赤(一)
かくして自由都市は奪還された。
議会は、フェデリコさんへの融資を約束してくれた。
*
帰路。
荷台の乗客が一名増えた。
瀕死のアルトゥーロさんだ。
戦争では、相手を人質にとるのは珍しいことではない。もちろん名のある貴族などに限られるが。生きたまま帰せば、たっぷりと身代金を手に入れることができる。
もちろんアルトゥーロさんは貴族でもないし、お金を請求すべき家もないようだから、いったいこのあとどうすればいいのかは……。まだ決めていないけれども。
「ちょっと、勝手に死なないでよ」
「貴様……」
アルトゥーロさんが死にそうになると、ソフィアさんはムリヤリ血を飲ませて体を回復させた。
ギリギリで生存させている。
もはや治療ではなく、拷問にしか見えない。
俺はだんだん申し訳なくなってきた。
「ごめんなさい、アルトゥーロさん。あなたには、どうしても死んで欲しくなくて」
「……」
連れて帰ってどうにかなるものでもないが。
あのまま戦場に放置しておくこともできなかったのだ。
*
「お手柄だったな」
廃墟へ戻ると、フェデリコさんはなに食わぬ顔で俺たちを出迎えた。
ほかに言うべきことがあると思うけど。
「フェデリコさん! あの光線、ちっとも止まりませんでしたよ!」
「ああ、見ていた。すぐに改良する」
反応が軽すぎる。
自分が参加していない戦争は、こうも簡単に見えてしまうのか。
「あのままだと死んでたかも!」
「だが、死ななかった。そうだろう? 私は君を危険にさらすためにやっているのではない。十分なサポートがあると信じているから行かせたのだ」
「はい……」
口では勝てそうにない。
なにを言っても、倍返しされてしまう。
バケツを持ったソフィアさんが来た。
「で、あのおじさんどうするの? どっちにもできるけど」
アルトゥーロさんのことだろう。
さらっと怖いことを言う。
これで医者を自称しているというのだから……。
フェデリコさんは満足そうな表情だ。
「ソフィアくん、君はじつに立派な仕事をしたぞ」
「は?」
「もちろん治療して欲しい。彼には頼みたい仕事があるからな」
「ふーん。先生、人を褒めることもあるんですね。私、てっきり見捨てられたのかと思ってましたけど」
こんなときに、こじれたことを言う。
フェデリコさんは、それでも動じない。
「なにを言うんだ。君は昔から優秀な生徒だっただろう」
これにソフィアさんは目を細めている。だが、怒っているフリをしているだけで、どこか嬉しそうだ。
「ウ、ウソですね。私のこと、才能ないって言ってましたし」
「一般的な回復魔法に関してはそうだった。しかし、君は理論の習得も早かったし、なにより向学心があった。少なくとも、その頭脳に疑問を持ったことは一度もない。そこだけは誤解しないでくれたまえ」
「はいはい……。そうやってお世辞も言うんですね。あ、返事はいいです。外のおじさん、治療しないとですから」
行ってしまった。
赤面していた気がする。
先生のこと、好きなんだろうか?
「フェデリコさん、アルトゥーロさんになんの仕事をさせるんです?」
「彼には現場で部隊を率いてもらう」
「部隊を? 傭兵でも雇うんですか?」
「いいや。そうしたいのはヤマヤマだが、そのための資金がない」
「じゃあ……」
まさかとは思うが、フェデリコさんやカエデさんも一緒についてくるつもりなのか?
