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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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46/82

赤(一)

 かくして自由都市は奪還された。

 議会は、フェデリコさんへの融資を約束してくれた。


 *


 帰路。

 荷台の乗客が一名増えた。


 瀕死のアルトゥーロさんだ。

 戦争では、相手を人質にとるのは珍しいことではない。もちろん名のある貴族などに限られるが。生きたまま帰せば、たっぷりと身代金を手に入れることができる。

 もちろんアルトゥーロさんは貴族でもないし、お金を請求すべき家もないようだから、いったいこのあとどうすればいいのかは……。まだ決めていないけれども。


「ちょっと、勝手に死なないでよ」

「貴様……」

 アルトゥーロさんが死にそうになると、ソフィアさんはムリヤリ血を飲ませて体を回復させた。

 ギリギリで生存させている。

 もはや治療ではなく、拷問にしか見えない。


 俺はだんだん申し訳なくなってきた。

「ごめんなさい、アルトゥーロさん。あなたには、どうしても死んで欲しくなくて」

「……」

 連れて帰ってどうにかなるものでもないが。

 あのまま戦場に放置しておくこともできなかったのだ。


 *


「お手柄だったな」

 廃墟へ戻ると、フェデリコさんはなに食わぬ顔で俺たちを出迎えた。

 ほかに言うべきことがあると思うけど。

「フェデリコさん! あの光線、ちっとも止まりませんでしたよ!」

「ああ、見ていた。すぐに改良する」

 反応が軽すぎる。

 自分が参加していない戦争は、こうも簡単に見えてしまうのか。

「あのままだと死んでたかも!」

「だが、死ななかった。そうだろう? 私は君を危険にさらすためにやっているのではない。十分なサポートがあると信じているから行かせたのだ」

「はい……」

 口では勝てそうにない。

 なにを言っても、倍返しされてしまう。


 バケツを持ったソフィアさんが来た。

「で、あのおじさんどうするの? どっちにもできるけど」

 アルトゥーロさんのことだろう。

 さらっと怖いことを言う。

 これで医者を自称しているというのだから……。


 フェデリコさんは満足そうな表情だ。

「ソフィアくん、君はじつに立派な仕事をしたぞ」

「は?」

「もちろん治療して欲しい。彼には頼みたい仕事があるからな」

「ふーん。先生、人を褒めることもあるんですね。私、てっきり見捨てられたのかと思ってましたけど」

 こんなときに、こじれたことを言う。

 フェデリコさんは、それでも動じない。

「なにを言うんだ。君は昔から優秀な生徒だっただろう」

 これにソフィアさんは目を細めている。だが、怒っているフリをしているだけで、どこか嬉しそうだ。

「ウ、ウソですね。私のこと、才能ないって言ってましたし」

「一般的な回復魔法に関してはそうだった。しかし、君は理論の習得も早かったし、なにより向学心があった。少なくとも、その頭脳に疑問を持ったことは一度もない。そこだけは誤解しないでくれたまえ」

「はいはい……。そうやってお世辞も言うんですね。あ、返事はいいです。外のおじさん、治療しないとですから」

 行ってしまった。

 赤面していた気がする。

 先生のこと、好きなんだろうか?


「フェデリコさん、アルトゥーロさんになんの仕事をさせるんです?」

「彼には現場で部隊を率いてもらう」

「部隊を? 傭兵でも雇うんですか?」

「いいや。そうしたいのはヤマヤマだが、そのための資金がない」

「じゃあ……」

 まさかとは思うが、フェデリコさんやカエデさんも一緒についてくるつもりなのか?


「これまでは、戦闘を君ひとりに任せてきた。機械装甲のテストを兼ねていたからな。しかしゆくゆくは、自由都市の住民と協力して戦ってもらう。そのほうが、機械装甲のありがたみが伝わりやすいからな。となると……住民たちを束ねる隊長が必要になってくる」

「えっ? 俺がやれば被害を出さずに済むのに、わざわざ住民を戦いに巻き込むんですか?」

「理解して欲しい。もしやらなかった場合の、最終的な被害を計算した上で言っている。我々は、最終的に神と戦うつもりでいるのだ。伝説を作らねばならん。事実を凌駕する巨大な影をな。そのための方策だ。もし別の提案があるなら聞くが、必ず根拠となるデータも示してくれ」

