きながら、アルトゥーロさんが苦情を投げた。
俺も言いたかったけど、倍返しされると怖いので黙っていた。
フェデリコさんは肩をすくめた。
「ふむ。予想通りの短慮だな。私が本当にあのように考えていると?」
「は? なんだよ? 違うのか?」
「神の眷属を試したのだ。見よ、彼らの無表情を。まるで感情がないかのようではないか。だから調査したのだ。本当に感情が存在しないのかを。いわばフィールドワークというものだ」
案内してくれている人がすぐそこにいるのに、まったく気にしたふうもなくそんなことを言う。
アルトゥーロさんはますます顔をしかめた。
「お前なぁ……」
「心理戦が有効かどうか、知る必要があったのだ。もし彼らの知性が我々を上回っていた場合、感情を攻撃するしかこちらに勝ち目はないのだからな」
「そんなこと、堂々と言うなよ」
「ふん。彼らとて百も承知であろう。しかし残念だが、軽度の精神攻撃では意味をなさないことが判明したぞ」
「つまり?」
「人類が知性で勝利するのは難しかろうな」
あれだけ暴れておいて、哀しい結果しか得られなかった。
いや、でも俺は、フェデリコさんに感謝すべきなのかもしれない。
もしお行儀よく話が進んでいたら、俺はなんの疑問も抱かず和平協定に応じていたかもしれない。
向こうから提案してきた協定だ。きっと向こうの得になるのは間違いない。そのついでに、こちらの得になるかどうかは未知数だ。
*
部屋は個室だった。
ベッドまでまっしろ。
なんだか薬っぽいにおいもするし。
すぐに部屋を出た。
みんなでお喋りできる談話室まで用意してもらっていた。ソファの置かれたゆったりとした空間だ。
「え、凄いですよこれ! ボタンを押したら水が出てきます!」
好きに飲んでいいとは言われた。
いったいどういう仕組みなんだ?
俺が困惑していると、フェデリコさんはなんとも言えない笑みを浮かべた。
「ああ、それは水道というものだ。王都にもあるぞ。もちろんここまで高度なものではないが」
「え、王都にも? フェデリコさんが作ったんですか?」
「違う。私ではない。ずっと昔に誰かが作ったものだ」
「凄い……」
井戸から水を汲まなくていいなんて。
でも浴びるほどは出ない。
カップをいっぱいにするまで少しかかる。
ソフィアさんが、不審そうな目でフェデリコさんを見た。
「それで? このあとの予定は?」
「もちろん各所を視察させてもらう」
「それだけ? もし余計なこと考えてるなら、先に教えておいて欲しいんですけど!」
「もちろんだ。必要であれば伝える」
「あー、出た。それ絶対教えてくれないやつ」
そうだ。
フェデリコさんは、こちらに伝えないで自分の好きなようにやる。実際、それが正しいのかもしれないが。こちらとしては少し……納得いかない。
フェデリコさんは、ソファに背をあずけたまま、天井を見た。
「ふむ。しかし調査の前に、授業でもしておこうか」
「はい? 授業?」
「一般常識について」
「……」
なぜ急に?
なぜいま?
「マルコくん、水を飲んだらソファに掛けたまえ」
「は、はいっ!」
俺はカップに残った水を一気に飲み、ソファに腰をおろした。
長年の疑問に終止符が打たれるのか?
これは絶対に聞かなくては。
「おそらくこれが、最後の授業となるだろう」
「えっ?」
「変な意味ではない。君たちは、もう立派な大人なのだ。生徒という歳でもない。いつまでも先生と生徒という関係でもいられまい」
意味が分からない。
ずっと生徒じゃダメなのか?
「それは……」
「質問は最後に受け付ける」
そうは言っても。
やっぱり最後というのは……。
(続く)