「これまでは、戦闘を君ひとりに任せてきた。機械装甲のテストを兼ねていたからな。しかしゆくゆくは、自由都市の住民と協力して戦ってもらう。そのほうが、機械装甲のありがたみが伝わりやすいからな。となると……住民たちを束ねる隊長が必要になってくる」
「えっ? 俺がやれば被害を出さずに済むのに、わざわざ住民を戦いに巻き込むんですか?」
「理解して欲しい。もしやらなかった場合の、最終的な被害を計算した上で言っている。我々は、最終的に神と戦うつもりでいるのだ。伝説を作らねばならん。事実を凌駕する巨大な影をな。そのための方策だ。もし別の提案があるなら聞くが、必ず根拠となるデータも示してくれ」
「いえ、やります……」
フェデリコさんがそのほうがいいというのなら……。いいんだろう。
俺には判断できないけど。
カエデさんが、大きなピザをテーブルに置いた。
「おい、メシの時間だにゃ。いつまでもそこに突っ立ってないで、とっとと座るにゃ」
巨大な円形のピザだ。
ピクルスは乗っていない。
代わりに、薄くスライスされたポテトが乗せられている。
フェデリコさんが眉をひそめた。
「これではピザなのかポテトなのか分からんな……」
「イヤならムリに食わなくていいにゃ。その代わり、フェデリコの夕飯は味噌汁だけになるけどにゃ」
「いや、待て待て。食べないとは言っていない。だが、できればトマトを使って欲しいんだがな」
「ならそのトマトをいまここに用意しろにゃ。そしたらトマトのピザを作ってやるから」
この廃墟では、メシを用意している人間が一番偉い。
カエデさんへの反論は許されないのだ。
フェデリコさんも溜め息だ。
「分かった。トマトを手に入れよう。だがその前に、世界を平和にする必要がある」
「ったく。壮大な計画で涙が出るにゃ。けど、機械いじるために使ってる金を、ちょっとはこっちにも回して欲しいもんだにゃ」
俺はなにも言わないことにしよう。
どちらが正しいのかは分からない。
*
「カーッ! こんな豪勢なメシを食ったのは久しぶりだぜ。ついでに酒でもありゃ完璧なんだがな! ガハハ!」
回復したアルトゥーロさんは、すぐさま食卓になじんだ。
勢いよくピザをむさぼっている。
もともと無傷だったのだ。バケツに入っていた血は全部アルトゥーロさんのものだし。それを全部戻したら、体も元通りというわけだ。
魔法は怖い。
ソフィアさんが顔をしかめた。
「街を略奪してたっぷりウマい思いしたんじゃないの?」
誰もが避けていた話題を、いきなりぶっ込んできた。
「おいおい。俺たちは最底辺の傭兵サマだぞ? 俺たちが街に入ったときには、とっくに空っぽさ。ヴェルデの兵隊どもがみんな持ってっちまったからな。ま、そうはいっても、いくらか食い残しはあったが……。ひでぇもんさ。せっかく時間をかけて街を作っても、壊すのは一瞬なんだよな。ヤな仕事だぜ」
ならそのイヤな仕事をやらなければいいのでは……とも思うが。
傭兵は、傭兵以外に居場所がないのだという。
「にしてもマルコ、水臭ぇじゃねーか。こんなキレイな母親がいたのかよ。教えてくれりゃよかったのに」
「アルトゥーロさん、酔っ払ってます?」
「だったらよかったんだがな。残念だが、酔っ払うには酒が必要なんだ」
なら、単に元気になっただけか。
ここで暮らすとなると、母さんの存在を隠しておくことはできない。
だからアルトゥーロさんにも紹介した。
最初はもちろん驚いていたが……。意外とすぐに受け入れてくれた。
母さんも褒められて嬉しかったのか、微笑を浮かべている。
「マルコがずいぶんお世話になったようですね。私からも感謝いたします」
「いやいや、俺はなにも。へへ。傭兵なんてやってても、人から嫌われるだけなのにな。まさかこんな美人に褒められるとは」
ん?
まさかこの人、俺の母さんを狙っている?
もしそうなら話が変わってくるが……。
カエデさんが顔をしかめた。
「酒はあるけど、メシのあと、それも少しだけにゃ。あと、一人でピザを食いすぎるにゃよ。分け合わないヤツは次からメシ抜きだからにゃ」
「おっと、失礼。許してくれ。まともに食ったのが久しぶりだったもんでな。以後、気を付けよう」
「分かればいいにゃ」
食事を分け合うことは、命を分け合うことだ。
このバランスにカエデさんは厳しい。
それにしても、あれだけの部隊を率いていたアルトゥーロさんだったが、意外と親しみやすい。中身は冒険者のころのままだ。
「傭兵って、そんなに食えないものなんですか?」
俺がそう尋ねると、アルトゥーロさんは急に真顔になった。
答えづらい質問だったかもしれない。
「そうだな。基本的には食えない。俺たちは、畑を耕してるわけでもねぇからな。食えるのは、どこかに攻め込んで、しかも勝ったときだけ。だから生きるためには、攻め込み続けて、勝ち続けなきゃならない」
「それって山賊と一緒ですよね」
「まあ厳密には違うが……。いや、似たようなものだな」
だけど俺も、自由都市の解放という建前で、傭兵をやっている。
命を奪って報酬を得ているのだ。
アルトゥーロさんを責めることはできない。
