終わり、または終わりの始まり
いかにして神の眷属を止めるのか。
俺は計画を立てることにした。
頭の中で考えたものを、紙の切れ端や板材にメモした。ある程度まとまったところで、フェデリコさんに見せた。
最初はさんざんだった。
ロジックが破綻していたり、そもそも話の順序がおかしかったり。
自分ではよくできたと思っていても、フェデリコさんの指摘を受けると、確かにおかしいと気づかされる。
そう。
おかしいのだ。
なのに、なぜか自分では気づけない。
頭の中で理屈をこねくり回し、「できた!」と思った瞬間、興奮し、それを絶対だと思い込んでしまう。批判的な検証をすっとばし、思い込みを前提に結果を導き出してしまう。
いいアイデアだと思うと、それを否定したくなくなってしまうのだ。
だけど、フェデリコさんは、そういうのを本気で潰してきた。
たとえば、敵の機械人形をすべて操れば勝てるかもしれない、という計画を立てた。
俺は操ることの難しさも理解していないから、それが「可能である」という前提で作戦を書いた。だが、できなかった場合は前提が成立しないから、勝利も成立しない。
ではどうすれば機械人形を操れるのか?
膨大なコストがかかるらしい。
そのコストはどう調達するのか?
実現不可能という結論に至った。
あるいは、予想不可能なものを、都合よく予想して書いてしまうケース。
こちらが奇襲をしかければ、敵が引っかかるという前提で計画を立てた。だが、敵が奇襲にかかるかどうかは、敵次第だ。かからなかった場合の想定が完全に欠落していた。
いままで考えたこともないようなことばかりだった。
それでも、ヒントだけはあった。
戦場での兵たちの動き。どう衝突したら、次にどう動くのか。いろんなシーンを見てきた。命がかかった状況下での反応は、人間も魔族も大差がなかった。きっと神族もそうだろう。たぶん。
*
「ふむ。まあ私だったらこんな作戦は立てんが……。よくはなっている。おそらく現場でも通用するだろう。人間と魔族の戦いであれば」
フェデリコさんは作業を中断してまで俺のプランを確認してくれた。
「やっぱり神には通じませんか?」
「正確に言おう。神に通じるかどうか分からんのだ。なにせ、神がどんな連中なのかも分からんのだからな。報告書を見る限り、外見は我々とそう変わらないらしいが。扱っている科学も、魔法も、我々の扱っているものとは比較にならないレベルだ」
なんだか分からない敵を相手に、妄想だけで作戦を立てている。
俺はバカなのかもしれない。
フェデリコさんはまぶたをもみほぐし、溜め息をついた。かなり疲れているようだ。
「断言はできないが、こちらにとって都合のよさそうな情報もある。それは神の眷属が、じつはそれほど多くないかもしれないということだ。王都で作戦を展開していたとき、赤の領域には干渉していなかったことが判明している。同時に攻撃を仕掛けてきたというケースは、これまでのところ確認されていないのだ」
それは朗報だ。
人数が多くないのであれば、簡単に殲滅できる。
「マルコくん、いま簡単だと思ったか?」
「はい……」
「その感想は正しいかもしれない。だが、連中もバカではないぞ。連中がやむをえずそうしているのではなく、それが彼らにとって最適な戦闘単位なのだとしたら? あるいはもっともコストを抑えることができ、ゆえに継戦能力の高い状態なのだとしたら?」
「ごめんなさい、急に話が難しく……」
分からないことは、素直に分からないということにしている。
さもないと、フェデリコさんは話をどんどん難しくしてしまう。
「つまり連中は、たとえ少人数であっても、いや少人数だからこそ、いつまでもこの作戦を続けることができるのだ。人類がどれだけ魔族を殺そうと、どれだけ機械人形を破壊しようと、神にしてみればノーダメージだからな。そして人類は、史上一度たりとも神にダメージを負わせたことがない。そんな相手を敵に回して、どう勝つつもりだ?」
「なんとかしておびき出せないかと……」
「よし、ではおびき出すためのプランを提出したまえ。計画は前進しているぞ」
「はい」
計画は前進している――。
その言葉は本心だろうか?