「いえ、やります……」

 フェデリコさんがそのほうがいいというのなら……。いいんだろう。

 俺には判断できないけど。


 カエデさんが、大きなピザをテーブルに置いた。

「おい、メシの時間だにゃ。いつまでもそこに突っ立ってないで、とっとと座るにゃ」

 巨大な円形のピザだ。

 ピクルスは乗っていない。

 代わりに、薄くスライスされたポテトが乗せられている。


 フェデリコさんが眉をひそめた。

「これではピザなのかポテトなのか分からんな……」

「イヤならムリに食わなくていいにゃ。その代わり、フェデリコの夕飯は味噌汁だけになるけどにゃ」

「いや、待て待て。食べないとは言っていない。だが、できればトマトを使って欲しいんだがな」

「ならそのトマトをいまここに用意しろにゃ。そしたらトマトのピザを作ってやるから」

 この廃墟では、メシを用意している人間が一番偉い。

 カエデさんへの反論は許されないのだ。


 フェデリコさんも溜め息だ。

「分かった。トマトを手に入れよう。だがその前に、世界を平和にする必要がある」

「ったく。壮大な計画で涙が出るにゃ。けど、機械いじるために使ってる金を、ちょっとはこっちにも回して欲しいもんだにゃ」


 俺はなにも言わないことにしよう。

 どちらが正しいのかは分からない。


 *


「カーッ! こんな豪勢なメシを食ったのは久しぶりだぜ。ついでに酒でもありゃ完璧なんだがな! ガハハ!」

 回復したアルトゥーロさんは、すぐさま食卓になじんだ。

 勢いよくピザをむさぼっている。

 もともと無傷だったのだ。バケツに入っていた血は全部アルトゥーロさんのものだし。それを全部戻したら、体も元通りというわけだ。

 魔法は怖い。


 ソフィアさんが顔をしかめた。

「街を略奪してたっぷりウマい思いしたんじゃないの?」

 誰もが避けていた話題を、いきなりぶっ込んできた。

「おいおい。俺たちは最底辺の傭兵サマだぞ? 俺たちが街に入ったときには、とっくに空っぽさ。ヴェルデの兵隊どもがみんな持ってっちまったからな。ま、そうはいっても、いくらか食い残しはあったが……。ひでぇもんさ。せっかく時間をかけて街を作っても、壊すのは一瞬なんだよな。ヤな仕事だぜ」

 ならそのイヤな仕事をやらなければいいのでは……とも思うが。

 傭兵は、傭兵以外に居場所がないのだという。


「にしてもマルコ、水臭ぇじゃねーか。こんなキレイな母親がいたのかよ。教えてくれりゃよかったのに」

「アルトゥーロさん、酔っ払ってます?」

「だったらよかったんだがな。残念だが、酔っ払うには酒が必要なんだ」

 なら、単に元気になっただけか。


 ここで暮らすとなると、母さんの存在を隠しておくことはできない。

 だからアルトゥーロさんにも紹介した。

 最初はもちろん驚いていたが……。意外とすぐに受け入れてくれた。


 母さんも褒められて嬉しかったのか、微笑を浮かべている。

「マルコがずいぶんお世話になったようですね。私からも感謝いたします」

「いやいや、俺はなにも。へへ。傭兵なんてやってても、人から嫌われるだけなのにな。まさかこんな美人に褒められるとは」

 ん?

 まさかこの人、俺の母さんを狙っている?

 もしそうなら話が変わってくるが……。


 カエデさんが顔をしかめた。

「酒はあるけど、メシのあと、それも少しだけにゃ。あと、一人でピザを食いすぎるにゃよ。分け合わないヤツは次からメシ抜きだからにゃ」

「おっと、失礼。許してくれ。まともに食ったのが久しぶりだったもんでな。以後、気を付けよう」

「分かればいいにゃ」

 食事を分け合うことは、命を分け合うことだ。

 このバランスにカエデさんは厳しい。


 それにしても、あれだけの部隊を率いていたアルトゥーロさんだったが、意外と親しみやすい。中身は冒険者のころのままだ。

「傭兵って、そんなに食えないものなんですか?」

 俺がそう尋ねると、アルトゥーロさんは急に真顔になった。

 答えづらい質問だったかもしれない。

「そうだな。基本的には食えない。俺たちは、畑を耕してるわけでもねぇからな。食えるのは、どこかに攻め込んで、しかも勝ったときだけ。だから生きるためには、攻め込み続けて、勝ち続けなきゃならない」

「それって山賊と一緒ですよね」

「まあ厳密には違うが……。いや、似たようなものだな」


 だけど俺も、自由都市の解放という建前で、傭兵をやっている。

 命を奪って報酬を得ているのだ。

 アルトゥーロさんを責めることはできない。


「だが、マルコ。これだけは覚えといてくれ。生まれたときから傭兵ってヤツはいねぇんだ。たいていは農家の次男か三男。たまに没落した貴族もいる。そういう連中が食い詰めて傭兵になる。そうして戦争を繰り返すうち、いつしか自分の故郷を焼いている。もちろんいい生き方じゃない。だけど、傭兵ってのは、生き方を選べるヤツがなるもんじゃねぇ。だからお前にも傭兵になって欲しくなかった」