「だが、マルコ。これだけは覚えといてくれ。生まれたときから傭兵ってヤツはいねぇんだ。たいていは農家の次男か三男。たまに没落した貴族もいる。そういう連中が食い詰めて傭兵になる。そうして戦争を繰り返すうち、いつしか自分の故郷を焼いている。もちろんいい生き方じゃない。だけど、傭兵ってのは、生き方を選べるヤツがなるもんじゃねぇ。だからお前にも傭兵になって欲しくなかった」
自分の故郷を焼く――。
もしかすると街を略奪していた兵の中にも、そういう人間がいたかもしれない。
考えたくもない話だが。
「おいおい、そんな顔をするなよ。お前たちは、そんな世界を変えようとして活動してんだろ? いい話じゃねーか。傭兵なんて、存在しねぇほうがいいに決まってんだからな。俺ぁ手を貸すぜ。ここには屋根があるだけじゃなく、メシまでついてきやがる。やらねぇ理由がねぇ」
動機はともかく、頼もしい気はする。
*
食事が終わると、ピチョーネに声をかけられた。
「マルコ、少し散歩しない?」
「いまから?」
日はとうに暮れている。
昼間よりは涼しいから、軽く散歩するにはいいかもしれないけど。
へとへとだから、すぐ寝たい気もする。
「少しだけだから」
「分かりました」
今日はずっとおとなしかった。
きっと言いたいことでもあるんだろう。
*
廃墟を出て、なんとなく歩き出した。
もうとっくに夜なのに、月のおかげで意外と景色が見えた。
そこら中、雑草が伸び放題。虫も鳥も好きに鳴いている。
ピチョーネは少し前を歩いた。
子供みたいに棒切れを振り回しながら。
「どこまで行く予定?」
「べつに」
すましているからなにも読めない。
仕方がないから、俺は景色を見ながら歩いた。
機械装甲の光線は、とんでもない威力だった。
槍や矢で戦うのがバカらしくなる。
でも、持っている俺は使えて、持っていない敵は使えない。
これは人間と神の戦いでもそうだった。
状況を変えたのは、フェデリコさんだ。
あの人が、世界のバランスを変えてしまった。
ピチョーネは足を止め、こちらへ向き直った。
「ねえ、マルコ」
「はい?」
「未来を見たの。さっきね」
「どうでした?」
俺がそう尋ねると、彼女は寂しそうに顔を振った。
「変わらなかった」
きっとそうなんだろう。
俺もショックだ。
だけど、ショックを受けて、そのまま立ち止まってしまうのが一番よくないと思う。絶対になにかしなければ。
「俺たち、どうすればいいんだろ?」
「分かんないよ」
そう。
分からないのだ。
一番の問題は、なぜか母さんまでもが非協力的という点だ。
未来を変えようとする意思が感じられない。
まさか、あんな未来を受け入れているのか……?
ふと、魔力がみなぎった。
ピチョーネがバリアを展開したのだ。
襲撃?
なにも起きていないが……。
いや、空間が、がばりと裂けた。
召喚魔法、あるいは転移魔法――。
ゆっくりとした足取りで中から現れたのは、赤いローブの女。
「ここがあの女の家ね……」
輝くような赤い髪の、妖艶な美女だった。
ピチョーネはバリアを解いた。
「赤の魔女? なにしに来たの?」
四つの領域にそれぞれいるという魔女の一人、か。
しかし女は質問には答えず、キョロキョロしていた。
「家じゃないじゃない。なんなの?」
「そうよ。家じゃなくて道ばたよ」
「え、緑の魔女、人間の男と二人でなにを……? もしかして私、邪魔だったりする?」
「邪魔だけど、それよりなんの用なの?」
そうだ。
急に現れて、いったいなんの用なんだ。
「いや、あなたが困ってるだろうから助けてやれって、虹の魔女が……。え、邪魔?」
「助けてくれるの?」
「お邪魔でなければ」
「邪魔じゃない! 助けて!」
だが、赤の魔女はぼんやりと遠くを見つめていた。
「分かったけど、家はどこなの……?」
「あっち」
「その男は?」
「マルコよ! 何回も説明したでしょ!」
「話は聞いていたけど、顔見るのは初めてだし。なるほど。この人間がマルコなのね。体はムキムキだけどアホそうだわ」
アホそう!?
いや、事実なのだろう。
俺は一般常識を知らない。
この世のこと、社会のことを、なにも分かっていない。
だけど、それでも、たぶんみんな気を使って言わなかったのだ。
ピチョーネはふたたび魔力を高まらせた。
「ねえ? いまなんて言ったの?」
怒っている。
秒で相手を八つ裂きにしてしまいそうな表情。
赤の魔女は、それでもとぼけたような態度だ。
「頼りがいのありそうな男性って言ったの」
「そうよね。次に妙なこと言ったら、どうなっても知らないから」
「殺すんじゃなくて、カエルに姿を変えるとか、そういうファンタジーなのにしてね。あと早く家に案内して」
つかみどころのない人だ。
というか、自分の都合しか考えていないというか。
ピチョーネも盛大な溜め息だ。
「もー、うるさい。分かった。ついてきて。こっち」
性格はアレだけど、助けてくれるというのなら嬉しい。
未来を変えてくれるかもしれない。
たぶん。
いまいち信用できないけど……。
(続く)