聞けば聞くほどムリな気がしてくる。
「おい、てめーら! なんで薪割りしてねーにゃ! その壮大な計画で世界を救う前に、まずは家のことやれにゃ! 怒るにゃ! マジギレにゃ!」
もう怒っている。
「ごめんなさい! すぐやります!」
俺はすぐに立ち上がった。
そうだった。
薪を割っておくように言われていたのだった。
*
夕飯は、無事に食べられることになった。
味噌汁とピクルス、それにピザ。肉の乗ったミートピザだ! フェデリコさんがお金を入れてくれるようになったので、食生活は劇的に改善していた。戦場で戦っている人たちのことを思うと、なんとも言えない気持ちにはなるが……。
「ふん。異邦人の作ったピザにしてはやけにまともだな」
「金さえありゃ最初からこうなってたにゃ」
ケンカしないで欲しい。
それにしても、このミートピザはひっくり返るほどウマい。
信じられないウマさだ。
肉汁がパンに染みて、ほどよい柔らかさに仕上がっている。母さんにも食べさせてあげたい。いや、母さんは火を通さない肉が好きだから、あんまり喜ばないかも。
フェデリコさんはハンカチで手をふき、こちらを見た。
「ところでマルコくん、言おうか言うまいか迷っていたのだが……」
「はい」
「停戦が実現しそうだぞ」
「はい?」
なんだろう?
停戦?
フェデリコさんは肩をすくめた。
「意味は分かるかな?」
「戦争が……終わるんですよね?」
「そういうことだ。もちろん魔族が勝手に判断したことじゃない。彼らに指示を出している神の眷属も、この件を了承したそうだ。未確認の情報だがな」
「……つまり?」
聞かなくても薄々分かっていた。
分かっていたが、聞かなくてはならなかった。
「神と争う理由がなくなる」
「……」
「もし停戦となり、和平が実現した場合、こちらから攻撃などをすれば、人類、魔族、神族、それらすべてを敵に回すことになる」
「つまり……」
「いや、いいのだ。思考実験として議論は続けてもいい。だが、それを実行に移すことはできなくなる」
えっ?
人類は、おそらく史上初めて、神々との戦争に勝利したことになる。
記念すべき偉大な勝利……と言えるかもしれない。
だが……だったら、いままで流れた血はなんだったのか?
死んでいった人々は?
なんのために命を奪われた?
どうせ神族は、反省もせず、数百年後にはまた同じことを繰り返すのだろう。
今回よりも圧倒的な火力で。
「フェデリコさん、俺、どうすれば……」
「まだ分からん。国王が応じると決まったわけでもない。仮に両者が停戦に合意したとて、それを本当に守れるのかも不明だしな。治安が落ち着くまでは、怨恨による私的な衝突も発生するだろう。それをきっかけにまた戦争が始まるかもしれない」
人間と魔族だけでなく、神族までもが停戦を望んでいる。
それが事実だとしたら、本当に戦争は終わると思う。
望んでいたことなのに。
*
そして停戦はなった。
あっけなく。
魔族は陣を払い、山へ戻っていった。
自由都市もふたたび独立を果たした。
もともと魔族は、自力で戦える能力を有していなかった。
その一方で、人類は、ずっとこの戦いに備えていた。
勝つべくして勝ったのだ。
おそらくは。
*
では、平和になったのか?
否。
国王軍が兵を引き、これから街の再建が始まるかと思った矢先、ラ・ヴェルデ辺境伯が自由都市へ兵を進めたのだ。
戦争中、あっけなく降伏したため、そのせいで自由都市が魔族の拠点と化したことを批判したのだ。
その自由都市は、一晩で陥落した。
すると他の領主たちも、同様の理由で各自由都市へ攻め込んだ。
自由都市の奪い合いが始まった。
略奪も起きた。
領主同士の戦闘が始まった。
意味が分からなかった。
兵は飢えていた。
報酬を欲していた。
まるで自分の体を喰い合うかのような、異様な欲望が暴走した。
*
フェデリコさんは王都に帰ってしまった。
急に貧しくなった。
以前よりも、激烈に。
この人間同士の争いを、魔族はどう見ていただろう?
神族は?
影でほくそ笑んでいるかもしれない。
カラスの数が増えた。
まるで世界の終焉を告げるかのように。
人は、神や魔族によって滅ぶのではなく、人の手によって滅ぶのだろうか?
「聞いたかにゃ、マルコ。黒の領域でも戦争が起こってるらしいにゃ。このまま国が衰退を続けたら、他の国から狙われるのも時間の問題だにゃあ」
「はい……」
野菜くずの薄いスープを飲みながら、俺は溜め息をついた。
いま人類は、自分で自分を殴りつけている。
本来の目的さえ見失って。
そうしてボロボロになったところへ、別のなにかが来たら……?
きっと一瞬で負ける。
赤の領域がそうであったように。
聞くところによれば、ラ・ヴェルデ辺境伯は、傭兵への支払いに苦慮していたらしい。
このまま放っておけば傭兵たちとの戦闘になりかねない。
そこで、裕福な自由都市を供物としてささげることにした。
魔物にエサでも与えるかのように。
アルトゥーロさんも、ヤスミーンさんも、傭兵だけはやるなと言っていた。
傭兵には帰る家がない。
喰い扶持もない。
戦争を続けなければ、生きてはいけない。
ゆえに戦争を欲するのだ。
際限もなく。
(第二章 完)