 自分の故郷を焼く――。

 もしかすると街を略奪していた兵の中にも、そういう人間がいたかもしれない。

 考えたくもない話だが。


「おいおい、そんな顔をするなよ。お前たちは、そんな世界を変えようとして活動してんだろ? いい話じゃねーか。傭兵なんて、存在しねぇほうがいいに決まってんだからな。俺ぁ手を貸すぜ。ここには屋根があるだけじゃなく、メシまでついてきやがる。やらねぇ理由がねぇ」

 動機はともかく、頼もしい気はする。


 *


 食事が終わると、ピチョーネに声をかけられた。

「マルコ、少し散歩しない?」

「いまから?」

 日はとうに暮れている。

 昼間よりは涼しいから、軽く散歩するにはいいかもしれないけど。

 へとへとだから、すぐ寝たい気もする。


「少しだけだから」

「分かりました」


 今日はずっとおとなしかった。

 きっと言いたいことでもあるんだろう。


 *


 廃墟を出て、なんとなく歩き出した。

 もうとっくに夜なのに、月のおかげで意外と景色が見えた。

 そこら中、雑草が伸び放題。虫も鳥も好きに鳴いている。


 ピチョーネは少し前を歩いた。

 子供みたいに棒切れを振り回しながら。


「どこまで行く予定?」

「べつに」


 すましているからなにも読めない。

 仕方がないから、俺は景色を見ながら歩いた。


 機械装甲の光線は、とんでもない威力だった。

 槍や矢で戦うのがバカらしくなる。

 でも、持っている俺は使えて、持っていない敵は使えない。

 これは人間と神の戦いでもそうだった。


 状況を変えたのは、フェデリコさんだ。

 あの人が、世界のバランスを変えてしまった。


 ピチョーネは足を止め、こちらへ向き直った。

「ねえ、マルコ」

「はい?」

「未来を見たの。さっきね」

「どうでした?」

 俺がそう尋ねると、彼女は寂しそうに顔を振った。

「変わらなかった」

 きっとそうなんだろう。

 俺もショックだ。

 だけど、ショックを受けて、そのまま立ち止まってしまうのが一番よくないと思う。絶対になにかしなければ。

「俺たち、どうすればいいんだろ?」

「分かんないよ」


 そう。

 分からないのだ。


 一番の問題は、なぜか母さんまでもが非協力的という点だ。

 未来を変えようとする意思が感じられない。

 まさか、あんな未来を受け入れているのか……?


 ふと、魔力がみなぎった。

 ピチョーネがバリアを展開したのだ。


 襲撃?

 なにも起きていないが……。


 いや、空間が、がばりと裂けた。

 召喚魔法、あるいは転移魔法――。

 ゆっくりとした足取りで中から現れたのは、赤いローブの女。

「ここがあの女のカーサね……」

 輝くような赤い髪の、妖艶な美女だった。


 ピチョーネはバリアを解いた。

「赤の魔女? なにしに来たの?」

 四つの領域にそれぞれいるという魔女の一人、か。

 しかし女は質問には答えず、キョロキョロしていた。

「家じゃないじゃない。なんなの?」

「そうよ。家じゃなくて道ばたよ」

「え、緑の魔女、人間の男と二人でなにを……? もしかして私、邪魔だったりする?」

「邪魔だけど、それよりなんの用なの?」


 そうだ。

 急に現れて、いったいなんの用なんだ。


「いや、あなたが困ってるだろうから助けてやれって、虹の魔女が……。え、邪魔?」

「助けてくれるの?」

「お邪魔でなければ」

「邪魔じゃない! 助けて!」

 だが、赤の魔女はぼんやりと遠くを見つめていた。

「分かったけど、家はどこなの……?」

「あっち」

「その男は?」

「マルコよ! 何回も説明したでしょ!」

「話は聞いていたけど、顔見るのは初めてだし。なるほど。この人間がマルコなのね。体はムキムキだけどアホそうだわ」

 アホそう!?


 いや、事実なのだろう。

 俺は一般常識を知らない。

 この世のこと、社会のことを、なにも分かっていない。

 だけど、それでも、たぶんみんな気を使って言わなかったのだ。


 ピチョーネはふたたび魔力を高まらせた。

「ねえ? いまなんて言ったの?」

 怒っている。

 秒で相手を八つ裂きにしてしまいそうな表情。


 赤の魔女は、それでもとぼけたような態度だ。

「頼りがいのありそうな男性って言ったの」

「そうよね。次に妙なこと言ったら、どうなっても知らないから」

「殺すんじゃなくて、カエルに姿を変えるとか、そういうファンタジーなのにしてね。あと早く家に案内して」

 つかみどころのない人だ。

 というか、自分の都合しか考えていないというか。


 ピチョーネも盛大な溜め息だ。

「もー、うるさい。分かった。ついてきて。こっち」


 性格はアレだけど、助けてくれるというのなら嬉しい。

 未来を変えてくれるかもしれない。

 たぶん。

 いまいち信用できないけど……。


(続く)

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